【新刊紹介】田川伊吹(2025)『宮司の経営』クロスメディア・パブリッシング(★★★★)

書評・映画評

 3日前のこと。本書の表紙画像が、わたしのスマホ画面に忽然と現れた。近頃は、こんなことがしばしば起こる。大量の個人データベースがグーグルやヤフーに格納されるらしく、AIという名の大規模データベースから、わたしたちの検索文字の傾向などを解析して、iPhoneは「個人に必要な情報」をわたしたちに提供してくれる。
 知らず知らずのうちに、わたしたちは、「公的な空間」から「私的な嗜好のデータ」を盗まれているのだろう。しかし、もはやそんなことも気にならなくなっている。時代の流れなのだろう、誰も文句を言う人はいない。


 5年ほど前のことになる。「神社の経営」というテーマに、大学院生の石井里幸くん(小川・大久保・平石の合同ゼミ生)が取り組んでいた。卒業後に中小診断士となった石井くんは、冗談ではなく本当に神職の資格を取得した。
 その後、神田小川町の「オフィスわん」で開催されるアフターゼミで、「神社」をテーマに本を書くよう、わたしから彼にアドバイスをしてきた。iPhoneの表紙画像は、その結果なのだと思う。わたしのスマホが、宮司の田川さんの『宮司の経営』を読むよう示唆してくれたらしかった。
 早速、石井くんには本書の書影(アイキャッチ画像)を転送した。わたし自身も、アマゾンから本書を取り寄せてみた。一昨日の午後に本書を読了した。本物の宮司さんが書いた本だからなのだろう、非常に勉強になる本だった。
 
 本書は、父親の急逝で実家の「廣田神社」を承継した若者の悪戦苦闘の物語である。しかし、内容的には、実にさらりと15年間の苦労を描いている。神様を敬いながら、真摯に神社の復興に邁進する青年の姿勢がとても好ましく感じられた。
 神社の仕事を承継した当時、筆者の田川伊吹さんは、日本で最年少(23歳)の宮司だった。わたしが感心したのは、「宮司の経営」(廣田神社の事業復興)に取り組む姿が実に清々しい印象を与えていることだった。
 田川さんは、神職者を育成する学部(神道文化学部)の出身である。國學院大學で経営学を学んだとはとても思えない。どこで経営学の基礎的な知識を習得したのかは全く書かれていないが、田川青年は、「生来のマーケター」であることがわかる。生まれながらにして経営センスを持った人間なのだろう。

 失礼ながら、田川さんが生まれ育ったのは、わが生まれ故郷、秋田県の隣県(青森県)である。北東北出身の男子連は、冬場は寒くて荒涼とした風土も影響して、一般的には口下手で引っ込み思案である。青森出身の友人で、同年輩の学者さんや学生たちを何人も知っているが、その誰とも彼の生き方や考え方は似ていない。
 青森県から出た文化人と言えば、太宰治や寺山修司の名前があげられる。しかし、傑出した企業人の名前は思い浮かばない。その点で言えば、田川青年は特異な存在なのだろうか? それとも、類似の事例はあるのだろうか?
 元院生で小川ゼミ生、吉川純君(法政大学経営大学院イノベーションマネジメント研究科卒、中小診断士)に聞いてみたいと思う。今週末に、わたしが「あおもり桜マラソン」を走りに行くので、この書評を書き終わったら、彼にメールしてみようかと思う。

 本題に入ることにする。
 本書のサブタイトルには、「ビジネスパーソンに伝えたい、神職のわたしが得た仕事の知見」とある。また、表紙装丁の帯には、「ジャングルと化した寂れた神社が、なぜ日本中から参拝者が集まる神社へのと変わったのか?」と書かれている。
 そこからわかることは、①本書の主たるターゲットが、「若いビジネスパーソン」に設定されていること、②宮司という「職業体験」が、仕事の仕方を考える上で参考になるということ、である。本書からは、日本古来からある神職という仕事が、一見して衰退業種のように見えるが、実はチャレンジングな仕事だということが伝わってくる。

 もうひとつ本書のユニークな点を挙げるとすると、日本全国にある神社の実際を知る機会を提供してくれることだろう。わたしは、院生の卒業研究を指導した経験から、日本全国にある神社の数(約8万箇所)が、コンビニの数(約5万5千店)よりはるかに多いことを知っているが、一般人には、そのことがほとんど知られていないだろう。
 しかも、宮司の資格をもった神職者は、日本にはわずか1万1千人しかいない。だから、一人の宮司が、平均7~8か所の神社を兼務していることがわかる。田川さんの場合は、100か所近くの神社の宮司を兼ねている。つまり、将来的には消滅してしまうかもしれない神社が、日本全国にはたくさんあることがここからは推測できる。
 また、公務員や教員などを筆頭に、宮司の約半分は神職とは別の仕事を兼務している(兼業宮司の割合は42.5%!)。そのことから、神職・宮司という仕事は、経営的にはかなり厳しいことがわかる。その実態を伝える点で、本書が多くの人の目に触れることは、大いに意味があることだと思う。

 無いものねだりをするとすれば、神社(神職)の「日常」をもう少し丁寧に書いてもよかった気がする。どちらかといえば、田川青年が取り組んだ大きな革新(廣田神社の再興、八甲田山の祠の再建、ねぷた祭りとの連携、クラウドファンディング)が、本書の中心的なテーマになっている。記述の多くもそこが中心になっている。
 例えば、おみくじの由来(浅草寺では「凶」を引く確率が高い理由!)とか、全国に広がる神社組織の問題点(イノベーションを阻む「神社本庁」の制度)とか、啓蒙的な情報提供をコラムで書くとおもしろかった気もする。各節の最後に書かれている「まとめ」より、そちらの方(神社にまつわる一口メモ)が読者にとってはより嬉しいはずだ。
 それにしても、神社や神職に対する興味を掻き立てることで、日本の神社の実像と日本人の信仰のルーツに迫ることができている。そうしたアプローチを通して、一般人が神社について知るきっかけを与えたことは、田川さんの大いなる貢献だと考える。
 そして、できればなのだが、神社と神職についての2冊目の本は、わが弟子の石井くんに書いてほしいと願う。最近になって、石井くんは神社に絡んだ記事をオンライン雑誌に発表しているからだ。 
 
 
 
 
 
 

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