【書評】 越谷オサム(2011)『陽だまりの彼女』新潮社(★★★★★)

 恋愛小説は読まない。書店でラブストーリーを買い込むなど、およそ考えもつかない。そうなのだが、なぜか親しい女ともだちから、「先生、絶対に読んでくださいね!」と懇願された一冊だった。夏季集中授業時に、駅前の「戸田書店」で店員さんに書名を検索してもらった。



 「カバーをおつけしますか?」
 店員さんにしばしば聞かれる。今回も、「いや、すぐに読んでしまいますので」と返事をしてしまった。そっけなく聞こえたことだろう。
 いつものことだ。本にカバーをかける意味が見つけられない。恋愛小説を読んでいるのを、隣の人に見られて恥ずかしくはないから。
 この時は、二冊を同時に購入した。もう一冊は、直木賞を受賞した『ホテルローヤル』である。「釧路湿原を背に立つ北国のラブホテル。」という帯のキャッチを見て、平積みの山の中から衝動的に手に取ってしまった。その前の週に、釧路湿原を30K、翌週になってから背中の皮がむけるくらいに、黒々と肌を焼きながら走ったからだった。
 こちらは、今回は書評はしない。北海道の殺伐とした大地を舞台にした、とても陰惨な仕立ての風俗小説である。そうか、この程度の作品で直木賞がもらえるのだ!そう思うのは、無冠の社会学者の嫉妬心だろうか?

 さて、この本『陽だまりの彼女』には、星(★)を5個もつけてしまった。おもしろかったのだ。静鉄プレジオ北(ビジネスホテル)で、夕方からの授業が始まる前の2時間半で読み終えた。速読のわたしにしては、ていねいに読んだ方だ。

 「登場人物が少ないですから(笑)」(Sさん)。
 恋愛ファンタジー小説を薦めてくれた女ともだちの開口一番にコメントである。わたしの書く本、たとえば、『しまむらとヤオコー』などは、登場人物がたくさん出てきて、彼女は道に迷ってしまうらしい。
 「途中で挫折してしまいました!」と、3年前はがっかりなメールに打ちひしがれたものだ。「誰が誰だがよくわからなくなるんです」(Sさん)。彼女の感覚は一般庶民のもので、だから代表性のある意見なのだ。
 自分お薦めの恋愛ファンタジーは、登場人物が少ない。「短時間で簡単に読めます」とメールしてきた。たしかに二時間半で読み切れた。

 出版年は2011年で、東日本大震災の前後である。2013年7月で5刷りになっているから、中ヒット作だろう。10月20日に封切りになる映画のチケットを買いに行って、その列に並んでいる場所から、わたしに携帯でメールをくれたらしい。
 もしかすると、主人公が浩介くんだから、わたし(孔輔)を連想したのかもしれない。いや、小説の中の浩介くんも、千葉県鎌ケ谷市に住んでいた。わたしの住まいは鎌ヶ谷の隣りの白井市で、ほぼ毎日、鎌ヶ谷近辺をマラソンで走っている。梨畑と開発途上の草原と、ローカルの私鉄沿線の新興住宅街が舞台だ。船橋発の東武野田線が登場する。
 わたしの子供たちが通っていた小中学校では、実際に教室でいじめがあった。ファンタジー小説なのに、なんとなくストーリーに不思議なリアリティがあるのは、身の回りの地名がたくさん出てくるからなのだろう。
 著者の「越谷」(埼玉県)というペンネームも、西船橋から府中本町まで通っている武蔵野線の「越谷レイクタウン」を連想させる。柏あたりにかけての千葉県西北部の風景が、この小説の基底である。
 
 

 主人公の浩介君は、小川先生と性格がよく似ているらしい。
 優しくて、素直で、子供みたい(純真という意味)。それでいて、女心がわからない。わかっていそうだが、わからない(自分で書いてしまうのは、実に面はゆいが)。
 
 映画の中で、松潤が浩介君を演じる。相手役は上野樹里。「それがどうしたの」というレベルの知識しかないわたしには、とにかく小説を読んで判断するしかなかった。
 筋書きを解説してしまうと、映画も小説も種明かしをしてしまうことになる。だから、ブログ読者は、こうすけ君にだまされたと思って、映画館に足を運ぶか、小説を読むかしてほしい。
 まちがいなく、おもしろい。推薦者のS女史には感謝。