書評:中内潤・御厨貴編著(2009)『生涯を流通革命に献げた男 中内功』千倉書房(★★★★★)

意外だった。中内功の伝記といえば、作家の佐野眞一が著した『カリスマ(上・下)』(新潮文庫)があまりに有名である。佐野が描いた中内の人物像は、日本の流通革命を主導したカリスマそのものである。鋭い眼光で部下を叱咤激励し、価格主導権をめぐって大手メーカーと激しくやりあう流通業界のドン。しかし、編者の御厨貴氏(東京大学)や松島茂氏(法政大学)に、インタビューを通して中内が見せたのは、それとは対照的である。人なつかしく、人さびしい晩年の革命児の姿だった。


本書は、506頁の労作である。中内の一代記をまとめるにあたり、編著者らは「オーラル・ヒストリー」という手法を用いている。オーラル・ヒストリーとは、本人とその周辺にいた複数の人物からの聞き取りにもとづいて、その人物の行動や哲学、生き様を描こうとする「会話体」の伝記である。インタビュアーも複数になるので、人物描写も、多面的・複眼的になる。佐野作品との違いは、そうした手法の差からも生じているように感じられる。
 残念ながら、中内功氏本人へのインタビューは、2005年の病没で中断。全6回で、未完のままに終わってしまう(第二部:実像の「中内功」)。それを補う意味で、ダイエーの副社長だった長男、中内潤氏(現、流通科学大学理事長)が、父親の功氏が語り尽くせなかった成長後のダイエー・グループ史を伝える役割を引き受ける(第一部:「中内功」を語る)。編著者に、中内潤氏の名前が加わっている理由である。
 ご子息の潤氏の他に、インタビューに協力しているのは、同じ時期に流通革命に関わった「同期の桜」たちである(第三部:中内さんと私)。伊藤雅俊名誉会長(セブン&アイ・ホールディングス)、岡田卓也名誉会長相談役(イオン株式会社)、清水信次会長(ライフコーポレーション)、西川俊男特別顧問(ユニー株式会社)である。4人へのインタビュー記録を読んで感じるのは、中内と4人の間の微妙な距離感である。「For the Customers」を愚直なまでに信じて行動した中内は、どこか孤独で孤立している。
 第三部の最後は、長年の部下だった川一男副会長(現、シジーシー・ジャパン)のインタビューで終わる。川氏は、「中内社長」の仕事と人間関係について静かに語っている。救いは、「リテール業では中内は失敗していない、と思うんです」の一言であった。
 戦後流通革命の旗手だった中内功の死から5年。日本の社会も流通も、激動期を迎えている。中内の歩んできた道=「よい品をどんどん安く より豊かな社会を」が、今やはるか遠くに去っていくように思える。