「事例:SIMPLE STYLE(シンプルスタイル):アイリスオーヤマ(株)」
1 日本のHC業界:2005年春
住居関連のセルフサービス業として、ホームセンターは1970年代に新しい小売業態として誕生した。
日本における第一号店は、1972年「ドイト与野店」と言われている。米穀店(コメリ)、タクシー会社(ドイト)、燃料店・ガソリンスタンド(ケーヨー、コーナン)、材木屋(ジョイフル本田、エンチョー)など事業母体となる企業の出自は様々だったが、初期のころ、ホームセンターの経営者たちは、頻繁な米国詣により、見よう見まねで日本流のHC業態を開発した(例えば、岡本正『ホームセンター物語』参照)。
コンビニエンスストアや外食産業と同様に、ホームセンター業界(以下では「HC業界」と略記)も高度経済成長の波にうまく乗ることができた。1980年から1990年代にかけての約20年間、人口の郊外移動とともに生まれた住居関連ニーズに対応して、HC業界は急成長を遂げた(図1:HC業界の売上高の伸び、表1:2003年度HC大手各社売上高・利益ランキング)。そのHC業界も、2000年に入ってからは成長に急ブレーキがかかっている。消費全般、とくに住居・衣料品関連商品は、若者人口の減少とモノあまりの時代状況を反映して、新しい需要を掘り起こさない限り、業界にとって先行きの見通しは必ずしも明るくない(参考、「特集:需要創造」『ダイヤモンドホームセンター』2005年4月号)。
表1- 2003年度HC大手各社売上高・利益ランキング
2003年度小売部門売上高(億円)連結経常利益(百万円)
1カインズ2,458.5 1島忠13,945
2コーナン商事2,296.6 2コメリ13,081
3コメリ2,179.2 3ナフコ10,724
4ケーヨー1,888.4 4コーナン商事7,539
5ホーマック1,877.7 5バロー7,359
6ナフコ1,817.8 6カーマ4,436
7カーマ1,235.0 7ホーマック4,070
8島忠1,203.6 8アークランドサカモト3,995
9ジョイフル本田1,100.0 9ダイキ2,620
10東急ハンズ938.0 10イオン九州1,902
実は、HC企業同士の競争もさることながら、ホームファーニッシング(ニトリ)、ドラッグストア(マツモトキヨシ)、カー用品(オートバックス、イエローハット)など、他の小売業態との競争で優位に立つことができないことが、HCが売上および利益を減少させている大きな要因になっている。例えば、丸紅経済研究所のレポート(2002年)によると、以下のように分析がなされている。
5年間の商品構成比の変化を見てみると、ウェートの一番大きい家庭用品の割合は、21%台でほとんど変化がない。一方で、ホーム・インプルーブメント商品は11.9%から19.8%、園芸・エクステリア商品は12.1%から16.3%と伸びており、逆に、カー用品・レジャー用品と家電はウェートを落としていることが分かる。これは、消費財を中心にバラエティー型店舗を目指してきたホームセンターが、近年成長の著しいドラッグストアやディスカウントショップとの競争激化で、家庭用品などの汎用商品の売上を伸ばすことが難しくなってきていることを示しているものと思われる。特に、カー用品専門店や家電ディスカウントストアとの競争は激しく、ホームセンターはこの5年間でこれら商品の構成比を大きく下げることとなった。他方、他業界との競争が少ないホーム・インプルーブメント商品や園芸用品については、ホームセンターがこの分野での強みを生かして、構成比を高める結果となった。http://www.marubeni.co.jp/research/4_industry/020807research/)
こうした環境下、競争が激化する中、各社とも積極的な出店ペースを緩めないため、業界全体がオーバーストアぎみである。2004年度にはとうとう、ホームセンターの既存店売上高がマイナスを記録してしまった。小売業の生産性指標を表す売場面積当たりの売上高・利益額も、昨年は大幅に下落している(対前年比マイナス4.1%、2003年と2002年比較)。
なお、HC業界全体の市場規模(2004年)は、売上高で約3兆6000億円、店舗数で約3,700店である。一店舗当たりの売上高は、平均約10億円である。売上高上位10社を列挙すると、表2のようになる。
表2 - 日本HCトップ10ランキング
順位会社名売上高(億円)店舗数本拠地
1カインズ2,458.5 123群馬県
2コーナン商事2,296.6 172大阪府
3コメリ2,179.2 660新潟県
4ケーヨー1,888.4 189千葉県
5ホーマック1,877.7 150北海道
6ナフコ1,817.8 170福岡県
7カーマ1,235.0 93愛知県
8島忠1,203.6 38埼玉県
9ジョイフル本田1,100.0 12茨城県
10東急ハンズ938.0 22東京都
*売上高、店舗数共に2003年の数字
2 メーカーベンダー・アイリスオーヤマ(株)
アイリスオーヤマ株式会社(本社:宮城県仙台市、大山健太郎社長)は、1971年創業のHC向け商品の「メーカーベンダー」である。メーカーベンダーとは、「メーカー機能と問屋機能をあわせ持つ垂直統合型のシステムで、物流コストや中間マージンをカットし、ベンダー部門が得た小売店や消費者の情報をダイレクトにメーカー部門に還元できるメリットを持った仕組み」である(「メーカーベンダー」の概念説明については、大山健太郎・小川孔輔(1996)『メーカーベンダーのマーケティング戦略』ダイヤモンド社を参照、http://www.irisohyama.co.jp/company/profile.html)
アイリスオーヤマは、中国(大連)、米国(ストックトン、ウイスコンシン、ダラス)、欧州(オランダ)、韓国など4カ国、全7箇所に現地工場を持っている。米国と欧州では、現地生産した商品を国内で販売しているが、中国(大連)で生産した商品は、現地子会社の直営小売チェーン(「大連発展」約20店舗:2005年4月末現在)を通して一部現地で直販されてはいるが、そのほとんどは日本のホームセンターや量販店向けに輸入されている。
主たる取扱商品のカテゴリーは、園芸・ペット用品、収納・家具・インテリア用品などである。特徴としては、S(シンプル)、E(エコノミー:エンバイロメント)、G(グッド)の商品を生産し、主としてホームセンターや量販店に納品していることである。2004年末現在、同社の商品は、日本全国の約3500のホームセーターに納入されている。ごく一部のホームセーター企業を除いて(HCへの配荷率99.5%)、ほとんどの店舗へは、全国8カ所(北海道、大河原、角田、埼玉、富士小山、米原、三田、鳥栖)にある同社の工場兼物流センターから、店舗に商品を直接納品している(一部は、HCや量販店のセンター納品)。
2004年の売上高は、単独で685億円、海外を含む連結の売上高は1,320億円(2003年度)である。国内の従業員は2,160名であるが、海外で働く従業員は、中国(大連)だけで5千人を超えている。ここ5年で、海外事業(製造部門)の比重が大きくなっている。同社は非公開企業なので、財務データは公表されていない。ただし、常に宮城県納税企業ランキングのトップにリストアップされていることから、高収益企業であることは間違いない。
しかしながら、2004年度の日本国内でHC各社の事業が低迷を続けることは、HC業界とともに成長してきたアイリスオーヤマにとっては死活問題である。HC業態の再活性化は、メーカーベンダーとしては喫緊の課題であった。
3 SAS制度と大連での小売事業の開始
自社の商品開発力をさらに高めることは、アイリスオーヤマの事業にとって依然として有効な手法ではある。しかし、新商品の提案力をさらに高めるためには、加えて店頭での販売支援(提案型販売)が大切である。そのような意図から、同社は3年前から大手ホームセンターの店頭で、「SAS」(Sales-Aid Staff)という制度を導入した。これは、ある一定以上の売上が確保できている店舗に、アイリスオーヤマが販売員を直接派遣し、HCの売場での同社商品の販売活動を支援するというものである。
同社が得意とする園芸・ペット、収納家具用品などは、顧客から説明を求められることが多い。商品知識が必要とされる商品については、「セルフ販売」ではなく「対面販売」がより有効であることは、HC店員の販売経験からも分かっていた。しかし、HC業界の常識としては、メーカーがそのために販売員を派遣するという考えは生まれにくかった。アイリスオーヤマのSAS制度は、その部分に風穴をあけることになった(関連資料・雑誌を参照)。
同社の調査データによると、実際にSASを売場に張り付けて販売した場合、平均で売上が20%近く上昇したことが報告されている。対面のサービスがHC取扱商品の売上を伸ばすひとつの有力な手段であることが確認できたわけである。
国内でSASの制度が発足し、それなりの成果を上げ始めた2003年秋(11月)に、大連工場で作った商品を、中国国内で販売するというパイロット事業がスタートした。「大連発展」(直営店運営のための現地子会社:李 総経理)のプロジェクトは当初、大連の新興ショッピングセンター「平和広場」のテナントとして、約200坪の直営店を出店するところからはじまった。
「大連工場で生産される商品に対して、まずは工場の中で働いている人たちの興味を引きました。所得水準がそれほど高くない人たち(平均給与が日本の約10分の一)にとって、アイリス商品の価格はやや割高ですが、新しい生活を提案する商品として、ある階層のひとたちには地元でも売れる可能性があると感じました」(李総経理)。
和平広場の開店以外に、大連市内でもう一店舗(家家店:2004年撤退)を開店した。当初3ヶ月の販売状況は思わしくなかった(2003年12月は予定の35%、2004年1月は50%、2月は75%)。しかし、その後は、大連市内の店舗からだけでなく、市外(北京や上海、広州の業者)からも商品の引き合いがあり、中国の直営小売事業は順調に伸びている。現在、大連と北京を中心に現地子会社「大連発展」の直営店14店舗(2005年4月末現在)、北京市内でHCを展開する「東方家園」(“IKEA”のような業態)のインショップとして12店舗を展開している。年内に40店舗の出店を予定している(表3)。
表3 中国での出店計画(社内資料)
4 シンプルスタイル青山店開店
東京都内への初出店となる「シンプルスタイル青山店」(直営3号店)は、2005年2月5日に開店した。朝10時の開店に先だって開催されたセレモニーでは、大山健太郎社長がいつもようににこやかな表情ながらも、決意を新たに社内の関係者と従業員十数名に向けて簡単に挨拶を述べた。SEG商品を提供するアイリスオーヤマらしい簡素な雰囲気の店内には、業界誌の記者数名と大山が主宰する「21世紀HC研究会」の座長・慶応大学商学部の岡本大輔教授なども列席していた。直営店舗は、「シンプルスタイル」(Simple Style)という店舗ブランド名である。4月末現在、首都圏などすでに8店舗を出店している(表4:既存店舗の一覧表:HP参照)。
表4 「シンプルスタイル」 インショップ直営店一覧(2005年5月末現在)
(http://www.simplestyle.co.jp/LIST.html)
■SimpleStyleダイエー仙台店
宮城県仙台市青葉区中央2-3-6 ダイエー内7F詳細情報
■SimpleStyle市川妙典サティ店
千葉県市川市妙典5丁目3番1号 市川妙典サティ店内3F詳細情報
■Simple Style コーナン西宮今津店
兵庫県西宮市今津港町1番26号 コーナン西宮今津店内 詳細情報
■Simple Style イオン有松店
愛知県名古屋市緑区鳴海町字有松裏200番地 イオン有松店2階詳細情報
■Simple Style コーナン市川原木店
千葉県市川市原木2526-6詳細情報
■Simple Style F1マートサーキット通り店
三重県鈴鹿市稲生4-1-1詳細情報
■Simple Style イオン千種店5/21OPEN!
愛知県名古屋市千種区千種2-16-13 イオン千種店2階
■Simple Style 海老名サティ店5/27OPEN!
神奈川県海老名市中央2-4-1 海老名サティ店3階
青山への出店に先立ち、本社の宮城県内では12月に、仙台駅の近くにあるダイエー仙台店の7階に「シンプルスタイル・ダイエー仙台店」(一号店)を開店した。2004年12月以降、仙台の2店舗(2号店は仙台支店の近くの「五橋店」)は、ほぼ予定通りに売上が順調に伸びている。仙台地区の店舗告知は、仙台の地方紙(「河北新報」)とコミュニティ誌(放送)が中心であった。約半分は、仙台ダイエー店開店を知らせるパブリシティである(表5:仙台エリアの広告・パブリシティスケジュール 2004年12月~2005年3月)。
「これまでダイエーの顧客ではなかった若者層を取り込めたのが、繁盛している要因でしょうね。地元紙への定期出稿、折り込みなどが効果的でした」(倉茂マネジャー)。
(1)着せ替えコンセプト
シンプルスタイル(Simple Style)は、「シンプルな生活を提案する家具インテリアの店」である。販売している商品で、従来の家具インテリア用品とは異なる点がある。それは、「着せ替えコンセプト」と言われるものである。シンプルスタイルのHP(http://www.simplestyle.co.jp)を見ると、「Simple Styleは日本のソファーを変えます」とあって、次の4点が店舗・商品の特徴として強調されている。
・シーズン毎に、着せ替えができる。(選べるカラー、選べる素材)
・長く座っても、疲れない。
・汚れたら、洗える。
・人に、環境に優しい。
顧客ターゲットは、20代~30代後半までの若者である。新生活を始めるカップルなどがメインの顧客として想定されている。2月の青山店開店に当たっては、したがって、認知率を高めるために、地下鉄銀座線のホームや沿線駅通路に告知のフライアーを配布してきた。4月以降は、パブリシティをかねて、インテリア雑誌、結婚情報誌(「ゼククシーインテリア」など)に集中的に出稿を予定している(広告出稿予定表参照)。
(2)売れ筋商品
開店から約半年間での実績では、ソファーが全体売上の約50%を占めている。
同社のHPを見てもわかるように、商品訴求では圧倒的にソファーが目立っている。そのことが影響しているのかもしれない。それ以外では、アーリスオーヤマが得意としている収納用品が15%前後、チェア類が約10%となっている。
おもしろいのは、首都圏と仙台で、あるいは同じ首都圏の店舗間でも、売れ筋商品の構成にほとんど変化がないことである。例えば、ソファーの売上構成比は、仙台五橋店を除くと、ほとんどの店舗で35%~45%の範囲に収まっている。いずれにしても、商品構成がソファーと収納用品に偏っているのが問題である。
「次の一手は、ベッドまわりに商品を揃えることである。例えば、羽毛布団などの開発・投入を考えている。他方、当面は、ダイニング関連はむずかしいそうです」(倉茂マネジャー)
生活シーンでまとめて、リビングと寝室に商品を集めることに注力をすることがつぎなる戦略である。ただし、後述するように、競合2社(ニトリとMUJI)も類似の商品分野で品揃えの強みを持っているので、価格訴求以外でアイリスらしい差別性を作ることがポイントなる。例えば、それはデザイン性とか耐久性などの「機能付加」である可能性が高い。
(3)競合分析
「シンプルスタイル」にとって、競合となるのはどのような業態と企業だろうか? おそらく、HCの売り場が競合になることはあまり考えられない。
立地と商品面から見ると、一番の競合は「ニトリ」(ホームファーニッシング)である。また、価格帯とデザインの観点からは、「MUJI」(良品計画)との競合が考えられる。両方の企業と比べて、シンプルスタイルの強み・弱みを比較してみるとおもしろい。
「ニトリ」に対して「シンプルスタイル」を対置してみると、ニトリの強みは「価格」である。デザインと品質は、現状ではほぼ同等であろう。それ対して、MUJIとの比較では、ブランドがいまだ確立していないシンプルスタイルに比べて、「イメージ」ではMUJIの方が圧倒的に上であろう。ただし、品質は両者同等か、シンプルスタイルが優位に立てるとみられる。また、コスト構造の違いから、価格面ではシンプルスタイルが優位にあると考えられる。
3 戦略展開の問題点
最後に、シンプルスタイルの今後の戦略課題について考えてみる。
(1)顧客は誰なのか?
顧客ターゲットは、20代~30代後半までの若者と想定されていた。新生活を始めるカップルなどがメインの顧客として想定されている。この設定は正しいだろうか? それがニトリやMUJIの顧客と正面からバッティングするとすれば、新しいシンプルスタイルの顧客像は考えられないものだろうか?
もしターゲット層が類似しているとすれば、そうした顧客にあわせたこれまでのプロモーション戦略は、基本的な方向性として正しいのだろうか? 基本路線を変更する必要性はないだろうか? 仙台と首都圏では、やや広域なチラシ配布を実施してきた。また専門雑誌(結婚・生活情報誌)への出稿は、効率と効果の観点からは正しいだろうか?
(2)出店戦略
歴史的に見ると、ホームセンターは、首都圏郊外と地方都市の幹線道路沿いに出展して成長してきた。最近では、都心部への集中出店が試みられてはいるが、HCは郊外型・地方都市での出店路線を歩んできたと言える。
シンプルスタイルの場合、出店計画は、首都圏を狙うべきだろうか、それとも、地方都市への出店を選択すべきだろうか? 両方のパターンをミックスするにしても、どちらに重点を置くべきだろうか? 換言すると、「地方への展開を優先する」のか、それとも「首都圏でドミナント戦略を採用する」のか、どちらを基本戦略とすべきだろうか?
今後は、自由が丘、成城学園、吉祥寺などへの路面店出店が予定されている。また、HC内への出店(コーナン内)については、メーカーベンダーとして既存の製品ラインを納品していることもあり、商取引面から慎重に対処することが必要である。その他のHCからも、出店要請は来ていると見られる。
それに加えて、標準店舗のサイズをどのように設定するかも課題である。もちろん、取り扱う商品ラインが広がっていけば、より大きな売場が必要なることは自明である。現状では、HC内のインストアが100坪タイプ、路面店で130坪程度が標準の店舗規模になっている。それに対して、現在計画中の新宿御苑店は、270坪の広さを予定している。
(3)ストアブランド構築
当初の計画(2004年秋)では、2005年3月末までに14店舗の出店が予定されていた。実際には、6店舗の出店実績に終わっている。予定が遅れている原因は、出店にあたって条件の良い立地がなかなか見つからないからである。
とはいえ、ストアブランドがきちんと確立できていなければ、出店に際して良好な条件を引き出すことは困難である。「鶏と卵」の関係ではあるが、店舗展開を加速させるためにも、「シンプルスタイル」のブランド構築(ストアアイデンティティ)とともに、店舗イメージを高めることが必須である。そのためには、どのような長期戦略の構築と当面の戦術対応を求められるだろうか?
HC小売業の経営者たちは、「大山社長のお手並み拝見」と観ている。
日本における第一号店は、1972年「ドイト与野店」と言われている。米穀店(コメリ)、タクシー会社(ドイト)、燃料店・ガソリンスタンド(ケーヨー、コーナン)、材木屋(ジョイフル本田、エンチョー)など事業母体となる企業の出自は様々だったが、初期のころ、ホームセンターの経営者たちは、頻繁な米国詣により、見よう見まねで日本流のHC業態を開発した(例えば、岡本正『ホームセンター物語』参照)。
コンビニエンスストアや外食産業と同様に、ホームセンター業界(以下では「HC業界」と略記)も高度経済成長の波にうまく乗ることができた。1980年から1990年代にかけての約20年間、人口の郊外移動とともに生まれた住居関連ニーズに対応して、HC業界は急成長を遂げた(図1:HC業界の売上高の伸び、表1:2003年度HC大手各社売上高・利益ランキング)。そのHC業界も、2000年に入ってからは成長に急ブレーキがかかっている。消費全般、とくに住居・衣料品関連商品は、若者人口の減少とモノあまりの時代状況を反映して、新しい需要を掘り起こさない限り、業界にとって先行きの見通しは必ずしも明るくない(参考、「特集:需要創造」『ダイヤモンドホームセンター』2005年4月号)。
表1- 2003年度HC大手各社売上高・利益ランキング
2003年度小売部門売上高(億円)連結経常利益(百万円)
1カインズ2,458.5 1島忠13,945
2コーナン商事2,296.6 2コメリ13,081
3コメリ2,179.2 3ナフコ10,724
4ケーヨー1,888.4 4コーナン商事7,539
5ホーマック1,877.7 5バロー7,359
6ナフコ1,817.8 6カーマ4,436
7カーマ1,235.0 7ホーマック4,070
8島忠1,203.6 8アークランドサカモト3,995
9ジョイフル本田1,100.0 9ダイキ2,620
10東急ハンズ938.0 10イオン九州1,902
実は、HC企業同士の競争もさることながら、ホームファーニッシング(ニトリ)、ドラッグストア(マツモトキヨシ)、カー用品(オートバックス、イエローハット)など、他の小売業態との競争で優位に立つことができないことが、HCが売上および利益を減少させている大きな要因になっている。例えば、丸紅経済研究所のレポート(2002年)によると、以下のように分析がなされている。
5年間の商品構成比の変化を見てみると、ウェートの一番大きい家庭用品の割合は、21%台でほとんど変化がない。一方で、ホーム・インプルーブメント商品は11.9%から19.8%、園芸・エクステリア商品は12.1%から16.3%と伸びており、逆に、カー用品・レジャー用品と家電はウェートを落としていることが分かる。これは、消費財を中心にバラエティー型店舗を目指してきたホームセンターが、近年成長の著しいドラッグストアやディスカウントショップとの競争激化で、家庭用品などの汎用商品の売上を伸ばすことが難しくなってきていることを示しているものと思われる。特に、カー用品専門店や家電ディスカウントストアとの競争は激しく、ホームセンターはこの5年間でこれら商品の構成比を大きく下げることとなった。他方、他業界との競争が少ないホーム・インプルーブメント商品や園芸用品については、ホームセンターがこの分野での強みを生かして、構成比を高める結果となった。http://www.marubeni.co.jp/research/4_industry/020807research/)
こうした環境下、競争が激化する中、各社とも積極的な出店ペースを緩めないため、業界全体がオーバーストアぎみである。2004年度にはとうとう、ホームセンターの既存店売上高がマイナスを記録してしまった。小売業の生産性指標を表す売場面積当たりの売上高・利益額も、昨年は大幅に下落している(対前年比マイナス4.1%、2003年と2002年比較)。
なお、HC業界全体の市場規模(2004年)は、売上高で約3兆6000億円、店舗数で約3,700店である。一店舗当たりの売上高は、平均約10億円である。売上高上位10社を列挙すると、表2のようになる。
表2 - 日本HCトップ10ランキング
順位会社名売上高(億円)店舗数本拠地
1カインズ2,458.5 123群馬県
2コーナン商事2,296.6 172大阪府
3コメリ2,179.2 660新潟県
4ケーヨー1,888.4 189千葉県
5ホーマック1,877.7 150北海道
6ナフコ1,817.8 170福岡県
7カーマ1,235.0 93愛知県
8島忠1,203.6 38埼玉県
9ジョイフル本田1,100.0 12茨城県
10東急ハンズ938.0 22東京都
*売上高、店舗数共に2003年の数字
2 メーカーベンダー・アイリスオーヤマ(株)
アイリスオーヤマ株式会社(本社:宮城県仙台市、大山健太郎社長)は、1971年創業のHC向け商品の「メーカーベンダー」である。メーカーベンダーとは、「メーカー機能と問屋機能をあわせ持つ垂直統合型のシステムで、物流コストや中間マージンをカットし、ベンダー部門が得た小売店や消費者の情報をダイレクトにメーカー部門に還元できるメリットを持った仕組み」である(「メーカーベンダー」の概念説明については、大山健太郎・小川孔輔(1996)『メーカーベンダーのマーケティング戦略』ダイヤモンド社を参照、http://www.irisohyama.co.jp/company/profile.html)
アイリスオーヤマは、中国(大連)、米国(ストックトン、ウイスコンシン、ダラス)、欧州(オランダ)、韓国など4カ国、全7箇所に現地工場を持っている。米国と欧州では、現地生産した商品を国内で販売しているが、中国(大連)で生産した商品は、現地子会社の直営小売チェーン(「大連発展」約20店舗:2005年4月末現在)を通して一部現地で直販されてはいるが、そのほとんどは日本のホームセンターや量販店向けに輸入されている。
主たる取扱商品のカテゴリーは、園芸・ペット用品、収納・家具・インテリア用品などである。特徴としては、S(シンプル)、E(エコノミー:エンバイロメント)、G(グッド)の商品を生産し、主としてホームセンターや量販店に納品していることである。2004年末現在、同社の商品は、日本全国の約3500のホームセーターに納入されている。ごく一部のホームセーター企業を除いて(HCへの配荷率99.5%)、ほとんどの店舗へは、全国8カ所(北海道、大河原、角田、埼玉、富士小山、米原、三田、鳥栖)にある同社の工場兼物流センターから、店舗に商品を直接納品している(一部は、HCや量販店のセンター納品)。
2004年の売上高は、単独で685億円、海外を含む連結の売上高は1,320億円(2003年度)である。国内の従業員は2,160名であるが、海外で働く従業員は、中国(大連)だけで5千人を超えている。ここ5年で、海外事業(製造部門)の比重が大きくなっている。同社は非公開企業なので、財務データは公表されていない。ただし、常に宮城県納税企業ランキングのトップにリストアップされていることから、高収益企業であることは間違いない。
しかしながら、2004年度の日本国内でHC各社の事業が低迷を続けることは、HC業界とともに成長してきたアイリスオーヤマにとっては死活問題である。HC業態の再活性化は、メーカーベンダーとしては喫緊の課題であった。
3 SAS制度と大連での小売事業の開始
自社の商品開発力をさらに高めることは、アイリスオーヤマの事業にとって依然として有効な手法ではある。しかし、新商品の提案力をさらに高めるためには、加えて店頭での販売支援(提案型販売)が大切である。そのような意図から、同社は3年前から大手ホームセンターの店頭で、「SAS」(Sales-Aid Staff)という制度を導入した。これは、ある一定以上の売上が確保できている店舗に、アイリスオーヤマが販売員を直接派遣し、HCの売場での同社商品の販売活動を支援するというものである。
同社が得意とする園芸・ペット、収納家具用品などは、顧客から説明を求められることが多い。商品知識が必要とされる商品については、「セルフ販売」ではなく「対面販売」がより有効であることは、HC店員の販売経験からも分かっていた。しかし、HC業界の常識としては、メーカーがそのために販売員を派遣するという考えは生まれにくかった。アイリスオーヤマのSAS制度は、その部分に風穴をあけることになった(関連資料・雑誌を参照)。
同社の調査データによると、実際にSASを売場に張り付けて販売した場合、平均で売上が20%近く上昇したことが報告されている。対面のサービスがHC取扱商品の売上を伸ばすひとつの有力な手段であることが確認できたわけである。
国内でSASの制度が発足し、それなりの成果を上げ始めた2003年秋(11月)に、大連工場で作った商品を、中国国内で販売するというパイロット事業がスタートした。「大連発展」(直営店運営のための現地子会社:李 総経理)のプロジェクトは当初、大連の新興ショッピングセンター「平和広場」のテナントとして、約200坪の直営店を出店するところからはじまった。
「大連工場で生産される商品に対して、まずは工場の中で働いている人たちの興味を引きました。所得水準がそれほど高くない人たち(平均給与が日本の約10分の一)にとって、アイリス商品の価格はやや割高ですが、新しい生活を提案する商品として、ある階層のひとたちには地元でも売れる可能性があると感じました」(李総経理)。
和平広場の開店以外に、大連市内でもう一店舗(家家店:2004年撤退)を開店した。当初3ヶ月の販売状況は思わしくなかった(2003年12月は予定の35%、2004年1月は50%、2月は75%)。しかし、その後は、大連市内の店舗からだけでなく、市外(北京や上海、広州の業者)からも商品の引き合いがあり、中国の直営小売事業は順調に伸びている。現在、大連と北京を中心に現地子会社「大連発展」の直営店14店舗(2005年4月末現在)、北京市内でHCを展開する「東方家園」(“IKEA”のような業態)のインショップとして12店舗を展開している。年内に40店舗の出店を予定している(表3)。
表3 中国での出店計画(社内資料)
4 シンプルスタイル青山店開店
東京都内への初出店となる「シンプルスタイル青山店」(直営3号店)は、2005年2月5日に開店した。朝10時の開店に先だって開催されたセレモニーでは、大山健太郎社長がいつもようににこやかな表情ながらも、決意を新たに社内の関係者と従業員十数名に向けて簡単に挨拶を述べた。SEG商品を提供するアイリスオーヤマらしい簡素な雰囲気の店内には、業界誌の記者数名と大山が主宰する「21世紀HC研究会」の座長・慶応大学商学部の岡本大輔教授なども列席していた。直営店舗は、「シンプルスタイル」(Simple Style)という店舗ブランド名である。4月末現在、首都圏などすでに8店舗を出店している(表4:既存店舗の一覧表:HP参照)。
表4 「シンプルスタイル」 インショップ直営店一覧(2005年5月末現在)
(http://www.simplestyle.co.jp/LIST.html)
■SimpleStyleダイエー仙台店
宮城県仙台市青葉区中央2-3-6 ダイエー内7F詳細情報
■SimpleStyle市川妙典サティ店
千葉県市川市妙典5丁目3番1号 市川妙典サティ店内3F詳細情報
■Simple Style コーナン西宮今津店
兵庫県西宮市今津港町1番26号 コーナン西宮今津店内 詳細情報
■Simple Style イオン有松店
愛知県名古屋市緑区鳴海町字有松裏200番地 イオン有松店2階詳細情報
■Simple Style コーナン市川原木店
千葉県市川市原木2526-6詳細情報
■Simple Style F1マートサーキット通り店
三重県鈴鹿市稲生4-1-1詳細情報
■Simple Style イオン千種店5/21OPEN!
愛知県名古屋市千種区千種2-16-13 イオン千種店2階
■Simple Style 海老名サティ店5/27OPEN!
神奈川県海老名市中央2-4-1 海老名サティ店3階
青山への出店に先立ち、本社の宮城県内では12月に、仙台駅の近くにあるダイエー仙台店の7階に「シンプルスタイル・ダイエー仙台店」(一号店)を開店した。2004年12月以降、仙台の2店舗(2号店は仙台支店の近くの「五橋店」)は、ほぼ予定通りに売上が順調に伸びている。仙台地区の店舗告知は、仙台の地方紙(「河北新報」)とコミュニティ誌(放送)が中心であった。約半分は、仙台ダイエー店開店を知らせるパブリシティである(表5:仙台エリアの広告・パブリシティスケジュール 2004年12月~2005年3月)。
「これまでダイエーの顧客ではなかった若者層を取り込めたのが、繁盛している要因でしょうね。地元紙への定期出稿、折り込みなどが効果的でした」(倉茂マネジャー)。
(1)着せ替えコンセプト
シンプルスタイル(Simple Style)は、「シンプルな生活を提案する家具インテリアの店」である。販売している商品で、従来の家具インテリア用品とは異なる点がある。それは、「着せ替えコンセプト」と言われるものである。シンプルスタイルのHP(http://www.simplestyle.co.jp)を見ると、「Simple Styleは日本のソファーを変えます」とあって、次の4点が店舗・商品の特徴として強調されている。
・シーズン毎に、着せ替えができる。(選べるカラー、選べる素材)
・長く座っても、疲れない。
・汚れたら、洗える。
・人に、環境に優しい。
顧客ターゲットは、20代~30代後半までの若者である。新生活を始めるカップルなどがメインの顧客として想定されている。2月の青山店開店に当たっては、したがって、認知率を高めるために、地下鉄銀座線のホームや沿線駅通路に告知のフライアーを配布してきた。4月以降は、パブリシティをかねて、インテリア雑誌、結婚情報誌(「ゼククシーインテリア」など)に集中的に出稿を予定している(広告出稿予定表参照)。
(2)売れ筋商品
開店から約半年間での実績では、ソファーが全体売上の約50%を占めている。
同社のHPを見てもわかるように、商品訴求では圧倒的にソファーが目立っている。そのことが影響しているのかもしれない。それ以外では、アーリスオーヤマが得意としている収納用品が15%前後、チェア類が約10%となっている。
おもしろいのは、首都圏と仙台で、あるいは同じ首都圏の店舗間でも、売れ筋商品の構成にほとんど変化がないことである。例えば、ソファーの売上構成比は、仙台五橋店を除くと、ほとんどの店舗で35%~45%の範囲に収まっている。いずれにしても、商品構成がソファーと収納用品に偏っているのが問題である。
「次の一手は、ベッドまわりに商品を揃えることである。例えば、羽毛布団などの開発・投入を考えている。他方、当面は、ダイニング関連はむずかしいそうです」(倉茂マネジャー)
生活シーンでまとめて、リビングと寝室に商品を集めることに注力をすることがつぎなる戦略である。ただし、後述するように、競合2社(ニトリとMUJI)も類似の商品分野で品揃えの強みを持っているので、価格訴求以外でアイリスらしい差別性を作ることがポイントなる。例えば、それはデザイン性とか耐久性などの「機能付加」である可能性が高い。
(3)競合分析
「シンプルスタイル」にとって、競合となるのはどのような業態と企業だろうか? おそらく、HCの売り場が競合になることはあまり考えられない。
立地と商品面から見ると、一番の競合は「ニトリ」(ホームファーニッシング)である。また、価格帯とデザインの観点からは、「MUJI」(良品計画)との競合が考えられる。両方の企業と比べて、シンプルスタイルの強み・弱みを比較してみるとおもしろい。
「ニトリ」に対して「シンプルスタイル」を対置してみると、ニトリの強みは「価格」である。デザインと品質は、現状ではほぼ同等であろう。それ対して、MUJIとの比較では、ブランドがいまだ確立していないシンプルスタイルに比べて、「イメージ」ではMUJIの方が圧倒的に上であろう。ただし、品質は両者同等か、シンプルスタイルが優位に立てるとみられる。また、コスト構造の違いから、価格面ではシンプルスタイルが優位にあると考えられる。
3 戦略展開の問題点
最後に、シンプルスタイルの今後の戦略課題について考えてみる。
(1)顧客は誰なのか?
顧客ターゲットは、20代~30代後半までの若者と想定されていた。新生活を始めるカップルなどがメインの顧客として想定されている。この設定は正しいだろうか? それがニトリやMUJIの顧客と正面からバッティングするとすれば、新しいシンプルスタイルの顧客像は考えられないものだろうか?
もしターゲット層が類似しているとすれば、そうした顧客にあわせたこれまでのプロモーション戦略は、基本的な方向性として正しいのだろうか? 基本路線を変更する必要性はないだろうか? 仙台と首都圏では、やや広域なチラシ配布を実施してきた。また専門雑誌(結婚・生活情報誌)への出稿は、効率と効果の観点からは正しいだろうか?
(2)出店戦略
歴史的に見ると、ホームセンターは、首都圏郊外と地方都市の幹線道路沿いに出展して成長してきた。最近では、都心部への集中出店が試みられてはいるが、HCは郊外型・地方都市での出店路線を歩んできたと言える。
シンプルスタイルの場合、出店計画は、首都圏を狙うべきだろうか、それとも、地方都市への出店を選択すべきだろうか? 両方のパターンをミックスするにしても、どちらに重点を置くべきだろうか? 換言すると、「地方への展開を優先する」のか、それとも「首都圏でドミナント戦略を採用する」のか、どちらを基本戦略とすべきだろうか?
今後は、自由が丘、成城学園、吉祥寺などへの路面店出店が予定されている。また、HC内への出店(コーナン内)については、メーカーベンダーとして既存の製品ラインを納品していることもあり、商取引面から慎重に対処することが必要である。その他のHCからも、出店要請は来ていると見られる。
それに加えて、標準店舗のサイズをどのように設定するかも課題である。もちろん、取り扱う商品ラインが広がっていけば、より大きな売場が必要なることは自明である。現状では、HC内のインストアが100坪タイプ、路面店で130坪程度が標準の店舗規模になっている。それに対して、現在計画中の新宿御苑店は、270坪の広さを予定している。
(3)ストアブランド構築
当初の計画(2004年秋)では、2005年3月末までに14店舗の出店が予定されていた。実際には、6店舗の出店実績に終わっている。予定が遅れている原因は、出店にあたって条件の良い立地がなかなか見つからないからである。
とはいえ、ストアブランドがきちんと確立できていなければ、出店に際して良好な条件を引き出すことは困難である。「鶏と卵」の関係ではあるが、店舗展開を加速させるためにも、「シンプルスタイル」のブランド構築(ストアアイデンティティ)とともに、店舗イメージを高めることが必須である。そのためには、どのような長期戦略の構築と当面の戦術対応を求められるだろうか?
HC小売業の経営者たちは、「大山社長のお手並み拝見」と観ている。