【新刊紹介】 石川康晴(2013)『アース ミュージック&エコロジーの経営学』日経BP社(★★★★)

 石川さんのはじめての著書である。日経BP社の取材編集で構成されている。内容は問題なく★5だが、著作としては★4である。別のまとめ方があったように思う。それは次の著書で実現されることになるだろう。石川さんの肉声がもっと詰まった次回作を楽しみに待ちたい。



 若い女性向けのカジュアル衣料品チェーンとして、「アース ミュージック&エコロジー」(以下、「アース」と略記)は、10年間で売上高を22倍伸ばしている。日本の衣料品小売チェーンでは唯一、100%正社員の企業である。冒頭では、アースの時短社員の女性が登場する。

 同社の転換点(2010年春)で、わたしは石川社長とアース・ブランドの存在を知った。
 2010年3月末のその日は、ゼミ合宿の2日目で大雨になった。予定していた野球ができなくなったので、その代わりに、つくば駅のモールでフィールドワークを実施することになった。そのビル内に出店していた複数の女性カジュアルブランドを比較してみたら、学生の評価でもっとも接客がしっかりしている店舗がアースだった。
 女子学生に商品を購入してもらい(お金はわたしが出した)、デザインを評価して、購入後に洗濯やクリーニングを行って品質をチェックしてもらった。他社の商品と比べて、アースのもの(花柄のスカート)が特別に優れていることはなかった。もちろん劣ってもいなかった。しかし、接客と店舗運営(什器の配置、商品のレイアウト)は、中堅SPAだった当時でもすでに、他社からかなりぬきん出ているところがあった。
 実際に、学生たちが指摘したのは、女優の宮崎あおいがCMで着用している洋服が、店内のいちばん目立つ場所にマネキンを使って陳列されていたことである。そのやり方が徹底していることが、本書にも述べられている。すなわち、経営のチェック機構が有効に働いているのである。本部から現場への情報伝達力と、店舗での計画の実行力がきわめて強い組織ができ上がっているのだった。

 そのことを、石川さんは著書の中でも明確に述べている。
 「差異化という観点でアパレルを考えた場合、商品の差異化はできないと腹をくくっています。参入障壁が低く、委託工場で動かしている業界なので、何をしても模倣戦略ですぐに追いつかれる業界だからです。だからそうでないところで、先見性を追求していくべきではないかと考えています」(191~192頁)。 
 そこで行き着いた答えが、店舗運営での差別化、つまり「科学的既存店対策」と「接客の科学化」である。この二つ(第1章「たとえ回り道でも社員力を高める」と第2章「売れる仕組みを作る」)を効果的に実現できるように設計したのが、アース ミュージック&エコロジーアースの経営システムである。
 その中心には、人間重視(女性従業員)の経営と人材教育・研修制度の充実がある。「人材は経営の調整弁ではない」という言葉に、石川さんの経営理念が象徴的に表れている。だから、そのために、千葉県柏市に「研修センター(模擬店舗)」を購入することになる。ロールプレイングの手法を用いて、接客を徹底的に科学化している。
 それと、一般に直感を重視するデザイン開発や、接客スキルに科学のメスを入れている点がアースの特徴である。経営の手法としても斬新である。ベンチマークのモデルを、サントリー(ブランディングの手法)やトヨタ(プリウス)など他業界に求めている。同業を模範にしても、同質化するだけだからと考えてのことなのだろう。

 アースのもう一つの特徴は、女性向けカジュアル衣料品のSPAとして、はじめてテレビCMを流したことである(のちに、ポイントの「ローリーズファーム」などもその手法を模倣するが、必ずしもうまくいっているようには見えない)。すでに利益は出していたのだろうが、売上高300億円に届くか届かないくらいの会社としては、かなり思い切った打ち手であった。これは、はじめから認知率を高めるために割り切った施策だったという(第3章「テレビCMと全体戦略をつなげる」)。
 ただし、あのCMはロジカルに設計された広告だった。宮崎あおいのCMは、一見してエモーショナルな作り方ではあったが、広告と店頭がしっかりと連動していた。売りたい商品がきちんと店頭の目立つところに配置されていることを、学生たちがつくば駅のモールでチェック済みだった。
 この会社の強みは、経営者が仮説・論理的に考えた施策を、現場が徹底できていることである。そのために必要な手段として、会議体(社長塾)やコミュニケーションツール(各種のイベントや社内報)を準備している。
 それと、モチベーションの作り方がきわめて上手な会社である。それは、石川社長と社員が話している様子を何度もそばに見てきたことから実感している。社長が若くて、洋服のセンスが良いからだろう。大手のふつうの社長は、みなわたしの年代である(50代~60代)。
 トップの経営スタイルはかなりちがうが、強いてあげるとすると、組織の作り方としては、セブン-イレブン(コンビニエンスストア)やヤマト運輸(宅急便)に近いのではないのだろうか?この評価を聞いて、石川さんが喜ぶかどうかは別にしてのことだが。

 最後に、アースの人材管理に関して個人的な印象をひとつ。
 「2010年が同社の転換点だったのではないか」と最初に述べたが、それは、2009年に起こった事件(ある従業員が過労死する)がきっかけだった(とわたしは推論している)。その前後に、「時短社員」の制度(2011年)や「育休制度」が具現化しているからである。
 傍証として、わたしがインタビューをさせていただいたある女性社員の言葉にそれが表れていた。「2012年に産休から現場復帰したら、会社の雰囲気ががらりと変わっていました」と彼女は驚きと戸惑いの気持ちを話してくれた。具体的に言えば、(産休に入る2010年には)「個人それぞれがノルマを持って働く組織」だったのが、(復帰した2012年には)「チームとして接客・営業する会社」に変わっていた。
 社員の評価基準も変わっていたのだという。彼女は最初は違和感を覚えるが、変化した社風に自身が適応していき、新たに配属された店舗では業績をさらに向上させていくことになる。
 本書に書かれている人事評価制度や社内コミュニケーションのシステムは、この2~3年で完成した仕組みなのである。進化の先にたどり着いたものだから、もしかするとこの先も変わるかもしれない。