学習院大学経済学部教授上田隆穂先生の論文をテキストのみ掲載する。上田先生もメンバーの一員である、科研費「日本企業のアジア市場での事業展開とマーケティング実践の理論化」の2012年11月の内部セミナーで、イートアンド㈱の手塚康成氏にお話しいただいた内容をテーマにされている。
販促会議2013年3月号「外食不況時代を生き抜く「大阪王将」の価値創造」
販促会議 2013年3月号
価値創造 プロモーションの実践
「外食不況時代を生き抜く「大阪王将」の価値創造」
学習院大学経済学部教授 上田隆穂
1.はじめに
現在の外食産業は、経済状況を反映しているというよりも、それ以上に調子を落としている。図表1を見ると歴然としているが、平成9年(1997年)の29.1兆円の市場規模をピークとして、右肩下がりの傾向が見える。平成16年(2004年)から20年(08年)の間はほぼ横ばいであったが、21年(09年)からまた下がりだしている。22年(10年)、23年(11年)の市場規模はそれぞれ23.4、23.0兆円で下げ止まっていない。しかし、この外食産業受難の時代にあって、焼き餃子をメインメニューに据える大阪王将は業績を驚異的に伸ばしている。
図表2を参照されたい。これは大阪王将を含む多業態を持つイートアンドのデータであるが、1977年の創業以来、例外も若干あるが、一貫して驚異的な業績の伸びを示している。リーマンショックによる不況の影響も全く受けていないようである。もちろん新規出店の影響が大きいが、なにゆえにこのような業績の推移を生み出せているのか。成長の原動力となる、どういう価値を創造し得ているのかを探っていく。
2.イートアンドの概要
イートアンドは、大阪に本社を置き、餃子を中心とする中華料理チェーンの「大阪王将」、「よってこや」「コートロザリアン」「厨花」「太陽のトマト麺」などを展開している。また、外食事業以外にも冷凍食品をはじめとする食料品の製造・販売事業も展開している。「よってこや」は、ラーメン専門店業態であり、1997年に創業している。近畿地方、中国地方、東海地方、関東地方、海外では中国およびハワイで展開している。「コートロザリアン」は、大阪府、京都府、埼玉県、愛知県、東京都に計5店舗を展開する焼き立てパンとコーヒー、すなわちパン屋カフェのチェーン店であり、規模はそれほど大きくない。「厨花」は、大阪府と兵庫県に店舗を展開している中華料理業態であり、中国創作料理フルコースが中心の高級志向の店舗である。そして、「太陽のトマト麺」は、健康志向を意識した業態であり、ラーメンに有機トマトを使用したスープを使用しているのが特徴である。「太陽のラーメン」をはじめ、トマトを使用していない「鶏パイタン麺」も提供しており、関東地方と大阪府に店舗を展開している。これら以外にもいくつか業態があるが、本格的に全国展開しているのは、大阪王将であり、全店舗数の割合では、373店舗中300店舗以上と、大阪王将の割合が突出している。
イートアンドは、1969年に大阪市都島区京橋に中華料理店「餃子の王将」として創業したのがはじまりであり、大阪王将食品の設立は77年8月であった。その後にチェーン展開を始め、「よってこや」、「コートロザリアン」、「シノワーズ厨花」などを餃子以外の業態でチェーン展開が進み、2002年10月に各業態を束ねる存在としてイートアンドに社名を変更した。2012年3月31日現在、正社員および契約社員の就業人員は249名であり、年商は187億円、全店舗数は373店舗(FC加盟店含む)である。現在は、大阪の本社以外に、東京オフィス、関西・関東・岡山・北海道に工場を有している。
3.大阪王将のあゆみ
大阪王将の始まりは、現・代表取締役社長、文野直樹氏の父が大阪京橋で創業した大衆中華食堂チェーンである。そのコンセプトは「おいしい日常食を・お手軽な価格で・おなかいっぱい食べて頂く」であり、焼き餃子と言えば大阪王将、大阪王将と言えば焼き餃子と、関西を代表する日常食の老舗外食チェーンに育っていった。
しかし、大阪王将は昭和60年(1985年)を境として成長の勢いをなくしてしまうようになった。代名詞である焼き餃子でさえ、ぱったりと売れ行きが落ちてしまう状況だった。現社長の直樹氏が2代目として25歳で代表権を引き継いだのはその頃だった。この昭和60年というのは、バブル経済の始まりの時期であり、それまで大阪王将の主要顧客であったバンカラ学生も姿を消し、彼らがおしゃれでファッショナブルなライフスタイルに変化を遂げていった時代であった。この停滞期を機に大阪王将はターゲットをファミリー層にチェンジし、大阪王将以外への業態への事業拡大、内食、中食への進出も含めた総合フードサービスビジネスへの脱皮を図ることになった。結果的に図表2にみるようにここからが大阪王将のルネッサンスともいうべき状況となり、徐々に成長を遂げ、その規模と堅実性の成長スピードを加速させていくことになる。
4.大阪王将の価値創造
では大阪王将の価値創造にかかわるポイントは何であったのか。その主なポイントは以下の六つであると考えられよう。
ポイント1:時代の変化とともに合わなくなったターゲットを変更し、それに合わせて店舗の雰囲気づくりを行った
ポイント2:外食オンリーから、中食・内食分野への進出を行い、事業ミックスを通じて、各事業が、シナジー効果を持つ、つまり互いに補い合い、工場の稼働率を高められる事業モデルにした。
ポイント3:食材への強いこだわりをもち、餃子の具は100%国産野菜、国産豚肉を使用し、安全安心のおいしい味を作り出している。またタレ付き餃子の開発や商品トレイに水の計量メモリをつけ、調理を便利にするなどの工夫を凝らしている
ポイント4:店舗において「手巻き」「鍋振り」にこだわり、「おいしそう感」「楽しそう感」の演出をしている
ポイント5:共通基本メニューとは別に、地域ニーズに合った店舗の独自メニューを提供するなどフレキシビリティを高め、店舗のやる気を引き出すとともに、チェーンのユニークさを打ち出してる
ポイント6:大阪王将独自の「NOREN(のれん)チャイズ方式」を実施して、加盟店を増やしやすい土壌をつくっている
以下、これらのポイントについてそれぞれ解説を加えていこう。
まず、ポイント1のターゲット変更である。もしこのターゲット変更がなければ、大阪王将はここまで発展しているとは考えにくい。大阪王将は、昭和60年(1985年)を境に、「臭いがきつい、煙だらけ」といったチープ感のある大衆食堂イメージを変え、京都の茶屋風、つまりファミリー、女性も入りやすい店舗にイメージを変えていった。実際、筆者が訪れた飯田橋王将では1階が通常のカウンターであるが、2階に上がると雰囲気は一変する。テーブル席はカフェ風のつくりとなり、女子会も可能な、過度ではないしゃれた雰囲気となり、夜の宴会需要にもうまく対応している。もちろんメニューは餃子が基本だが、宴会に適応できる多くのメニューを取りそろえている(図表3参照)。
ポイント2は、ドメイン、つまり事業領域の設定である。図表4を見られたい。元々、大阪王将は外食産業であったが、テイクアウト、デパ地下・駅ナカでの販売による中食事業もあり、1996年に関西工場をつくり、メーカー機能を付加して内食事業もミックスするようになった。売り上げ構成的には、中食が10%、残りの90%を外食と内食が半々に分け合っている。この外食・中食・内食の全領域での展開により、事業間でのシナジーを起こすことに成功している。具体的には、外食で育てたブランド力・食に関するアイデアを内・中食でも活用することができ、全国の自社工場における稼働率を安定的に高めることができるようになった。供給するものが日常的な食であるため、景気の好不況に左右されにくく、より安定した収益構造となっている。このような総合化は珍しく、餃子販売企業の上位3社の中で大阪王将のみである。
またポイント3では、冷凍餃子の具にも国産の野菜・豚肉を使うなど安全・安心に気を遣うという基本が徹底している。加えて、消費者の餃子購買のポイントがタレにあることを把握し、製品開発を行う、餃子を焼くときの水の量が判断しにくいということで水の計量の仕組みをパッケージに組み入れるなど買い手の利便性の向上を図るなど改良の努力を続けている。2012年8月から本格販売している「ニオイが気にならない餃子」の開発もこれらの一環である。
ポイント4における「手巻き」とは、店内で餃子の具を生の皮で包むことで、店内での料理人による手作り感を強める効果がある。また、「鍋振り」とは炒め物を作る際の中華鍋を強い炎にあてて、大きく振る中華料理ならではの行為のこと。店内で具を包む「手巻き」、そして「鍋振り」の様子を顧客から見えやすいレイアウトにすることで、「おいしそう感」「楽しそう感」をうまく演出。ライブ感、シズル感、鮮度感を産み出している。もちろんこれらは演出のためだけでなく、「手巻き」で人手による仕上げ工程を残し、「鍋振り」により、強火で余分な水分や油分を飛ばすことがおいしさの基本であることは言うまでもない。
ポイント5は、共通基本メニューと地域ニーズに合った店舗の独自メニューの存在である。各店舗の裁量度は比較的大きく、大阪王将としての統一基本メニューを設定した上で、地域ニーズに合ったメニューの品ぞろえも認められている。全国展開になれば明らかに地域によって味の好みには違いがある。従って味に関する地域ニーズに合わせることは地域密着を意味し、顧客の満足度を高めている。また各店舗にとってもユニークさを打ち出すフレキシビリティを高めることになり、現場のやる気を引き出す効果につながっている。これらは一種のインターナル・マーケティングとも言えよう。またほかの外食店で食事をした際、レポートと領収書を提出すれば、その料金は会社で負担される検食制度もある。これも、教育効果を高めるとともに、やる気を引き出すインターナル・マーケティングとなっている。
ポイント6の大阪王将独自の「NOREN(のれん)チャイズ方式」とは、“フランチャイズとボランタリーの、加盟店にとっての利点を生かしあい、デメリット(不利益点)を補完しあう、FVC(フランチャイズボランタリーチェーン)のこと”と説明されている。図表5を参照されたい。これは同社のウェブサイトにアップされているシステムの説明である。このシステム内容、利点をみると、確かに創造性を発揮しにくい制約の多さは抑えられており、ボランタリーチェーンの指導性の低さも補われている。一番顕著な点は、ロイヤリティーの明らかな低さであろう。この「NORENチャイズ方式」により加盟店を大幅に増やしているのは間違いない。
以上の六つのポイントを俯瞰すると、ターゲットをしっかり捕捉し、不況時代に適合度が高く、しっかりした事業ミックスを実現する事業ドメインの設定を行い、迅速な規模拡大により組織を強化する「NORENチャイズ方式」の設定、という経営戦略がバックボーンとなっていることが分かる。そして、それを土台として、社員のやる気を引き出すインターナル・マーケティングを実施し、優れた新製品開発や店舗イメージ形成のためのプロモーションを行っているということになろう。大阪王将がこの不況下に図表2のような売上高の伸びを達成できているのは、しっかりした需要のあるところに事業ドメインを設定し、上記のような堅実かつ効果的な仕組みを基に、顧客に対する価値創造を行っているためであろう。
これらの主要なポイント以外にも、経営者が現場を重視し、現場を訪れて、現場が抱きがちな「これはできない」という呪縛を解いて回ることにより、自発性と創意工夫の力を伸ばしていることも重要な組織強化につながっていることは見逃せない。
5.さらなる価値創造のための海外進出
大阪王将(イートアンド)は、さらに成長の方向性をアジア新興国へ求めつつある。それが、韓国、中国、タイ、インドネシア、ミャンマー、ベトナム、マレーシアなどへの進出である。「のれん」をしっかり守り、同様のビジネスモデルによって、より大きな展開を目論んでおり、さらなる価値創造が期待できる。