気に入った本は、知り合いの経営者や知人に勧めることにしている。頼まれもしないのに突然本が届くのだから、迷惑に思う友人もいるだろう。でも、そんなことにはお構いなしだ。本書もおもしろかったので、食品スーパーや惣菜・飲食関係のビジネスに携わっている7人の知人・友人に送り付けることにした。
読んでほしい人のリストには、ヤオコーの川野幸夫会長、ロック・フィールドの岩田弘三社長、らでぃっしゅぼーや創業者の徳江倫明さん、オイシックスの高島宏平社長、サイゼリヤの正垣泰彦会長などが含まれている。
ヤオコーの川野清巳前社長は、しばしばわたしが脈絡もなく贈りつけた書籍を、社内の推薦図書に指定してくださった。本書も、ライフスタイル提案と個店経営を標榜するヤオコーの社員には是非とも読んでほしい一冊である。
自分で発掘することもあるが、おもしろい書籍は、いろいろなルートから届けられる。手配ルートと情報源は多様だが、共通しているのは、その道のプロが推奨してくれる本はほとんどハズレがないということだろう。
奥田政行さんの本は、サントリーの国産ワイン担当者だった松尾英理子さんのオススメの一冊である。奥田シェフの考え方や生き方について、松尾さんから何度か断片的に話しは聞いていた。
また、東京駅の構内にあるイタリアン「YUDERO」(店名の由来は、スパゲティーを”茹でろ!”のギャグだろう)には何度か立ち寄ったことがある。新鮮で繊細な食材を使ったイタリア料理の一品は、忙しく動き回っている旅行客にも、あの場所ではとても期待できないくらい、深い味わいの食事を提供している。
しかし、本書を読むまでは、そうした奥田料理の美味しさの来歴を知るよしもなかった。
ロック・フィールドの岩田さんに本書を読んでもらいたいと思ったのは、奥田さんの料理食材に対する考え方が、スローフードそのものだからである。岩田さんは、日本のスローフード運動のプロモーターである。
岩田さんは、「美味しい料理は、力のある食材を使ってなるべく手を加えずに提供すべし」とつねづね主張してきた。日本一の惣菜店「アール・エフ・ワン(RF1)」のメニューにも、地方の旬の食材が多く用いられている。これは、奥田さんが、「食で地方はよみがえる」で実践してきたことでもある。
マス(量産と効率)を追求してきた岩田さんと、いまだニッチな市場と顧客ニーズを相手にしている奥田さんの取り組み方は対照的ではある。しかし、美味しさを感じさせる舌の思想と調理の方法論は共通である。
食材を調理する(料理)という行為は、素材のよさを活かすために存在するのだ。食材優先の考え方である。
奥田さんの本の神髄は、在来種と呼ばれる地方の野菜を発掘したことである。品種ごとに、発見のプロセスと料理法を詳しく説明してくれている。
わたしは隣県の秋田県の生まれだが、山形庄内地方でのように、秋田には在来種の野菜がもうほとんど残っていないように思う。むかしは、不定型で、中を割ってみるまで味がわからない、まくわウリ(ロシアンルーレット!)やぐにゃぐにゃぐ曲がったナスやトマトを食べたようにも思うが。あの野菜たちは、いまはどこに行ってしまったのだろうか?
本の写真に出てくる藤沢カブには涎が出てくる。なんて異形のおいしそうな形をしているのだろうか。形が定まっていないのがよい。変に規格化されていないのがよいのだろう。箱に詰めにくく、運びにくいから市場から消えそうになっているのだが。
花の育種でも、極度に園芸化が進む(人の手が加わる)と、植物が病気に弱くなったり、花の姿形が人工的になることが知られている。きっと野菜でも同じなのだ。
野性種(原種、在来種)は、独特のエグミや苦みがあって、扱いにくそうだ。でも、奥田さんが示しているように、地元産の魚や肉と合わせると、その野生味をなだめることができる。むしろ、その荒々しさを味わうのがいいのだ。
奥田さんの庄内での取りくみは、大量生産された野菜や果物が世界中から集められ、その結果として料理が画一化されつまらなくなることに対する対案を提示している。
わたし自身は、スローフード運動は南ヨーロッパに特有の思想だと思っていたが、奥田シェフの料理を知るに及んで、「ゆっくり食べる」「みんなと楽しく食べる」「地元の食材を堪能する」は、日本でも成り立ちうる食の形式だということに気がついた。というか、有機農産物や自然食材の流通を研究しているわたしの研究姿勢に、本書は大きな反省を与えてくれた一冊であった。
本を絶賛することは、それはそれとして、まずは鶴岡にあるアルケッチャーノに行って、奥田シェフが作る庄内産の食材をふんだんに使ったイタリア料理を食べてみたいものだ。その地方の空気を吸って、海や山や草原の風景を眺めながら、誰かと食事を楽しむことが元気のもとだ。だから、本書を読んだからには、なるべく早く、泊まりがけで鶴岡に行かねばと思う。