JFMAのオフィスが、法政大学の小川研究室にあったころの話である。
欧米の花苗市場でいまやメジャーな存在になった“Proven Winners”(略称、PW)が発足したばかりで、中心メンバーのジョン・レーダー(John Rader)を国際セミナーの講師として招聘したことがあった。仲介の労を取ってくれたのは、育種家の坂嵜潮さんだった。
セミナーが終わり、ボアソナードタワー25階のラウンジで、講師を囲んでの懇親会になった。PWのビジネスの強みは、新種の花苗のパワーでグローバル・マーケットを席巻できることである。育種チームの中心には坂嵜さんの存在があって、欧米やオセアニアの育種家たちと緩やかな「グローバル・ブリーダーズ連合」を形成していた。
ジョンと初対面のわたしは、セミナー後のラウンジで、今考えると珍奇な質問をしてしまった。「新しい品種が出なくなったら、PWのビジネスはどうなりますか?」と尋ねたのである。唐突だったからだろう。ジョンはそのときは黙して答えなかった。
次の年に、米国加州サンディエゴの郊外にあるPWの育種農場を訪問する機会があった。彼は日本でのわたしからの質問を覚えていたようで、農場から遠くに広がる起伏のある広大な草原と森を背にして答えたくれた。「この自然の様子を見てください。新しい種はそこここ転がっています。自然界から新しい品種(Variety)のタネが尽きることはないですよ」。植物の多様性は永遠に維持される。楽観論を聴いて、わたしは妙に納得したものだった。
唐突だが、ここからは秋田の田舎に話題が飛んでしまう。
この夏、母親の7回忌で、地元の能代市に帰省してきた。友人たちと久しぶりに会話をして、驚きの情報を得た。この国から、本当に!秋田県が消えてしまいそうなのだ。そして、秋田県が消滅する前に、わが母校(能代高校)が消えてしまう事態が目前に迫っていた。
50年前、能代市の人口は6万人で、活気のある町だった。二ツ井町を入れると広域人口は7万人強。市内には5つの高校があった。ところが、2013年に能代北高と能代商業が統合して能代松陽高校が誕生。2021年には、能代工業と能代農業が一緒になり能代科学技術高校になった。わが能代高校は進学校だったので、いまでも単独で残されている。
ところが、3つの高校を統合する案が、県の教育委員会で検討されているらしい。現在、能代市の人口は5万人弱だが、20年後には3万人、40年後には2万人に人口が減少する見通しが出されている。人口2万人の町に、3つの高校は必要とされないだろう。
人口減少社会の敵は、世の中から多様性が失われることだ。選択肢が狭まると、子供達には逃げ場がなくなる。県内の中学生には、進学先の高校に選択肢がほとんどない。多様性を失った社会は、他者に対して寛容でなくなる。その恐ろしさは、政治的に分断が始まっている米国の社会を見ていてわかる。多様な生き方を許容しない社会は暴力的になる。
なお、気候変動の影響で自然界からも多様性が失われている。卑近な例が、わが家の朝顔だ。猛暑のせいなのか、朝顔が種子をつけなくなっている。未来に繋ぐはずの種子がいつかの日か失われるかもしれない。人間界の非婚・少子化も、現象的には同じことだろう。
植物の頑健性への信頼が揺らいでいる。いまの今、ジョン・レーダーに20年前と同じ問いを投げかけたら、どんな返事が戻ってくるだろうか。それでも、自然界では種の多様性が確保されていると応えてくれるのだろうか。
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