IM研究科の「マーケティング論」の授業中で行われた加藤智久さんの講義録をアップする。タイトルは、「国境を越えて活躍できる社会を」。青木恭子(リサーチアシスタント)がまとめてくれた。
法政大学経営大学院 IM研究科 2015年春学期「マーケティング論」
特別講義3
国境を越えて活躍できる社会を
~オンライン英会話サービス「レアジョブ」の起業から上場まで
株式会社 レアジョブ
代表取締役社長 CEO(講演時)(現・代表取締役会長)
加藤 智久(かとう ともひさ)氏
日時:2014年6月25日11時10分~12時40分
於:法政大学経営大学院101教室
講 演 要 旨
講師紹介
加藤 智久 氏
株式会社レアジョブ代表取締役会長(2015年6月26日会長就任、講演時の役職は代表取締役社長 CEO)。
1980年、千葉県出身。開成高校、一橋大学商学部卒業。2005年に外資系戦略コンサルティングファーム・モニターグループ入社。2007年にレアジョブ設立、代表取締役社長就任。2014年、東京証券取引所マザーズ市場へ上場。
(小川教授)レアジョブは、オンラインの英会話学校を運営している会社である。加藤さんは、外資のコンサルをされ、世界を回ったところで今の仕事を始められたという印象をもっている。加藤さんに最初にお会いしたのは、4~5年前だったと思う。私のゼミの学生が、自分のプロジェクトの関係で加藤さんを知っていたので、お呼びしてお話しいただいた。レアジョブは去年マザーズに上場したので、このたび再び講演をお願いすることにした。
講 演
1.事業紹介
(1) 前置き フィリピン人講師とスカイプ通話
今日は、原宿から自転車で来た。都心なら電車より速いので、よく自転車に乗っている。
レアジョブは何をしている会社なのか、知らない方も多いと思う。そこで、話を始める前に、僕のスマートフォンで、オンライン英会話というのはどんなものか、お見せしたい。
(編注:スカイプ通話でデモ
スマホ上に、フィリピン人講師のフランクさんが登場、加藤氏と会話。画面に、フランクさんの顔が見える。
フランクさんが英語で、レアジョブで3年9か月、フルタイム(8時間)チューターをしていると自己紹介)
(2) レアジョブとは
① 事業内容
レアジョブは、オンラインの英会話サービスの会社である。2013年2月にジャパン・ベンチャー・アワードを受賞、2014年6月に東証マザーズに上場した。
レアジョブは、ユーザーと講師をスカイプで繋ぎ、1回25分の英会話レッスンを月額5,800円から提供している。フィリピン人の優秀な講師を多数抱えており、利用者は、1回当たり129円からという低価格で、毎日レッスンを受けられる。
当社のサービスには、いつでもどこでもできるという利点もある。通学して習おうとすると、通学時間がネックになる。レアジョブなら、日常生活に組込んで使える。リビングで、あるいは歩きながらレッスンも受けられる。僕は、目覚まし代わりにも使っていている。6時半に起きたいときは、その時間に予約を入れ、講師の声で目を覚まし、一日を始める。
いい先生を選べるというメリットもある。エンジニアなら機械工学専攻の講師を、子供のいる人なら、同じような立場の人を、4,000人の先生の中から、ユーザーに好きなように選んでいただくことができる。
② 数字で見るレアジョブ
累計無料登録ユーザーは34万人、講師は約4,000人で、1日当たり1.4万回のレッスンを提供している。レッスン提供数は、累計1,500万回にのぼる(2014年12月時点)。
会員層は、20代~30代が7割で、男性の割合が6割を占める。
(3) 日本人と英語
① 英語習得に必要な学習時間は、3,000時間
日本人が英語を習得するために必要な学習時間は、約3,000時間である。韓国語なら、1,000時間くらいだろう。
3,000時間というのは、ビジネスで困らない水準である。中学から大学まで、日本人の学生時代の英語学習時間は、合計1,000時間くらいである。残りの2,000時間分を埋めないと、ビジネスで使えるほどには話せない。この2,000時間をどう埋めるかが、ぼくらのようなオンライン企業がなすべき仕事である。
② 語学力の3つの段階
日本に駐在しているスタッフに、来日後、ショックを受けたことは何かと聞いてみた。彼は、英語しか話せない。日本人に道を尋ねたら逃げられたそうで、それは確かに、外国人にとってはショックなことに違いない。1,000時間も勉強すれば、道案内くらいはできるはずだが、なかなかそうならない。
語学力には、まず、英単語や文法などを理解しているという「基底能力」の段階があり、その上に、理解していることが使えるという「駆使能力」が来る。いちばん上に来るのが、「コミュニケーション能力」、つまり、外国語で外国人と仲良くなれる、共感しあえるという能力である。
異文化同士の相互理解を深めるためには、本来なら、学校教育で少しでも外国語で会話できるようにしておくべきなのだが、なかなかそうはなっていない。駆使能力やコミュニケーション能力は、事実上、学校教育の後に伸ばすべき能力になっている。
③ 英語は、一定量勉強すれば、できるようになる
英語を話せるようになるためには、ポイントがいくつかある。時間はかかるが難しくはない。大事なことは、一定量やれば、できるようになるということだ。経営は、やってもできるようになるとは限らないが、英語は、やればやっただけ伸びる。英語と筋肉は裏切らない。そして、1人できるようになると、周りにも普及する。
ただし、伸びは、直線状ではなく階段状になる。筋肉は直線状につくが、英語は、急に伸びる時期と伸びない時期が、交互に来る。
(4) 会員属性
レアジョブの会員は、男性が59%を占める。中高年層も比較的多く、50代が6%、70代以上も1%いる。職業別では製造業やIT系(通信・サービス)の会員が多い。最近では、学生の割合も増加中である。
英語が仕事で必要、あるいはいずれ必要という会員は、約半数に上る。英会話レベルは、日常会話のやりとりができるくらいの、中級レベルの会員が中心になっている。
他の国では、英語は昇進のためのツールとみなされている。それに対して、日本の特徴は、生涯学習として勉強されているということである。
(5) レアジョブの強み
レアジョブのサービスの強みは何か。低価格、利便性の高さ、高品質、という3つのポイントがある。
① 低価格
最初の強みは、低価格である。レアジョブでは毎日1レッスン(25分間)受けても、月額5,800円(税抜)しかかからない(一番人気の「毎日25分プラン」の場合)。
② 高い利便性
利便性も高く、レッスンは早朝6時から深夜1時まで行っている。予約もレッスン開始5分前まで可能で、パソコン、タブレット、スマートフォンがあれば、場所を選ばず受講できる。
また、スカイプのレッスンなので、講師の会話でわからなかったところは、スカイプのメッセージで打ち込んでもらえる。初級者により向いているのが、オンラインの特徴である。
③ 高品質
・講師
3番目の強みが、品質の高さである。レアジョブでは、講師のスクリーニング、トレーニング、レッスン評価を行い、高品質のサービス水準を実現している。会員は、優秀な講師による、マンツーマンレッスンを受けることができる。
学歴が高い方が、教える情熱、学ぶ情熱を持っている傾向がある。そのため、結果的に、講師は最高峰の大学出身者が多い。講師の40%は、「フィリピンの東大」といわれるフィリピン大学在学生・卒業生である。講義の最初に登場してもらったフランクも、フィリピン大学を卒業している。
・教材
オリジナル教材数も、2,200以上(他社は350~750程度)ある。英語習得に必要な時間が3,000時間ということは、1レッスンが25分なので、少なくとも6,000レッスンは必要だということだ。だから、ここは、人を投入して取り組んでいかなければならない。
また、レッスン用だけではなく、インプットが足りない人、予習復習したい人向けに、レッスン外でも使える教材も用意している。
(6) 特徴的なサービス
① 自分に最適な講師選びをサポート
レアジョブでは、4,000人の登録講師の中から、自分に最適な講師を選べる。講師は、ブックマーク数順検索で、みんなのお気に入り講師が一目でわかるようになっている。また、講師の専門を見て選ぶことができるので、利用者は自分の関心のある話題でレッスンができる。
レッスン内容や教材、進め方などに関するリクエスト機能もある。
② 新サービス:スタンプ英会話アプリ「Chatty」~しゃべらなくていい英会話~
最近は、スタンプ英会話アプリ、Chattyというのを作っている。オンライン英会話はまだ少し怖いという初心者向けに、スタンプを押すだけで英会話ができるアプリだ。女性が73%を占める。また中高生や大学生を中心に、英会話初級者に使われている。
(7) 業務提携、法人営業
① リクルートと業務提携
業務提携など、法人と組んだサービスも展開している。リクルートライフスタイルとの業務提携で、「レアジョブ英会話 リクルート校」を開校した。
また、多くの英語学習書籍でも紹介されている。
② 法人導入
法人導入も展開している。最近では、ホテルなどインバウンド系の企業や、アパレル系企業などからの問い合わせが増加している。アパレル系では、店によっては、外国人が多いからだ。法人契約社数は400社にのぼり、約3年で4倍に増えた。
また、学校でも、小学校~高校まで30校で導入されている。
2 起業までの流れ
(1) 「自分でレールを敷く人生」を選ぶ
高校生の頃、大前研一が好きだった。それで、大前さんの政策学校「一新塾」に通っていた。そこで、冒険家の高野孝子さん、政治家の小池百合子さんや、Jリーグ創設者の川淵三郎氏はじめ、いろいろな人の話を聞いた。高校時代、いい学校に入って、そこから先はどうするのか、勉強する意味がわからなかった。僕は、人生には2つの道があると思う。敷かれたレールの上を走る人生と、自分でレールを敷く人生、この2つだ。僕は後者を選んだ。
一新塾の講師たちが、人生の選択肢を示してくれた。先生たちに、なぜ、そういう人生を歩むことができたのか、聞いてみた。高野孝子さんは、極地の冒険で神秘的体験をしたことが原点で、子供たちの環境教育活動を始められたそうだ。小池さんは、エジプト留学中、動乱に遭遇し、政治の大切さを痛感したという。他の人たちも、だいたい20歳くらいの時に、人生を変えるような大きな経験をしていた。
(2) 大学休学、ベンチャー企業での失敗と堀江さんとの出会い
自分にとって、原体験を積むのはどの分野だろうかと考えた末、休学して、ベンチャー企業で働くことにした。その企業で、3つ事業を起こした。2つ目はうまくいった(PC向けインターネット事業「m-sta.com」)。人を付けてもらったり、システム開発をするところまでいったが、結局うまくいかず、撤退した。僕が19~20歳頃のことだった。
僕は、事業を立ち上げ、ゼロを1にする才能はあった。しかし、1を100にするのは別の仕事である。僕にはまだマネジメントはできなかったし、人を使うということも難しかった。
結局、そのベンチャー企業には、システム開発で3,000万円くらい損をさせてしまった。オン・ザ・エッヂという会社、後のライブドアである。
謝りに行くと、堀江貴文さん(編注:オン・ザ・エッヂ創立者の一人、ライブドア元代表取締役)が会議室に出てきた。堀江さんは、僕に会うとまっ先に、「過去のことを非難しても、仕方がない。これから同じ間違いを起こさないためには何ができるか、一緒に考えよう」と言ってくれた。
損害を受けた側の堀江さんから、こんな言葉をかけられ、人間として、自分との落差を思い知らされた。彼と同じビジネスの土俵で戦っても、勝ち目はないと思い、大学に戻ることにした。
(3) 「波に乗る」ということ
大学では、財務会計のゼミに入った。数値を使って分析することや、グループワークの進め方などを学んだ。
大学に戻ってからやったもう1つのことは、サーフィンだ。サーフィンは、単に波に乗るというだけのスポーツではない。波と、波が盛り上がり始めるタイミング、この2つを見極めなければいけない。波待ちをしている間に、熾烈な競争がある。
正面からザッパーンと来る波には、乗れない。乗れるのは、右端または左端から、きれいにくるくる回っていく波である。しかも、横幅50m位の波のうち、サーファーが乗れるポイントは、1m四方ほどしかない。ポジションを取って、そのポイントにいち早く着くことのできた者だけが、波に乗れる。これは、起業と似ている。
乗れる波がなければ、起業しても、サーフィンはできない。波があるということ、それが第一条件だ。そして、勝負は7割方、波待ちで決まる。起業で言えば、どの市場が波に乗るか、素早く判断して動くということである。
3 起業
(1) メキシコでスカイプと出会う
23歳の時、1年間の旅に出た。メキシコで、安い国際電話に出会った。海外から日本に電話をかけようとすると、昔は1分100円くらいかかった。しかし、メキシコには、1分10円くらいでかけられる電話ブースがあった。調べると、スカイプを使っているという話だった。2004年のことだ。
スカイプのユーザー同士なら、無料で通話できる。当時は、スカイプを使っている人が、なかなか周りにいなかった。そこで、僕は、これこそがこれから盛り上がっていく「波」だと直感して、スカイプを利用したビジネスで起業することにした。
(2) 中国語からスタート、英会話サイト立ち上げ
旅行から戻り、24歳で、戦略コンサルの仕事をしながら、起業の準備を始めた。最初考えていたのは、中国語会話のサービスだった。知り合いで、会話が面白い中国人がいたので、ウェブサイトも作ってやってみた。しかし、周囲から返ってきたのは、「中国語ではなくて、英語ならやるよ」という反応ばかりだった。それで、今の仲間の中村(編注:中村 岳(なかむら がく)氏、2015年6月より代表取締役社長)と一緒に、英会話のサイトを立ち上げることにした。
サイトはできたが、英会話の講師はどう確保するか。選択肢は2つあった。1つはNOVAやETCのような英会話学校の講師経験者を呼んでくること、もう1つは、フィリピンなど海外の講師を使うことだ。結局、スカイプの特性が生かせるフィリピンでやってみようということになり、初めてフィリピンに行った。26歳の時のことだ。
(3) フィリピン訪問、「ドラゴンクエスト」方式で、ビジネスパートナーにめぐり合う
当時、格安の英会話サービスはあったが、あまり質がよくなかった。よい講師を探すにはどうすればよいか?
僕は、「ドラゴンクエスト」方式で、街で出会う人に、次々に聞いてみることにした。フィリピンの街に出て、いろんな人に話を聞いて、勧められたところに行ってみる。このプロセスを繰り返していけば、だんだん正解にたどり着くのではないかと考えた。
① ホステル受付で
最初に、ホステルの受付で尋ねてみた。受付の人に、「僕は、日本でオンライン英会話のサービスを始めるが、いい講師を集めるには、どこに行ったらいいと思うか?」と尋ねると、「何それ?」という反応が返ってきた。僕の考えていることを説明すると、受付の彼は、「それなら、フィリピン大学のインターナショナルセンターに行ってみたらどうか」と教えてくれた。さっそく、そこに出かけてみることにした。
② フィリピン大学インターナショナルセンターへ
行ってみると、インターナショナルセンターというのは、フィリピン大学の留学生用寮の中にあった。周囲をいろいろ見て回っているうち、「Wanted Tutors」と大書きしてある張り紙を見つけた。自宅に来て子供に教えてくれる学生を探している人たちが、大学まで来て、貼っていったものだった。
この張り紙はどうやって出せるのか、通りがかりの人に聞いてみた。大学の学務課で許可をもらえば、貼れるということだった。
③ 張り紙がもとで、現地パートナーを見つける
さっそく張り紙を作り、学務課に持って行って、はんこをもらった。学内に貼ると、4人くらい応募があった。
やり取りした結果、最終的に、シェムという女子大生が残った。彼女に、講師募集ということで張り紙をしたが、本当に欲しいのはビジネスパートナーだということを伝えると、受けてくれた。
彼女のお母さんが起業家で、彼女自身もビジネスの素養があった。フィリピン大生なので、知り合いも連れてこられる。また、報酬は、数十万~数百万円、日本から送金するが、それがいったん自分の口座に入るということで、彼女にとってもメリットがあった。
こうして、幸運な偶然から、レアジョブという会社が立ち上がった。
この後、僕は日本に帰り、半年間フィリピンにいなかったが、その間、彼女がフィリピンでがんばってくれた。
4 起業からの7年間
(1) 起業後
2007年10月に、株式会社レアジョブを設立した。起業後、約1ヶ月で、月額5,000 円という基本パッケージや撤退期限など、事業の大枠を決め、フィリピン大学限定で講師を採用して、本サービスを開始した。
スタッフ数は、サービスを立ち上げて1年後の2009年には、正社員が日本側 7名、フィリピン側14名、講師は 400名になった。現在(2015年)、社員は日本側 70名、フィリピン側 120名になり、講師は4,000名に達している。
(2) フィリピン現地のマネジメントの苦労
ビジネスは広がっていったが、フィリピン現地のマネジメントの面では、苦労した。
フィリピンのスタッフは、なかなか本当のことを言わない。真意を伝えてもらったり、ネガティブなことを伝えてもらうようにするのは、大変だった。聞き出しても、「加藤さんはえこひいき」とか、「あれは嘘」というような答えが返ってくることもあった。
一方、日本人スタッフの方では、「フィリピン人からは何も学ぶものがない」と思っていたり、会社は「将来の転職に役立たない」とみなされたりしていた。
こういうわけで、日本人スタッフと現地スタッフとのWin-Winの関係を築くのには、苦労したが、後で説明する「7つの習慣」の原則に沿って、徹底的にコミュニケーションを図ったことが奏功したと思う。
いまは、日本人の常駐社員なしで、フィリピン人スタッフでオペレーションを行えるような仕組みを作ろうとしているところである。フィリピンの現地スタッフが、講師・教材の品質管理、採用、スケジュール管理からシステム開発まで担当し、英会話レッスンの動画使用率をn%上昇させる、トラブル発生率をn%下げる、有料入会率をn%上昇させるというような項目ごとに、PDCAサイクルでビジネスを回す仕組みを考えている。
(3) 心がけたこと
日本とフィリピン両方のマネジメントで試行錯誤しながら、心がけたことは、共通言語の確立、機会、採用面での施策である。
まず、会社の共通言語として、「ロジック」と「7つの習慣」という原則を掲げ、ミッションとビジョンを確立した。また、一緒にランチを取る機会や、チームマーケティング、全社マーケティングなどの仕組みを設けた。
採用面では、仕事ができることはもちろん、Win-Winを目指せるような人を採るようにした。
(編注:会社の共通言語については、後述の質疑応答参照。「7つの習慣」とは、主体性の発揮、目的を持つこと、重要事項の優先、Win-Win関係、理解されたいならまず相手を理解すること、相乗効果、肉体、精神、知性、社会・情緒という4つの資源を活かすこと。スティーブン・R・コヴィー 『7つの習慣 成功には原則があった! 個人、家庭、会社、人生のすべて』(ジェームス・スキナー・川西茂訳、キング・ベアー出版、1996年)の本がベースになっている。同書は、全世界で約2,000万部売れたベストセラー)
(4) 危機
2012年は、システム障害で、会員11万人の個人情報流出の疑いが生じた。大きな危機で、会社がつぶれるかもしれないと思ったが、つぶれることより、倫理が大事だと判断した。真にお客さんのためになることは何かを考えて、サービスを約1か月停止し、立て直すことにした。 お客さんは、ネットで#ガンバレアジョブというハッシュタグを立てて、応援してくれた。
(5) 現在まで
危機を乗り越えた後、中長期の対策として、システム部門の体制再構築や、人事制度、目標管理制度の導入を進めた。
現在までの累積登録会員数は 34万人、累計レッスン提供数 は1,000万回に上っている。
5 今後 挑戦したいこと
これからのサービスミッションとして、レアジョブでは、「日本人1,000万人が英語を話せるようにする」という目標を掲げている。これをしっかりやっていきたい。そのためには、いろいろな方が、ビジネスで英語を使えるようにしていきたい。英語力の伸びが、テストではっきりわかるようにしたり、レッスンでわからなかったところがきちんと復習できるような仕組みも、作っていかなければならない。こうして、お客様の学習体系全般を向上させていく必要がある。
そのために、カリキュラムも、ベルリッツ等から人を入れて作り込むなど、いろいろな取り組みを進めている。
質疑応答
(小川教授)ここで、皆さんから質問を受け付けたい。
<ネット環境>
(質問)日本とフィリピンとでは、インターネットの質が違うのではないか?フィリピンでは、光ファイバーなどなく、停電も起こるところで、ネット環境は不安定だったと思う。サービス面での安定性は、どう担保してこられたのか?
(加藤氏)フィリピンでも、ケソンシティ(編注:マニラ 首都圏の都市、旧首都)などは、光ファイバーがある。しかし、全土で見ると必ずしも安定しておらず、雨が降ると回線が遅くなったり、レッスン中に接続が途切れたりすることもある。
レアジョブでは、こういうトラブルは、リアルタイムで把握している。希望していた先生が授業ができなくなれば、その会員がよく予約していた講師や、属性の似た他の講師をお奨めする形でサポートしていく。講師変更については、頻度が一定以下なら、お客様の側で、特に不満が残ることはない。
停電で教えられなくなることもある。そういう場合は、お詫びとして、1レッスン分サービスするというような対応もしている。
余談になるが、人の労働の質イコールその人の賃金水準ではない。停電が頻発するようだと、その地域の労働力を当てにできなくなるので、周辺の賃金水準が下がってしまう。そこで、インフラをしっかり整えることの重要性を感じている。
<レアジョブが間に入る理由>
(質問)スカイプは、誰でも使えて、レッスンも在宅でできる。講師と会員が、中抜きで直接つながるという可能性は、排除できない。御社が間に入る必要性は、どんな点にあると考えられるか?
(加藤氏)僕らも最初、会員と講師で中抜きするのではないかと心配した。しかし、それは実際には成立しない。レアジョブが間に入る必要性としては、2点が挙げられる。
1つは、教材だ。個々の講師が、教材を準備することは難しい。
2点目は、検索とマッチング機能だ。会員と講師が直で交渉するとなると、毎回、双方で、予約の調整が必要になる。これはたいへん面倒だ。レアジョブなら、検索して、会員、講師とレッスン時間をマッチングする機能がある。
(小川教授)今の質問は、需要と供給のマーケットを仲介するという、マーケティングの機能の基本に関わっている。講師が中抜きで自分の自宅で教えることも可能だが、結局、個人では、教材の準備や改訂が難しい。また、マッチングもできない。辞めた先生が独立したとしても、大きなマーケットは崩せないだろう。
<録音機能>
(質問)スカイプのチャット機能が使えるというような面はいいが、スカイプで先生と自分が話した言葉は録音できるか? 自分の会話を、後で振り返るということができるか?
(加藤氏)自分の記憶では、スカイプは去年(2014年)12月に、録音アプリケーションを一切禁止したと思う。現状は、スマホで録音するというような代替策しかない。それはスカイプを使っているが故の問題点である。いずれ、何らかの形で改善していきたいと考えている。
<社内コミュニケーションのための共通言語:「ロジック」と「7つの習慣」>
(質問)社内のコミュニケーションを図るために心がけてこられたこととして、共通言語としての「ロジック」と「7つの習慣」について挙げておられた。もう少し詳しく説明して欲しい。
(加藤氏)まず、ロジックについて説明する。課題は、分解していく。例えば、日本では会員獲得、フィリピンでは講師獲得をどうするかという課題がある。講師獲得の課題について考えると、これはさらに、潜在的な講師を特定するプロセス、その人たちにレアジョブを認知してもらうプロセスという2つに分かれる。
同じように、講師もいくつかの分類に分ける。彼らのレアジョブ認知のプロセスを聞き、そこにレアジョブが関与することで、彼らの生活がどうなるかを考える。こんなふうに、課題を分解して議論していけば、ブラジルやアフリカでも、同じように対応していけるだろう。
答えは現地の人が知っているはずだ。ただ、現地だけで考えると、対応が場当たり的になってしまう。そこは、ロジックで考えるといい。日本人は、ロジックをおざなりにしがちだ。施策のボトムアップで物事を進めて、いいものを作り上げるが、それでは国外に出たときに通用しない。ロジックが大事だ。
そうは言っても、価値観がぶつかったとき、ロジックだけでは解決できない。そういう時は、「7つの習慣」という原則に立ち返る。
日本の場合、会社のような所属組織の成長という目標がある。日本人同士であれば、それは意識すらしないほどの、暗黙の了解になっている。しかし、外国では、所属組織より、家族や自分のキャリア、宗教の方が大事だったりする。
7つの習慣というのは、どんな国、文化でも、どんな宗教でも、共通して持てる価値観を確認するための原則である。例えば、相手とWin-Winの関係を築くというようなことや、自分を理解してもらいたかったら、まず相手のことを理解しようというようなことだ。
<サービスの差別化>
(質問)私も起業したい。質問だが、オンラインの英会話をやっている会社は、他にもある。 そこでレアジョブが選ばれるために、どうやって差別化をしていったのか?
(加藤氏)起業後1か月で決めたのは、撤退基準、5,000円のパッケージ料金体系、そして、フィリピン大学限定で講師を募集するということだった。
僕たちが起業する前から、フィリピン人講師を使ったオンライン英会話サービスはあったが、50レッスンまとめ買いして、1万5,000円、1レッスン当たりいくらというビジネスモデルだった。レアジョブは、月額課金である。
1か月いくらというのと、レッスンまとめ買いのモデルとは、大きな違いがある。
レアジョブでは、月額5,000円で、毎日1回、レッスンが受けられる。僕らは、月額課金なので、お客さんは、自分で辞めると言わない限り、払い続けることになる。
まとめ買い方式だと、お客さんの方は、チケットが終わったところで、また払うという意思決定をしなければいけない。
チケットをまとめて買うのと比べて、リピート客が多くなるのは、どちらのシステムだろう? 月額課金の方だ。
さらに言えば、「1レッスン300円」というような表現にすると、「払う」ということが表に出るので、何となくもったいない感がある。
僕らの方は、「月額5,000円、毎日25分」と言っているので、お客さんとしては「レッスンを受けなければ損」という気持ちになって、使い続ける。
実は、僕たちも最初起業して1か月、「〇〇レッスン1万5,000円」のモデルでやってみたが、お客さんが継続しなかった。それで、モデルを変えた。こういうことは、市場に出してみなければわからない。
<社名の由来>
(質問)会社名のレアジョブというのは、どういう由来か?
(加藤氏)レアジョブという社名の由来は、講師側、お客さんの側の2つの意味がある。
まず、講師にとっては、都市と地方での雇用機会が同じになるという、レアなジョブを作り出したという意味がある。会員にとって、講師がマニラにいようがどこにいようが、関係ない。仕事のチャンスというものは、普通、都市にいる方が有利だが、地方でも都市と同じになった。
お客さんの側に対しては、英語を話せるようになって、レアなジョブを手に入れようという意味を込めている。
とはいえ、実は、レアジョブという名は、僕が副業で、仕事仲介サービスの起業を考えていた時、取得したドメイン名だった。しかし、英会話のサービスを始めて見渡してみると、「〇〇オンライン」という名前の外国語会話サービスはたくさんあるので、それだと埋もれてしまう。「レアジョブ」という社名にしたことで、目立ってよかったんじゃないかと、今では思っている。
<講師と受講者の受給バランス>
(小川教授)何年か前にお話をお伺いした時から、講師と受講者のバランスが、いずれ崩れるのではないかと心配していた。今、日本国内の客は増えているだろう。講師の方はどうか?
(加藤氏)設立してしばらくは、自分たちで講師の品質管理ができなかったので、フィリピン大学限定採用にしていた。しかし、今はそういう限定を外している。そのため、採用時にフィルターにかけられる人の層が増えた。
(小川教授)しかし、フィリピンは、経済成長で、設立当時とは収入水準が変わったのではないか?
(加藤氏)確かに経済は伸びているが、人口が増えているので、1人あたりの伸びは2~3%くらいだろう。しかも、職によって収入の増え方は違う。IT技術者なら20~30%伸びるが、それ以外の人だと、それほどの大きな伸びではない(だから、講師の供給が逼迫しているということはない)。
ただ、いまは、マニラよりも、地方で採用しようとしている。地方には有名大学を卒業した専業主婦などが多い。雇用の側のマーケットとしては、進研ゼミの「赤ペン先生」的になっていると言えるかもしれない。
(小川教授)そうすると、まだ、講師の供給の余裕はあるようだ。
<講師の管理>
(質問)講師の報酬は、人気によって変えているのか?講師はどう評価しているのか?講師の質は、具体的にはどのようにして管理しているのか?
(加藤氏)講師の報酬は、人気とはあまり連動させていない。むしろ、教えるスキルがあるかどうかで、評価している。
講師の質の管理で最も重要なのは、最初のスクリーニングの段階だ。教える資質を持っている人でなければ、いくらトレーニングしても、スキルは向上しない。だから、網をかけられる講師数の幅を、広げておかなければいけない。スクリーニングは、トレーニングよりも大事である。
予約が入らない講師は、報酬がなくなるので、自分から消えていく。指名が入らなければ、給与がもらえない。それができるのも、レアジョブが抱えているのは、自宅から教える講師の集団だからだ。競合の講師は、オフィスで教えている。オフィスに講師がいればトレーニングはしやすいが、一度採用すると切りにくい。
(質問)講師は、フルタイムとパートタイムを、どう位置づけておられるのか?
(加藤氏)講師は、法的には、フルタイムでもパートでも、自営業者という扱いになっている。最初に出てきた講師のフランクは、フルタイム・チューターと名乗っていたが、フルタイムというのは、8時間教えている人たちのことで、正社員という意味ではない。
講師は、予約が入らなければ報酬がもらえない。だから、スロットをたくさん開けておく。フルタイムで8時間開けておけば、連続して指名してもらえる可能性が高まる。講師として残るのは、そういう人たちか、あるいは超絶的に授業がうまい人だ。非常にうまい講師なら、1日1時間くらいの枠でも、すぐ指名が入る。
<講師の評価システム:データを分析し、受講者の「行動」で評価>
(質問)講師の質を担保する評価システムについて、もう少し詳しく説明してほしい。
(加藤氏)レッスンについては、お客様カードで、5段階で評価してもらう。1や2という不満足の評価が付いた場合、お詫びとして、お客さんには何かサービスをすることもある。平均点は、あまり意味がないと感じている。1や2の不満足度の割合は大事なので、モニターはしている。
しかし、いちばん重要なのは、レッスンを受けた結果、その会員の英語力が伸びることだ。その前段階の指標として、その人がレッスンを継続しているか、前々段階の指標として、どんな講師を継続して予約しているか、というようなことを見る。つまり、講師の評価としては、お客様の行動の方を重視している。弊社には1,000万ケースのビッグデータがあるので、それを分析して評価していく。これは、オンラインならではのメリットだろう。
(小川教授)今のお話で重要なのは、レアジョブでは、講師と受講者のマッチングと、行動の結果について、オンラインで大規模にデータを分析しているということだ。普通、評価というと、受けた授業のクオリティに対する評価になりやすい。しかし、レアジョブでは、あくまで行動レベルで分析している。そして、リピートがかかったとか、パフォーマンスが上がったというような傾向を出すことが重要だと考えていらっしゃる。ここが大事だ。これがレアジョブのビジネスの鍵で、他の会社は参入は厳しいのではないか。
(加藤氏)他社の参入は容易だが、レアジョブの競争優位性を崩して、利益の上がるモデルでビジネスを展開することは難しいだろう。
<自社開発教材>
(質問)教材について伺いたい。教材を作るノウハウは貴重だと思うが、レアジョブでは、自前でノウハウを積まれたのか、それともアウトソースされたのか?
(加藤氏)クラスルームの教材をそのまま使ったこともあったが、それでは会員の満足度が高まらない。なぜかというと、教室用教材の1ユニットは、1クラス50分用に作られている。レアジョブのレッスンは25分なので、教材を終えられない。すると、初級者ほど、自分の英語力が足りなかったからだと感じてしまう。1教材が25分で終えられるというところは、レッスンの満足度の点で、結構価値が高い。それで、教材を自社開発することにした。
ただ、最近は、既存教材をベースに、自分たちで補助プリントを加えるというような形で、アレンジしながら使うという中間的な方法も考えている。
<1,000万人英語が話せる社会が来たら>
(質問)1,000万人が英語を話せるようになったら、日本の社会はどうなっているだろうか?
(加藤氏)1,000万人というのは、日本の人口の約10%にあたる。10%が英語を話せるというのは、北欧などでは当たり前の状態だ。だから、日本がそうなったとしても、それで社会が大きく変わるというより、むしろ、そうなって当然というくらいのことではないか。昔、Windows95が出る前には、1,000万人がパソコンを使う時代が来ると言われても、「ええっ?」という感じだった。今は、皆が当たり前にパソコンを使っている。それで社会が変わったかと言えば、そうも言えるが、本質的なところが大きく変化したわけではない。
車の運転免許も同じだ。1900年頃には、車自体、今の価格にして1億円くらいしただろう。だから、1,000万人が運転免許を持つようになる社会というのは、1900年頃には想像もできなかっただろう。
英語についても同じで、話せるということは、コミュニケーションのインフラに近い感じになるのではないだろうか。
(質問)このサービスが、私の若い頃にもあったらよかったなと感じた。
(加藤氏)よく、語学習得は、年を取るにつれて不利になると言われている。しかし、データで証明されたことはない。確かに、言葉の発音等については、臨界の年齢がある。しかし、言語習得では違う。何歳でも遅くない。
<現地のマネジメント>
(質問)フィリピンとのビジネスでは、現地のマネジメントで苦労されたというお話だった。どうやって、日本とフィリピンで社内のマネジメントを確立してこられたのか?
(加藤氏)日本については、今度社長になる中村(編注:講演翌日、社長就任)が、フィリピンについては、僕がマネジメントを見ていた。僕は外資系の戦略コンサルにいたので、外国の目で見ていたが、そのこと自体、日本のスタッフから見れば、逆に違和感があったかもしれない。
日本では、ボトムアップを重視しがちだ。下から意見を吸い上げて、全体の方向性をそろえて出すというやり方で、物事が進む。一方、フィリピン人は、大きな課題をブレイクダウンしていき、その中の一部分を自分が担当する、という意識で仕事をしている。それで、「あなたにはここをお願いします」という形で、仕事を進める。
いずれにせよ、要は、「相手の話をよく聞く」ということに尽きる。相手のことを理解してこそ、自分を理解してもらえる。そこが大事だ。
<コメント>
(小川教授)数年ぶりに加藤さんとお会いしてお話を伺い、会社としても、個人としても、進化しておられるなあと感心した。グローバルに事業を展開していくと、日本の常識でうまくいかないことは多々ある。一方で、日本人スタッフもいる。両方の間に立って大変な思いをされることもあるだろうが、よく頑張ってこられたと思う。
言葉や文化、習慣の壁はあるが、こうやって、若い人がガンガン出てくるのはいいことだ。しかも、まだお若いので、これから何ステージも活躍の場がある。
私の世代の少し前の大前研一さんや、世間を騒がしてはいるが、いまだ健在な堀江さんなど、先輩の起業家の連なりの中に、加藤さんがいる。そのことを、嬉しく思っている。
(了)