『季刊マーケティングジャーナル』(2010)に掲載する予定の論文ドラフトである。JCSIのモデル開発の経緯とその理論的な基礎を紹介している。神戸大学の南先生との共著論文である。途中原稿なので、脚注と参考文献(図表)は含まない。
はじめに
2007年6月に経済産業省の支援の下で、「日本版顧客満足度指数」(JCSI:Japanese Customer Satisfaction Index)の開発プロジェクトがスタートした。日本版のCSIモデル開発は、国際的に見て、とくに欧米企業と比べて生産性が低いと言われている日本のサービス産業の生産性を向上させるために組織されたものである。具体的には、「SPRING:サービス産業生産性協議会」(代表幹事:牛尾治朗・ウシオ電機(株)代表取締役会長、事務局:日本生産性本部)が、わが国のサービス産業の生産性向上を目指して組織した6つの委員会の中のひとつ「日本版顧客満足度指数開発委員会」として発足したものである。
JCSIのモデル開発は、当初からふたつの作業部会を双対のエンジンとして推進がなされてきた。すなわち、研究者とリサーチの専門家を中心メンバーとする「開発ワーキンググループ」(開発WG)と、実務的な視点から指数の普及と活用を検討するための「企業アドバイザリーグループ」(企業AG)の2つのプロジェクトチームが、CSIのモデル開発に参加することになった。
約2年半のシステム開発の期間を終えて、2010年1月には、日本の流通サービス業29業種・約300社に対する初年度のネット調査が終了した。そして、今年3月16日には、第一回目の調査結果が公式にプレスリリースされている。結果の一部は、『MJ(日経流通新聞)』2010年3月17日号の第一面などに大々的に紹介されている。公式発表においては、CSI調査対象となった全業種における顧客満足度指数(CSI)の上位50社ランキングとそのスコア(100点満点)が公表された。また、29業種の業界別CSIトップ企業については、顧客満足度指数以外の5つの指数(顧客期待、知覚品質、顧客価値、クチコミ、ロイヤルティ)についても、そのスコア(同じく100点満点)が発表されている。
サービス品質を業界横断的に比較ができるという特徴と、日本でも最大規模のサービス利用者に対する調査であるという実務的な関心から、JCSIに対する産業界からの注目度は高い。リサーチ業界や流通サービス業のコンサルタント業に従事している研究員やリサーチャーからの反応も大きかった。流通サービス業を研究対象にしている研究者からの問い合わせも少なくない。
本論文では、前半部分(Ⅰ)で、日本版顧客満足度指数の特徴とその仕組み、ならびに第一回調査(2010年3月公表)の結果を紹介する。後半部分(Ⅱ)では、約15年前に米国で開発がはじまった「米国版顧客満足度指数(ACSI)」の誕生の背景と、測定される満足度指数の理論的な基礎とその戦略的な活用について論じることにする。
1 日本版顧客満足度指数のモデル開発
1 JCSIの特徴と開発の経緯
「顧客満足度指数」(CSI:Customer Satisfaction Index)の測定システムは、世界30カ国以上ですでに運用がなされている。韓国、中国、シンガポールなど、アジアの中進国では、日本よりもCSIの導入が早かった。CSIの開発・導入に関して、日本は世界の最後発国である。
製造業の品質管理において、手法の開発面でも実施・応用場面においても、20世紀の後半において、日本はフロントランナーのポジションにあった。その同じ国が、世界的に認知度が高い経営手法であるCSIについて、導入時期がこれほど遅れてしまったことは、ある意味では驚くべきことかもしれない。ただし、JCSIのモデル開発に関与してきた当事者として感想を述べさせてもらうとするならば、10年ほど導入が遅れた分だけ、後発の優位性は明らかにあったように思う。そのことは、後で詳しく述べることにする。
日本版CSIの原型は、よく知られているように、米国版顧客満足度指数(ACSI:American Customer Satisfaction Index)である。さらに、その理論的な源流とたどるとすれば、現在、ミシガン大学で教鞭をとっている同じ研究者(Fornell教授)が開発したSCSB(Swedish Customer Satisfaction Barometer)である(Fornell 1992)。その開発経緯や統計的な指標としての特徴、理論的な基礎(Fornell 1994、Fornell et al. 1996)については、後半部分(Ⅱ)に譲るとして、ここでは、日本版の特徴を簡単に述べることにする。JCSIの特徴は、以下の4つである。
(1)業界横断的な満足度の比較
ひとつめは、業界横断的にサービスに対する満足度が比較できるという点である。<付属参考資料>で紹介しているように、日本版では、CSIを測定するために21の設問が用いられている。6つの指数(顧客期待、知覚品質、顧客価値、顧客満足、クチコミ、ロイヤルティ)の計算には、それぞれが3個ないしは4個の設問が対応している。 「●●●」の部分に具体的な企業名(サービスブランド名、店舗名)を入れると、どんな業種でも類似の提供サービスが比較可能になる。
<図表1>は、各企業のCSI(100点満点)のスコアを、業種別に表示したものである。横軸は、業界を横方向に並べたものである。縦軸は、CSIのスコア(第一回調査、調査時点では3回分)である。ただし、業界ごとに、CSIの最高点と最低点の差がわかるように、その幅をタテの棒グラフで表してある。なお、楔形( )は、それぞれの業界でのCSIの中央値を表している。
<図表1> JCSI業界別の顧客満足度分布
(『MJ(日経流通新聞)』2010年3月17日号一面に掲載)
(2)原因と結果を表現する心理モデルの開発
JCSIの二番目の特徴は、消費者がサービスを受けて満足する理由を説明する「心理モデル」を開発したことである。これを、<原因系のモデル>と呼ぶことにする。さらに、満足した結果(高いスコアのCSI)として、良いクチコミを発したり、再利用意向が高まることを説明する因果関係がわかるようになっている。後者の心理過程を表現するモデルは、<結果系のモデル>と呼ばれる。日本版CSIのモデルでは、単にCSIを数値として測定するだけではなく、その原因と結果がわかるようなモデルを開発したことが特徴になっている。
原因系と結果系の両者を合わせた全体モデルが、「日本版顧客満足指数モデル」(JCSモデル)である。<図表2>の全体モデルは、米国版や韓国版のCSIモデルで用いられている「パス図」のモデルと類似しているように見える。しかし、両社の間には、ふたつの大きな違いがある。ひとつは、「構成概念」(クチコミ、ロイヤリティ)の作り方が異なることである。米国版CSIで「クチコミ」に対応しているのは、ネガティブな「苦情の申し立て」の項目である。しかし、日本人は、表立って苦情を申し立てることが少ないという現実を踏まえて、これをプラスの「他者への推奨」に代替している。また、「ロイヤルティ」は、「継続的な利用意向」をその内容としている。
二番目は、モデルの推定方法の違いである。JCSIでは、通常の「ML(最尤法)」を用いているのに対して、米国版ACSIモデルでは、方法的にはやや特殊な「PSL(部分尤度法)」を採用している。 どちらの推定法を用いるかについては、研究者の間でも判断が分かれるところではある。日本版でML法を採用したのは、①分析のためのソフトウエアが一般に普及していること、②業界ごとのモデルを前提にすると、現状ではMLを用いた場合でも「解」が不安定になるというケースは起こっていない、という現実的な理由によるものである。
なお、<図表2>(全業種の平均モデル)で、「矢印」の色が非常に濃くなっている(係数が>0.8)のは、例えば、「顧客期待」と「知覚品質」の間の因果関係が強いことを表している。また、「知覚品質」から「知覚価値」に向かう矢印は、薄い網が掛かっている(>0.7)は中程度の影響度を表現している。白抜きの矢印(>0.2)は、因果関係が弱い場合である。破線の矢印(<0.2)は、因果関係がほとんどないことを意味している。
<図表2> JCSIの全体モデル(原因と結果の関係)
(3)世界ではじめてのネット調査によるCSI測定システム
JCSIの3番目の特徴は、世界でははじめて、CSIの測定システムとしてネット調査を採用していることである。実は、どのようなデータ収集法を用いるかは、調査が実施される当該国の調査環境に依存する。米国版CSIでは、簡便な「電話調査」が用いられている。ACSIをそのまま移植した韓国版CSI(KCSI)では、サービス施設の利用者に対して「来店客調査」を実施している。方法選択は、データ収集コストと入手のしやすさという、米国と韓国の調査事情によるものである。
日本版JSIで採用しているインターネット調査のアドバンテージは、明らかである。①安価に情報が収集できること、②一人の回答者から詳細で多量の情報が得られること、③集計が迅速で相対的にミスが発生しにくいことである。紙幅の関係で詳しく紹介できないが、6つの基本指数(顧客期待~ロイヤリティ)を算出するために、日本版CSIでは21の質問項目が用意されている。基本的な質問項目以外にも、例えば、「SQI」(Service Quality Index)と呼ばれる「サービス品質測定システム」を実行するために、約50項目をCSIの調査に付加している。ネット調査のおかげである。その他の興味深い指標としては、「CDI」(顧客感動・失望指数)や「スイッチングバリア」などが、調査項目として付加できる調査システムがJCSIでは開発されている(小野 2010、酒井 2010)。
ちなみに、日本版CSIでネット調査を可能にしているのは、日本の調査システム環境によるものである。グローバルに見たときに、JCSIは非常に大きなアドバンテージを得ていることになる。以下の3点が、JCSIの開発においてわれわれがネット調査を選択できた理由である。①世界一とも言われる「ブロードバンド通信環境」の発達、②ネット調査専業企業の存在とそのパネルサイズ(一社60~100万サンプル)、③日本人のまじめさに起因する調査サンプルの高い品質。
(4)中長期的な視点からのトレンド変化の観察
JCSIの調査は、年3回程度にわけて、それぞれの業界については年一回、調査が実施される。調査内容としては、通常の個別企業で実施されているCS調査のように、サービスを利用した直後の満足度を想定しているわけではない。サービス経験の時間間隔としては、もうすこし幅広い経験を想定している。例えば、過去1年間の利用経験をベースにした「中長期的な」満足度や品質の評価、クチコミの程度や再利用意向を前提としている。
日本版CSIは、企業内で実施されているCS調査ともうひとつ異なる点がある。それは、調査対象者として、「ライトユーザー」から「ヘビーユーザー」まで、幅広い顧客をカバーしていることである。結果として、カード会員など、コア顧客の満足度を調査している企業のCS調査とは異なり、幅広い顧客層の満足度が、中長期的にどのように変化しているのかを観察するシステムがJCSIの特徴になる。個別企業が実施している調査では、効率面と費用面から、顧客層を広く取ることはむずかしい。この点が、JCSIの強みになっている。
JCSIの利点をもう一つとあげるとすれば、(2)と関連した心理モデルを活用することができることである。CSI(顧客満足度指数)が、<図表2>で表現される心理的なメカニズムを介して、どのような要因に影響を受けるのか、そして、顧客が満足した結果として、クチコミや継続利用にどのように影響を与えているのかを把握することができるからである。しかも、継続的に調査が実施されるので、変化の傾向を長期的なトレンドとして観察できる。したがって、個別企業の立場からは、自社の独自調査をJCSIと組み合わせて、CS改善のためのツールとして自社システムに組み込むことも可能である。
2 JCSIの調査体系と調査結果
(1)2009年度の調査結果(概要)
<図表1>は、初年度(2009年度)のJCSIの調査結果を要約した「簡易グラフ」である。それぞれの質問項目については、「10件法」で調査対象者から回答を得ている。したがって、理論的には、すべての質問項目に対して回答者全員が「0点」と答えると、基本指数の合成得点も「0点」になることもある。しかし、実際的には、調査対象企業の中でもっとも評価が低いところで50点前後である。
それとは逆に、回答者全員がすべての質問に「10点」と答えると、CSIは「100点」になる。現実的には、一番スコアが高くなった会社は、レジャー系の企業であった。全流通サービス業のなかでCSIのトップ企業は、TDR(東京ディズニーリゾート)である。CSスコアは、82.3点であった。これまでの調査経験では、対象企業のCSIは、ほぼ50点から80点の間に分布している。
それぞれの棒グラフの一番上は、各業界における顧客満足度指数のトップ企業である。一番下は、一番得点が低い企業である。くさびは中央値で、業界ランキングの真ん中に位置する企業の得点を示している。図表を見るときに注意すべきポイントは、各業界の中央値の企業が、どのくらいの得点を得ているかを見ることである。例えば、携帯電話の業界は、全業種の中では少し下に位置しているが、真ん中の企業はずっと下方にあるわけではない。思いのほか、高い位置にあることがわかる。
もうひとつの事例として、衣料品専門店や生活雑貨・家具専門店の業界を見てみることにする。これらの業界では、CSIの得点で上下の幅が非常に狭い。トップ企業と下位企業でも、得点にあまり差が見られない。顧客満足度のスコアのばらつきが比較的小さい業界であることがわかる。それとは逆に、飲食業や国際航空業界などでは、業界内でのCSIのばらつきがかなり大きくなっている。これは、顧客満足度の分散が大きい業界だということである。
CSIのデータは、業界の「中央値」(真ん中がどこにあるのか)と「分散」(ばらつきが大きい業界なのか小さい業界なのか)を読むことが大切である。近年、サービス業の「見える化」が重要と言われるが、<図表2>の棒グラフは、日本のサービス業全体を見ることき、もっともわかりやすい「鳥瞰図」ということになる。
(2)JCSIの調査の仕組み
<対象企業の選択と本調査の実施>
話は前後するが、JCSIの調査の仕組みとデータ収集法について簡単に説明する。
2007年のWG発足以来、JCSIの調査設計のために、6回の予備調査を実施してきた。順調に調査方法の改善が進み、2008年度中には、質問項目や調査の最終デザインが固まった。2009年度の春からは、正式な調査が開始された。これまで、業界グループごとに3回にわけて本調査(2009年度調査)が実施されている。
・第1回調査(平成21年6~7月):8業界・64企業、回答数2万4,586人
・第2回調査(平成21年10~11月):9業界・108企業、回答数3万8,292人
・第3回調査(平成22年1~2月):12業界・110企業、回答数4万2,249人
JCSIの調査対象は、日本の代表的な流通サービス業で、合計29業界・282企業である。ほとんどの業種と大企業はカバーされている。総回答者数は、10万5,127人に及ぶ。調査対象企業の選択については、各業界のシェア上位で、回答者のスクリーニング段階で、おおむね300サンプルを確保できることを目安としている。
それ以外に、参考指標(B2B取引と製造業)の回答者数が、1万4,511人ある。年間で延べにすると、計11万9,638人のサンプル数になる。日本で最大級の消費者調査である。
<調査方法>
調査方法は、基本的にネット調査(調査パネルを利用)である。ネット調査の場合、20~30歳代にサンプルが偏る傾向がある。バイアスを避けるため、日本の人口年齢分布に合うように、年代ごとに標本の抽出比率を変えている。サンプルの割り当ては、回答者をスクリーニングする段階で調整している。
調査は二段階で実施されている。第一段階(スクリーニング段階)は、当該企業のサービスを経験している幅広い層の回答者を、調査パネル全体から拾い上げるフェーズである。回答者のスクリーニングの条件は、サービスの特性と業種によって異なっている。具体的には、利用頻度と支出金額で利用者をふるいにかける。例えば、「過去一年間で二回以上利用したことがある」とか、「過去3ヶ月の支出金額が3千円を越えている」などである。
第二段階(調査段階)では、適格者に対してアンケート項目に答えてもらう。この場合、一人の回答者への質問項目がかなり多いことから、1人が1社のみに回答するようにしている。各社のサンプルの回収は、ほぼネット上で回答者が300を超えたところで打ち切られる。しばしば、いいかげんな答え方をする回答者がいるので、そうして人については、事前に分析から標本を排除している。全体の設問数は、約100問になる。
(3)初年度調査のCSIランキング
<図表3>と<図表4>には、平成21年度(2009年度)のJCSI調査で、顧客満足度指数が上位にランクされた50社を掲載してある。JCSIの公式発表(2010年3月16日)では、CSI上位50社のランキング以外に、各業界のCSIトップ企業について、6つの基本指数が同時に公開されている。さらに詳しいデータについては、前述のMJの記事、あるいは、サービス産業生産性協議会(SPRING)が発行している「プレスリリース資料」を参照されたい。
CSIトップ企業は、東京ディズニーリゾートで、得点は82.3点であった。ランキング表で、中央の欄に網掛がなされているのは、各業界のトップ企業である。通信販売業界(ECカレント:2位、81.1点)と旅行業界(シンガポール航空:5位、78.5点)、飲食業界(あきんどスシロー:3位、78.8点)が、日本のサービス業のなかでは上位にランキングされていることがわかる。
それとは対照的に、業界としては企業数が多いのに、50位にほとんどランキングされていないのが、(有店舗)小売業界である。50位にランキングされた唯一の企業は、ドラッグストアのカワチ薬局一社(28位:74.3点)である。また、携帯電話業界と学習塾・通信教育業界では、やはりトップ企業でもCSIがそれほど高くないことがわかる。
<図表3> 平成21年度JCSI上位50社(その1)
<図表4> 平成21年度JCSI上位50社(その2)
<図表5>には、各業界で利用者からの満足度が高かったトップ企業が紹介されている。売上高シェアや利用度によって、各業界から5~10社程度をピックアップいるが、そのトップ企業である。この図表には、顧客満足度指数の得点を含む、6つのCSI基本指数のスコアが示されている。横方向に見ていくと、おもしろい現象に気がつくはずである。顧客満足度の高い企業が、クチコミやロイヤルティも高いかというと、必ずしもそうではない。顧客期待が高いからといって、いつでも顧客満足が高いというわけではない。
6つの指数のバランスは、業界ごと企業ごとに特徴が出てくるものである。例えば、ディスカウント系の業界(例えば、飲食業界のあきんどスシロー)では、相対的に顧客価値のスコアが高い傾向がある。それに対して、シティホテルの業界(例えば、帝国ホテル)では、相対的にみて、顧客満足やロイヤルティと比較して、顧客期待や知覚品質の得点が高くなることが見て取れる。
<図表5> 各業界別CSトップ企業(6つの基本指数)
Ⅱ 顧客満足度の指数化の理論的な背景
1 顧客満足度形成プロセスと顧客満足度の測定
日本版顧客満足度指数(JCSI)の開発に先行して、指数化のための研究が長年にわたり行われてきた。筆者らのチーム(JCSI開発WG)が日本版CSIの開発にあたって参考にしたのが、米国版顧客満足度指数(ACSI)であった。1994年から実用に供されているACSIは、1989年にスウェーデンで実施された全国レベルでの顧客満足度調査に基づく指数、SCSBに基づいていた。どちらの顧客満足度指数も、ミシガン大学教授のClaes Fornell教授が開発に関わっている点が共通である。
Fornell教授が開発したCSIの測定システムをもとに、世界各国で国別のCSIが開発されていった。ACSI(SCSB)は、CSIの標準版ということができる。ACSIに先行してスェーデンで実施されたSCSBは、1989年から1990年にかけて30産業、100社の顧客を対象とする満足度調査で、国レベルでの顧客満足を反映する経済指標として、企業のみならず株主や、政府、顧客にとっての情報提供を目的として開発された。
顧客満足は、直接的には観察することができない概念である。しかし、消費者調査のシステムを利用して、満足度指数の測定を行っている。顧客満足の指数化(数値測定=可視化)は、Oliver (1980)の「Expectation-Disconfirmation(期待不一致?)」と呼ばれる概念枠組みを理論的支柱としている。この概念枠組みは、対象となる製品/サービスに対する顧客の事前期待が、知覚品質や、経験と知覚とのギャップに影響を与えることにより、顧客満足が形成される過程を説明する理論仮説である。Oliver(1980)の「不一致?」とは、知覚品質が事前期待に一致しない程度を表している。この考え方により、事前期待の水準が満足度の基準値に影響を与えること、場合によっては、その水準を抑制するブレーキの役割を果たしていることが仮説として提唱された。
ACSIの枠組みは、この満足度の形成プロセスに依拠しながら、満足の結果として起ることを一連の因果プロセスとしてモデル化したものである。つまりCSIとは、顧客満足の前提条件と結果のプロセスとを結合して、その因果律をモデル化したものである。そして、モデルを構成する顧客満足という仮説的な構成概念を、指数化するという方法論を提供している。満足の結果とは、口コミや再購買意図を指している。
ACSIの因果モデル構築に先行して、Anderson & Sullivan (1993)は、期待不一致?パラダイムに基づいて、顧客満足の前提条件と結果とのモデル構築を行った。その際に用いられたのが、スウェーデンで収集されたSCSBのデータベースであった。同時に、モデルの検証が行われている。その結果として、次のような知見が得られている。①事前期待は直接的に顧客満足に影響を与えるわけではないこと、②品質が期待に届かない場合、品質が期待を上回っている場合以上に、満足と再購買意図に影響をより与えてしまうこと、③期待との不一致は品質が評価しやすい場合に起こる傾向にあること、④企業間のばらつきという点においては、顧客満足に伴う再購買意図についての弾力性は、高い満足感を与えている企業については低いこと。以上の4点が、Anderson & Sullivan (1993)の報告の骨子であった。
SCSBに関しては、Fornell (1992)が、尺度化や推計方法、モデル式の代替的な形式について詳細に説明を行っている。SCSBにおける顧客満足度の測定の特徴は、よくありがちなその他の満足度測定方法とは異なり、多項目から成る潜在変数を想定していることである。潜在変数間の因果関係の中で、顧客満足度が測定され、モデルのロジックの中で指数が推計されるというところに特徴がある。
ACSIについては、その基礎となる因果モデルの構成について、Anderson & Fornell (2000)で詳細な説明がなされている。「期待」、「価値」、「知覚品質」が顧客満足度指数の前提条件となり、「苦情」と「ロイヤルティ」が顧客満足度指数の結果となっている。この場合のロイヤルティとは、「再購買の可能性」と「価格への耐性」を意味している。構造方程式モデリングとして構築されたACSIの精度、構成概念の妥当性、尺度変数の信頼性が、そこでは検証されている。さらには、ACSIの経済指標としての予測可能性、診断性、比較可能性についても検証され、提案された仮説も支持されている。
CSIは、行動科学的な知見を活かした因果モデルを想定している。提唱されてから比較的長い年月をかけて、商業的な利用という実践性を背景に、地道に検証を重ねてきている。その結果として、理論的に支持されたモデルを基礎に開発された指数であるということが特筆される。
2 顧客満足度指数開発と顧客満足の戦略性議論
先行する顧客満足度指数開発の背景には、顧客満足についての戦略性に関する議論がある。顧客満足を向上させることは、一般的には、それ自身が無条件で望ましいものと考えられがちである。しかし、企業戦略の観点からは、他の成果変数とのトレードオフの関係を考慮しなければならない。例えば、顧客満足とマーケット・シェアとの間には、明確なトレードオフの関係がある(Fornell 1992)。顧客満足と生産性の間にも、トレードオフの関係が存在している(Anderson, Fornell and Rust 1997)。すなわち、顧客満足を高めようとすると、市場シェアや生産性を犠牲にしなくてはならない場合がある。実際の企業経営では、どちらを優先すべきかを決めなければならない。以下では、そうしたトレードオフの関係についてのガイドラインを提供している実証研究を紹介する。
Fornell (1992)は、SCSBに基づく顧客満足度指数を公表した際に、企業戦略的な視点から、とくに防御戦略の視点から、顧客満足度を測定することの妥当性について述べている。企業戦略において、市場シェアを高めようとすると、市場が広がった分だけ顧客の異質性が増大する。より多様な顧客がサービスの対象となるため、市場の拡大は必ずしも全体的な顧客満足度の向上にはつながらない場合も出てくる。顧客満足度向上の戦略的な意味づけは、むしろそれとは別のところにある。満足度の向上によって、他社へのスィッチング・バリアを構築することができるなど、防御的な効果が期待できるのである。
実証結果も、そのことを支持している。同質的な製品・サービスを同質的な市場に販売する業界や、異質な製品・サービスを異質性の高い市場に販売する業界の方が、同質的な製品を異質性の高い市場に販売する業界よりも顧客満足度が高いことが明らかにされている。同じデータを用いて、顧客満足とマーケット・シェア及び収益性の関係についても検証がなされている。Anderson, Fonell & Lehmann (1994)においても、マーケット・シェアの向上と顧客満足度の向上は相反するという結果が導かれている。
マーケット・シェア向上に伴う顧客市場の異質性の増加は、製品・サービスの差別化やカスタマイゼーション問題にも関連してくる。Anderson, Fornell and Rust (1997)は、物財とサービス財の場合に分けて、顧客満足度と生産性との間のトレードオフ関係について実証を行っている。企業が顧客対応を進めることによって、顧客満足度は上昇する。しかし、一般的には、それに伴ってコストは上昇し、生産性は低下することに彼らは着目した。
実証分析の結果として、物財とサービス財では対照的な結果がもたらされた。物財の場合は、生産性と顧客満足度の向上が正の関係にあったが、サービス財の場合は負の関係になった。すなわち、サービス業界においては、生産性向上と顧客満足度とがトレードオフの関係になりやすいことが明らかにされた。彼らはこの要因を、サービスの標準化とカスタマイゼーション(のちがい)により説明している。顧客満足が標準化よりもカスタマイゼーションに相対的により依存している場合、また高度のカスタマイゼーションと標準化を同時に提供することが困難な場合、(あるいは、カスタマイゼーションが)コスト高(となる)場合は、顧客満足と生産性が両立しない傾向を示している。
さらに、Fornell, Johnson, Anderson, Cha and Bryant (1996)は、ACSIの実証結果として、顧客満足を決定するのに、信頼性よりもカスタマイゼーションの方が重要であることを指摘している。とりわけ、生産と消費のバラツキが比較的低いセクターにおいては、顧客の期待が重要な役割を果たすこと、顧客満足は価格よりも品質によって駆動されやすいという結論を導いている。
上記の一連の研究は、物財とサービス財における顧客満足形成の違いを説明したものである。それとともに、企業がサービスの効率性を追求しながら顧客満足度を同時に高めようとする場合の戦略性、つまりカスタマイゼーションの程度とターゲットとすべきセグメントの識別の問題という観点において示唆に富むものである。
一方、顧客満足度と収益性との関係においては、顧客満足度がロイヤルティに影響を与え、結果として企業に収益性をもたらすという考え方が主張されてきた(Anderson & Fornell 2000, Fornell 1992, Fornell, Johnson, Anderson, Cha & Bryant 1996)。これはReicheld & Sasser (1990)の、顧客の離反を防ぐことによる、営業コストの低下が論拠の一つとなっている。また、比較的初期の研究では、品質が顧客満足に影響を与えるため経済的成果につながるという論拠 (Anderson, Fornell, & Lhemann 1993)に基づいて検証されてきた。
3 CSIのインディケータ(市場成果予測指標)としての利用可能性
比較的近年になって、ACSI(米国版顧客満足度指数)が株式市場にもたらす価値についての議論が隆盛している。顧客満足度指数と企業成果変数との間に正の相関関係が見られることの論拠については、単に因果モデルにおける品質評価やロイヤルティによって、顧客満足が企業に経済的価値をもたらすという説明にとどまらない。ACSIがデータとして公表されることにより、企業の市場価値が向上し、企業にキャッシュフローをもたらすという観点からCSIが注目され始めているということである。
Fornell (2001)は、顧客満足と財務的な指標、MVA、株価、ROIとの関連について示唆している。すなわち、ACSIの指標値の変動がダウ・ジョーンズの平均株価指数の変化と相関を示していることを主張している。顧客満足の点数の変化が企業の市場価値に影響を与えることを述べ、マクロ経済や経営管理指標のインディケータとしてのCSIの役割を示唆している。
顧客満足度指数は、消費者の心理モデルに基礎を置く「非財務的な指標」である。そうした非金銭的な指数の測定が、財務指標の代理変数になりうるかどうかの可能性について、Ittner & Larcker (1998)は、顧客行動と業績、簿価の関連性について検証している。彼らの関心は、ACSIがリリースされることにより、株式市場がどのように反応するかにあった。顧客データとビジネスユニットデータとを用いて、顧客満足の測定が、顧客の購買行動(継続、収入、売上高の増加)のインディケータとして、また会計上の成果(売上、粗利益、営業利益)のインディケータとなるという主張については中程度の支持が得られたとしている。しかしながら、顧客満足度の測定は株式市場に経済的には関連するものの、完全には同時期の簿価に反映されないことを明らかにしている。結果として、顧客満足は、企業の業績と一貫するものであり、顧客満足度が企業の内部的な業績測定のしくみにおいてインディケータになり得るということを結論づけている。
CSIの経営指標との関連性についての検証は、近年ますます盛んとなり、米国におけるメジャーな学術誌に掲載される頻度が多くなっている。例えば、顧客満足と株式市場評価 (Aksoy, Cooil, Groening, Keiningham & Yalcin 2008)、株主価値(Anderson, Fornell & Mazvancheryl 2004)、債権市場評価(Anderson & Mansi 2009)、株価(Fornell, Mithan, Morgeson & Krishnan 2006)、キャッシュフローと株主価値 (Gruca & Rego 2005)、金融市場の評価(Jacobson & Mizik 2009)、株式収益リスク (Tuli & Bharadwaj 2009)についての研究成果が出されている。これらの一連の、顧客満足の証券市場における反応評価の研究について傾向を踏まえた上で、Ittner, Larcker, & Taylor (2009)は、ACSIの市場に与える影響として、将来の営業利益に関する情報を提供するものであるが、長期にわたる収益を予測するものではないことをコメントとして述べている。
4 CSIの経営行動指針への適用
ACSIについては、顧客満足度指数を調査後に公開しているのみならず、ミシガン大学にCFI (Claes Fornell International)グループとしてコンサルティング・グループを設立し、クライアント企業に個別対応を行っている。Best Buyや、National Library of Medicine等の企業、組織名がクライアントとしてウェブサイトに公表されている。また先行する韓国のNCSIも、SamsungやSK Telecom等のコンサルティングを行っていることを情報公開している。
CSIは、業界横断的に顧客満足度を測定するための質問が用意されている。サービス産業において、ホテル、小売業、銀行の利用を想定してみると、サービスの提供システムは業界ごとに大きく異なる。例えば、顧客との接点、契約や利用のしかた、物財や資産の関連の有無など、サービスの提供内容自体が異なっている。業界横断的に同様の質問をすることにより顧客満足度を測定することは、業界間の満足度比較という点においては大いに意義がある。しかしながら、業界横断的な測定の意味は認められるものの、業界特性に応じたCSIの測定や、個別企業に特化した業務オペレーションに対するCSIの測定への需要も別にあると考えられる。
2007年度からテストが開始された日本版CSIにおいては、「アドバイザリーグループ」として、約10社の大手流通サービス企業がプロジェクトに参加している。とくに、大手小売業の2社(三越・伊勢丹ホールディングスとイオン)と航空会社(ANA)に対しては、JCSI開発メンバーとリサーチ会社がJCSIデータを用いたコンサルティング業務を試行している。
例えば、小売業利用者のうち、年代別等デモグラフィックなユーザー・セグメント別、あるいは、ロイヤルユーザーやライトユーザーのセグメント別の顧客満足度がどのように異なっているか詳細に分析されている。分析結果は、それぞれのセグメントへの具体的な対応のための検討資料として、AGメンバー企業にフィードバックされている。また、航空会社においては、自社で実施している顧客満足度調査と組み合わせて、JCSIを利用することを検討することになった。自社の業務改善のPDCAサイクルの中で、顧客満足度がどのように向上したかを把握して、KPI(経営管理指標)化することが試行されている。
ACSIの開発においては、顧客満足度指数(CSI)が、日本の流通サービス企業にとって、代表的なひとつの経営成果指標となることを期待している。(注:わたしは無理があると思うので、株式市場評価への言及の部分は削除しました。)一方で、JCSIは、企業の診断ツールとしての利用がまず想定されている。これは、「サービス産業生産性協議会」の設立目的が、サービス産業全体の生産性向上をはかることにあったからである。
サービス業の業務オペレーションについて、顧客満足度を測定することにより改善点を識別し、対応していくことを志向していると事情による。企業にとっては、業務改善のPDCAのうち、Check段階の情報としてJCSIは機能することが期待される。そうして改善行動を進めていくことにより、企業の顧客に対して生み出す価値を向上していくことが望まれているのである。その意味において、JCSIは財務戦略を含めた企業戦略というよりは、むしろマーケティング的な利用により効果を持つものとして発展していくことになるであろう。
おわりに:今後の展開と研究者への期待
JCSIに関して、経済産業省のバックアップは、2009年度で終わることになった。2010年度以降は、サービス産業生産性協議会が継続的にJCSIの調査と公表を実施していくことになっている。JCSIの最終目標は、ランキングの発表そのものにあるわけではない。顧客満足度の向上を通して、日本の流通サービス業の生産性を高めることにある。
なお、JCSIの調査システムは、流通サービス業を対象とした日本最大の調査システムである。年次調査なので、時系列でデータが蓄積していけば、産業界の実務的な関心にこたえるだけでなく、研究者やリサーチャーにとっても、有意義なデータベースとなる可能性を秘めている。
商業分野やサービス産業に関心を抱いている学会メンバーやリサーチャーにも、この知的資産を開いていくつもりでいる。部分的にではあるが、試験的に一部の調査データを研究利用に公開する準備も進めている。
<参考文献>
<付属参考資料>