清水洋史社長(不二製油)の講義録「第5章:大豆ルネッサンスへの挑戦!」を読むために購入した書籍だった。偶然にも、第1章が、鳥井信吾副会長(サントリー)の講演録だった。本書は、京都大学(経済学部と経営大学院)が刊行している「経営学講義シリーズ」の二冊目である。
鳥井信吾副会長は、サントリー創業者・鳥井信治郎の三男(道夫)のご子息である。現在でも、代表権のある取締役でありながら、ウイスキーのマスターブレンダーの職位にある。
京都大学での講演は、二部構成になっている。前半部分では、サントリーの主力商品であるワイン、ウイスキー、ビールの3つのカテゴリーの特性を議論している。鳥井信吾氏の独自な「洋酒文化論」である。そこでは、サントリーでの事業経験をベースにしながら、熟成期間が長い酒の事業が持つ独特のビジネス文化論を展開している。
後半部分は、創業者・鳥井信治郎の生涯を回顧した講話である。前半の洋酒文化論を受けて、サントリーの企業文化がどのように形成されてきたのかを論じている。創業者の信念が、企業文化に色濃く反映されているという結論になっている。
話しぶりには全く嫌味がない。それは、信吾氏の人柄と育ち方によるものだろう。後半は、NHKのドラマにもなっているので、一般読者もよく知った物語ではある。創業者の生きざまについて、実家でその働きぶりを見ての解釈が付加されている。
読み終わっての感想は、つぎのようなものであった。
講話のメインテーマは、利他の精神と稼ぐことを両立させるため、サントリーの創業者がどのように考え、どのように行動したのか?である。そして、それがどうして可能だったのかについても述べられている。
サントリーという会社の利益の源泉は、ウイスキーとワインの醸造プロセスと技術の強みにある。しかし、基本的には、土壌(ワイン)と水(ウイスキー)が品質を決めてしまうから、作る場所を選ぶことでしか良品は生まれようがない。しかも、ワインもウイスキーも、10年から20年と熟成期間が長いので、いったん始めてしまったら事業は長期投資になる(*現会長の佐治敬三氏がはじめたビール醸造事業は、2つのカテゴリーとはちょっと違っている)。
そうした商品特性のためなのだろう。家族の仲がそして社員の仲がよろしくないと、事業への長期投資はむずかしくなる。フランスでもカリフォルニアでも、ウイスキーやワインを取り扱っている企業が持つ宿命である。それだからだろう。信治郎の経営理念の根底には、社会や祖先を敬う精神がある。だから、比較的新しい企業なのに、サントリーは家族経営である。
非アルコール事業を除いて、コアビジネスの部門はいまだに非上場である。それは、当然の結果だと言える。
おもしろいのは、ビール4社の中で、サントリーの企業文化は独自だという点である。それは、ワイン事業(赤玉ポートワイン)からはじめて、ウイスキー(白札、トリス)に事業を展開してきたからだろう。
商品カテゴリーの展開がまったく逆のキリン(ビール事業の後でメルシャンを買収)の企業文化は、わたしの見立てでは非常に短期的である。サントリーの文化は、熟成期間の長い商品から事業を始めた痕跡をいまでも残している。
経営者の発想についても、両社の遺伝子のちがいは明確である。サントリーの場合は、近代的な企業寄りではなく、京都の老舗に近いところがある。虎屋の黒川光博社長の言葉にもあるが、「伝統とは、革新の継続のことである」。いまのサントリーをよく表わしている。
そう考えると、もうひとりの創業者のお孫さん、佐治信忠会長が、新浪剛氏を社長に招聘したことの意味がよくわかる。ローソン時代の新浪氏の事業経営を跡付けてみよう。彼は、サントリーの社長にふさわしい特性を備えていた。ダイエー(近代的な小売業)の傘下にあった企業文化を、新浪氏はつぎつぎと変革していった。新浪時代のローソンは、セブンイレブンを追い越すために、ふたつの分野で経営の独自性を打ち出そうとした。
1 農業分野に進出したこと(ローソンファーム):
土と水に関与するビジネスに乗り出す発想は、投資の懐妊期間が長いウイスキーやワインの事業発想と類似している。
2 マネジメントオーナー制度を作ったこと(FCオーナーとの取り組み):
従業員との固い絆の形成はもちろんだが、経営の重点としては、FC加盟店オーナーを大切にすることに重点を置いていた。
以上、二つを見ると、経営者として新浪氏がサントリーに移ることには蓋然性がある。わたしは違和感を感じなかった。
鳥井副会長の講義録の感想に話を戻す。
新浪社長は、短期の登板になるはずである。10年も20年も、サントリーの社長のいすに座っていられるはずがない。つぎの経営トップにはどのような人物がふさわしいのか。そろそろ結論を出すタイミングに来ている。
トヨタ自動車がそうであった。短期の継投で生え抜きの社員(奥田氏、張氏)が経営のたすきをつないだ。そして、創業家(豊田家の章男氏)へ大政奉還が実現している。
世間一般では、サントリーもそのようになるだろうと考えられている。しかし、同族の男系社長が、リレーの次の走者になるとは限らない。そもそも鳥井家(佐治家)の三代目まで、奇跡的に優秀な後継者に恵まれてきたのである。天空から落下傘で降りてきたリリーフエースの在任期間で、サントリーはグローバル企業の仲間入りを果たしている。
さらに一段上の高みに昇るために、近代的な経営に舵を切る必然性はあるのか?選択肢はそれほど多くはないように思う。その答えのヒントは、鳥井副会長の講義録と質疑応答に書かれている。