【書籍紹介】井田徹治(2010)『生物多様性とは何か』岩波文庫(★★★★)

 直感的に正しいと思っていることのひとつに、「生物(種)の多様性」の確保がある。ただし、科学的に証明したデータを見たことがなかった。なぜ人間や地球にとって生物の多様性が必要なのか。ロジカルな説明が必要とは感じていたが、論理的に詰めて考えたことはなかった。



 井田教授の著書の中に、その答えを見つけることができた。生物が多様でなければならないのは、自然がわたしたちに多様な効用(サービス)を提供しているからである。
 聞きなれない概念だが、「生態系サービス」という考え方である。生態系サービスは、基盤サービス(生産活動、土壌形成、栄養分の循環ななど)、供給サービス(食料供給、燃料や水、木材供給など)、調整サービス(気候調整、洪水・浄化調整、疾病制御など)、文化的サービス(審美的、精神的、教育的、娯楽的など)から構成されている。
 種が多様性を失うと、以上のすべてが同時に崩壊してしまう。経済的な価値を推定すると、そのサービス価値は全世界のGDPの数倍になると試算されている。年間のフローで数千兆円?すごいスケールだ。

 それもこれも、生物界が循環型のシステムで回っているからである。飛行機のリベットで説明されていたが、わたしはコンピュータのプログラムを例にとって想像してみた。メーカーの工場や交通システムなど、大きなシステムはファイルがひとつでも欠けてしまったら、PCは正常に動かなくなってしまう。
 全体システムが動くために、それぞれのパーツがそれなりの働きをしているからである。長い時間(約10億年)をかけて、じっくりと形成されてきた自然界は、一つ一つの種が大切な役割を果たしている。たまたま絶滅して欠けてしまった部品を補うため、全体のシステムの作動を回復するために長い時間が必要になる。そして、どのパーツがどのパーツを代替できるか事前にはわからないから、修復のためには元になる種の多様性が必要になる。
 種の数=生物の多様性が、自然にとって必要な理由である。これが、井田さんの答えだった。そのようにわたしは理解した。
 
 考えてみると、ビジネスシステムも同様である。組織は人間(の種)で構成されている。なので、トップの人材であれ、フロントラインのアルバイトであれ、多様な意見の人間を抱えている組織が環境変化には強いのである。また、構成部品が相互に依存して組織(自然界)は動いている。だから、凝縮力が高くて環境適応力が高い組織が、厳しい環境変化の際にも生き延びられる可能性が高くなる。
 金太郎飴=生物の種の多様性を失った組織は弱い。効率ばかり追い求めていると、環境の激変に脆弱な組織になる。生物界と産業界は同じ法則が支配している。これについても納得だった。
 人間界は、自然の法則を模倣している。行き過ぎた標準化でだめになった組織があるとすれば、それは効率を重視しすぎて単調すぎる組織を作ったからだ。トップの交代がうまく進まない組織の特徴はなんだろうか? この本は、別の想像力も喚起してくれる。