【書籍紹介】 おおやかずこ(1995)『おかず屋のおかず』柴田書店(★★★★★)

 ロック・フィールドの取材で、食文化研究家のおおやかずこさんをインタビューさせていただいた。そのとき、ご本人からいただいた一冊。江戸の食文化に関する書籍(昨日の書評)を読むきっかけを与えてくれた本。25年前に書かれた本だが、内容は全く色あせていない。それどころか、食のトレンドに関する見事な「予言の書」になっている。

 

 本書は、柴田書店刊の『フードビジネス』(92年4月号~95年7月号)に掲載された惣菜やさんへのインタビュー記事を単行本に編集しなおしたものである。イトーヨーカ堂の創業者、伊藤雅俊名誉会長(当時すでに相談役!)に見初められのがきっかけで、全国の惣菜店を取材した記録になっている。

 惣菜店のルポもさることながら、消費者視点の徹底した分析がすばらしい。お会いする前は、なぜ伊藤さんや鈴木敏文さんが、おおやさんをIYグループのフード開発アドバイザーとして雇ったのかを怪訝に思っていた。しかし、実際にご本人にインタビューをさせていただき、本書を読むにつけて、さすがに伊藤・鈴木ラインは人を見る目があると、その慧眼に感服した。

 ロック・フィールドの岩田会長についての評価も、鋭く本質をついたコメントを、インタビューではたくさんいただいた。日本と欧州の食文化について、岩田会長と同様に、おおやさんはある種の「預言者」と言ってよいだろう。

  

 本書の約半分が、全国の惣菜やさんの現場料理レポートに充てられている。テーマ別(12社)と地域別(26社)から構成されている。残りの半分が、「おかずのマーケティング」という惣菜市場の今と未来が語られている。25年後のいまをも正しく予見している、分析的なエッセイになっている。

 この部分は、3つの章からなっている。第1章「マーケットのいま」、第2章「価値あるそうざい、売れるそうざい」。第3章「品揃えと販売力」。

 注目すべきは、第一章である。おおやさんの本を、わたしがなぜ「予言の書」と呼ぶのか?そのことが、この章にきちんと書かれているからだ。

 

1 ハレとケの価値観が崩れた(P.66)。

 日本人は古くから、食事の場面において「ハレ」(特別な祝い事での食)と「ケ」(日常の食)を区別してきた。江戸時代から昭和初期のまではこの「2分割法」を採用していたが、経済的な豊かさを体験したバブル後の90年代に、両者の境目がなくなったという時代認識である。「頻度高く使うものこそ、質が要求される」という著者のフレーズに、そのことが典型的に表れている。

 95年に書かれた本書で、2000年以降に起こる食の転換点を、著者は見事に言い当てている。一言でいえば、その中身は、「日常食の質的な高度化」である。つまり古来から質素だった日常食に対して、庶民から質的な要求が高まったのである。

 スーパー(ヨーカ堂)とコンビニ(セブン-イレブン)のアドバイザーを担当しながら、量販店の商品開発を先導していくときの理想像と原則原則を、全国の生業的な惣菜店(個店)のメニューと調理法に発見したのである。実務的には、それをグループの商材メニュー開発に落とし込んでいった。セブンのお弁当が美味しくなったのは、鈴木敏文氏の拘りと執拗さだけにあったわけではない。そこには、もうひとりの立役者(おおやさん)のアドバイスがあったと言えそうだ。

 振り返ってみると、ロック・フィールドの岩田会長、社長だった当時に、同じような時代認識をもったことがわかる。つまり、百貨店でグルメな高級洋風総菜を売っている時代ではない。女性の社会進出や家計の豊かさを考えると、日常食べる惣菜(おかず=サラダ)に未来があると感じるようになった。そして、本書が出版された1995年に、百貨店のギフト販売から撤退を決意している。

 

2 惣菜が成長分野になるという予見の根拠(P.70~)

 いまになってみればあたり前に見えるが、ファミリーレストランやファストフードなどの外食(最盛期27兆円)が全盛のときに、惣菜(おかず)の市場が今後の伸びると考えて、その要因を冷静に分析してくれている。「なぜ、主婦がそうざいを買う時代になったのか」という節では、要因を4つにまとめている。一般的に言われている「女性の社会進出」よりも、ライフスタイルの変化と個食化、食のスナック化(折衷料理)をおおやさんは重視している。

 ①買い物重量が軽く、コンパクトであること

  惣菜は、家族全員のために材料をまとめ買いする必要をなくすのに便利

 ②時間の短縮

  自明ではあるが、出来合いのものだから、主婦の時間が解放される。

 ③素材から買いそろえるより安くつく

  これは、家族数の減少と関連している。小家族で個食化が進むから、材料は少量でよくなる。だから惣菜が有利。

 ④欲しい時に欲しいだけ買える  

  出来合いの惣菜は、少量であれ多量であれ、買う分量を指定できる。結局は無駄がでない。  

 

3 そうざいの歴史から食卓を読み解く(P.73~)

 著者は歴史的な考察も忘れていない。江戸時代に生まれた「そう菜」(関西ではおばんざい)は、食卓の常備食(保存食)が多かった。たとえば、煮豆や昆布煮、佃煮で、原材料は乾物である。冷蔵庫が普及していなかった時代に、少しのおかずでたくさんのお米を食べるための役割がそうざいだったのである。

 それが、80年代に入ってから、百貨店に総菜コーナーができて、欧州風のデリカテッセンが登場する。あるいは、料亭料理のコーナーができる。有名シェフが作る料理を家庭に持ち帰って楽しむ文化である。一方で、80年代は日本人が海外(フランスやイタリア)に出かけて、グルメ体験を始めた。街中には、ファミリーレストランやファストフードが登場して、欧風料理が全盛を極める。

 その後にコンビニやスーパーが惣菜を扱うようになり、結果として、百貨店の名店コーナーは珍しいものではなくなる。惣菜が日常食になると、毎日食べるものなので、生鮮品的になり味が薄くなる。ここから著者は、「惣菜のサラダ化」を予言している事実その通りになってきたし、岩田会長が歩む方向は、その先を言っていたことになる。

 

4 食マーケットのトレンド(P.77~)

 おもしろいのは、おおやさんが、この時代に「食マーケットの5つのトレンド」を唱えていることである。

 いわく、①健康、②安全、③鮮度、④品質、⑤アソートメント(品揃え)である。

 同様な視点を岩田会長が、同じ時期に述べている。おおやさんにないのは、「環境」だけである。「旬」の強調は、ここではないが、別の部分(第2章)で取り上げられている。

 昨日のブログでは、江戸の食文化の基底にあるのが、大豆発酵食品(豆腐と味噌醤油)だと述べた。わたしたち日本人が、明治維新から150年間にわたって、とりわけ第二次世界大戦後、次第に動物性たんぱくに依存する食生活に傾斜していたが、ここにきて植物性のたんぱく質に回帰する動きがある。

 

 最後に、そのことを指摘する著者の言葉を引用してみよう。25年後に見事にこれは実現しかかっている。

 「動物性タンパク質を中心としたカロリー重視の考え方から、野菜を中心にしたバランス重視の食スタイルを理想とするようになったと言えます。総カロリーよりも、栄養バランスこそ大切だという意識が高まっていると言えます」(P.78)。

 筆者の言説としては、25年前にトレンドとして指摘されていたが、実際に起こった現象は、60円バーガーと食のディスカウント路線だった。マクドナルドと吉野家に典型的に見られた現象だった。それが、いまでは、ケンタッキーやマックが植物肉を発売する時代に代わっている。

 おおやさんの本は、食のトレンドを理解して、惣菜(中食)の時代が到来する転換点を振り返る点で、本当に勉強になった。