先月の24日に、善光寺のトレイルランを走りに行きました。偶然にも数日前、地下鉄のホームで、7年に一度の御開帳があることを発見。一緒に山道を走った美人ランナーふたりと、山登りをした翌日に善光寺参りをすることになりました。今回のコラムは、善光寺の見事な経営活動に驚愕した感想文です。
「お寺の経済学:善光寺の御開帳」『北羽新報』2022年5月1日号
文・小川孔輔(作家、法政大学名誉教授)
信仰心がやや薄めのわたしでも、「牛にひかれて善光寺参り」の文言は知っています。この故事は、<信心のない老婆が、さらしていた布を角にかけて走っていく牛を追いかけ、ついに善光寺に至り、のち厚く信仰したという話>に由来しています。そこから、「思ってもいなかったことや他人の誘いによって、よいほうに導かれることのたとえ」の意味に転じました(デジタル大辞泉)。
全国的に名前が知られた善光寺ですが、北陸新幹線が延伸するまで、長野駅に降りたことがありませんでした。善光寺は、名前を知るだけの場所でした。しかし、偶然の出来事が、善光寺の御開帳を参拝する機会をもたらしました。先週の日曜日(4月24日)のことです。
本来の目的は、善光寺の裏山(標高差500メートル)の急斜面を昇って降りる「善光寺トレイルラン8K」にエントリーしたことです。トレイルランとは山道を走るレースのことで、通常のマラソンよりかなりハードな長距離走です。
偶然は続きます。善光寺の仏様に導かれるかのように、エントリーの翌日、地下鉄のホームで、「7年に一度、善光寺の御開帳」という告知ポスターを目にします。トレイルランの翌日、一緒に山道を走る屈強な女子ふたりと長野の街を歩くことになっていました。その日の夜にひとりから連絡がありました。「先生、善光寺の御開帳は7年に一回。せっかくですから、お山を走った後に御開帳をご一緒しません?」とのお誘いでした。そういえば、ポスターの阿弥陀如来像が神々しく輝いていました。御開帳にご参拝が決定です。
無事に完走した翌日、山門で拝観料1500円を支払い、本堂で秘仏を拝顔することになりました。本尊である「一光三尊阿弥陀如来」(いっこうさんぞん あみだにょらい)は秘仏です。お身代わりの「善光寺前立本尊」に7年に一度だけ対面できます。
ご開帳の期間は、通常は4月3日から約2カ月間(今回はコロナ禍で6月29日まで延長)。前立本尊が御開帳になる直前、高さ10メートルの回向柱が本堂の前に建てられます。回向柱は、前立本尊の右手と“善の綱”で結ばれ、柱に触れる人々にお慈悲を伝えてくれます。わたしも、回向柱に片手をついて本尊との交信を試みました。ご利益があった気がします。
ちなみに、善光寺は、浄土宗と日蓮宗の連合体で宗派を問わないお寺です。長野の善光寺が本部で、地方に善光寺名のお寺(加盟店)を展開する日本初の寺社フランチャイズ組織です。「全国善光寺会」が組織され、北は北海道から南は九州まで119寺が加盟しています。
経営学者の観点から、ご開帳の様子を観察しました。7年に一度の多様なイベントの企画運営など、善光寺は寺社事業の優れたビジネスモデルだと感じました。ビジネス感覚に優れたお坊さんが、江戸時代の中期に存在したことに瞠目です。
御開帳の時期は、期間限定の御朱印や回向柱のミニチュア商品などが販売されます。グッズの企画開発力の高さに驚かされました。わたしの御開帳参拝共通券には、連番(No.043347)が振られていました。計算するとわかりますが、期間中の拝観料収入は約3億円。グッズの収入などを加えると、約10億円が善光寺の直接の収益になります。
長野市への経済効果も馬鹿になりません。宿泊や飲食代などで数十億円規模になると見積もられます。善光寺の御開帳は、観光とエンタメの優れた経済モデルとも言えます。