【新刊紹介】酒井大輔(2024)『進撃のドンキ:知られざる巨大企業の深淵なる経営』日経BP(★★★★)

 最近になって、PPIH(パンパシフィック・インターナショナル)に関する書籍が相次いで刊行された。そのうちの一冊が、酒井大輔氏(日経BP記者)の本書である。酒井さんは、「ワークマン」に関する書籍を数年前に執筆している。本ブログでも書評をしているが、なかなかの良書だった。


 前著のこともあるので、期待して読み進めた。内容はとてもおもしろかったが、一般の読者には400頁もあって、やや分厚すぎると感じた。ドンキの組織運営の詳細な記述や運営を担当している社員の話が延々と続いたからだろう。序章「日本の食は「第2の自動車産業」を読んで、第2章「変幻自在の店つくり」まで読み進んだところで眠たくなってしまった。

 とはいえ、全編を読了したあとで、この本を2人の企業家に推薦したいと思う。一人は、いま全国41店舗の花店チェーン「花恋人」(カレンド)の野田将克社長。もうひとりは、これから書籍の刊行でダッグを組むことになる「ワークマン」の林知幸広報部長(役員待遇)である。
 野田さんには、第3章と第4章を読んで、商品開発と組織づくりのヒントにしてほしいと思う。林さんには、現状のアンバサダーの役割を見直して、商品開発のプロセスを改善するための参考にしてみてははどうかと思った。

 本書を要点をまとめてしまう。
 第1章「日本の食は『第2の自動車産業』」は、創業者の安田さんがシンガポールに移住して開発した「ドンドンドンキ(DonDonDonki)」という業態の新規性について。三越伊勢丹Gや旧IYグループなど、海外で展開する日本の小売りチェーンは、アジアからの撤退が相次いでいる。例えば、中国の伊勢丹やセブン&アイのヨーカ堂など。
 安田さんは、自社のドンキホーテの業態も、海外では移転不可能だと早々と結論づけた。その代わり思いついたのが、ドンドンドンキである。同じ量販店をやるのであれば、シンガポールで暮らしてみて、日本発の商品を模したビジネスが、日本の商品やサービスを中途半端に利用している現地人や中国人・韓国人が多い。しかし、だから、そこにチャンスがあると安田さんは気づいた。
 それは、和の食材をベースにしたサービスが提供できる店を出すこと。最終的には、海外で成功している自動車産業に次いで、日本発の商品(和食ベース)の小売業ならば、グローバル市場(とりわけ、アジア市場)が席巻できると考えた。やはり小売りの天才は発想がちがう。

 第2章「変幻自在の店つくり」は、ドンキ、メガドンキの店舗のユニークさを解説した章である。ドンキホーテの成功は、①チェーンストア理論の否定(同じ金太郎の店を作らない)、②店舗・売り場への本部からの権限移譲(人は任せられば楽しく働く)、③ターゲットはZ世代(禁じ手はない)、④エンターテインメント性(アミューズメントと本書では呼んでいる)を重視する売り場つくり、ただし、⑤アナログに見えて実はIT企業(論理的でデータ分析をしっかりやる!)であること。
 *申し訳ないが、この第2章をもっと短くしてほしい!わずか5行で要約できる内容なのだから。

 第3章「型破りの商品づくり」では、独自性のあるPB商品の開発プロセスを解説している。著者は、「意外にまじめな!商品会議」と書いているが、この会議体の運営方式は、「アイリスオーヤマ」(大山健太郎会長)の商品開発会議のやり方と瓜二つである。きちんと売上高のデータを用いて論理的に説明しているから。それと、談論風発だがそれならに長い時間を掛けて議論しているところなど。
 販促のフライヤーやPOPなどの作り方は、もしかすると米国の食品スーパー「トレーダー・ジョーズ」を真似ているのかもしれない。商品調達の担当者は、プロ(TJ)とアマチュア(ドンキ)の違いはあるが、「楽しさ」「驚き」「ユニークさ」が基準になっている。読み手を楽しませる長ったらしい説明で、メッセージ伝達のおもしろさを重視する点など。
 
 第4章「仕事をゲームにする」には、二つのことが書かれている。①社員のモチベーションを維持して、②会社全体の成長をドライブする方法について。この章は、仕事のやり方について書かれていると同時に、ドンキ流の組織運営と人事管理の肝を説明している。
 店舗数が増えてきたときの対応として、支店長に管理限界を設けること。その基準は、一人の管理者の管理限界(経営学の用語で、span of control)は100店までとする。そして、100人の支店長の入れ替え戦で、毎期に20人(全体2割)を自動的に入れ替えるルールを設定している。
 ただし、敗者復活戦もありである。どちらも組織を腐らせないようにするための仕組みである。これは、権限委譲と組織を自動的にレフレッシュするための仕掛けである。仕事が楽しくなると、人間のモチベーションは高まり、組織は活性化して健全に成長できる。

 第5章「ドンキ流が総合スーパーを救う」は、本書でもっとも学びが多い章である。なぜならば、安さと楽しさを追求するのが、「ドンキ流」だと思っていた評者は、ドンキのトップが意外にもまじめな経営者だったと感心した。
 ユニー(長崎屋)の再生について、メガドンキへの転換一辺倒ではなく、途中で新しいGMSを目指す方向に、PPIHの経営陣は方針を転換させた。しかも、食品スーパーとしては、従来のユニーや長崎屋の良さを継承しながら、専門店(マチの商店風)の集合体としてユニーや長崎屋を再生させている。
 この章は、イトーヨーカドーなどの事業再生のアイデアが満載だと、わたしはインスピレーショを得た。セブン&アイの経営陣は、ドンキから学ぶものがたくさんあるように思う。アダストリアに、衣料品売り場を明け渡すのもったいない。

 第6章「創業者・安田隆夫」と第7章「真のCEOは『源流』」は、本書の中で「付録」の位置づけになっている。あえて言わせてもらえば、なくても困らない章である。
 400頁の分厚い本を読んできた読者に、この2つの章は不要だと思う。ドンキに対して、「ヨイショ」はいらない。酒井さんが心配するまでもなく、安田さんや現在のトップの考え方は、序章から5章までで充分に読者に伝わっている。
 著者の酒井さんの欠点は、簡単なことを必要以上に詳細に長く書いてしまう癖があることだ。5章までの記述も、もっと簡潔に書くことができたはずである。本書は内容が素晴らしいだけに、途中で「読者を眠たくさせてしまうこと」は避けてほしかった。

 参考まで。天に唾を吐くようなものだ。わたしも、同じような愚行を犯すところだった。
 自分もいま、ローソン本(『ローソン、挑戦と革新(仮)』)を脱稿したばかりである。当初は、380頁を想定して書き始めた。しかし、読み手のことを考えて、わが本の編集者である三宅晁生さん(PHP研究所)曰く、「小売業の社員さんとかオーナーさんだと、250頁が限度ですかね」。もっと短く書いてください!という暗黙のリクエストだった。
 他山の石である。忙しいビジネスマンには、380頁の本は挑戦的に過ぎたのである。三宅さんが言うことが正しかった。
 この会社がなぜここまで成長できて、30年以上も増収増益が続けて来られているのか?その整理となぜに対する答えがないまま、第3章「型破りに商品づくり」に突入してしまった。3分の1弱を読み終えたところ(150頁付近)で、いったん本を閉じてしまったのである。

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