年に2回、DIY協会の会報に寄稿をさせてもらっている。協会の企画部門からは、ホームセンター業界の経営課題に関連して、マネジメントに何らかの示唆を与える論考を要望されている。ただし、今回は、いままでの原稿とは異色のテーマと内容を選択することになった。木材産業のリーディングカンパニーを取り上げたからだ。
わたしの出身地は秋田県能代市である。かつて(大正時代~昭和50年代)は、秋田杉の伐採と製材加工で成り立っている町だった。それゆえ、木材産業を取り上げることは、エモーショナルな動機からの事例研究とインタビューになった。
しかしながら、日本の森林の保全と木材産業の再生は、将来の日本にとって大切な仕事になる。しかも、材木の受け皿の大きなプールが、ホームセンターであることはまちがいない。そのことはデータで文中で示されている。
なお、オリジナルの原稿には、外材と国産材の供給量の変化を示すグラフが用意されていた。このブログ記事は、エクセルや写真が掲載できない仕様になっている。業界データ(図表1)は、農水省のHPを参考にしていただきたい。
本論考は、中国木材(広島県呉市)の堀川保彦社長へのインタビューと、呉市の現地視察で構成されている。示唆に富む論考になっていると自負している。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「日本の森林を再生する:“中国木材”の環境保全ビジネス」『DIY会報』2024年新春号
文・小川孔輔(法政大学名誉教授、日本フローラルマーケティング協会会長)
<はじめに>
私事になるが、筆者は、昭和26年(1951年)に秋田県能代市で生まれた。故郷の能代市は秋田杉の集散地で、製材業の街として繁栄していた。明治末期から戦後の高度経済成長期にかけて、住宅用の木材と合板を供給する「東洋一の木都」として知られていた。
わたしが大学生だったころ(1970年~)、北米から外材(米松)が輸入されるようになった(図表1)。東南アジアからの輸入も増えて、日本各地で製材所が閉鎖に追い込まれた。わが町も同様だった。一方で、本稿で取り上げる「中国木材」(本社:広島県呉市)のような製材会社は、外材を輸入・製材・加工することで成長を続けてきた。
しかし、地球温暖化による山火事や虫害、さらには樹木の過剰伐採が祟って、近年は木材の海外調達が減少に転じている。外材の輸入量のピークは1996年、国産材の自給率のボトムは2002年である(18.8%)。その後、国産材の供給が増えたことで、自給率が40%を超えるようになった(図表1)。
2021年から2022年にかけて、「ウッドショック」 が、世界中の木材産業を襲った。日本でも住宅用の木材価格が高騰し、いまや国産材の自給率が50%を超えそうな勢いである。他方で、森林破壊や干ばつの問題を抱える欧米諸国では、コロナ後にウッドショックが一段落したとはいえ、供給不足は深刻で木材の価格安定には程遠い状況にある。
<< この付近に、図表1「木材の供給量と国内自給率の推移」を挿入 >>
ところで、ホームセンターの商材として、木材は重要な商品のひとつである。ホームセンターの売上に占める建材(木材・合板)の割合は、2000年が3.5%、直近の2022年で4.7%である(図表2)。木材の国内自給率は、徐々に高まっている。半世紀に渡って外材に押され森林資源の活用が進まなかった日本の森に、ようやく再生のチャンスが訪れている。
木材の主要顧客は、DIYをホビーで楽しむ消費者である。近年では、地域の工務店やホームビルダーなど業務顧客が増えている。大手小売チェーンの中では、イオン傘下の「サンデー」やプロ向けの業態で事業を拡大している「コーナン商事」のように、森林の保全や温室効果ガス(CO2)の固定や排出量の削減に取り組む企業が現れている。
<< この付近に、図表2「HCの売上に占める建材の比率」を挿入 >>
本稿では、比較的早い段階で、外材の輸入から国産材の活用に舵を切った企業として、「中国木材」の環境保全型ビジネスを取り上げることにする。同業他社に対する同社の優位性は、全国各地に製材工場(現在7か所)を建設するにあたって、同時に森林の保全(植林・育林)に取り組みながら、持続的なビジネス(温室ガスの抑制や端材のリサイクル)を展開していることに尽きる。
<中国木材:外材の輸入加工ビジネスの始まり>
広島県呉市で産声を上げた「中国木材」は、1969年に祖業の酒樽の生産(祖父の代)から、製紙用チップ生産に事業を転換した。その後、広島県呉市で、外材の輸入・製材・加工業の一貫生産ラインを建設。1989年には、輸入木材の米松で乾燥平角(ドライ・ビーム)の製造を開始した。北米産の米松を輸入して、製材加工業に乗り出したのは、現社長の父親の堀川保幸氏(現、最高顧問)である。
木材業界の常識で、「大型製材所はつぶれる」と言われていた。そこをコストダウンで乗り切ることを考えたのは、保幸氏の慧眼だった。木材の輸入で製材加工所が成功するためには、3つの条件が必要である。
① 海の近くに立地すること(物流費の削減効果)
② 工場の大規模化ができること(製造工程のコストダウン)
③ 広くてまとまった土地が確保できること(一貫生産工程の実現)
広島(呉市)、宮崎(日向市)、佐賀(伊万里市)、茨城(鹿島市)はともにこの条件を満たす。また、来春完成が予定されている秋田(能代工場)も、この条件に当てはまる。
<< この付近に、図表3「中国木材の略史」を挿入 >>
<国産材の品質とコストダウン問題>
世界の森林の変容は、過剰伐採(過伐)を繰り返してきた人類の歴史でもある。世界中で、自然災害の拡大により、住宅用の原木が入手困難になる可能性がある。ほぼ30年ごとに森林の主要産地が移動していく現象は、アパレルや軽工業のグローバルな「産地移動」と状況が似ている。
木材の供給量が安定しない状況に対して、国産材の活用で対応することについては、また別の問題がある。杉や檜のような国産材を製材加工するためには、品質とコストの問題があるからである。以下は、国産材に対する堀川社長の指摘である。
① <品質面>原生林の木は状態がよいが、植林木はそうでもない。とくに雪の多い地区の杉は、節周り・腐れ材が多い。これは、降雪地特有の欠点でもある。
② <コスト>。日本の平均伐採コストは、7120円/m3(最大の問題は、伐採費用で5340円/m3)。それに対して、米国は4170円/m3で、フィンランドは、3350円/m3。物流費が20%に対して、原料の伐採コストが60%を占めている。
この課題に対して、日本の製材業は、2度の歴史的な転換点を経験している。
最初は、1995年の阪神淡路大震災で、二度目は2011年の東日本大震災である。木造住宅が倒壊した原因は、構造が緩み通柱・土台などの強度の問題だった。加工段階で水分を抜いてから出荷した「乾燥材」を使った家は、二つの大震災で崩壊を免れている。結果として、国の方針として、木材軸組(部材)に強度を表示するようになった。
幸運なことには、中国木材は、1989年から「ドライビーム」(乾燥角材)の製造に取り組んできた。部材に強度表示が義務づけられるようになったことは、中国木材のビジネスに有利に働くことになる。同社は、複数の樹種(例えば、杉と米松)を組み合わせた軽くて強い集成材を開発し、林野庁長官賞を受賞している。集成材に加工すると、材木の強度が高くなる。また、事前に十分に乾燥させてから出荷する「乾燥材」は、「たわみにくい」という特性を持っている。
<日向モデル:環境保全型ビジネスモデル>
国産材の安定供給が求められる現状に対して、中国木材は、いち早く対応を終えていた。2004年に、佐賀県伊万里に国産材工場を建設。東日本大震災の3年後には、宮崎県日向市に、国産杉材の一貫製造工場を建設した。
日向工場の建設では、伊万里工場で取り組んでいた環境対応型のモデルを、完全な形で実現することになった。象徴的な施設は、製造工程に「バイオマス発電所」を併設することだった。バイオマス発電では、杉皮や未利用材、工場から出る端材やおがくずを燃料にしている。ちなみに、中国木材の9つのバイオマス発電所では、90、180kWで、約228,000世帯分の家庭消費電力に相当する。
また、工場の乾燥工程には、発電所の蒸気(80℃)を投入している。最近になって、杉苗の育苗施設をバイオマス設備に併設し、CO2を温室での育苗に活用する計画である。
日向工場の運営は、九州一帯での森林の伐採作業と一体化している。山から材木を集めてくるのは、最終製品の杉材だけではない。森林の所有者とは、端材も含めて山から出るすべての材料を買い取っている。A材(大径)もB材(中小径)も杉皮(未利用材)もおがくずも、加工用の木材だけでなく、燃やせるものはすべて買い取るのである。
山から出るものを一括で買い取ることで、販売側はコスト削減ができる。スーパー・エブリィ(本社:広島県福山市)が、「野菜を大きさや品質によって仕分けせずに、畑を丸ごと買い取る」のと同じ考え方である。逆に、山のものを丸ごと出荷できれば、結果的に「山の価値」が上がることになる。日向工場が完成してから、九州地区の杉材の価格は上昇している。
<市場環境の変化>
住宅用の建材市場でも変化が起こっている。30年前は、自由設計で戸建て住宅を建てる「工務店」が、建材の最大の買い手だった。それが現状では、多様な材を使用する工務店のシェアは大きく落ちている。
それに対して、規格住宅を建てる「ビルダー」は、標準的な規格部材を求める。「ビルダー」のシェアが近年は大きくなっている。工務店の数が減少して、ビルダーが主体の市場になると、部材の標準化が進むことになる。「社会の価値観の変化もあり、住宅は建てる時代から買う時代に移行している」(堀川社長)。
工務店は、建材のニーズが多様なので、大きな倉庫に多品種の在庫を持つことにメリットを感じる。しかし、標準部品が必要なビルダーは、多様な部材を必要としない。「ビルダーは、安定供給・安定価格・安定品質が必要であり、杉の集成材はその条件を満たしている。また、国産材の利用により、環境問題に取り組んでいることをPRができるため、利用が拡大する」(堀川社長)。
こうした需要の変化は、標準部材の在庫を大量に抱える中国木材に利することになる。新工場の完成を前に、日向工場を視察した「能代木材産業連合会」のメンバーは、工場のヤードに山積みにされた在庫品の多さに驚いていた。
「とくに「すごいな」との声が漏れたのが、天乾場、加工工場、製品倉庫など工場内・敷地内の各地にみられる在庫量の多さ(中略)。参加者のひとりは、『在庫を持たないトヨタ生産方式とは真逆だ』と圧倒されていた」(『北羽新報』の取材記事から)。
大量の在庫を抱える理由は、安定供給を実現して価格変動に備えるためである。日本の山林の弱点は、価格の上下動が激しいことである。スポットでの取引がほとんどのため、材木供給も安定しない。
現在、中国木材は、国内の木質住宅の10万戸分の材木を供給している。木造住宅の全体市場は、年間40万戸の供給がある。中国木材は、住宅用木材の供給量でシェア25%を占めている国内最大の木材メーカーである。年間の売上高は、2022年実績で1000億円を超えている。
<日本の林業の弱点>
最後に、日本の山林の特徴について、堀川社長が指摘してくれた。日本の山林の弱点は、出材が不安定になり、価格変動が大きいことである。また、木材を切り出すときの取引方法についても説明してくださった。
材木を入手するために、伐採業者は、山の伐採権が必要である。伐採業者には、国有林、県有林、森林整備センター等では、一般競争入札で伐採権を落札する必要がある。また、民有林の場合は、立木のみの取得方法と、土地を含めた森林を取得する方法もある。
森林取得の際には、「森林経営計画(伐採と植林)」を、当該市町村長宛に提出して認定を受けることになる。補助金を受けるために必要な手続きのひとつである。
なお、森林経営計画で申請する植林計画において、苗の不足が深刻な問題となっている。「苗不足で伐採計画に支障をきたしています。中国木材としては、安心して伐採できるよう、苗事業に取組んでおります」(堀川社長)。
高性能機械の導入など、材木を切り出すための技術革新は、日進月歩で起こっている。しかし、一方で、自然災害に強い、しっかりとした林道や作業道を作るのが難しい状況にある。
「不在地主が、山の大型化を阻害しているのです。林道の整備が不十分になり、少量ずつしか材木を搬出できないので、搬出コストが高くなってしまうのです」(堀川社長)。
欧米の森林との違いはここにある。そのことと関係して、山で切り出す木材の長さに、日米で大きな差が生まれる。日本では、3~4Mの長さに切って山から材木を運んでくる。それに対して、北米では、12Mの長さで運ぶことができる。
コスト高になるのは、「山の大型化」が実現できないことにある。こうした問題解決が、日本の木材産業の将来にとって大きな課題ということだった。
(最終ドラフト:2023年12月12日)
図表1 木材の供給量と国内自給率の推移(~2021年)
※出典:林野庁「木材需給表」(1955年~2021年)
図表2 ホームセンター業界における「木材・建材」及び「DIY用具・素材」
(売上高構成比%の推移)
「木材・建材」(中分類) 「DIY用具・素材」(大分類)
2000年度 3.5% 17.3%
2005年度 4.8% 21.2%
2010年度 4.8% 21.1%
2015年度 5.7% 23.5%
2019年度 6.2% 25.7%
2020年度 4.7% 26.7%
2022年度(公表前) 4.7% 23.8%
※出典:「DIY小売業実態調査」日本DIY・ホームセンター協会
図表3 中国木材の略史
1953年創業 日本ではじめてチップ工場の企業化に成功
1969年、海外からチップを購入することで、業態転換(樽から木材チップ)
1989年 乾燥平角(ドライ・ビーム)製造開始
2002年 バイオマス発電所(郷原)
2003年 杉と米松の異樹種集成材(ハイブリッド・ビーム)JAS認証
2004年 伊万里事業所にて、国産材事業開始
2014年 宮崎県日向工場稼働
2022年 秋田県能代市で国産材工場の建設開始
※出典:堀川智子会長講演記録「林業再生とカーボンニュートラル」