今月上旬(11月4日~5日)、山本朝子さんが主催する「世界農業遺産ツアー」に参加することがあった。日本最古のワサビ産地・有東木(うとうぎ)と、茶草場農法の掛川エリアを視察した。有東木では、「わさび門前」を訪問して、白鳥義彦社長にインタビューをお願いした。わたしが想像していたワサビ産地とは一線を画す経営をしていた。現状を報告する。
「有東木のわさび田」『北羽新報』2025年11月24日号
文・小川孔輔(法政大学名誉教授、作家)
日本から海外に輸出されている農産物で、重量当たりの値段がもっとも高い野菜をご存知でしょうか? 正解は、ワサビです。ただし、スーパーで売られているチューブ入りの「練りわさび」ではなく、高級な料亭や寿司店で使われている「根茎のワサビ」です。日本原産のわさびは、和食に欠かせない香辛料(スパイス)です。
産地や品種によって値段にばらつきはありますが、国内市場での卸価格は1kg当たり1.5万円~2万円。海外では、販売価格がこの倍になるそうです。ちなみに、輸出向けのブランド和牛がほぼこの値段ですから、ワサビがいかに高額な商品であるかがわかります。ワサビの価格が高騰しているのは、欧米やアジアの国で和食が一大ブームになっているからです。
ところで、今月の初めに、世界農業遺産(国内17カ所)を巡るツアーで、ワサビの栽培発祥の地、静岡市の有東木(うとうぎ)を訪問しました。有東木は、徳川家康が拓いた日本最古のわさび田がある場所です。静岡駅から車で約1時間。山間部の渓谷沿いにワサビ田はあります。標高600メートルの沢沿いで、約20軒の農家がワサビを栽培していました。
ワサビの収穫体験をした後で、江戸時代から続いている農家の第17代目当主、白鳥義彦氏(63歳)にお話を伺いました。訪問する前は、有東木の農家は昔ながらの自然環境下で、ごく小さな面積でわさびを栽培していると思っていました。ところが、白鳥さんの「株式会社わさび門前」は、大規模なビジネスとして運営されているのに驚かされました。
白鳥さんは、自らの圃場(ほじょう)でワサビを栽培しているほか、高齢化で栽培ができなくなった農家からワサビ田を借り受けています。苗の植え付けや収穫作業の一部を農家から任されているケースもあるようです。会社が管理しているワサビ田は、静岡県内だけでなく山梨県側にもあります。全部で13カ所、総栽培面積は1.3ヘクタール。
年間の出荷量は約9トン。そのうち自社栽培が6.5トンで、残りの2.5トンは農家から買い取ったワサビです。全量を自社流通ルート(ネット経由など)で、高級な割烹や寿司店、レストランなどに直接販売しています。なお、全体の約3割弱(2.5トン)は、高値で海外に輸出されています。韓国向けが中心で(1.5トン)で、その他は欧米向けです。
白鳥さんは現在、3人の研修生を預かっています。「課題があるとしたら、研修生の将来についての心配ですかね」(白鳥さん)。研修生を独立させるには、新たにワサビ田を探してあげる必要があるからです。
会社の年商は、約1億5000万円(推定)。わさび門前は、ワサビの取扱いで県内屈指の法人企業です。ワサビの栽培は、無農薬・無施肥です。掛かるコストは、植え付けや収穫などの人件費と出荷経費に加えて、ネット販売のためのメンテナンス費用くらいです。粗利益率が大きな商売ですが、事業リスクもそれなりにあります。
現状では、国内外ともにワサビは高値で取引されていますが、コロナ禍の時期には価格が暴落したことがありました。台風や水害などの気候変動リスクや獣害もあります。ワサビの栽培は、高収益で興味深いビジネスです。米国では植物工場でワサビを栽培するベンチャー企業が登場しています。


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