【書評】日本マクドナルド株式会社『日本マクドナルド 「挑戦と変革」の経営』東洋経済新報社(★★★★★)

 昨日の午後に、2時間で本書を読み終えた。この本は、4月18日に急逝した「日本マクドナルド代表取締役副社長」だった下平篤雄さんの遺言である。先月、退職した蟹谷賢次さん(元広報部長)から、刊行してすぐに本書を送っていただい。出版元が東洋経済新報社というのが、実に渋い。東洋経済新報社は、拙著(2015)『マクドナルド 失敗の本質』の出版社でもあった。

 

 拙著の出版は7年前になるが、同じ出版社から刊行したことには意味がある。ごく短い期間で、日本マクドナルドが復活を遂げたことを公式に宣言して、会社として次のステージに行きたいのだと思う。約5年間に渡る「マネジメントの失敗」を、同社初の公式ビジネス書として後世に残しておきたい。そのように評者は理解している。

 本書は、大きく2つの部分から構成されている。第1部の「変化を重ねた50年の歴史編」と第2部「変わらない経営理念編」である。後半の第1部「経営理念編」は、とくに解説をする必要がないだろう。サービス業に「QSC+V」の概念をもたらしたのは、米国マクドナルドの実質的な創業者レイ・クロックの功績である。

 日本マクドナルド(藤田田氏)は、日本市場に合わせてオペレーションと商品を現地化した。しかし、第2部で説明されている経営理念の根本は変えずに、創業から50年を迎えている。コロナ禍にも関わらず、いま同社の業績は堅調である。

 なお、本書中に、一般の読者が見逃しそうになる記述がある。わたしが感心したのは、「マクドナルドの創業者は、マクドナルド兄弟である」と明確に述べている点である。

 

 第1部の「歴史編」は、大きく二つの部分に分かれる。前半の1章~3章は、創業者・藤田田氏の時代をカバーしている。紆余曲折はあったが、30年社史に沿って初期のマクドナルドを成功を紹介している。第4章「赤字決算の連続とビジネスモデルの転換(2000年代)」の後半部分から、第5章「2014、2015年の真実、そして復活」にかけて、日本マクドナルドはビジネスモデルの転換で躓くことになる。

 とりわけ第5章で記述されている5年間(2011年~2015年)の不調が大きかった。東日本大震災の年2011年から、失敗の種子がまかれていたことは、評者が著書で指摘した通りである。2014年から2015年にかけて起こったことの原因のほとんどは、わたしが雑誌や拙著で指摘していたことである。

 失地回復のためにカサノバ社長(当時)が主導した「リバイバルプラン」は、わたしが指摘したポイントを着実に実行していった結果である。拙著を引用してはいないが、実質的に現場を動かしていたのは下平副社長兼COOである。カサノバ社長(当時)がリードしたということにはなっているが、戦略を立案して現場をリードしたのは下平さんだった。そのように評者は理解している。

 

 第4章で、「公式ビジネス書」(日本マクドナルド)として、2014年から2015年に起こった失敗を、つぎのように記述して認めている。

(1)2011年以降のCS(顧客満足度)の低下の原因(QSCの低下:P.75-78)、

(2)カウンターメニューの廃止(消費者の反応を見誤る:P.778-79)、

(3)ローカルニーズを見誤る(グローバル一標準の施策:P.79-81)、

(4)ENJOY!60秒キャンペーンの失敗(売上達成のための失策:P.81-83)、

(5)店舗の汚れ(店舗投資の遅れ:P.83-84)、

(6)従業員の自信喪失(ピープルビジネスへの回帰:P.85-86)など。

 ビジネスリカバリープランは、(1)~(6)に(7)スマイルゼロ円とお客様の声を聴くこと、で達成された。

 重要なことは、前任者の原田泳幸社長(2004年~2015年)の名前が、本書のどこにも出てこないことである。公式ビジネス書で、原田氏の経営実績が全く評価されなかったことを意味する。

 

 以下は、7年後の今だから言える話である。 拙著が刊行された少し後に、下平副社長と蟹谷広報部長(当時)が法政大学の小川研究室を訪問してくださった。著書の中での厳しい指摘にも関わらず、下平副社長は立派な対応をしてくださった。そのことは、本書の第2部第5章の記述に表れている。

 それから2年後に、マクドナルドの業績が完全回復したところで、経営大学院で下平副社長に、「マクドナルド、復活の真実」というタイトルで講義をいただいた。残念なことは、4月に下平さんが旅先で亡くなられたことだ。そして、蟹谷さんも先月、日本マクドナルドを退職された。

 お二人が研究室にいらしたとき、「創業時から藤田さんに仕えていまも会社に残っているのは、わたしと下平さんだけになってしまったのですよ」と蟹谷さんが話されていた。「藤田さんのチルドレン」は、これで全員がマクドナルドを去ってしまった。日本マクドナルドは、次のステージへに向かうことになる。