【書評】 シーナ・アイエンガー『選択の科学』文藝春秋(★★★★★)

 学生の課題図書に指定し、友人たちに強力に推奨していながら、本書を読み終えられないでいる(あと2章)。今年読んだ本(刊行は昨年度)の中で、もっとも印象的な書籍である。著者はビジネススクール(コロンビア大学)で教える盲目の女性心理学者。研究者としての姿勢がまた感動的である。



 「選択の科学」の英語原題は、Art of Choosingである。翻訳は微妙?である。このタイトル訳には賛否両論があるだろう。そして、さらに語感の好き嫌いもある。わたしならば、「選択の美学」、あるいは、「選択の哲学」などと訳そうとするだろう。
 それはさておき、本書は、ビジネスにおける「意思決定」(decision making)ではなく、もっと広めの「選択」(choosing)を扱っている。危機的な状況で「生きのびるための選択」から、彼女の話ははじまる。そのあとも、主として決定的な場面での意思決定を取り扱っている。

 本書を読んでもっとも印象的なのは、著者がステレオタイプに「合理的な決定」について語っていないことである。決定することそれ自体について、そこに至るまでの文化的な背景や個人的な状況を加味して決定がなされていることから、本書では説明が始まる。
 人間が自ら選択していると思えるとき、ひとびとは、たとえ悪い結果が起ころうとも、そうした選んだ事態を喜んで受け入れようとするものだ。「自由選択の公理」である。本書を貫いている基本的な哲学である。人は決定の環境条件に納得しているとき、自らが下した運命を快く受け入れようとする。
 もっとも、提示されている理論そのものがものすごく新しいわけではない。実は、70年代から80年代にかけて、わたしたち(マーケティング研究者)が「消費者行動論」を米国で学び始めたころ、本書で紹介される「心理学の法則」は、理論的には確立されていたものである。
 たとえば、「フレーミング(背景操作)」「認知バイアス(非合理な認知構造)」「ヒューリスティクス(意思決定の簡易ルール)」「同化・異化理論(他人と同じか違うかの選択傾向)」など。本書では、それをさらに突き進めて、人生の「岐路の選択」に応用している。
 彼女が学んだスタンフォード大学や、現在教鞭をとっているコロンビア大学の心理学教室の成果と伝統がベースになっている。心理実験の結果は、20年ほど前にすでに知られていたことが多い。

 内容を簡単に紹介してみる。

 第1章 選択は本能である
 第2章 集団のためか、個人のためか
 第3章 「強制」された選択
 第4章 選択を作用するもの
 第5章 選択は創られる
 第6章 豊富な選択肢は必ずしも利益にならない
 第7章 選択の代償
 最終講 選択と偶然と運命の3元連立方程式

 帯には、つぎのように書いていある。

 ・なぜ自分の選択に失望することが多いのだろう?
 ・選択肢が無限にあるように思われるとき、どうやって選択すればよいか?
 ・他人に選択を委ねたほうがよい場合があるか?

 (つづきは明日に!)