書籍の編集を担当した『ダイヤモンド・ホームセンター誌』の高浦編集長から、刊行後すぐに贈ってもらっていた本である。書棚に置いたまま、半年ほど棚ざらしになっていた。同誌8月号の記事広告を見て、思い出して手に取った。午前中に先ほど読了した。前半(第Ⅰ部と第Ⅱ部)はきちんと読んだが、後半部分はさっと流して飛ばし読みした。
第Ⅳ部の対談に登場する土屋哲雄専務(ワークマン)の書籍『ワークマン式「しない経営」』(ダイヤモンド社)と併せて読むと本書の理解は深まるだろう。土屋さんも変人奇人の類ではあるが、45才の若社長の著者もかなりの変人だと思う。もっとも、変人・奇人でなければ、短期間で誰もできないようなイノベーションは起こせないだろう。
本書のタイトルに対するわたしの解釈は、次のような結論になる。業界23位の地方企業が日本有数のDX企業になれたのは、3つの要件が揃っていたからである。筆者が①創業家(電気屋)の息子だったこと、②学生時代(東京大学)にITリテラシーを身に着けていたこと、③三井物産(総合商社)で経営者としての教育を受けることができたたこと。3つの幸運が重なった結果である。
もうひとつ付け加えるとすると、④承継したHC事業(グッデイ)の企業理念(社名=家族でつくるいい一日)が、大企業から祖業に転じた若い経営者の行動指針になったことがあげられる。筆者の性格も大きかっただろう。なぜならば、筆者は社員たちの優秀さ(園芸やDIY部門の知識)を見抜き、当初から彼らを信頼して現場を任せることができたからだ。
ワークマンの土屋専務と柳瀬社長は、①を除くとほぼ同じ経歴である。もっとも土屋専務も、創業者(ベイシアグループ)の甥にはあたっている。何が言いたいのかと言えば、冷厳な事実として、才能のある創業家の二代目だから短期間で業務改革ができたということである。
PCやメールとは程遠い「紙とファックス」の世界から、同社をデジタル先進企業に変革できたのは、急がず慌てず時間を掛けて、小さな成功を積み上げていったからだった。この事業転換のプロセスについては、ご本人のキャリア形成も含めて、第Ⅰ部「「暗黒期」からどうやって脱却したか」に詳細に書かれている。
本書の肝(結論)は、第2部「実際に社内でどのようにITを活用しているか」の第10章「新しいシステム部の役割」である。社員がふつうにITを活用できるようになったきっかけは、①社外から新しもの好きの「新システム部長」を採用できたからである(P.119)。この経緯は、カインズの土屋裕雅会長(P.132)が、ITシステムを内製化(自前化)するために、池照直樹本部長を外部からスカウトできたことと似ている。
2番目のエッセンスは、IT化にあたって、②グループウエアの導入から着手を始めたことである。組織変革についての成功の法則は、「手を付けやすいところから始めなさい」である(P.121)。
3番目は、システム部と営業部の役割を変えたからである(P.127)。現場のニーズに即してデータを取り込み、テーブルを整備するのがシステム部の役割で、グラフや集計表を作成して、それをどう活用するかは営業部の役割である(P.127)。だから、営業部員の作表や分析に、システム部は手を貸さないことにした。
以上のようなプロセスを経て、グーグルのクラウドサービスを、シンプルな形で業務システムに導入していった。本書にも書いてあるように、本業のホームセンター事業から、次なるビジネスとしてどのような展開を見せるか楽しみでもある。
なお、本書のわたしの評価は、「★3+★1」でやや辛めの評価になっている。その理由を説明する。
第一に、第Ⅲ部の記述は、専門用語の説明が不十分で、全体的に文章が読みにくい。一般の読者には、テクニカルタームとソフトウエアの性質を理解することが難しいだろう。細かなことだが、グラフのサイズが小さすぎて、具体的な説明なども不十分である。大学院生の論文指導だとすると、この章は指導教授のわたしからは、80%の確率で「書き直し」を命じられるだろう。
2番目に、第Ⅳ部「特別対談」は、リライトしたほうがよいと思う。第Ⅲ部までの論旨を補強する形で、柳瀬さんと3人との対談を位置づけるべきだと思う。単なる「対談のテープ起こし」では意味がない。例えば、土屋専務との対談は、オリジナルの会話をカットしても構わない。むしろ、両社の「データ経営の類似性と相違点」を明らかにすることが、読者にとっては有益である。その上で、なぜそうなっているのかを対比できるよう対談を再構成すべきだろう。
最後は、やや辛口になってしまった。世の中の小売業経営者に、DXの本質を説得的に伝えるためには、わたしの指摘をもっと活かした編集方法があったように感じた次第である。