安売りをしない大久保さんだけに、本の定価は1600円と「成城石井価格」である。ハードカバーで高いぞ(笑)。帰りの電車の中で、ざっと読んだ。講演を何度か聴いているので、だいたいの筋道はわかっている。同じ日に、ご一緒に講演をしたこともある。
本の帯(無印風)には、ユニクロ(柳井さん)と無印良品(松井さん)の推薦文がついている。
「日経ビジネスオンライン」の連載をまとめたものらしい。わかりやすく書かれている。利益を出すためには、安売りをしないこと。そのためには、「店」(システム)と「人」(教育研修)にカネをかけなさい、という結論である。
大久保さんのキャリアは、イトーヨーカ堂の社員にはじまっている。退職後に、コンサルタントとして独立して、ユニクロ、無印良品を手がけた。その後に、経営者(社長)として、ドラッグイレブン(九州)と、成城石井の業績回復に貢献してきた。実力派の経営者である。
その実績を引き下げて、つぎは何をやるのだろうか? このひとの能力は、マクドナルドの原田CEOと双極である。経営者としてのマネジメントスタイルが、ハード路線(原田)とソフト路線(大久保)で、その対比が実におもしろい。
本書の特徴は、タイトルにもあるように、「実行力」のある小売り経営をどのように実現するかである。理屈どおりに売場を動かすための秘訣が、シンプルにん書かれている。原理原則どおりにやって利益を上げるためには、何が必要だろうか?
最初の部分は、価格についてである。ディスカウント路線は、利益に貢献しない。PBだけを増やしても結局、儲からない売場になってしまう。PB熱は、外来のブームである。日本では、ディスカウントで長期的に利益を上げた企業はない。そのように断言している。
値下げをしないで利益を得るためには、商品を絞り込むこと(1%のS商品の売り込み)に注力すること。大久保さんのコンサルティングの基礎は、データによる商品の絞込みである。
ユニクロのときも、無印のときも同じである。成城石井も定番棚は、SKUが細かい(ワンフェース)が、エンド、平台は思いっきり、売り込む商品を絞っている。そのために、データをよく読んで、売り込みのために創意工夫せよ、である。
二番目は、ブランドロイヤリティ(PB)より、「ストアロイヤリティを高める」(ディスティネーションストアになる)ことを主張している。そのために、店舗レベルでの教育の大切さを説いている。あいさつからはじまり、人にカネをかけるべきである。教育投資をするためにも、粗利の高い商売をしなければならない。
店を強くするためには、本部の指示が現場で100%徹底されなければならない。大久保さんの経営改革は、イトーヨーカ堂の業務改革(事務局担当)に原点がある。本書の核の部分は、「強い小売業とは、マネジメント力があること」(理屈を現場で実現する力)に表現されている。
三番目は、従業員の評価尺度についてである。この部分(第5章)がわたしにとっては、もっとも興味深かった。通常は、業績評価は、売上や利益でなされる。
そうではなくて、挨拶(接客サービス)やクレンリネス(清潔さ)、チームワークや楽しい職場作り、部下の教育に貢献する人を高く評価すること、を推奨している。定性的な尺度である。
なぜ、売上のような定量尺度を採用しないかは、大久保さんの考えでは、経営が「短期志向」に陥るからである。なるほどである。目先の成果を求めないようにしないと、長期的に経営の質を高めることができない。
最後に、業務システムの重要性について書かれている。データ管理や情報システムが、小売業の合理的な運営には必要であるという視点である。当たり前のことだが、内容は具体的である。
以上、内容として展開されている話は、とくに目新しいものではない。これまで、大久保氏が積み上げてきた実績を、書籍(言葉)にしたものである。それでも、大方のひとは、大久保理論を実行できないだろう。
なぜなら、課題は理屈ではないからである。基本に忠実に現場を動かせるように、人を説得できることができるかどうかである。実は、小売業の経営者は、わかっていながら、なかなかそれができないのである。
わたしがいま取り上げている「ヤオコー」と「しまむら」は、まさに、大久保理論そのままを実践している企業である。本部の指示がきちんと現場に届いており、現場は本部の指示だけで動いているわけでもない。それでいて、全体は最適に機能している。
仕組みがうまく機能しているのは、経営者と従業員の波長が合っているからである。たいていの企業は、これができていない。煎じ詰めると、リーダーシップの問題なのかもしれない。
本で勉強しても、実際の経営では、その通りにならないことが多い。それは、なぜなのだろうか?次に会ったら、大久保さんに、このことを尋ねてみたい気がする。