<小川孔輔@法政大学の回答>
Q:仮説1
石油価格高騰や環境汚染の進行が、国内農産物の相対的価格を低下させ、国内農産物の自給率向上にプラスの刺激を与える。中国の食料事情が食材の国際的高騰をもたらす。結果、安心・安全の生鮮食品の国内生産が見直され、高付加価値型農業が盛んになる
A:イエス&ノー(条件次第)
最初の部分はたぶん正しい。二番目は、おそらく予測があたらないだろう。というのは、中国の食糧事情は、技術革新(生産・加工・消費部門での無駄排除)で乗り切ることができると考えるからである。最後の主張は、きっと間違った予測になるだろう。物事はそれほど単純に割り切れるものではない。以下では、その根拠を説明する。
国内農業の海外に対する相対的優位性は高まり、たしかに自給率は上昇しそうである。問題は、では、国内農業が相対的に優位になるには、(1)農業の担い手をどのようにするか(外国人季節労働者の許容可能性)、(2)農業分野への新規参入をどうするのか(参入を促さないと農業経営の効率は高まらない)、(3)既得権益(全農、JAなど)の抵抗をどのように調整するのか、(4)農業政策と商業政策が欧州(オランダ)や米国のようにうまくコーディネートできるのか、(5)日本国として農業を環境保全型かつ企業的に運営できる枠組みを提供できるのか、に明確なビジョンを示すことができるかどうか。仮説1の最後の部分が実現できるのかは、以上の5点にかかっている。すべて産業政策的な判断に結果がゆだねられている事項である。
Q:仮説2
生産と流通の融合が進む。そのための品揃え機能の後方移転(投機化)が進む。産地の食材開発から消費ニーズにあった商品開発までを一貫して、統合システムとして構築した食品メーカーや、チェーンストアの物流システムと共同したサプライヤーの市場支配力が増大する
A:イエス(「投機化」のみノー)
わたしが専門にしている野菜・果物や花きの分野では、植物系の食材や花材に関して市場経由でない直販体制をとる量販店・専門店が増えてきている。カゴメやワタミのように、メーカー(レストランチェーン)が直に農業生産段階に乗り出す事例が登場しているだけでなく、ロック・フィールド(総菜企業)のように、生産者との直接契約により、野菜加工場に素材(野菜、水産物など)を直接納品させることが一般化している。上位加工食品メーカーや大手小売業(素材加工部門)の寡占度が高まると(英国などでは実際に生産段階までの垂直統合が進んでいるが)、日本でも食品加工業の垂直統合がすすむことは間違いない。どちらにしても、メーカー、流通サービス業ともに企画力とシステム構築力が勝負である。ただし、他社の物まねで容易にできること、どこの企業でも簡単にできることではない。
なお、一点だけ留保事項。大規模な「品揃え位置の投機化」は起こらないと予測する。むしろ食品分野でも、在庫圧縮により「延期化」が進むと考える。情報技術の利用と生産技術(植物工場など)の進歩がそれを加速する傾向がある。
Q:仮説3
海外に依存した従来の川上型コストリダクションが限界に達し、消費(実需)現場のニーズや状況にあった川下型パフォーマンスアップ(曲がったきゅうりでも惣菜にすれば市場化できる)を実現するビジネスシステムが活発になる
A:イエス&ノー
「利は元にあり」(川上型コストリダクション)発想によるスケールメリット追求は、食品産業だけではなく相変わらず続く。もっとも、その効果は、アジアや東欧での経済発展(資源価格、賃金水準上昇)によって、しだいに失われてくる。したがって、「利の元」は、フードシステム全体の最適化による「川下・川中での付加価値創造」をデザインできるかどうかに依存することになる。曲がったキュウリに付加価値がつけられるかどうかは、物流加工システムの効率だけに依存するわけではなく、むしろ、曲がったキュウリのほうがおいしくて安全で、それを消費することがクール(かっこいい)と感じさせるブランド・コミュニケーション戦略を打ち立てることができるかにかかっている。本当に市場で大きな利益を獲得できるのは、マーケティング上手な企業だけなのではないだろうか。
Q:仮説4
ナショナルチェーンGMSとローカルチェーン食品スーパーの2極化が鮮明になり、食品メーカーと食品流通業の連携を多様化させる。また、食品流通に独自性の高い商品開発力が求められ、結果、技術力のある食品メーカーのマーケティング力が、小売業に対して高まる
A:どちらかと言えば、ノー
ナショナルチェーンGMSの生鮮食品売り場は、限りなくローカル食品スーパーのそれに近くなる。したがって、二極化は進まない。勝ち組と負け組に別れるだけである。ただし、加工食品事業に関してはスケールメリットは働くから、食品メーカーにチャンスはある。商品開発力とマーケティング力の勝負になる。
Q:仮説5
欧米型のカテゴリーマネジメントが、きめ細かい日本の生鮮食品部門には通用しないことが問題となる。そのため生鮮部門や惣菜部門強化のための「日本型カテゴリーマネジメント」が活発になる
A::?
正直、質問の意味がわからない。カテゴリーマネジメントに、日本型は存在するのか?
Q:仮説6
巨大流通資本の単位購買量増大と店舗差別化がPB化を進める。その中でNB とPBの棲み分けが明確になる。PBの市場支配力は、技術革新が進んでいない伝統的食品、地域に根ざした食材を使った食品(漬物など)、さらに日配型食品において高まる。
A:イエス
一般にはその通りである。「英国現象」(テスコ)は日本でも鮮明になる。とくに、今後は、ナショナルチェーンもローカルチェーンも、地域レベルで上位集中度が高まる気配が濃厚なので、この仮説は正しいと思われる。
Q:仮説7
食品小売資本のきめ細かいマーチャンダイジングや販売促進の要求に対応するために、食品メーカーは小売現場での調整を要求される。結果、従来のプロマネ型マーケティングでは対応しきれなくなる
A:イエス
とはいえ、店頭MDやSP活動の担い手は、既存の食品メーカーしかいない。なので、食品メーカーの役割が基本的になくなることはないはずである。小売りバイヤーとメーカー・マーケターの機能分担に変化が起こることは考えられる。もっと小売り寄りで、企画提案的な仕事がメーカー側に増えそうである。ただし、高コストにはなる。消費者がそうした特別な機能に正当な対価を支払う気になるかどうか?
Q:仮説8
食品市場において、単品大量生産を受容する消費スタイルが頭打ちになり、顧客とリレーションシップを図る消費スタイルが活発になる。顧客リレーションシップを図るために、食品メーカーの商品開発~市場導入~市場検証の一連の流れの大幅な見直しが進む
A:イエス&ノー
後半は正しい。しかし、前半部分は極論ではないだろうか。真実はその中間にあると考える。単品大量生産(調達)のメリットがなくなることはない。国内のアパレル企業が多様化する姿が参考になる。安価な原料・素材を元に、海外で製造されるカジュアル衣料品には根強いニーズが存在する。そこそこの値段で、それなりの品質のブランドを購入したい消費者層が常にいる。それとは対照的に、数は決して多くはないが、素材や加工方法にこだわった国産ブランドに対するニーズも確実に存在している。
食品産業も基本的には同じである。とくに素材に関しては、単品大量調達のメリットが失われることはない。安全と健康は、つねにコストと品質水準の達成度と天秤にかけられる。食べ物で顧客関係性が必要な場面や分野もあるが、最低限の品質が保証されていれば、ブランドや健康・安全情報にはそれほどこだわらない消費者もある。また、それで十分な商品分野もある。
Q:仮説9
持ち帰り惣菜、キット型惣菜、惣菜デリバリーなど惣菜市場の多層化が進む。その中で、顧客視点に沿った中食産業・外食産業のリメイクとそのためのシステム化が進む。従来の業種業態カテゴリーは通用しなくなる。例えば保存性に優れ、簡単に調理ができ、しかもプロの味が楽しむことができるパフォーマンスの高いキット食品がソリューション商品として成長する。
A:ノー
一般には、品質が優れたプロ志向の「組み立て型惣菜」は、日本ではこれ以上は普及しないと考える。すでに、中食産業はコストの壁に突き当たっている。おいしいものに高い高価格を支払うのは、一部の金持ち層とある特別なオケージョンである。
Q:仮説10
19世紀の生産革命を背景に登場した百貨店(閲覧自由、現金・正札販売)、20世紀の流通革命を背景に登場した食品スーパー(セルフセレクション)は、時代を画する大きな技術革新の流れに乗った「時代の価格破壊者」だった。その意味で、市場矛盾から成長している現在のディスカウンターとは一線を画していた。21世紀は情報技術革新を背景にした「時代の価格破壊者」が登場する
A:?
質問の意味がわからない。あるいは、「価格破壊者」の定義がよく飲み込めていない。
Q:仮説11
郊外型大型商業施設と都心型商業施設の2極化がすすむ。都心型商業施設も大型買いまわり施設と小型最寄り施設に2極化する。こうした商業立地の多元化に共通したことはサービス化の進展である。また巨大流通資本と対極にある商業集積の中から新たな流通革新が起きる。例えば秋葉原のパソコン街は、下町の活性化である。
A:?
Q:仮説12
健康を基本としながら社交と喜び(プレジャー)の消費者ニーズを満たす高品質なサービスを重視した食品スーパーや中食業態が成長する。共通したことは新しい生活機会を提供することである
A:イエス
米国ホールフーズに代表されるような「LOHAS型スーパー」が台頭する。店内での食の演出が成功のキーになる。都市型食品スーパーは、エンターテインメント性や独特のプレゼンテーションを武器にした「レンジャー産業」になる可能性がある。
Q:仮説13
店売と宅配、テイクアウトとイートイン、食品スーパーの御用聞きサービスなど、小商圏型で複合型サービスを実施するライフタイム・バリュー(顧客囲い込み)を重視するビジネスシステムが活発化する
A:イエス
とくに、老人や単身家庭(離婚組、非婚組)を主要ターゲットにした「時間節約型」の融合型食品小売業が台頭する。指摘されているように、そうした顧客の囲い込みが進めば、食品小売業がドラッグストア(とくに、処方薬局)やコンビニと融合することありうる。また、「食と健康」を軸とすれば、化粧品事業とレストラン事業など、業態を超えた融合も起こりうる。
Q:仮説14
高齢者を積極的に採用する商業・飲食サービスが、若者労働依存型の商業・飲食サービス以上に消費者に受け入れられる。その結果、高齢者顧客に対する接客サービスなど、販売現場でのサービスに大きな変化が起きる
A:ノー
高齢者はサービス業で主役になることはない。極端な推測をすると、中期的に起こりそうな事態は、商業・飲食サービス業と農業分野での外国人労働者の雇用増である。老人はサービスの利用者であることに基本的に変化はない。高齢者の食品産業におけるサービス労務供給は、補助的な労働に限定される。
Q:仮説15
商品というモノが前面に出たビジネスに消費者は感動しなくなり、文化や地域、人との繋がりなど風景と物語が見えるビジネスに消費者の関心が向く。その結果、都市と農村を結び付けるビジネス、地域コミュニティを活性化するビジネスが活発化する
A:どちらかといえば、ノー
人々はやはりモノ商品の消費にこだわるだろう。たしかに個人的な感動は、文化や人々との交流によってうまれる。しかし、食ビジネスが成り立つためには、サービス中心ではなく、あくまでも物販からの利益が必要である。その観点から言えば、地域コミュニティの活性化も、都市と農村を結びつける事業も、マーケティング対象になりうるモノがなければ、絵空事である。売れるものがあっての風景や物語である。
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Q::仮説16
これまで大量流通システムに乗れなかった食品や食材を掘り起こし、きめ細かく市場化するビジネスが多く登場する
A::イエス
その通りである。一度は消滅しかかっていた特徴ある地酒や地方特産の調味料(味噌、しょうゆなど)で、ローカルテイストの商品が売れ行き好調である。従来からある大量生産システムが生み出す商品と、場所的・時期的に極度にセグメント化された「うんちく、わけあり商品」は、相互に矛盾する存在になることはない。併存可能、両立可能である。
Q:仮説17
農業生産者(団体、企業)のマーケティング力が高まり、農業セクターが新たな生産~加工~流通での一大勢力として力を増す。また生鮮野菜を中心とした産地再編や市場法改正による中間流通再編が、巨大な生鮮流通加工資本を登場させる
A:イエス
その通りである。ただし、巨大な生鮮流通加工資本は、既存の農業生産者(団体、企業)からは生まれない。マーケティング力を発揮するのは、新規参入者(企業や個人)である。しかも、今後10年を展望すると、自動車産業、化学工業、素材加工産業など、第二次産業で力を発揮している工業分野のメジャープレイヤーが主役になる可能性がある。もちろん、生鮮野菜産地は再編されるが、抜本的な改革ができるかは土地制度がどのように変わるかによる。農水省の考えが変わらないと、農業分野の効率は高まらないので、場合によっては、第二次・三次産業から第一次産業に圧力がかかるかもしれない。
Q:仮説18
健康・美容ニーズの高まりの中で、食品業界以外から食品市場へ参入する動きが活発化する
A:もちろんイエス
コメントは不要。そうした動きはすでにある。
Q:仮説19
短期即応の戦術型経営から、「未来は予測不可能」を前提に大よその方針のもと、市場創造的(市場は予測する対象でなく創る対象)で戦略的な企業経営方式をとる企業が増える
A:わからない
結果については予測がつかない。そのようなリスクテイクのビジネススキームが、いったい「予測不能型企業」に採りえるかどうか、わたしにはわからない。たぶん、答えは「ノー」か?:
Q::仮説20
食品メーカーの商品開発や営業活動のアウトソーシングが進む。同じように食品スーパーのマーチャンダイジングや販売促進のアウトソーシングが進む。一方で、多くのサービスをミックスし顧客に様々なニーズに対応するプロデューサー型のビジネス方式に移行する食品メーカーや食品小売業が市場支配力を高める
A::イエス
別段に食品産業ばかりでなく、プロデューサー型でアウトソーシング活用事業は、社会全体で一般化する傾向が見られる。たとえば、「リクルート」などの企業運営形態は、その先駆的な姿である。ただし、そうしたタイプの経営活動で、中核事業を担う企業がどのような形態になるかについては、わたしも皆目見当がつかない。10年前に、わたしは「一般企業社会が大学のような組織(知識編纂型の独立生業組織)に限りなく近くなるだろう」と予言した。しかし、いまや現実は逆で、大学が一般企業になりかけている。わたしの仮説は逆方向だったことになる。
Q::仮説21
健康、安心を付加価値にした食ビジネスが、日本の輸出部門で大きな比重を占めるようになる。また野菜・果物の中で食品のベンツ(イチジク、柿、梨)が輸出を伸ばす
A:ノー
和食(スシ、刺身、天ぷら、豆腐など)や和菓子、日本発の調味料(米酢、みそ、しょうゆなど)に続いて、和食材の輸出が増えるというのならば、答えは「ノー」である。健康で安心な食材の消費は、まちがいグローバルに広がっていくだろう。しかし、特別なもの(例に挙げた食品のベンツ)を除いて、食材分野で日本からの製品輸出が増えることはまずないだろう。例えば、スシの材料はカリフォルニア米で充分である。寿司ネタは、各地で捕れる魚で事足りている。豆腐の原材料である大豆などは、国内需要がむしろ輸入品でまかなわれている。もちろん、日本の気候風土に根ざした特殊な野菜・果実は、輸出可能であるし、台湾米国などに実施に輸出されている。しかし、大幅に外貨を稼ぐほどの輸出アイテムになるなどはとうてい考えられない。
Q:仮説22
垂直的統合と水平的展開の2つの革新の中で新たな流通機能が誕生する。さらに「範囲の経済メリット」と「ネットワークの経済のメリット」の選択が、質的革新をもたらす。大手流通資本の持ち株会社化も範囲の経済を加速化する手段である。あるいは、食品業界にファッション業界の経済メリットが加わる。
A::イエス(革新の担い手に関しては「ノー」)
主張はおそらく正しいだろう。しかし、どのような形で「流通革新」が起こるのかは、わたしにも想像できない。確実に言えることは、大手流通資本の持株会社(イオン、7&iホールディングス)が主導権を握るとは思えないことである。革命は中心部ではなく、メインストリームから遙か離れた周縁部から、思いもかけない形でやってくるものである。20年前に、マイクロソフト、ヤフー、グーグルなどの台頭を、誰が想像しえたであろうか?
Q:仮説23
小商圏高密度型と商品カテゴリー絞込み型の流通・サービス業は、単位販売量を増大させる。CVSが好例である。こうした単位販売量を大きくするための、あるいはその結果が、経営・業態・機能革新を進める。その結果、市場カテゴリー(ターゲット×商品×ベネフィット)の組み換え、創造が起きる
A::イエス
食ビジネスでも、立地(場所)とカテゴリーを絞った業態を生み出す企業が登場するだろう。それはなにも、今に始まったことではない。それは、21世紀のキーワード(健康、安心と安全、エンターテインメント)に沿ったものになるだろう。
Q:仮説24
卸売り業の機能がスペシャリティ化し、不特定多数のメーカーや小売業の間に立ち、物流業務にとどまらず、取引間に発生するリスクを調整(ソリューション)する商社的機能が求められる。
A:イエス
かつて斜陽産業になりかけていた「総合商社の復権」が典型である。伊藤忠商事、三菱商事、三井物産、丸紅など、すべての商社が生き残るとは思えないが、コーディネーション機能にすぐれた商社や卸売業が、食分野で新業態開発や取引仲介業務で重要な役割を果たしそうではある。
■以上以外で、今後10年の食品市場を展望した際、考えなければならないマーケティング課題(食品メーカーや食品小売業にとって)をお聞かせください