この雑誌は、わたしの脳みそを激しく刺激する。ときどきの映画の紹介文なども、そのうちの一つだ。今回は、興味深い特集記事になっていた。原爆の父の物語である。
映画の主人公、オッペンハイマーは、米国人の物理学者。彼を有名にしたのは、原子爆弾を開発したマンハッタン計画に参画した後に、広島と長崎への原爆投下プロジェクトに関与したからだ。しかし、水素爆弾の開発推進には反対し、政治的な理由でトップ科学者としての地位をはく奪される(いわゆる「赤狩り」)。
日本への原爆投下から78年後(2023年)に、映画「オッペンハイマー」が全米で公開される。記事によると、米国人は自国の政治と科学がもたらした結果を、この映画を通して再び問われることになる。
伝説の科学者の生涯を描いた映画「オッペンハイマー」(クリストファー・ノーラン監督)の評判は、全米での興行収入(約10億ドル)から推察できだろう。日本アニメの最高傑作と評価されている「君たちはどう生きるか」(宮崎駿監督)の興行収入は、推定200億円(2024年3月現在)。その10倍に近い金額である。
興行収入はさておき、この映画がもたらした反響は、ロシアのウクライナ侵攻と、イスラエルによるガザの無差別空爆・虐殺と無縁ではない。今週号の『ニューズウイーク日本語版」の記事は、キャロル・グラッグ(コロンビア大学名誉教授)の特集記事の解説から始まり、4部構成になっている。
オッペンハイマーが経験した魔女狩り(科学と政治)、ニューメキシコ州の原爆実験の余波(アメリカ原住民の被爆体験)。米国の歴史で繰り返されて登場するマイノリティの犠牲者たち。
どのテーマも、この映画を語る上では避けて通れない側面であるが、実は広島と長崎への原爆投下そのものが映画の主テーマにはなっていないらしい。批判のひとつは、アメリカ人の視点でしか日本人が体験した原爆の悲劇は描かれていない。日本語版で用意されたと思われる文が、特集記事の最後で述べられている。
日本公開は、2024年3月と発表されている。ネットの記事でチェックすると、東京の3つの映画館で3月末に上映開始となっていた。おそらく雑記の特集号は、日本版の映画上映開始に合わせて組まれたのだろう。
日本人の被爆者団体などが、何らかの声明を出すことになるだろうか? 特集号の最後の記事は、原爆投下直後の「NewsWeek」のルポルタージュ(翻訳記事)を紹介している。JV(JapanVictory)=米国の戦勝記事として書かれている。
記事を一読してみたが、わたし自身で映画館に足を運ぶことになるかどうかは、現状ではわからない。きっと行くことになるだろうが、少しばかり重たい気分になっている。戦後79年にして、いまこの映画を観る価値がどこにあるのか、自問自答しているところだ。
【映画の紹介記事】「オッペンハイマー、アメリカと原爆」『ニューズウイーク日本語版』(2024年4月16日号)

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