小川・青木共著の調査資料が、「法政大学イノベーション・マネジメント研究センター」から刊行になった。昨年5月、アムステルダム自由大学(オランダ)のハリー・エイキング博士を訪問した際のインタビュー記録である。社会的背景がわかるよう、解説を加えた論考である。地球温暖化や生物の多様性に関する重要な論点が論じられている。
資料の全文は、J-Stageの論文記事デポジットから入手可能である。
調査資料は、以下のような文章ではじまっている。
(https://www.jstage.jst.go.jp/article/riim/17/0/17_171/_html/-char/ja)
1 はじめに:インタビューの目的と背景
2019年5月21日(午前10時~12時)、環境科学者として著名なアムステルダム自由大学のハリー・エイキング博士の研究室を訪問した。インタビューの目的は、エイキング博士が主導して組織した“PROFETAS:PROtein Foods, Environment, Technology and Society”のプロジェクトの実際と、学際的な研究プロジェクトがはじまった社会的な背景を理解するためである。PROFETASは、オランダ政府などの資金援助により2000年から2006年まで継続した学際的な研究プロジェクトであった。
筆者らは、2018年度から3年間の計画で、文部科学省助成研究で「農と食のイノベーション」をテーマに、農業と食品産業で起こっているイノベーションの実態をリサーチしている1。その文献レビューの準備プロセスで、ハリー・エイキング博士(Dr. Harry Aiking)の複数の研究業績を知ることになった(たとえば、Aiking & de Boer, 2018;Aiking, de Boer & Verejken, 2006)。エイキング博士は100を超える研究論文の共同著者であるが、主たる研究領域は、「食品タンパク質の生産と消費が地球環境に及ぼす影響を多面的に研究すること」であると筆者らは理解している。
博士らの研究成果は、近年になって食品業界のベンチャー企業(Beyond Meats、Impossible Burgerなど)が手掛けている「植物由来の肉(植物肉)」(plant-based meat)の商品開発をドライブしている2。また開発に多大な影響を与えたと思われるエイキング博士が中心になってまとめたPROFETASの研究成果は、ドイツの出版社Springerから14年前に書籍として刊行されている。そして、Harry Aiking et al. (2006), Sustainable Protein Production and Consumption: Pigs? or Peas?3は現在も版を重ねて、多くの研究者や実務家に読み継がれている。
書籍の刊行から14年が経過しているが、この書籍の内容は、いま読み返しても決して古びてはいない。本インタビュー資料においても、同書を何か所かで引用することにする。なお、オランダアムステルダムでのインタビューに先立ち、エイキング博士からは電子メールにて、二つの論文を事前に送付していただいていた。この2つの資料も、インタビューの補足説明で引用することする(Aiking & de Boer, 2018;Oxford Martin School, Oxford University, 2019)4。
以下は、エイキング博士へのインタビューを編集したうえで、筆者ら(小川と青木)が解説を加えた記録である。部分的に、内容に手を加えて読者に読みやすく配慮してはいるが、2節以降の内容(9節を除く)は、エイキング博士の発言をなるべく忠実に再現したつもりである。また、内容を補足するために、「脚注」を付して説明を付け加えた部分もある。
以下、アムステルダム自由大学キャンパスの研究室を訪問した際の挨拶を含めて、エイキング博士の経歴から当日(2019年5月21日)のインタビューは始まっている。なお、わたしたちが事前に博士にお願いしていた質問項目は、以下の3点である(順不同)。
① PROFETASのプロジェクトの内容
② 環境科学者として基本的な立場
③ 持続可能な社会をつくるために博士が考えていること
(後略)
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ちなみに、この論考に興味を示してくれた同僚の平石郁生さんは、地球上の哺乳類の重量比の数値を知りたかったらしい。以下のデータが示すように、明らかに地球のエコシステムを考えると、人間と家畜が増えすぎていることがわかる。地球が直面しているすべての災難の根底には、「人間様がのさばりすぎていること」が原因としてあるように感じる。
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(前略)
家畜が肉になるまでは、少し複雑な過程をたどる。子ブタは生後3か月のみオランダで育ち、その後ドイツで肥育される。そのあとイタリアに送られ、製品にしてパルマハムなどになる。パルマハムにすれば、より高い価格で売れるからだ。
このように、畜産物は、付加価値の高くなっていくバリューチェーンの中を流れていくが、これに沿って動物の病気も広がる。地球には人間より動物の方が多い。これは生物多様性に関わる問題だ。
生物多様性は抽象的なものだととらえられているが、2年ほど前、Scientific Americanの中で面白い記事を見つけた。1世紀前には、脊椎類の陸上動物(野生の動物)のシェアは90%だったが、現在では動物全体に占める割合は5%になっている。30%は人類で、後のほとんど(65%)は人間の食用の牛、豚、家禽類だ。これらを引いた残りは、ほんの5%にすぎない。これが現在の「生物多様性」の現実である17。
我々人間は、食物連鎖のピラミッドの最上位にある捕食者で、下にある生物を圧迫している。この記事を読んだ後、私は2050年の食料需要についての自分の推計と合わせて推定してみた。人間は現在75億人で、2050年までにさらに20億人増えると見込まれている。にもかかわらず、人間のシェアは30%から27%に落ちる。一方、家畜は70%以上まで増える。予測値では、最悪の場合、人間と家畜を除く野生動物は1%しか残らない。
(後略)