昨日HPにアップした第18章「ポストモダンの消費者行動論」をご覧になった同僚の木村純子先生より、専門家として内容に関してのコメントをいただいた。その際、彼女の近刊・書評(ラスベルク編)がメールに添付してあった。さっそくではあるが、ちゃっかりと、木村先生の書評を編集の上、第18章のコラムに転載させていただいた。
<コラム18-2> 解釈的アプローチと消費文化理論の発展
消費者行動論の代表的アプローチは、ベットマンの著述(1989)に代表される「消費者情報処理理論」である。それに対して、解釈的なアプローチには、「実験、測定の手続、データ分析のために、面倒な統計的手法等を学ばなくてもよい容易な道」という漠然としたイメージがある。解釈的アプローチの研究者は、以下の3つの方法を採用する(阿部 2001)。
①研究対象とする社会現象の中に自ら入り込んでしまう「参与観察」、
②自らの経験を通して現象に込められている意味をくみ取る「意味の解読」、
③研究者の視点や観察のなされたコンテクストに応じて異なった解釈を生み出す「解釈学の応用」である。
文化人類学から派生した「参与観察」から、「内省」や「解釈」に至るまでの質的手法は、客観性に欠けているとの批判を実証主義者からは浴びてきた。「秘伝的」で「天才的ヒラメキ」の要素が多分に働き、分析結果にはあいまい性や主観性を残される。手法の習熟には相当の努力と時間を要することも指摘されてきた。その意味で、「解釈アプローチは、研究者にとって生産的でもなければ楽な道でもない」と言われる(阿部周造編著『消費者行動研究のニュー・ディレクションズ』関西学院大学出版会、2001年)。
しかしながら、質的調査手法は、近年、大いに発展を遂げてきている。その経緯を観点に説明する。1980年代から、北米のACR (Association for Consumer Research)学会で、質的調査手法を用いた研究が蓄積されてきた。2005年、ArnouldとThompsonは、学会誌Journal of Consumer Research(Vol.31 March)で、質的調査手法を用いる解釈アプローチの研究に対してConsumer Culture Theory(CCT:消費文化理論)という名称を使うことを提案した。ポスト実証主義や解釈主義や人文主義といった名称は、情報処理アプローチとの断絶を過度に強調するからである。2006年、質的調査手法を用いた研究の発表の場として、CCT学会が開催された。
「消費文化論」では、具体的にどのような研究がなされているのだろうか? それを確かめるために、2008年に開催された「CCT学会」のセッション・テーマを列挙してみる。
「消費者の自己変化」「文化変容」「アイデンティティ」「模造品の消費」「文化社会的レンズを通した消費」「消費者関与」「グローバル化と消費文化」「政治と消費文化」「単一民族」「母親らしさ/親らしさ」「消費儀式」「音楽とクール(格好よさ)」「加齢とアイデンティティ」「消費のパターン」「自己強化とアメリカンドリーム」「自己アイデンティティ」「シェアリングの境界」「ブランドと刺青」である。
多様なテーマが取り扱われている。大手企業が好むマス消費ばかりではなく、ニッチだが豊かな消費経験を研究対象としている。そこで展開されているのは、ショッピング文明だけではない。消費の文化的な側面や人間らしい遊びの経験が、人々の間での対話形式で語られたりしている。
消費費文化理論と質的調査手法が、マーケティング研究や消費者行動研究に立派に貢献できる道は、充分にありそうだ。
(注)このコラムは、木村純子(2009)「書評:Belk R. ed. Handbook of Qualitative Research Methods in Marketing、Edward Elgar Publishing, 2006」『消費者行動研究』(近刊)の前半部分を、著者の許可を得て筆者が編集加筆したものである。