昨年10月に発売されて全米ベストセラーとなったビジネス書。『ネット勝者たちの隠れた遺伝子』とでもタイトルを付ける?著者は、ビジネススクールで教鞭をとっている現役の経営者。自らも10社の創業と経営に携わった経験のあるシリアル・アントレプレナー。翻訳本がでたらベストセラーになること間違いなし。
ギャロウエー教授は、ニューヨーク大学の大学院でブランド論とマーケティングを教えている。評者の専門に近いところもあって、ベンチャー経営論というよりは、マーケティングの枠組みから本書を読んでみた。
本書は、わずか20年間で巨大企業(時価総額100兆円:One trillion-dollar company)に成長した4つのネット企業(Amazon, Apple, Facebook, and Google)の成功の秘密を解き明かしてくれる。ビジネス界の通説と大きく異っている視点を提供しているわけではないが、著者は物事の本質をきわめてシンプルにまとめてくれている。それは、教授自らがベンチャー企業の経営者として、本書の取り上げている4社に、直接的あるいは間接的に“煮え湯”を飲まされてきたからと思われる。そうしたエピソードを、個人的な会話を交えてあからさまに記述している(たとえば、「第5章 グーグル」、ニューヨーク・タイムズでの体験)。
本書のテーマが問いかけている「根源的な質問」がある。なぜ4社はこれだけ短い時間で「成功の階段」を昇り詰めることができたのか? そして、なぜ米国の株式市場は、4社が競合他社を破壊することを容認してきたのか?
4社の躍進によって伝統的な大企業(とくに流通企業)が倒産したら、株式を所有している個人株主や機関投資家は大きな損失を被るはずである。しかも、この4社の資金調達コストは歴史はきわめて安価であった。アマゾンなどにいたっては、株主に配当をしていない。利益を出していないから、米国政府に税金を払っていない。
それが容認されてきたネット産業の社会的な状況について、著者は明確に答えていく。
4つの企業(The Four)が、伝統的なIT企業(Microsoft, IBM, H&P, Xerox)や大手自動車メーカー(GM,Ford)、巨大流通業(Walmartなど)と本質的に違っている点がある。それは、4社がともに人々の日常の生活(Private)に根深く食い込んでいるからである。そして、信頼性(個人情報の開示)と日常的な接触(密度の濃さ)から、どの会社も世界中の市民から、高い好意度(Likability)を獲得することができたからである。
欧米の資本主義社会は、自由な市場経済を維持するために「安全弁」を創案した。つまり、自由な市場活動を容認するため、その対抗装置として独禁法を導入したのである。20世紀は、巨大企業の肥大化を政府が規制する時代だった。そうしたな政府の規範が、
新興ネット企業に関しては、どちらかといえば緩く規制されている。
その理由として、隠れたロビー活動や投資家たちへの利益誘因が指摘されてきた。しかし、ギャロウエー教授は、それとは異なる、サービス利用者の実際的な便益と、企業イメージという視点を提供している。4社が競合をM&Aすることを政策当局が簡単に容認する傾向があるのは、「企業に対する好意度の違い」という要因が影響している可能性がある。
別の観点(通説に近い見方)から、著者の理屈を紹介してみよう。2章(アマゾン)から第5章(グーグル)まで、4社の起業から現在までの成長過程をレビューしたあとで、著者は、4社の成功の秘密を一つの視点から整理(「第6章 成功の裏側(Lie to Me)」)。
著者の厳然たる主張は、「彼らの成功は、事業の中核にある競争能力(コア・コンピタンス)の盗用によるもの」だということである。4社のすべてについて言えることだが、彼らの成功を決定づけた要因は、最初にアイデアを社会に提供した会社から盗んできたものである。あるいは、単にそうしたアイデアを上手に模倣して借用する能力に長けていたから。
ちなみに、著者は4社を「四人の悪魔の騎手」(Four Horsemen)と呼んでいる。著者の表現では、「第2章 アマゾン」(ゼロサム・ゲーム)の節で、つぎのようになっている。
「アメリカ経済では、小売業の成長はフラットなままで止まっている。アマゾンの成長は、どこから来ているはずだ。誰が敗者なのか? 2006年~2016年までの10年間で、小売業の株価の変化を見ると(Sears▲-95%からターゲット▲15%)、アマゾンだけが+1,910%で成長している。「勝者がすべてを奪い取ってしまう」という状況が、他の3社についても起こっている。
ビジネス界における一人勝ちの結果は、(米国経済社会においては、)「300万人の主人(Lords)と3億5千万人の下僕(Serfs)」が混在する階層的な世界の再来となる。4社は、かつての伝統的な大手企業のように、十分な雇用を生み出さない。消費力がある「豊かな中間層」を創造するわけではない。
それとは反対に、わずかな数の金持ちと多くの貧乏人を生み出す。そのような状況は、未来の社会にとって幸せなことなのだろうか?この状況がトランプ大統領を生み出した社会的な背景になる。
わたしが本書でいちばん刺激的に感じたのは、「第8章 Tアルゴリズム」である。4社に続く、5社目の成功者にとって必須の条件は、つぎの8つである。著者の主張を簡単に要約してみる。
1 製品の差別化
歴史的に、企業の成功は、①流通(販路)を押さえる、②優れた機能の製品を創る、③強いブランドの構築で推移してきた。それがいまは再び、成功のポイントは、④製品の差別化に移ってきている。ネットの時代に、同じものはすぐにどこでも入手できるから。希少性は、製品の側にある。
2 ヴィジョンの伝達
企業(経営者)にとって重要なのは、未来の経営のヴィジョンを明確に伝えるコミュニケーション能力。たとえば、グーグルのヴィジョンは、「世界の情報を組織すること」。フェイスブックのヴィジョンは、「世界をつなぐこと」(個人間をリレーションシップを構築すること)。
3 グローバルリーチ
いわずとしれた、ビジネスがグローバルに展開できる能力が必要である。事業性がグローバルに展開できる基盤がないと、大きな未来の騎手にはなれない。
4 好かれること
企業も経営者も、世の中から好意をもって迎えられること。クールだったり、スマートだったりする性質。フェイスブックのザッカーバーグ、アップルのジョブズ、グーグルのページなど。経営者たちは、クールでスタイルがかっこいい。
5 垂直統合
普通の意味での「インテグレーション」とはちがっている。換言すると、生産から販売(マーケティング)まで、その企業がすべてをコントロールできること。ネット経済社会で勝者になるには、分業ではなく内部化すること。
6 AI
人工知能がビジネスの中核能力に備わっていること。アマゾンを見るとよくわかる。キーワードは、行動ターゲティング。消費者の行動を個人ベースに、事業を組み立てること。
7 地理的要因
4社の本社がある場所は、米国西海岸の大学キャンパスの近く。そこには、優秀な研究者と技術者、ベンチャー起業のためのシーズと資源、そして将来を担う若者が住んでいる。本社の好ましい立地は、知的産業集積との近さに関連している。知性こそ、ベンチャーにとっての最善のインプット。
8 リクルーティング能力
能力が高い社員を引き付ける力を高めること。従業員を優秀ならば、会社の業績は良くなるに決まっている。
本書について、違和感を感じたことがひとつだけあった。著者のスタイルを体現するものとして、わざとそうしていると思われるのだが、大学教授が書く文章としては表現に品がないことだ。全編がスラングに満ちあふれている(苦笑)。文面に、fuck, bull-shit, sex, etc.ちょっと読むに堪えない部分は、スキップしたくなった。
そうしたライティングスタイルを除けば、最近読んだビジネス書の中では、本書は秀逸な書籍だった。推薦してくれた仕事仲間の小野譲司先生(青山学院大学教授)には大いに感謝したい。しかし、読み終えるのに5日もかかってしまった。英語能力が衰えている。う~ん、もっと勉強をしなければ、