【新刊紹介】平川大計(2025)『逆転の”最弱商材”、豆腐屋のブランディグ』幻冬舎(★★★★★)

 10日ほど前に、一通のメールをいただいた。送信者は、遙山俊寛(はるやま としひろ)さん。インスタなどのフォロワーさんで、これまで拙著を何冊か読んでいただいている。住職さんで、お寺は、佐賀県高雄市にある曹洞宗紫雲山永林寺。第25代目のご住職で、永林寺は開創が永禄8年。460年以上の歴史を持つ古いお寺だ。 
 
 ご住職からのメールは、こんな風に始まっていた。遙山さんとは、インスタでちょっとだけやり取りがあっただけなので、ご本を贈っていただくとは、ちょっと驚いてしまった。

 (前略)
 この程、小中高が同じ(一学年先輩)で、中学時代は同じ部活、現在は、佐賀県で家業の豆腐屋を承継して経営されている平川大計様が、初の著書「逆転の“最弱商材” 豆腐屋ブランディング」(幻冬舎)を出版しました。早速購入して一読したのですが、ふと、小川先生ならばどのような感想を持たれるだろうと思いました。平川氏は関係なく、単なる私の個人的興味に基づくものですが、同書をアマゾンからオフィスわん様あてにお送りさせていただきました。
 ご迷惑かもしれませんが、どうぞご笑納ください。 合掌
 曹洞宗
 紫雲山 永林寺
 住職 遙山 俊寛 拝
 
  
 昨日、神田小川町のオフィスに立ち寄る用事があった。平川さんの著書が、オフィスに到着していた。早速、本日、午前中に読了した。ご住職のリスエストの応えるべく、少し長めの感想を述べてみたい。
 とても良い本だった。いまは長い夏休みの続きで、一日置きに本を読んでいる(時間がたっぷりあるからだが)。どなたかから推薦していただいた本と、自分で気に入って注文した本が、ほぼ半々である。本書は、遙山住職からのプレゼントになる。一般的な傾向を言うと、贈呈された本は評価がまちまちである。それにしても、本書は、高評価(★5)の良書である。
 わたしがそう感じたのには、2つの理由がある。最初に感じたのは、初めての著書にしては、書くことに余計な力が入っていないこと。もうひとつは、本を出版する目的が明確であることだ。「佐賀のお豆腐文化を世界に!」というヴィジョンを読者に伝えたい。本人がそう強く願っていることが伝わってくる。
 この方には、自分や会社を有名にしたいとか、成功談を自慢したいという野心が見えない。住職もそう感じただろうが、50歳を過ぎた辺りで、平川さんはすでに「解脱している」ように見える。気持ちの良い飾らない書き方にも好感が持てる。

 ところで、わたしには、お豆腐屋を生業としている知り合いが3人いる。全員がお豆腐を作る仕事に従事している。事業規模と商売のやり方はちがっているが、自社で豆腐を作って販売しているのは共通だ。
 一人目は、毎日の夕方、50CCのバイクにリヤカーを引いて、お豆腐を売りに来る行商のおじさん(いまだ、本人の名前は知らない)。拙著『わんすけ先生、消防団員になる。』(小学館スクウェア)に一瞬だけ登場する(笑)。環状7号線の高架下で、小さな町工場のような場所で、おじさんはお豆腐を作っている。
 二人目は、埼玉県比企郡都幾川町で、単独店としては日本一たくさん豆腐を売る「豆腐工房わたなべ」(路面の製造小売)の渡邊一美さん。2008年時点で、年商は3億5千万円。渡邊さんは、現在は都幾川町の町長になっている(“素性のわかる豆腐屋” とうふ工房わたなべ@都幾川村 | 小川先生 のウェブサイト単独店売上高日本一、“素性のわかる豆腐屋”になるまで: とうふ工房わたなべ@都幾川村(後編) | 小川先生 のウェブサイト)。
 3人目は、群馬県前橋市の「相模屋食料」。3代目社長の鳥越淳司さん(雪印乳業の元営業マン)は、入り婿さん。若くして社長に就任してから、ザク豆腐などでヒット商品を連発(『「ザクとうふ」の哲学 相模屋食料はいかにして業界No.1となったか』(PHP研究所、2014)。
 鳥越氏は、相模屋食料の入社時に売上30億円だったのを20倍にした。ちなみに、著者の平川さんは、家業を引き継いでから20年で、年商1億円を10億円にしている。
 履歴などを見ると、平川さんは鳥越さんのタイプに見えるが、著書を拝読する限りは、元官僚(国土交通省)で慎重派のようだ。決してほら吹きではなく、ストレス耐性も高い人物に見える。事業の構築の仕方も危機に対する対応の仕方も、どちらかと言えばディフェンスが強そうだ。もちろん堅実に攻めることもできる方のようではある。
 
 書籍から見える人物評はさておき、本書の内容と構成について感想を述べてみたい。各章(1~5章)のそれぞれには、章のタイトルと、内容を要約した「キーワード」が入っている。 
 第1章は、「低価格、低収益率、短い賞味期限、、、豆腐はあらゆる弱点を背負った商材」。
 まずは、商売をする上でのハンディキャップ、「嘆き節」から本書はスタートする。その昔(1960年代)、戦後にスーパーが登場するまでは、豆腐屋はそこそこ儲かっていた。それが、製造小売業をやめて卸経由で豆腐を売るようになってから、豆腐屋は儲からない商売になっていまった。
 この章の説明からは、自身が父親の商売を継承してから、タイトルにあるような豆腐の3つのハンディキャップ(低価格、低利益率、短い賞味期限)をいかにして克服してきたかを述べることになる。そのための布石である。
 
 第2章は、「スーパーに卸しているだけでは、打開できない、、、倒産寸前の豆腐屋を立て直すため通販をスタート」。
 この章では、父親の代からの事業(豆腐の製造卸業)を継承してから、最初の苦境(倒産の危機)とその原因(スーパーへの卸取引依存)が語られている。そこから脱すため、もともと父親が手掛けていた「温泉湯豆腐」を通販で売ることを始める。
 この本の全体を通して言えることだが、父親が細々と継いでいた小さな事業の試みを、息子の大計氏がリスペクトしている姿勢に好感が持てる。親父の代の製造卸業(B2B)から、息子の代には少しずつ製造小売業(B2C)に脱皮していく。その種を蒔いてくれたのが父親だった。そのことを、息子の大計氏は感謝を込めながら述べている。
 
 第3章は、「通販で『温泉湯豆腐』がヒット、、、生産体制の整備を進め拡大を期す」。
 ここからは、スモールスケールながら、自社商品を「ブランディング」する最初の試みが紹介されている。大計さんの「手作りのブランドづくり」の始まりである。
 例えば、自らがDMを作成して、通販の注文数を大きく伸ばすことができた。また、ホームページを手作りして、通販部門の売上と利益が増えていく。その一方で、地元出身のプロ野球選手(加藤博一氏)からのアシストで、通販の温泉湯豆腐の認知率を高めることができた。お金がないときでも、20万円を掛けて専門家にパッケージデザインを刷新する依頼をしている。チャンスの窓が開いたときの決断は、実に思い切りがよい。
 これらすべては、製造卸から脱して「価格決定権」を自社に取り戻すためである。小さな企業ながら、ブランディング手法により、消費者へ直結する「B2Cチャネル」を強化するためである。低価格・低利益率の卸ビジネスから脱するため、その糸口を探し続けることに努めている。
 なお、この章の後半部分では、積極的に設備に投資することになった経緯が説明されている。お豆腐を美味しくするため、大計さんは地元佐賀産の大豆を使用することにした。また、豆腐の製造工程を見直して、製造ラインに投資して生産効率を高め、コスト削減を達成できた。
 この辺の事情は、相模屋食料の鳥越さんの仕事ぶりを彷彿とさせる。製造ラインのイノベーションと、商品開発やブランド化は、同時に一体化してなされるべきである。平川さんも、「両利きの経営」(ブランディングと製造イノベーション)を志向している点では共通している。
 
 第4章は、「”地方の豆腐屋”が開いた豆腐レストラン、、、店舗が話題を呼んで通販が伸び、通販で知った人が店舗を訪れる」。
 小売業では、「店舗こそがコミュニケーションツールだ」という金言がある。ユニクロやアップルが、世界中の都市で大型旗艦店(フラグシップ)を出店する由縁である。地方の小さな豆腐店も同じである。そのことに、平川さんはある時から気づいたのだろう。製造業ではあっても、商品ブランドを自社店舗で販売する機会を持つことは、ブランドを強固なものにする。
 高雄市出身の「佐嘉(さが)平川屋」が、温泉湯豆腐の発祥の地である嬉野温泉に、直営の豆腐レストランを出店する。売上高5億円の企業が、直営のレストランを経営するために1億2千万円の投資をする。しかし、レストランスが黒字化するまでには、5年以上の歳月が必要だった。社運を賭けたレストランの開業は、いまでは高収益事業に成長している。
 レストラン開業で、来店客が通販客になり、通販客がレストランを訪問してくれる好循環が生まれている。詳しい説明は省くが、オペレーション面でも、レストランの運営には工夫が凝らされている。たとえば、客席を18席に限定するとか、メニューを温泉湯豆腐の一品に絞り込むなどである。
 また、自社の店舗を持つことが、新商品の開発にもつながっている。デザートの「平川屋パフェ」や「豆乳ソフト」、「濃いとうふ」や「豆乳もち」などである。
 
 第5章は、「目指すのは『新しい豆腐文化』の創造、、、旅館と提携し地域・観光を盛り上げる」。
 平川さんは、国土交通省時代に、将来は観光業で起業したいと思っていた。最終章では、もともと自分が実現したかった観光業との接点について書かれている。というか、自身の夢を語っている。
 第1章で述べているように、いまや豆腐産業はあまり儲からない斜陽産業である。1960年頃は、それでも5万店あった豆腐屋が、いまでは5千店に減少している。儲からない割りに仕事はきついし、若者にとっては将来の夢がないからである。
 しかし、平川さんは、ちょっと違った見方をしている。ご自身が成果を上げて取り組んできたように、働き甲斐のある職場や従業員にきちんとした処遇(労働時間や賃金面)をすることで、この業界に人は集まると考えている。そのために何が必要だろうか?
 必要なのは、将来に対するヴィジョンである。「佐賀の豆腐文化を全国へ」。和食の中心には、お豆腐がある。だから、日本を超えて世界に向けて、豆腐文化を発信する機会を業界・地域を挙げて目指していく。最後に、そのことについて触れられている。
 
 最後に、本書に対するわたしの感想である(ここは、著者に向けて書いている)。
 
1 タイトルについて
 冒頭では、本書の内容をべた褒めしている。ここでは、ちょっと残念に感じた点をひとつだけ指摘しておきたい。書名のことである。現状では、豆腐が商材として「弱い存在」であることは間違いがない。相模屋食料の鳥越社長の功績は、目立たない商材の豆腐カテゴリーに、商品開発面から強烈な光を当てたことである。
 それゆえ、豆腐屋さんが書いた2番目の本でも、ポジティブな書名にしてほしかった。わたしならば、「最弱の商材」ではく、たとえば「不思議な最強商材」というタイトルで攻めてみたいと思う。また、メインタイトルの「豆腐屋のブランディング」は、やや凡庸で工夫が足りないかな? すいません、ブランディングの専門家なので。

2 構成について
 第1章は、ご自分が経験した豆腐の弱点を示す「挿話」(いやな不幸な経験談)から始まる方が、読者は引き込まれるかもしれない。第5章も同様で、成功体験談の中で、お豆腐が世界に広がりそうな逸話があると着地がきれいに決まりそうだ。無いものねだりかもしれないが。
 全体について言えば、例えば、父親とか知り合い(クリエイター、大学教授など)との対談などがあると、現状のビジネスの広がりなどを示すことができたかもしれない。全体として、わたしのようなビジネス書の書き手からすると、平川さんにはもっと興味深い話が詰まった引き出しがあるように思う。
 最後は、言いたい放題ですが、お許しください。全体的には、とてもおもしろかった。どこにでもあるような成功話ではない。もっと多くの人に、本書を読んでもらいたいと思いました。
  

 

                          

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