書評: 安土敏(2010)『スーパーマーケットほど素敵な商売はない』ダイヤモンド社(★★★★)

 スーパーマーケット経営の基本を解説した書である。4月の課題図書に指定してある。正直に話すと、本書を紹介するに当たって、個人的なコンフリクトを感じている。というのは、尊敬するもうひとりの人物、経営コンサルタントの渥美先生と著者の安土氏とは、PB開発などについて議論が真っ向から対立するからである。

 とはいえ、本書を解説・紹介することには、大きな意味があると感じている。なお、本書の最終的な評価については、一日後に(熟考のうえで)、本HPにアップすることにする。本日は、解説と紹介の部分のみになる。

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 安土敏(2010)『スーパーマーケットほど素敵な商売はない』ダイヤモンド社

 流通業界には、私より年齢が上で、心から尊敬できる先輩がたくさんいてうれしくなる。安土敏氏(本名:荒井伸也、元サミットストア社長)もその一人である。安土氏は、故伊丹十三監督の「スーパーの女」のモデルになった『小説スーパーマーケット』の著者でもある。企業家でありながら、同時に作家でもあるマルチな人間である。安土氏に限らず、流通サービス業界でトップを極めた人たちの質は、思いのほかに高い。
 総合商社の「住友商事」から、当時は社会的にステータスが低かった「サミットストア」に転籍した頃のご本人の苦労を思うと、「生まれ変わっても、また、スーパーマーケットの仕事がしたい」と言えるのはすごいことだと思う。それほど、食品スーパーの仕事に著者が情熱と 愛情を持って取り組んできたことが、行間からにじみ出ている。
 本書を書いた意図は、ご自分の経験をスーパーマーケットで働くひとたちに伝えたかったからである。入社したての若い従業員や将来、流通業界で働くことになる学生に向けて、スーパーマーケットが抱えている課題の背後にある現実を、著者の経験を援用して、わかりやすく読者に語りかけている。
評者の視点から、本書を要約して紹介してみたい。

 第1章「スーパーマーケットを正しく理解することからはじめよう」では、スーパーマーケットの品揃えの考え方について書かれている。GMSとの違いは、少ない顧客を対象にしたリピートビジネスであること。そのため、食品スーパーには「正直な商売」が要求される。ある意味では、「つまらない売場づくり」になってしまうが、それは、「ふだんの食事の支度」のために食品スーパーが存在するからである。毎日来るお客さんを相手にする商売ゆえに、科学のメスが入りやすい。著者は、確率論をたとえ話として上げている。
 第2章「強い店舗作りと負けない出店」では、出店戦略について、業界の通説とは異なる見解と経験が紹介されている。読者は、この章からふたつのことを学ぶことができる。①商圏と店舗立地(サイト)は異なるものだということ、②好立地は死守すべきものであるということ。そのために、一度その商圏を好立地と判断したならば、改装(増築)や場所の移動(サイトの選択)によって、競合に負けないように店舗規模を拡大しながら顧客を逃がさないようにすることが大切であると説かれている。
 小売立地論の常識では、競合に負けそうになったら、その立地からは完全に徹底するのが通説である。本書では、イトーヨーカドーの出店戦略に学ぶ点が多いことが述べられている。サミットの立地については、好立地を死守した事例が、店舗名を挙げて検証されている。ただし、この立地戦略の考え方は、首都圏立地の食品スーパーに限ってのことだとも考えられる。代替地が求めにくい都心部で「好立地」は永遠であろうが、郊外部ではこの仮説は成り立たないかもしれない。
 第3章「スーパーマーケット経営の考え方」は、本書でもっとも興味深い部分である。10年後も順調に利益を生み出せる仕組みを作るには、ある程度は、短期の利益を犠牲にしないければならないことが説かれている。そこをつなぐのは、食品スーパーを運営していくための会社として使命(ミッション)である。
 長期と短期の利益バランスが相反する事例として、生鮮品の「売場委託方式」がとりあげられている。当初(1970年代)の食品スーパー経営では、生鮮部門(肉・魚・野菜)を売場委託方式で運営したほうが短期の利益を稼ぐことができた。しかし、専門業者への売場委託方式では、自社内に専門知識や経験が蓄積しない。1980年代になって、スーパー間での競争が激化しはじめると、目先の利益を追求して売場委託方式を採用した百貨店系・電鉄系の食品スーパーは大苦戦することになる。
 なお、この章では、スーパー経営についての微妙なバランスについて、演劇やゴルフの比喩を用いて説明がなされている。①本部(「作」)と店舗(「演」)の役割分担、②商品の価格水準と価値提案のバランス、③マーケティング(アイデア)とマネジメント(実行)の違いなどについて論じられている。
 第4章「スーパーマーケットの商品」では、現在の流通論壇で支配的な論調とは異なる見解が述べられている。要するに、「PB商品礼賛論」に対する反論である。NBとPB(SB)を比べたとき、一般的には、NBメーカーの商品開発力に一日の長がある。だから、限られた商品カテゴリー(全商品の約20%)でPBの開発を促進するのはよいが、食品スーパーのMD構成を考えた場合は、グロサリーに関してはNB中心の商品構成を貫くべきであるという考え方である。
 著者は、この章のサブタイトルで、「プライベートブランドとナショナルブランドの共存が強い店を作る」と主張している。著者の本音を斟酌するに、PB優勢論に対する警鐘だと読むことができる。議論の余地が残るところではある、
 第5章「スーパーマーケットの販売促進と接客」は、比較的軽く読める章である。食品スーパーの基本は、セルフサービス方式を採用していることである。それゆえに、「売り込むための」売場レイアウトと「唯一の接客場面である」レジ対応が重要であることが説かれている。モニター制度の有効性について、筆者の経験談が述べられている。
 第6章「スーパーマーケットの人事・教育」では、人事評価の基本原則が書かれている。すなわち、「直属の上司だけが、部下を評価できる」。「『知識』『技能』『態度』の根にあるものは躾である」という考え方は、ともに納得である。