ブランディングケースブック2007(小川編の事例解題)

昨年夏に集中講義で行われた、特別講義「ブランド論」の講義記録を、法政大学イノベーションマネジメント研究センターのワーキングペーパーとして発表することになった。昨年度の事例集「ブランディングケースブック2006」の続編である。4つの講演が収録されているが、カラーで50頁にも及ぶので、わたしの解題だけを、「Research&Reports」にアップすることにした。


小川孔輔編(2008)「ブランディングケースブック2007」

はじめに:ブランディング事例の解題

 本講義録は、法政大学経営大学院・経営学研究科の2007年夏季集中特別講義「ブランド論」(担当:小川孔輔)の講義録である。「ブランディングの事例集」として招待講師の講演を記録したものである。
 それぞれの講師の講義は、2007年8月~9月にかけて、法政大学ビジネススクールの授業の中で講演されている。全体の司会は、ブランド論の講座をコーディネートした小川(孔輔)が担当した。招待講師の講義を筆記録にまとめてくれたのは、小川研究室リサーチアシスタントの青木恭子である。講演をいただいた講師の皆さんからは、事前に講義内容をチェックしていただいている。
 ケースブックには、4つの講義が収録されている。その中のひとつは、講義と演習の組み合わせである。残りの3つは、招待講師による「ブランディングの体験」を記述したものである。2007年にまとめた「ブランディングケースブック2006」(『イノベーションマネジメント研究』所収)とは、必ずしも個別ブランドのマネジメントを記述してはいない点において、収録の仕方が基本的にちがっていることを強調しておきたい。
以下では、4つの講義をコーディネーターとして簡単に解説しておくことにする。この<はじめに>の部分は、講義全体を要約する役割も兼ねている。

 <講義1; ブランドネームとロゴマークの制作>
 最初の講義は、東京造形大学デザイン学科教授の秋田寛(あきた かん)氏による「ブランドネームとロゴマークの制作」(2007年8月28日)である。秋田氏は、デザイン企画・制作会社の「アキタ・デザイン・カン」のアートディレクターでもある。無印良品の花店「花良」や、紳士服の「AOKI」、「東洋佐々木硝子」など大手企業、NPOや教育機関、ミュージアムなどのロゴタイプ・シンボルマークのデザインを手がけている。その他企業のブランディングや広告、文化関連のグラフィックデザインをはじめ、ブックデザイン、サイン計画などの分野でも活躍している。
 講義ではまず、わたしたちの生活の中に広がっているデザインを、町歩き風の写真で紹介してくれる。コンビニのロゴと店舗では、各社がマニュアルを使って統一したはずのデザインが、無残にも各コンビ二店舗の張り紙によって乱されてしまっている様子が紹介される。秋田氏の町歩きは、ファストフード店の看板、ドトールの豆のロゴ、ブックオフ、ロフトと続いていく。全体として、オレンジや赤色の暖色系の色使いが多いことがわかる。
 つぎに、長寿ブランドのロゴとデザインの特徴について解説がされる。さまざまな商品分野でのパッケージデザインが紹介される。食品分野では、明治ミルク・チョコレートやカップヌードルなど、当初からデザインがあまり変わっていない。一般的には、ライフサイクルが短い商品の世界では、かえって変わらないことに意味があることが指摘される。飲料分野では、日本市場が過剰競争なので、パッケージが決め手になっていることがわかる。日用品、文房具日用品は、シャープすぎるデザインでは売れないことを、サランラップのデザインで示してくれる。薬の分野では、バファリンとバンドエイドのパッケージが紹介されている。キャッチフレーズや機能を強調する言葉を入れないと、薬は売れないのだそうだ。デザインの事例は、交通機関(駅の看板)、宅配便(佐川急便)、不動産屋のウインドウや旅行会社の看板(HIS)と続いていく。
 秋田寛さん自身のデザインは、どのような考えの下で創作されたかが解題される。東京都立杉並総合高等学校(ロゴ)、日本オーガニックコットン協会(JOCA)(ロゴ)、東洋佐々木ガラス(ロゴ)、紳士服のAOKI(ロゴの統一)、無印の花店「花良」(HANAYOSHI)が事例として取り上げられる。
 最後に、実際のロゴマーク(はなごと)を用いた演習が行われた。「クリエーティブ:「花育」のコンセプトとからロゴを作ってみよう!」については、講義録をご覧いただきたい。

 <講義2: キャラクター・ライセンス・ビジネスの世界>
 講師の小林弘司(こばやし ひろし)氏は、ユナイテッド・メディア㈱のライセンシング・マネージャーである。1964年生まれである。伊藤忠系の商社でアパレルの輸入やブランド・ライセンスの仕事にかかわった後、1999年よりユナイテッド・メディア社に入社した。世界中でもっとも知られたキャラクターのひとつ、「スヌーピー」などのライセンシング・ビジネスを担当している。
 講義(2008年8月29日)は、ライセンシング・ビジネスと商品化権についての説明から始まる。ライセンシング・ビジネスは、「プロパティー」(=商品化権の対象となる商標、キャラクター、美術の著作物等)の一括管理事業である。なお、商品化権は、キャラクターやブランド等を使用した商品を製造販売する権利を指す。ライセンスに対するロイヤルティは、ユナイテッド・メディア社では小売販売額の5%前後に設定されているそうである。
 つぎに、ライセンスの種類が紹介される。ライセンス・ビジネスが関与する主たる分野は、キャラクター、ファッション、スポーツの3分野である。このことは、意外と知られていないかもしれない。キャラクター・ビジネスの市場規模は、2006年度で1兆6,000億円である。2000年前後から、市場規模は縮小傾向にある。その主な理由は、トップキャラクターであるディズニーの売上が落ちているためである。総市場のうち、商品化関連が80%で、広告販促が20%である。
 講師の小林氏は、「スヌーピー」と「ピーナッツ」を担当している。「ピーナッツ」の軌跡と日本上陸までの経緯が明らかにされる。世界売上高12億ドルのうち、ほぼ半分が日本からの収入である。1968年に日本に上陸して以来、スヌーピーの人気が抜群に高いという。具体的なデータが、講義の中では紹介される。なお、最近は、ケータイで「ピーナッツ」関連グッズを買う人が増える傾向にあるという。
 ピーナッツ・ビジネスを支えている人気の秘密、基本的なモチーフのイメージが示される。ピーナッツのモチーフは、「ユーモア」「報われない恋」「子供時代」「友情」「想像力のすばらしさ」「ハロウィンなどの祝祭日」などが、ピーナッツ・キャラクターのブランド連想を構成している。性別に関わりなく高い好感度、男女ともに高い認知度が、ピーナッツの強みである。
 最後に、講義では、ライセンスの活用領域が示される。家電から、ステーショナリー、寝具まで、幅広い商品分野で、ピーナッツファミリーは商品化されている。ビジネス領域としても、オリジナルグッズや衣料などの商材から、各種プレミアム、企業キャンペーンまで、ライセンシーの事業に合わせたライセンス契約が行われている。主要ライセンシーのカルビー、ANAなどが表で参照される。新しい流通チャネルとして、全国13店ある各種「スヌーピー・タウン」ショップが紹介される。

 <講義3: ヘリコプター訓練学校からエアライン・パイロット養成事業へ>
 講師の齋藤健司(さいとうけんじ)氏は、法政大学大学院IM研究科の第2期卒業生である。1985年に取締役の齋藤静(さいとうしずか)氏とともに、「アルファーアビエィション社」を起業した。同社は、法政大学とのコラボレーションで、2008年度より新設される航空操縦学専修の開設にあたり、現地での実習教育を担当する予定である。
 講義(2008年8月30日は、中小企業の新規事業創造とブランドディングの事例として位置づけられている。以下では、アルファーアビエィション社の「会社概要と新規事業」については齋藤健司氏が、「経営のあゆみ」については齋藤静氏による講演を要約する
アルファーエビエィション社は、1985年12月創業されたヘリコプターと飛行機の訓練スクールである。茨城県の下妻ヘリポートの他に、全国5箇所で運航所がある。2008年度からは、航空パイロットの養成事業にも乗り出している。なお、関連事業としては、運航管理やコンサルタント業務、機体整備および航空機販売などの事業を有している。
 同社の強みは、とくにヘリコプター訓練事業において、7割のシェアを握っていることである。卒業者数は約1,000人で、21年間無事故の実績がある。教官陣の中には。世界ヘリコプター選手権で金メダルを獲得した有名スター教官もおり、齋藤静社長とともにしばしばテレビ出演などをして、会社の広報に活動に貢献している。
 齋藤夫妻が航空機訓練事業に乗り出したのは、1985年プラザ合意の直後である。米国アリゾナ州での飛行訓練と日本での座学教育を組み合わせて、当初は事業を開始した。その後、付加価値の薄い海外での訓練は見直し、国内訓練に切り替えることになった。会社としての交渉力を高め、訓練ノウハウの蓄積をより、自社のマーケットポジションを高めようとしたからである。そのようなわけで、1990年代に、北海道足寄と茨城県下妻でヘリポートの運航とパイロットの訓練を開始することになった。
 「航空パイロットの2007年問題」(団塊世代の退職でパイロットが不足が深刻化する事態)に対応する形で、飛行機訓練事業に参入することを齋藤夫妻は決意した。2005年にディストリビューターの認定を取得して、2007年には福島空港に格納庫を建設している。
 飛行機訓練事業に参入するにあたっての諸事情は、講義録の中で詳しく説明されている。ここでは、ポイントだけを簡単に解説する。同社の強みとしては、安全運航21年持続という実績があること、ヘリコプター販売が軌道に乗ってきたこと、訓練事業のノウハウの蓄積があること、最後に、空港への進出(格納庫などの設備を保有)をすでに果たしていることがあげられる。
 なお、齋藤健司氏は、飛行訓練事業を6つの経営的な観点から分析し、飛行機訓練事業の青写真を描いている。分析の枠組みは、(1)飛行機訓練の事業計画、(2)市場環境の分析(パイロット不足)、(3)ヘリコプター事業でのコアコンピタンスの活用、(4)既存事業とのシナジー効果、(5)競合分析、(6)エグジット・プランからなる。
 後半部分では、パートナーの齋藤静社長が経営の歩みについて語っている。(1)起業までの経緯、(2)会社立ち上げ、(3)ビジネスの特徴、についてである。創業以来の苦難の歴史を、そこでは振り返っている。

 <講義4: グローバル企業のマーケティング J&Jとマースでの経験から」
 小川浩孝(おがわ ひろたか)氏は、大学卒業後、外資系市場調査会社JMRB(現RI)に勤務した。P&GやIBMなど、外資系企業の市場調査プロジェクトに関わった後、米国ノースカロライナ大学チャペルヒル校に留学、MBA取得して帰国した。帰国後は、ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)で「バンドエイド」のブランド・マネジメントを担当した。グループプロダクトマネジャーを経て、マスターフーズリミテッドのフラビア事業部長などを務める。両社に勤務する傍ら、法政大学経営大学院博士後期課程を修了した。2007年10月からは、キンバリークラーク・ヘルスケア・インクの日本支社長に就任している(講演時、営業本部長)。
 講義(2008年9月28日)では、自らが経験した3つの外資系企業の「ブランド構築体験」について、年代順に話してくれている。最初は「バンドエイドⓇ」と「ジョンソン・エンド・ジョンソン」でのブランド管理についてである。小川氏は、米国でMBAを取得して帰国し、J&Jで「バンドエイド」ブランドを担当することになった。
「バンドエイド」は、約90年の歴史を持つ世界初の救急ばんそうこうである。バンドエイド誕生の逸話は有名で、それがJ&Jのブランドの「ヘリテージ」になっている。長寿ブランドには、なにがしかの神話らしき誕生秘話があるものである。現在も売上では世界トップのシェアを持ち、日本のシェアは約40%である。低価格のノンブランド商品にややシェアを侵食されてはいるが、いまでも高品質、品揃えの豊富さ、安心感などで、多くの日本人消費者からは絶対的な支持を得ている。
 自らが体験したブランド・コミュニケーション活動(「バンドエイド」はママのキス」)が紹介される。ブランド管理の観点からは、バンドエイドは、機能的ベネフィット(「傷を保護する」「水に強い」など)と情緒的ベネフィット(「安心」や「親子の愛情」)の両輪から成り立っている。長寿ブランドのポジションを維持するために、広告やコマーシャルでは、機能的なベネフィットだけでなく、人間関係や親子の愛情のやりとりなどを強調している。
 つぎに、商標管理の視点から、J&Jのようなグローバルに展開している多国籍企業では、ブランド・マネジメントに公式的なガイドライン(指針)が決められていることが紹介される。J&Jでは、これを「ブランド・フットプリント」と呼ぶそうである。すなわち、ブランドを管理するにあたって、世界共通のガイドラインが存在している。また、世界中のブランド・マネジャーと会うときには、彼らもすべて同じものを持っていることを小川氏は確認している。
 興味深いのは、「フットプリント」(指針)の中には、ローカルが本部に完全にしたがうべき基準と、そうでもないローカルに裁量可能な決定があったことである。新製品開発については、原則的に本部の承認が必要であった。R&Dはグローバル組織に包含されていたという。小川氏が在任中は、価格政策と製品プロモーション、流通政策については、ある程度はローカルに裁量権限があった。ただし、日本に上陸してきたグローバル流通業からは、取引条件の統一を求められることがあり、対応に苦労したそうである。広告開発は、原則的にはローカルに裁量があったが、ガイドラインからは大きく逸脱することは許されなかった。
 つぎのブランド・マネジャー体験は、「マース・インク」(マスターフーズ)であった。「マース・インク(Mars Inc.)」は、チョコレートの「M&M’S」や「スニッカーズ」で有名である。小川氏は、マースの日本子会社(「マスターフーズリミテッド」)で、「フラビア」というコーヒー・システムの事業部を担当した。「フラビアⓇ」は、フレッシュな飲み物を一杯ずつ作る世界初の“一杯取り”ドリンク・システムである。コーヒー、紅茶、緑茶など、一種類のマシーンで13種類以上のドリンクを楽しむことができる。日本では1992年から、主にオフィス向けに展開してきた。
 親会社のマースが非上場なせいか、起業家的な会社だったそうである。比較自由にマーケティングができたという。J&Jと同様に、「ブランド・ガイドライン」という世界共通の指針があった。ただし、ガイドラインを守ってさえいれば、あとは比較的自由裁量で行動できた。小川氏は、成長過程にあった日本のフラビア事業の開発に注力することになった。製品開発を英国本社に依存していたので、マーケティングの仕事は、エンド・ユーザーの開拓と流通チャネル開発が中心であった。
 経験してきた二つの外資企業を比較している。J&J(バンドエイド)とDG(フラビア)は、ブランド指針や人材開発プロセスが存在していること、本社に専任のグローバル・マーケティング担当者がいる点では共通していた。しかし、その他の点では、例えば、事業展開や予算プロセスに関してはすべて異なっている。具体的には、事業展開がグローバルで事業が成熟期に達しているJ&Jに対して、DGはローカル市場で成長の初期段階にあった。マーケティング目標も、J&Jが売上、シェア、利益の維持だが、DGでは顧客開発、チャネル開発に注力していたという。
 米国企業(J&J)と欧州企業(DG)の比較分析もおもしろい。米国企業は、はじめからボリューム・ゾーンを狙っていく傾向が強い。P&Gなどを見ているので、わたし(筆者)もこれには同感である。一方で、欧州企業は、たとえば、ブラビア販売では競合だったネスレの「ネスプレッソ」は、マス・マーケットではなく、ハイエンド・マーケットにターゲットを絞っている。
 最後に、2007年7月から最高経営責任者として勤務している「キンバリークラーク・ヘルスケア・インク」についての経験と抱負が語られている。ふただび、米国企業で働くことになったが、そこは、キンバリークラーク(Kimberly-Clark Corporation)の医療用品分野の事業部である。これまでとは異なる3番目のブランドを、新しいチャレンジとして小川氏は受けとめている。医療保険制度の改革、国内競合の存在、アジア諸国からの製品流入など、課題は山積している。様々な興味深いチャレンジを前に、あれこれ策を考えながら、楽しみながら日本支社長としての毎日を送っている。