本書は、サイゼリヤの創業者、正垣泰彦氏の2番目の著書である。最初の本『おいしいから売れるのではない 売れているのがおいしい料理だ』(日経BP、2011年)は、発売直後の2011年8月に、学部ゼミ生たちの課題図書に指定した。
はじめの30頁を読んで、「目からうろこ」の発見がたくさんあった。飲食や小売サービス業の商品開発やプロモーションをテーマに、企業とフィールドワークを行っている学生たちに、この本はぜひとも読ませたいと考えたからだった、
わたし自身も、ブログで書評を紹介させていただいた(https://kosuke-ogawa.com/?p=8366)。なお、本書が刊行になる少し前に、商業界の月刊誌『販売革新』で正垣会長にインタビューをしていた。そのときに事前に用意した質問(メモ)をブログで公開してある(https://kosuke-ogawa.com/?p=8661)。正垣さんは、東京理科大卒の「理系経営者」のハシリの方である。
<渥美先生からの影響>
サイゼリヤの経営は、ペガサスクラブ創設者の渥美俊一氏(故人)の「チェーンストア理論」をベースにいまでも運営されている。正垣さんは、渥美理論の忠実な実行者である。チェーン展開の初期段階から、「バーティカル・マーチャンダイジン」(製造直販業)に乗り出している。渥美先生の指導そのものである。
ミラノ風ドリア(300円)など、美味しく安い商品を提供するため、オーストラリアでソースやハンバーグの直営生産工場を建設した。また、国内でも福島県白河市で種や土壌、栽培方法について研究開発を行っている。3.11の前は、トマトなどの野菜を自社農場で栽培していた。
渥美先生の「日本リテイリングセンター」の影響下にあったニトリやカインズと同様、垂直マーチャンダイジングとPB商品の海外からの調達で、飲食業界で価格破壊を起こした代表的な企業である。経営の方法論は、100%と言っていいくらい、渥美先生の教えに依っている。
<チェーンストア理論の痕跡>
正垣さんは、若いころ東京理科大で学んだ。興味をもって学んだ物理学の法則を援用して、渥美先生の教えを理屈づけしている。経営の方法論は、渥美先生のチェーンストア理論だが、組織マネジメントの手法は、物理学の諸法則に依拠している。
例えば、量子力学(物質とエネルギーの互換性)やニュートン力学などのアナロジーを用いて、良き経営の在り方を説明している。ご本人はしごく生真面目に、経営組織は、物理学の法則通りに動くのだと信じている。
2021年頃に始まった原料価格のインフレーションに対して、サイゼリヤは値上げで利益を確保しようとしなかった。299円のミラノ風ドリアは、税込みで1円だけ値段(300円)を上げた。ワインは、いまだに一杯100円のまま据え置いている。
ほとんどの競合企業は、値上げで利益を確保して、社員やパート社員を確保するために時給や給与を上げている。サイゼリヤだけが、飲食業の中では頑として値上げをしなかった。長期的な考慮から値上げしないと文中では主張している。
<利他の精神と世界の調和>
本書の構成を説明することが、後回しになってしまった。全体は5章から構成されいる。章立ては、きわめてシンプルである。「はじめに」で、正垣さんが言いたかったことは、ここでほぼすべて説明が終わっている。
第1章「利他」は、故人となった稲盛和夫さんの教えを連想させる。わたしたち(小川・林)が翻訳したビル・ジョージ著『TrueNorth リーダーたちの羅針盤』(生産性出版、2017年)でも、ここでの主張と一致する概念とアプローチが見られる。利他の精神とは、マーケティング視点から翻案すると「消費者志向」のことである。すべては、買い手の都合、顧客を喜ばせることから始まると考えることである。
第2章「反省」では、失敗や愚行の結果として、自身の状況が悪くなったとしても、周りの環境や他人を責めてはいけない、と教えられることになる。正垣さんは、失敗の原因は、ほとんどの場合、自分の側にある。だから、そこから学習(=反省)すればよいだけであると考える。むしろ、失敗は成功の母だとで読者を諭している。
第3章「調和」は、物理学を学んだ正垣さん独特の思想体系である。評者は、ある種の「楽観論」だと解釈した。この世界は、すべての人にとって平等に作られている(人間のDNAは99.9%同じだからという説明)。だから、自身や結果についての現実を、ひどく悲観したり否定したりする必要はない。起こっていることには、必ず理由がある。換言すると、この世界には、誰にとってもプラスの方向に作用する調和的な力学が働いている。
<宗教者とその思想>
ここまで来て、正垣さんの物言いには、カリスマ経営者にありがちな「宗教者とその思想」の臭いがすることに、読者は気がつくはずである。いや、今年78歳の功成り名と遂げた経営者は、すでに悟りの境地に到達しているらしいのだ。
第4章「努力」では、ふたたび稲盛思想を彷彿とさせる主張が登場する。稲盛さんの著書『生き方』で述べられている「結果の法則」を援用することで、正垣さんのここでの「努力」の意味がよく理解できるだろう。稲盛さんは、「人生・仕事の結果」=「考え方」×「熱意」×「能力」だと結論づけている。
正垣さんのユニークなところは、そこにさらに「(自由)の制約」と「単純化(シンプルに考えること)」が必要だと主張していることである。努力の向かうところは、あくまでも「お客様の幸せ(顧客起点)」である。
最後の第5章「法則」で、わたしは正垣さんの言葉に衝撃を受けた。まるで釈迦かキリストのような宗教者の言葉で、「生命の遍在性」(この世界のすべては、エネルギーでできている)について述べているからである。宇宙の生命体(個々の人間も!)は、「2つのエネルギー法則」に支配されている。
曰く、エネルギーの第1法則は、「すべては変化し、調和と平等に向かっている」。わたしはこの言説を、「変化を肯定的に考えること」だと解釈した。一見して対応が困難な変化こそが、世界をより良き方向に導くのである。
第2法則は、「すべては最高の状態で関係し合い、中心も孤立もない」。第2法則は、階層社会型の頂点(中心)を否定し、フラットで平等な世界観を持つ姿勢を言っているのだと考えた。わたしの解釈は正しいだろうか?
<総括:成功した経営者はどこか似ている>
本書の最後に、読者は不思議なオーラに包まれることになる。正垣さんの本は、ふつうのビジネス書ではない。書かれている対象は、イタリア料理チェーンという飲食業の経営とオペレーションではあるが、著者がそこで本当に伝えたかったのは、働き方についての正しい姿勢と、他者と自分を見る視点だと思う。
やや宗教っぽくなっているのは、成功した70歳代から80歳代の経営者や芸術家は、「生き方の法則の塊」を自得しているからである。そして、ある種の「境地」に到達しているからだと思う。正垣さんもその例外ではない。わたしがインタビューをした12年前には、これほどの達観の域に到達していた印象は受けなった。
むしろ、わたしが達観を感じ取ったのは、ラーメンチェーン「日高屋」の神田正会長による講演(@法政大学経営大学院、2017年)だった。同様な印象は、食品スーパー「ヤオコー」の川野幸夫会長との会話からしばしば感じる印象である。
正垣会長も、お二方の年代(80歳代)に差し掛かっているのだろう。成功した経営者からは、発言の仕方はちがえども、どこか共通している「利他の精神」のシャワーを浴びることになる。
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