(その115)「閉店、長年のご愛顧に感謝」『北羽新報』(2026年4月27日号)

 本日、コラムを連載している地元能代の『北羽新報』に、父親の創業から75年続いてきた実家の「小川商会」の閉店を告知する記事を掲載させていただきました。
 早速、友人で岩手県釜石在住の元編集者(佐藤義行さん、PHP研究所)から、つぎのようなメールをいただきました。実家の呉服店を閉じることを告知するコラムを読んだ八峰町出身の女性ライターさんから、佐藤さんに早朝にメールが送られてきたとのことです。
 この女性の方(草ケ谷ゆかりさん)とは、2年ほど前に葛飾の寿司店で会食をしています。同郷の秋田の話で盛り上がりました。わたしの実家は、彼女の出身校(能代北高)の正門の前にありましたので、わたしの実家である小川商会のことを覚えてくれていました。
 
 「まだ雨がない三陸です。今日の午後、降るかもという予報ですので期待したいところです。
 ところで、能代地元新聞で先生のコラムを読んだライターの能代女子から寂しいという連絡をもらいました。地元の顔だったのですね。」(佐藤さんから、8時35分)。
 釜石の隣町、大槌町が森林火災で大変な状態になっています。雨が降って、早期の鎮火を願っています。

*(注)八峰町(はっぽうちょう):2006年に旧八森町と旧峰浜村が合併してできた町。日本海の海岸線に沿って南北に長い。海岸線から世界遺産の白神山地を仰ぎ見ることができる。日本キャニオンや十二湖など、一帯はブナの原生林に囲まれた風光明媚な場所。
 五能線(東能代~五所川原)沿線の高校生たちは、能代高校や能代北高などで学ぶため、八森町や峰浜村から、遠くは青森県深浦町からも、能代まで汽車通学をしていました。草ケ谷さん(旧姓鈴木ゆかりさん)も、そのうちの一人だったはずである。
 
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(その115)「閉店、長年のご愛顧に感謝」『北羽新報』(2026年4月27日) 
 文・小川孔輔(法政大学名誉教授)
 
 本日は、皆様に残念なお知らせをすることになります。また、公的な新聞のコラムにて、自身の私的な事柄を取り上げることをお許しください。創業75年の実家(小川商会)が、4月10日をもって閉店することになりました。去る4月2日、商売を継承していた末弟の小川晋佐(しんすけ)が、不慮の事故でこの世を去りました。弟は独身でしたので、後継ぎはおりません。事業の承継者がいない実家の商売は、畳まざるを得ない状況になりました。
 4月7日に弟の葬儀を無事に終えて、残された兄姉の3人で相談をしました。その場で実家の店を閉じることを決めました。選択肢はそれしかありません。しかし、現在でも店舗や商品は手つかずのままになっています。弟の逝去はあまりに突然でした。実家の商売については、生前の弟とは具体的に話せていませんでした。
 
 わたしたちは仲の良い兄弟ではありましたが、商売に対する判断は事業を承継した弟が判断すべきものと考えていました。その結果、弟が目の前からいなくなってしまうと、商売の実際についてよくわからないところだらけです。そうした条件の中で、事業の整理を進めるにはかなりの時間が必要かと思っています。
 なお、実家の商売については、能代にお住いの皆様には大変お世話になりました。また、八峰町や三種町など、近郷のお客さんにも、小川商会は呉服や寝具の商売で支えていただきました。本当に感謝の念に堪えません。わたしたちは、年齢が近い4人兄弟です。長男のわたし以外は、3人が年子でした。わたしが大学院生だったころ、4人全員が大学生だった時期があります。全員が留年をせずに大学を卒業することができましたが、両親はわたしたちの学費を支払うのが大変だったはずです。
 
 ところで、わが父親の小川久(ひさし)は、太平洋戦争の末期に弘前の連隊に招集されました。子供の頃に父から聞いた話によると、戦争が始まった当初、父は夜学に通いながら三菱重工で戦車を作っていたようです。短い訓練の後、弘前から通信兵として八丈島に輸送船で送られて終戦を迎えました。
 終戦後に地元の能代に戻って、肌着や学生服などを取り扱う洋品店を始めたのが小川商会の始まりです。わたしが中学校に入るころ、小川商会は洋服店から呉服店に業態を転換します。このアイデアは、母親のワカさんの発案によるものだったようです。1981年に父親が亡くなり、2019年には母親がこの世を去ります。その後、事業を承継したのが末弟でした。しかし、父親が亡くなったころから、商売はかなり厳しかったようです。
 仕事柄ですが、わたしは全国各地の商店街や飲食店を取材で回っています。いま戦後に商売を始めた店舗の閉店が相次いでいます。チェーン店の隆盛やデジタル化など、時代の流れがそうしている面もあります。しかし、全国各地で起こっている大量閉店は、団塊世代が引退する時期と重なっています。日本国の人口動態が引き起こしている現象の一つです。
 静かに、日本の小売サービス業に撤退の波が押し寄せています。小川商会は、地元の能代市に残った最後の呉服商でした。この度、75年の歴史を閉じることになります。長年に渡る市民の皆様からのご愛顧に感謝します。誠にありがとうございました。

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