昨日をもって、拙著『ローソン』の原稿がわたしの手から離れた。3月10日に見本刷りができあがってくるのを待つだけである。ローソンの本については、3月に2件、4月に1件の講演依頼が来ている。いまは、そのための準備を始めている。
ローソンの現役社員で、元大学院小川ゼミの阿部くんに宛てて書いたメモがここにある。本日は、その内容を紹介してみたい。依頼された講演では、「グループ大変革実行委員会」でローソンの竹増社長が提唱した基本戦略を、理論的に整理して話そうかと思っている。
竹増改革の本質は、世間一般の常識を壊していく「逆張りの経営戦略」である。
<逆張りの経営>
戦略論の研究者のほとんどは、仮説的な理論を現実の事例に当てはめようとする。ところが、革新的な企業家は、理論仮説を覆す新しい現実を作り出すことに努力を傾注する。それこそが、イノベーションの本質だからだ。ローソンの竹増社長のすごいところは、それはさらりとやり遂げることだ。
竹増さんが取り組んできたのは、小売業の常識を覆してしまう「逆張りの経営」だったと言える。顧客のベネフィットに寄り添い、かつ地域社会に貢献できる便利さを追求して、根本からビジネスの仕組みを変えていった。
本書の中では、そうした事例がたくさん登場してくる。たとえば、4つの事例を挙げてみる。
1(第2章) 人口3万人の稚内へ4店舗を同時に出店する。しかし、宗谷地区(稚内もその一部)は、日本最北端の過疎地である。しかも地元のコンビニ(セイコーマート)が18店舗も出店していた。ところが、地元客が求めていた商品(成城石井、ナチュラルローソン、無印良品など)とサービス(ローソン銀行のATM、ロッピーなど)で差別化ができた結果、想定以上に客単価が上がった。
2(第4章) 店内のまちかど厨房では、暖かい弁当やサンドイッチを提供する(全店の70%に導入済み)。懸念点は、人手がかかってコスト倒れになるのでは?だった。逆に、温かいご飯と丁寧な接客が差別化になり、リピート客を増やすことができた。さらに、店内調理の仕事は、彼女たちが工夫を加えて創造的に働くことができるから、パートさんたちのモチベーションがアップした。
3(第11章) アバターによるリモート接客は、人的なサービスにはない特性があった。アバターは人間の姿をしていないので、ぬいぐるみのように近づきやすいという特長がある。アバターの背後にいるのは人間だから、接客が機械的で冷たい感じにはならない。アバターとして働く人も。リモートなのでフレキシブルに時間を融通することができる。
4(第10章) 従来からコンビニでタブーとされてきた「値引き」(利益減)と「チャンスロス」(売り逃し)を恐れる必要はない。値引きと適正発注の組み合わせにより、これまで必要悪とみなされてきたフードロス(食品廃棄)が削減できた。立地特性を加味した適正発注(AI発注)と、値引きにAIを適用することで、店利益も本部利益も増やすことができた。
などなど、、、
4つの事例は、やればできることが、常識に囚われてできなかったことばかりだった。そこをブレイクすることができたから、ローソンの今がある。効率重視を優先する業界のみなさんは、そのことに気がついていない。人々はいまだに、コンビニ3社を横並びで見ている。
<競争優位と競争の舞台>
ここからは、拙著『ローソン』では書けなかったことを紹介していく。とりわけトップ企業のセブン-イレブンについて、拙著『ローソン』では、ほとんどコメントしていないからだ。
以下の記述は刺激が強過ぎて、読者がびっくりするだろう。著書の中では、競合の動きやその評価についてはあえて解説しなかった。読み手が本の中で出てくる情報を手掛かりに、自らの頭で考えてもらいたかったからだ。余計な解説は、本書を執筆する段階で自粛してきたのである。
実際、本の中では、セブン-イレブンを一言たりとも攻撃してはいない。ただただ、「セブンがローソンに追い越されるという予言」を、深く根拠を示さずに提示してある。結論(ローソンのセブン超え)を、事実で裏付けていくというスタイルを採用している。
既存の理論を用いて説明したり、理論を事例に当てはめるのではなく、ローソンの戦略分析とその結果を淡々と書いているだけである。このあとは、本に書かなかった(書けなかった)わたしの考えを明らかにする。読者には、経営上層部の実務家や大学の先生を想定している。
セブンーイレブンはロイヤル顧客を、静かにチャレンジャーから侵食を受けている。輝かしい戦果を収めてきた立派な商品戦略もそのひとつである。この8年間(2016年~)、セブンーイレブンは、新しいことに取り組んでこなかった。
それは、誰しも認めるところだろう。実質的な創業者の鈴木敏文氏が、井坂社長と社外取締役の反乱で経営の中枢から放逐された。それからというもの、セブンはひたすら祖業の冴えないヨーカ堂と、間違って買ってしまった百貨店や専門店の後始末に追われていた。
米国市場など、海外のコンビニ事業は好調そうに見えていた。ところがどっこい、ふたを開けてみれば、現経営陣のセブングループは、米国法人のトップに単に食い物にされていただけのことだった。日本人として、まったくもって恥ずかしい限りである。
<セブンーイレブンの今>
セブン&アイ(ホールディングス)の解体の後に来るものはなんだろう?
ヨーカ堂の切り売りで、セブン-イレブンはコンビニ単独企業となってしまった。しかし、セブンはいまや、業界のリーダー企業ではなくなってしまうだろう。国内に限れば、コンビニの主戦場は、まちがいなくファミリーマートとローソンの戦いの場になる。
セブンから、いずれ加盟店とベンダーが離れていくだろう。従来も、加盟店とベンダーからのセブン本部の評価は惨憺たるものだった。取引規模も大きかったから、誰も何も言えなかっただけである。優越的な地位を失ってしまえば、ベンダーやオーナーの言い分を聞かざるを得なくなる。
例えば、都内に関して言えば、セブンが一番強い、創業の地である湾岸から下町にかけては、イオンの「まいばすけっと」が店舗数を伸ばしてきている。ミニストップはコンビニとしては弱小だったが、同じイオン系列の「まいばす」は小型店として侮れない。セブンの牙城だった市場の一部がイオンに掠めとられるだろう。
地方では、ローソンとファミマに押されてしまう。ヨーカ堂が地方店を閉店したように、両コンビの店舗に押されて撤収することが多くなる予感がする。ドミナント戦略に頼り、効率重視で出店してきたツケを払うことになるからだ。人口密度の疎な地方では、セブンの勝ち筋は逆に不利になるだろう。
周りの雑音に気を取られ、社内政治やファンドとの戦いでエネルギーを使い果たした8年間だった。しっかり勉強して研鑽を積まないようでは、こんな厳しい消費環境で生き残れるはずがない。昨日と同じことを繰り返す、覇者の奢りだけで商売が続くわけがない。
わたしの本を読んだセブンの若手たちは、会社の未来に絶望してしまうかもしれない。だから、この本は売れると思う。もやもやした頭で、仕事に集中できないのはなぜか? はじめて、自分たちのポジションの劣勢に気がつくことになる。
一体全体、何が起こっているのか? 本質的な問題は、カナダからの手紙ではない。本質的な脅威は、外圧ではないのだ。問題は、自分達の組織とトップの怠慢や無能にある。その間に、ローソンとファミリーマートは何を考えていたのか? 虎視眈々とトップの座を狙って来たのである。
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