今月号では、わたしたち人類がなぜ長距離を走るようになっているのか? そして、年齢を経ても、比較的記録がダウンしないのか? この二点について紹介してみました。題して、人間たちの走る遺伝子です。わたしも、父親からその遺伝子を受け継いでいます。
(その113)「人類の走る遺伝子」『北羽新報』2026年2月23日号
文・小川孔輔(法政大学名誉教授、作家)
市民ランナーによく読まれている『月刊ランナーズ』という雑誌があります。少し古い号になりますが、2011年2月号に「中高年ランナーの自己ベストは人類進化の確かな足跡」という記事が掲載されていました。東京教育大学(現、筑波大学)で箱根駅伝を走ったこともある、伊藤静夫さんという市民ランナーの方が書いたコラムです。
伊藤さんの記事には、「体力は年齢とともに確実に落ちてゆく。最大酸素摂取量も10年間で10%の低下が見込まれます。したがって、マラソンに利用できるエネルギー総量は低下するものの、走る技術やペース配分などエネルギーをうまく使う能力は年齢と共に伸びる可能性がある」と書かれていました。
短距離走や野球、サッカーなど瞬発力を必要とするスポーツでは、記録の伸びが30歳代半ばにピークを迎えます。ところが、フルマラソンの場合、とりわけ市民ランナーのケースでは、50歳を過ぎても自己新記録が更新できることが証明されています。例えば、京都大学教授でノーベル賞受賞者の山中伸弥さん(63歳)は、これまでも市民ランナーとして京都マラソンや大阪マラソンなどに招待されて走ってきました。
ところが、最近になってプロのランナーが走る「大分別府マラソン」にエントリーしました。そして、途中で転倒しながらも自己新記録を更新しました。ゴールタイムは、3時間25分20秒。フルマラソンを3時間30分以内でゴールすることを、マラソン界隈では、「サブ3.5」と呼びます。
山中教授のように60歳を過ぎても自己ベストを更新できるのは、マラソンという競技の特徴から来ています。年齢を経て体力が低下して、それでもなお新記録が生まれるのは、優れた能力を開花されるまでに時間がかかるからなのです。
スポーツに限らず、芸術や科学などの分野でも、優れた才能を持った人間が一流の成績を残すためには、長い時間が必要です。最低でも10年以上の時間と経験の積み重ねが不可欠です。伊藤さんは、これを「10年1万時間のルール」と呼んでいます。どのような分野であれ、10年間途切れることなく、一日平均3時間の鍛錬こそが、並外れたレベルの偉業を達成するための最低限のラインだというわけです。
10年1万時間のルールは、人類の走る遺伝子と関係しています。ホモサピエンスは、その進化の過程のほとんどの時間を狩猟採集に費やしてきました。狩猟採集に必要な能力は、長い距離を走り続ける持久力と、獲物の足跡を見逃さない追跡能力でした。鈍足の人類が生き延びることができたのは、ひとえに長い距離を走ることができるスタミナを持つに至ったからです。また、狩猟の技術を向上させるために、鍛錬と知恵が必要だったからでした。
長い距離を走り切ることができる持久力が、人類の遺伝子には組み込まれています。わたしの場合も、62歳まではフルマラソンを3時間台で走ることができました。それは、44歳で走り始めた遅咲きの市民ランナーが、約20年をかけて地球一周の距離(約4万キロ、一日平均5.5KM)を走破できたからでした。その努力の積み重ねは、本業の研究や物書きの仕事にも役に立っています。


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