今月から毎号、日本リテイリングセンター発行の『経営情報』に、書評を二点づつ掲載することになった。第1回目は、以下の二冊(中谷、首藤)をとりあげることにした。次号以降は、渥美先生からの依頼された1冊、わたしの選書を一冊とするつもりでいる。たぶん、この記事は、本日と明日の朝までの掲示となる。
1 中谷巌(2008)『資本主義はなぜ自壊したのか』集英社インターナショナル(★★★★★)
本書は、グローバル資本主義へのナイーブな自らの信仰に対する「懺悔の書」である。
4つのことが書かれている。①中谷氏の学者としての自分史、②米国流資本主義の特殊性についての分析、③日本社会の経済文化的な特徴についての解説、④グローバル資本主義(モンスターの跋扈)に対する代案の提示である。
ハーバード大学留学後、中谷氏は母校に戻ってマクロ経済政策を講じる。その傍らで、小渕内閣の「経済戦略会議」で議長代理を務めた。この流れが、その後の小泉内閣における構造改革路線につながっていく。しかし、十数年後の今、当時の自らの発言と経済政策への関与を自己否定している。
中谷氏の転向のきっかけとなったのは、ソニーの社外取締役の経験だったのではないかと思われる。米国人実業家との交流接触から、欧米流の階層社会的なビジネス思想を実感したにちがいない。中谷氏の結論は、「経営者に対する過大な報酬と短期志向は、世界の民を幸福にしない」であった。
第二次世界大戦後、米国の大学で講じられてきた経済理論は、経済活動の自由と資本移動に対する支持であった。規制は既得権益の擁護でしかなく、成長と富の蓄積のための足枷であるとして否定された。中谷氏は、これをある種の「イデオロギー」であると結論づけている。評者も、この考え方に組するものである。
グローバル資本主義思想の背後にある真の動因は、米国の成り立ちに根拠が求められる。フロンティアのあくなき拡大と個人主義の絶対的な容認である。歴史的に見ると、これは特殊なイデオロギーである。所詮、米国の国益と支配者層の利益拡大に資するから、自由貿易は支持されてきたに過ぎない。
本書でもっとも共感できた部分は、低所得者層、とくにシングルマザーに対する所得保障制度の提案である。評者の周囲にも、離婚後に子育てで悪戦苦闘している女性たちが多くいる。既婚のワーキングマザーたちも、同じ状況にある。地域社会の紐帯を深めるために、日本の未来のためにも、子育て家庭は守られるべきである。
短評ゆえに詳しく紹介できないが、日本人の自然観や神話に描かれた社会の成り立ちなど、歴史的な説明も興味深い内容である。
2 首藤明敏(2009)『ぶれない経営:ブランドを育てた8人のトップが語る』ダイヤモンド社(★★★★)
本書は、小さいながら優れたブランドの経営者たち8人のインタビュー記事から構成されている。登場するのは、吉田カバン(吉田輝幸)、ジャパネットたかた(高田明)、星野リゾート(星野佳路)、高島郁夫(フランフラン)、亀田メディカルセンター(亀田信介)、一休.com(森正文)、ビームス(設楽洋)、レストラン平松(平松宏之)である。
8人の経営者のうち、半分が創業経営者(高田、高島、森、平松)、半分がブランドの継承者(吉田、星野、亀田、設楽)である。事業継承者のうち、二代目(吉田、設楽)が半分であるから、語られるブランドの歴史は、ほぼ自らのブランド創業史である。
「ぶれない経営」という書名の選択は、微妙である。創られてからわずか10~20年程度の歴史しか持たないブランドに、本当の意味での「軸」は存在しない。しかし、ブランドのエッセンスを顧客や従業員に明確に示せないと、ブランド経営の規律が維持できない。だからこそ、軸をぶらしてはいけないのである。その点で、経営者たちの語るブランド論は、なかなか含蓄がある。
本書を読み終えて、評者はひとつの懸念を抱いた。8つのブランドともすべて、日本発のブランドである。もうひとつ共通する点をあげるとすれば、どれも規模を追い求めようとしていないことである。プレミアムブランドだから、もともとスケールメリットは追求できないのものかもしれない。
それは、理念的にはすばらしくもある。しかし、ニッチからマスに向って昇っていくことを想定してブランドが設計されていないとなると、経営の幅は狭いものになる。優秀な日の丸ブランドたちが、グローバル標準を狙う意図を持たないとすると、日本のブランド文化を世界に向けて発信できないことになる。
内容についての不満を一点だけ指摘したい。インタビューに、オペレーションの問題がほとんど取り上げられていないことである。サービス・ブランドには、可視的な部分(フロントエンド)と不可視の部分(バックエンド)がある。ブランドの真実は、バックステージのオペレーションにもある。氷山の上からは見えない水面下の部分を深く分析しないと、ブランドの全体像がわかったことにはならない。