「呉ベタニアホーム」の事例を書くための参考資料として読んでいる。特別なサービス分野ではないことがわかった。介護業界は、5K(きつい、汚い、危険、結婚できない、給料安い)の産業なのだそうだ。そのイメージを払しょくする18の企業(NPO法人)の取組みが紹介されている。
著著者の糟谷氏は、1970年代の生まれでまだ若い。
わたしはこの業界について詳しくないが、筆者は介護業界専門のコンサルタントらしい。ご本人の仕事内容や実績は存じ上げないが、基本はマーケティング志向の方のように見える。ただし、読者層を考えて、あえてマーケティングの専門用語は使わないようにしているようだ。それは正解だろう。
いま書いている本のエッセンスが、介護業界を例に詳しく説明されている。つまり、事業が介護保険という制度に依存しているとはいえ、顧客志向が事業を成功させるためのカギであることが納得できる。会社(あるいは事業)として、「3方良し」(顧客の入居者良し、働くヘルパーさん良し、社会と会社良し)の経営をしているかどうかがポイントである。
前半部分(第一部)は、「顧客満足」の視点から13の事例を取り上げている。後半部分(第二部)は、「従業員満足」の切り口から5つの事例を紹介している。編著者たちは、同じ会社グループ(スターコンサルティング)のコンサルタントではある。ただし、4人で分担執筆しているため、章ごとに記述の仕方がバラバラなことが少し気になるところではある。
大切なポイントは、3つである。
①「介護の仕事をどのようにクリエイティブにできるか」
その事例が18組、紹介されている。
②「介護の仕事に、マーケティングの視点を」
介護施設の運営は、ほとんどサービスマーケティングの手法が応用できる。
③「顧客満足と従業員満足の持続可能な両立をどのように組み立てるべきか」
企業経営の視点から、利益を出すための手法が紹介されている。
介護事業にコミットしているひとのために、興味深い事例(章)で気が付いたことをメモしておく。すべて、サービスマーケティング(マネジメント)の概念や理論が応用できる。
(1)立地戦略
「介護のサンハイツ」(第11章)では、「地域密着のサービス」を取り上げている。これは、通常、「小商圏ドミナント戦略」と言われる手法の変形である。複数のサービス施設(タイプが異なる)を、半径2~3KM圏内に集中的に開所する方法である。通常の小売業のドミナント戦略とちがうのは、同一商圏にタイプの異なる施設を開いていることである。
「たんぽぽ介護センター」(第14章)は、それとは逆に、「大商圏」で規模の効果を実現するために、「ワンストップショッピング」の利用者対応で、経営的にはパート比率を高める戦略を採用している。大規模施設の中に、多様なメニューを品ぞろえいている。
この戦略は、呉ベタニアホームでも採用されている。そうすることには、3つの意味がある。
①顧客ニーズへの対応・・・入居者や利用者は異なるニーズを持っている。セグメントごとに別のサービスが必要。
②事業のリスク分散・・・介護業界は分野によって一様に成長するわけではない。異なる施設で市場の変化に備える。
③従業員のスキル・・・従業員は働き方と技能が異なる。複数の職場を持っていた方が、経営的効率がよい。
(2)セグメンテーション(個別対応)
「社会福祉法人 慶成会」(第1章)では、要介護状態(軽度から重篤)に応じて、提供するサービスを変えている。あるいは、複数のサービスメニューを提供している(ワンストップショッピング)。マーケティングでいう「セグメンテーション」と「多様なメニュー提供」は、本書全体のテーマでもある。
(3)サービスイノベーション(従業員の創意工夫)
制度で縛られているので、介護の仕事はマス化された「作業」になってしまう。従業員にとって介護仕事を面白いものにするために、働くモチベーションを高めることが必要だ。その事例が複数、紹介されている。
「なごみのさと」(第3章)は、(介護の)素人集団が創案した「リハビリ特化型短時間ケア」「モバイルセラピスト」のアイデアを生み出した。「イーグルバスグループ・イメディカ」(第5章)は、社員が発案して「バーチャル温泉バスツアー」を企画している。これは、グループにユニークなバス会社を有しているからでもある(矢島社長)。
(4)サービスの可視化とマニュアル化
「シニアライフアシスト」(第6章)は、入居者の「わがまま」(個別対応)に応えるサービスを提供するために、「顧客対応マニュアル」(48タイプ)を作成している。個別対応に対してプレミアム価格を設定する戦略である。
同様な戦略(差別化されたサービスメニュー)は「あと会」(第7章)でも紹介されている(アメニティの追及)。
以上、マーケティングの対象として、介護業界は特別なものではない。ニーズ対応や従業員の満足度を高めるための施策は、サービス業一般と変わるところがない。そのことが、本書を読むことで理解できる。また、サービスマーケティングの適用分野として、介護業界は将来性がある市場でもある。