今月の巻頭言は、題して「マラソン×花」。
44歳で⾛り始めたわたしは、遅咲きの市⺠ランナーである。公式のマラソン大会を⾛るようになったのは、実は花の仕事がきっかけだった。1994年の秋⼝のことである。ある雑誌の連載で、ハワイの花農家を取材することになった。訪問先は、マウイ島でランを栽培している日系二世の温室である。
ネット予約ができない時代だから、知り合いの旅⾏会社に依頼して、⾶⾏機のチケットとホテルの宿を⼿配してもらった。ファックスで送られてきた旅程表(暫定版)を⾒ると、コメント欄に「ホノルルマラソンの開催について」と書かれていた。ホノルルマラソンは、12月の第2日曜日に開催されている。旅⾏会社の担当者は、宇井さんという⼥性だった。
「小川先⽣へ。取材が⾦曜日で、翌々日(11日)がホノルルマラソンです。制限時間がない大会です。せっかくですから、⾛ってみてはいかがでしょうか︖昨年は日本⼈が約2万⼈も⾛っています」と達筆な文字で、延泊をプッシュするコメントだった。
忙しくて練習時間が取れなかった。それで42.195kmを⾛破するのは無謀だとの自覚はあったが、結果はその通りになった。当日は朝5時に暗がりの中をスタート。日が昇るにつれて足が重くなってきた。ダイヤモンドヘッドの辺りからはずっと歩いて、這うようにゴールイン。タイムは5時間半を少しオーバーしていた。その屈辱を晴らすために、まじめに年間1500kmを練習で⾛り、最低でも月1回は大会にエントリーすると心に決めた。
全国各地の大会を⾛ってみると、レース名に「花」を冠した大会が多いことに気が付いた。これまで⾛ったレースから、「花の名前」が入った大会を⾛った順に辿っていくことにする。
2000年3月12日「桶川紅花マラソン」、4月16日「甘楽さくらマラソン」、2001年4月8日「⼀宮桃の⾥マラソン」、5月13日「⿅沼さつきマラソン」、10月14日「氏家卯の花マラソン」、2002年1月6日「松⼾七草マラソン」、2003年3月16日「ふじの⾥マラソン」、2005年4月3日「幸⼿さくらマラソン」、4月17日「気仙沼つばきマラソン」、2006年3月26日「箕郷梅の⾥マラソン」、2007年4月1日「さが桜マラソン」、5月13日「鯖江つつじハーフ」、2010年11月14日「井川もみじマラソン)」(すべて10km〜21km)。
日本の四季を代表する花(桜、桃、梅、藤、卯の花、七草、椿、ツツジ、紅葉)が、レース名に冠されている。しかし、夏を代表する「ひまわり」が大会リストには⾒当たらない。夏場は気温が上昇するので、大会が開催できないからである。しかし、わたしがこれまで最高に感動したレースは、「網⾛マラソン」(2016年9月15日)である。なぜなのか︖
網⾛マラソンのスタート地点は、網⾛刑務所の正門である。往路は、緩やかに蛇⾏している海岸線を⾛って、オホーツク海を眼下に臨む能取岬の先端まで⾏って戻ってくる。暗いトンネルを抜け出ると、広い草原に入る。復路は、⽊⽴に囲まれた⻑い緑道を川沿いに⾛る。すると突然、⼀⾯のひまわり畑が目の前に広がる。
畑の中を無事に⾛り抜けたランナーたちは、網⾛刑務所に戻ってゴールのテープを切る。
わたしは、今年3月に東京マラソンの完⾛を最後に、フルマラソンを卒業した。しかし、もう⼀度フルマラソンを⾛れと言われたら、まちがいなく網⾛マラソンを選ぶだろう。ひまわり畑の⻩⾊い壁を縫ってゴールするまでの瞬間は、それはそれは、感動ものである。


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