「あとがき」のない著書である。「序(文)」も驚くほどシンプルだ。社史・経営史の書き手は、事実とデータをこんな風に淡々と並べて書くものなのだ。この手法は、商学・マーケティング分野の書き手には真似ができない。同じシリーズの『中内功』(石井淳蔵著)とは対照的の書きっぷりだ。
「日本の企業家シリーズ」(PHP研究所)は、素晴らしいラインナップだ。今月で何冊が刊行済みなのだろうか。この10人のラインナップに、戦前からの人物で気になっている実業家がふたりいる。渋沢栄一(埼玉県出身)と小林一三(山梨県出身)だ。
食品スーパー「ヤオコー」の川野幸夫会長が「渋沢栄一賞」を受賞したとき、渋沢栄一が埼玉県出身であることを知った。戦前に、銀行業など多くの事業を生み出した人物だ。本シリーズ(日本の企業家)の第一巻(宮本又郎・編)が、渋沢栄一になっている。まだ読んでいないが、いずれは購入して読むつもりでいる。
渋沢栄一より、『小林一三』(第4巻)を優先したのには別の事情がある。『中内功』(第5巻)を読んだとき、ダイエー創業の理念である「良い品をどんどん安く」が、小林一三の「どこよりも安い品物をどこよりも安く」(248頁)に由来していることを知ったからだ。神戸出身の中内氏は、若かりし頃に”小林イズム”の洗礼を受けたにちがいない。
当時は「今太閤様」と呼ばれていた小林は、阪急電鉄(創業時は、箕面有馬電気軌道)を興して宝塚エリアを開発する。その後、江戸期の呉服屋に端を発する三越百貨店とは異なる形式の百貨店、真に大衆を相手にした阪急百貨店を、阪急電鉄のターミナル駅梅田に開業する。
小林が起こした大衆向けの百貨店は、戦後のダイエー創業(中内のGMS~コンビニ)に影響を与えることになる。ダイエーが総合型小売業と娯楽産業からなるコングロマリットを形成するようになったのは、小林の「宝塚戦略」の成功を目の当たりにしたからだろう。鉄道輸送単体ではなく、不動産開発と電力開発と娯楽産業をセットで考えたのが小林の慧眼だった。
中内はダイエーの成長にともに、小売業をチェーン展開しながら不動産業に乗り出している。その後、ホテル事業や球団経営にまで事業を拡大する。中内の念頭にあったのが、小林の宝塚開発モデルだったにちがいない。良し悪しは別にして、米国マクドナルドも不動産会社だった。いまのイオンも実質的には不動産開発会社である。
驚くべきことに、阪急百貨店は、グループとして製造小売業も手がけていた。洋服(ワイシャツ)や菓子を製造する工場を傘下に抱えていた。問屋との関係が薄かったから、阪急百貨店は商品の調達に苦労をしていた。そのハンディキャップを乗り越えて、安く商品を提供するために製造に乗り出していたのだった。
本書は、他のシリーズと同様に、三部構成になっている。
第一部、詳伝。第二部、論考。第三部、人間像に迫る。第一部と第二部は、素晴らしい出来だと思うが、第三部がやや残念な感じがする。小林の交友関係が、第一部で語られているほどに深みをもって語られていないからだ。それでも、第一部と第二部の内容は、さすがに鉄道研究者が書いただけあって秀逸である。
老川氏の著作を読まなければ、小林の実像を知ることはできなかっただろう。阪急・宝塚の事業的な展開については、断片的な知識はもっていた。だから、東の西武鉄道・国土開発(堤康次郎氏)に対して、西の阪急電鉄・阪急百貨店・宝塚歌劇団(小林一三氏)が鉄道と商業、娯楽施設のシナジーを利用した事業を展開していたことは知っていた。
ところが、小林の仕事はそれにとどまらない。関西の一事業家では終わらず、東電・東宝・日本軽金属と芋づる式に事業を拡大していた。それもこれも、銀行や建設業、さらには演劇界など、人的なネットワークと運に恵まれたからできたことだった。
本書を通読して、評者にとっては大いなる謎が残った。山梨の田舎から出てきた小林が、いかに慶応義塾で福沢諭吉の薫陶を受けとはいえ、なぜ大衆消費文化の台頭をいち早く察知できたのか。しかも、慶応を出てからの10数年間、小林自身はお堅い銀行員(三井銀行の融資担当)を経験している。
それを解くカギは、山梨から東京に出てきた数日後、小林が東京下町で出会った遊びにあったのではないのか。当時の東京は、下町の浅草に娯楽や文化の中心があった。上京して19歳で慶応を卒業するまで、小林は浅草に入り浸るようになる。文才があった小林は、その他の裕福な学生と同じように、芝居小屋や映画館がある浅草で楽しく時間を過ごすことになる。
その間に芝居劇や映画評なども書くのだが、そのままストレートに著述業を選択しなかったのも不思議な気がする。どうやら30代までの小林は、実は慎重で堅実な性格の男だったのではないのか。商売のやり方も、一獲千金を狙わず合理的である。そして、政治的な駆け引きはあまり好きではなかったと見える。
この辺りは、戦後に劇団四季を創設する浅利慶太代表とは、大きく手法が異なっている。浅利氏は、政界財界の支援を大衆演劇の普及に利用している。小林は逆に、たとえば、文学者の与謝野晶子を金銭的に支援する立場にあった(最終章 交友関係)。事業で蓄財した資金を、演劇や文学者の支援に充てている。
本書の読了までに、休日の二日間を要した。丁寧に読んだのは、自分の書き方を確認するためである。石井さんの中内評伝は、わたしにはまねができない。今回の老川氏の小林一三も、わたしのモデルにはならなさそうだ。
やはり、独自の書き方を模索するしかないのだろう。わたしが書きたいと思っている評伝の候補者は、いまの時点で三人いる。坂本孝、岩田弘三、柳井正の三人だ。