今日とてもうれしいことがあった。JRCの『経営情報』2009年9月号で、チーフコンサルタントの渥美俊一先生が拙著『マーケティング入門』を紹介して下さった。2ページにわたる、あたたかい書評であった。全文を紹介して本HPにアップする!
本書は、本誌に書評を寄稿していただいている小川孔輔氏の最新刊で、同氏の10余年の思考の成果が結実した700ページを超える大著である。
小川氏は日本を代表するマーケティング論の研究者だが、その活動は多岐にわたる。法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科に在籍し教授活動の一方、2000年には「日本フローラルマーケティング協会」を設立、現在も会長として、花き産業を興隆させるための調査研究、指導、人材育成に取り組み中の、異色の大学教授である。
さらに、『チェーンストアエイジ』誌に連載した「小川町風土記」(2008/9/1号~2009/8/1,15合併号)では、インタビューなど独自のフィールドワークを行い流通業の企業史(ヤオコーとしまむら)を描いたのをご存知の読者も多いだろう。
タイトルが示すとおり、本書はマーケティング論の入門書として書かれている。
他の著者から類似のマーケティング教科書は数多く出版されている。だが、ほとんどは抽象的な内容で、実務については表層的な描写が多く、独りよがりなものばかりである。その点、本書は全く異質な作品なのである。
その特徴の第一は、企業のマーケティング活動を理解するさいに手助けとなる概念や用語が、一般の読者にもわかりやすい平易な文章で解説されていることだ。
ともすれば抽象的な議論に陥りやすいマーケティング理論や仮説の説明でも、われわれに馴染みのある国内企業の事例が用いられている。そのおかげで、現実の企業活動を考えるさいにも、それらのモデルをどう使えばよいかが判りやすくなっている。
第二に注目すべき点は、流通業の経営政策(出店、組織管理、商品政策、陳列、セールス・プロモーション)について、著者自身の流通業への強い愛着と豊富な調査経験をもとに記述している部分である。これらは不思議なことに日本でも海外でも、一般のマーケティング書ではほとんど触れられない事項なのだ。
これらの流通業独特の政策論をマーケティング論の基礎項目の一部に加えていることは、今後より多くの人々が流通業独特の経営原則について興味を持つきっかけとなるだろう。それは流通業経営にとっても新しい働きとなるはずである。
もし、われわれ流通業から欲張りな希望を出すとすれば、一般に言われるマーケティング論と、チェーンストア志向企業が持とうとしているチェーンストア理論との相違点について、さらに多くの解説をしてもらいたいということだ。
たとえば本書において、ペガサスクラブでは、「業態」を「フォーマット」と区別している、ということが触れられている(p.574)。これは学術研究者による書籍では初めての指摘であろう。そこでさらに、どうしてその区別が必要だと言われているのかについても解説し、読者の理解を助けてほしいと感じてしまうのだ。
また別の例をあげると、売場レイアウトの原理として「客動線が長くなると、売り場への立寄率と購入点数が増えて、客単価がアップする」(p.600)という調査結果が引用されている。しかしそこから、「客単価をアップするには客動線、すなわち、店内での滞在時間を長くすればよい」とは言えないはずだ。現在の世界の流れは、ショートタイム・ショッピングだからである。
レイアウトの原則は、まずこのショートタイム・ショッピングを実現することである。そのためには、売場部門や品種により購買頻度が異なるスーパーマーケット(SM)の場合、すべての通路を来店のつど毎回歩くという、ムダをさせてはいけないというのが新しいレイアウト理論である。
実際、この原則と逆に日本のSMでは客動線を延長しようとして、ゴンドラの長さを短くして通路を縦横に配置し、客に売場をぐるぐる回らせようとする大きな間違いが起きている。しかし、実はSMのお客様の滞在時間は15~20分で、25分を超える店は欧米にも日本にも少ないと実態調査でわかっている。だから、お客をぐるぐる歩き回らせることを意図したレイアウトにしても、実際には滞在時間は伸びず、目的の商品を見つけにくい不便な店になるだけなのである。
こうしたことは、ペガサスクラブのセミナーでもレイアウト原則として、フィールドワーク調査資料を使って1960年代から解説し続けていることである。この点は、マーケティング論側の教えとは異なっている。
このように、流通業の経営原則論では、学会側の常識と経営実務との間には相反する考え方が数多くある。それらの違いについて鋭い洞察眼を持つ著者には、さらに広範囲の問題提起と解説とを期待してしまうのだ。もっとも、そうした細かい論点については、マーケティングの入門書とは別の機会で詳しく論じられるということだろう。
とにかく本書が最近出版された学術書の中で抜群の高い価値があるのは、流通業経営にとって重要な論点が、わが国一流の学究者によって久しぶりに明確に提起されている点である。それのみならず、豊富な事例紹介によって読者を飽きさせない本書は、マーケティング論の教養を育むために格好の書物であろう。経営実務者には、日常的に用いられるマーケティング用語や概念を、整理し議論の要点を正しく理解するための基礎文献として、おすすめしたい。