『日本農業新聞』連載
「欧州の花き流通:最新事情」
(1)急成長する英国の切り花市場:スーパー店頭の変化
英国人が購入する切り花が、10年間で2倍以上も伸びている(図1)。とくに、成長が著しいのは、テスコ、セインズベリー、マークス&スペンサーなどのスーパーマーケットの花売場である。1986年からの15年間で、チェーン小売業の花き販売シェアが10倍に増えている(4%→44%)。英国内で659店舗を展開するテスコ(売上高約3兆5,000億円)にいたっては、年率約20~30%の勢いで既存店の切り花の販売額が伸びている。
イギリスは、ガーデニングの国である。園芸文化の伝統があるために、ふだん英国人が自宅に飾る花としては、庭から摘み取ってきた自然の花が使用されてきた。だから、冠婚葬祭用の花は別にしても、花店やスーパーで家庭向けの切り花は売れないものと信じられていた。確かに統計データをみても、先進国の中で切り花消費量が最も少ない国がイギリスであった。ところが、ここ10年で事態は様変わりをしている。1990年に約1,500円だった一人当たり切り花消費額が、1998年には約3、000円に倍増している。これはすでに、オランダやフランス(約3,500円)に匹敵するレベルである。
イギリスで、家庭向けの切り花販売が成功を収めた要因は、大きくは4つである。すなわち、(1)チェーン小売業による店頭マーケティングの努力、(2)革新的なロジスティクスシステムの導入(とくに、切り花の鮮度保証)、(3)切り花の流通を支える加工業者(パッカー)の成長、(4)経営環境の変化(とくに、営業時間の延長と出店の自由化)である。もちろん、ここ数年に関していえば、英国経済の絶好調という追い風もあったことは無視できない。以下では、英国における花市場の成長要因について、順次考えていくことにする。
日本の量販店や食品スーパーで売られている切り花は、標準的な商品が一束200~300円である。たしかに低価格ではあるが、色と品種のバラエティが不足している。3本入りでパックされた花束が基本で、全体的にボリューム感が足りない。そのために、商品として消費者を引きつける魅力に乏しい。そうした事情もあって、来店客の中で切り花を購入してくれる消費者の割合は、日本では1%前後である。切り花の買い上げ率が2~3%を超えると、日本では花売場は大成功だと言われている。
これに対して、英国のスーパーマーケットでは、来店客の約5%が切り花を購入していく。一束が350~3,000円。意外に価格帯の広い品揃えがなされてる。オランダに比べると(平均価格ラインが150~500円)、花束の価格はそれほど安いわけではない。しかし、一束が最低10本入りで、色とりどりの花がミックスされている。きれいにラッピングが施された花束には、圧倒的なボリューム感がある。ミックスブーケは、そのままの形で花びんに挿して飾ることことができる。マークス&スペンサーなどのやや高級な店舗では、陳列の際に花びんつきで花を販売してケースもある。
(2)切り花の品質保証:テスコの取り組み
スーパーマーケットで販売される花束が消費者から熱烈な支持を受けるようになったのは、1993年にテスコが「切り花の鮮度保証システム」(Fresh Guarantee System)を導入したことがきっかけである。翌年、マークス&スペンサー、セインズベリーなどの競合スーパーも、相次いで品質保証制度の採用に踏み切った。
英国のスーパーでは現在、切り花の無条件返品保証期間が、短いもので5日間、通常は7日間の品質が保証されている。キクやカーネーションなど、花持ち期間の長い品種では、10日~2週間の花持ち保証が常識になっている。花束の品質に対する消費者の安心感が、スーパーでの花販売に火をつけることになったのである。
テスコ(シェア27%)で花部門のチーフバイヤーを担当しているジャッキー・ステファン女史の話によると、「来店客の約50%は家庭でいつも花を切らさないでおく顧客です。彼女たちは、平均して週1回花束を購入してくれます」。花束の平均購入間隔と保証期間が一致しているのは偶然ではない。購入単価は、400~450円。イギリスの中流階級のご婦人たちは、約半分が一ヶ月に2,000円強を自宅用の花に支出していることになる。
こうした鮮度保証システムを背後から支えているのは、実は上手にデザインされたサプライ・チェーン・マネジメントの仕組みである。国内や海外(オランダ、ケニア、スペインなど)の農場で切られた花は、できるだけ長く美しい状態が保てるように、まず採花された直後に薬剤(クリザール)で前処理が施される。つぎに、きれいな水を張ったバケツに入れられたまま、低温トラックでパッカー(花束加工業者)の専用工場に輸送される。テスコのケースでは、加工された花束は、「フローラルハブ」と呼ばれる花専用の物流センターを経由し、全英10カ所に設けられているテスコの物流センターに運ばれる。センターに持ち込まれ花は、店別に仕分けられたあと各店舗に配送される。ここでも、段ボールを使ったバケット輸送が徹底されている。
生産者が花を切ってから店舗に商品が届くまでには、2~3日かかる。海外産の花に関して言えば、かつては花をカットしてから商品が店頭に届くまでに5~6日を要していた。品質保証システムを導入すると同時に、納品リードタイムもずいぶんと短縮されたことになる(受注から納品までは48時間以内)。
テスコの場合、生産・加工・輸送の途中で品質劣化が起こらないように、途中段階で温度、湿度、微生物数、PHなどがチェックされている。消費者からのクレームなど、いったん事が起こった場合には、供給チェーン内の関係者間で徹底的に問題点が洗い出される。品質チェックのため、テスコ、パッカー4社、ポコン・クリザール社(オランダの化学会社)、輸入業者、生産者の間で、NASAで開発された「衛星管理手法」(Critical Control Point )というシステムを採用している。
(3)花束加工業者の成長:「ツヴァイストローフ」の場合
日本でコンビニエンスストアの急成長を後押ししたのは、コンビニ向け商品の専門供給業者(ベンダー)の存在である。商品開発と物流面でベンダーがコンビニ各社と協業を推進した結果、後にベンダーの中からは上場企業に成長する会社が現れている。
日本のコンビニ業界と同様に、英国のスーパーが花の販売を伸ばすことができたのは、優秀な花束加工業者が育ったからである。翻って、日本の花産業が飛躍できないのは、量販店の経営努力が不足しているからではあるが、パッカーやベンダーの育成面で、日本が米国や英国に立ち後れたからであるとも言える。
ところで元来、英国のスーパーに対する花の供給は、オランダの業者が担っていた。市場としては小さいながらも、イギリスはオランダにとって利益率の高い優良顧客だったのである。加工業務を請け負っていたのは、オランダにあるふたつのセリ市場に事務所を持つ輸出業者と仲卸業者であった。英国向けの切り花は、箱詰めのバルク状態(花店向け)か、市場内で加工された花束の形(スーパー向け)で輸出されていた。
5~6年前から英国のスーパーで花束が大量に売れ始めると、国内で花束を加工する業者があらわれはじめた。供給面でスケールメリットが生まれたからである。パッカーとしては、ふたつのタイプの企業が登場している。ひとつめは、「インターグリーン」(欧州最大のフラワー・コングロマリット「ダッチフラワーグループ」の子会社)のようなオランダ企業である。インターグリーンは、それまでオランダ国内にもっていた花束加工設備の一部を、マスマーケットの成長に合わせてイギリス(東海岸のボストン近郊)に移設した。ここを物流加工拠点に、英国内の複数のスーパーマーケットに花束を供給している。
2番目のタイプは、イギリスの国内業者(生産者/卸業者)が加工業務に乗り出したケースである。代表的な企業としては、「ツヴァイストローフ」をあげることができる。同社は、第2次大戦後に移住したオランダ人がはじめた生産農場が母体となっている。1950年代に卸業務に進出をはじめ、スーパー向けの花市場が離陸しはじめた1986年に、花束の加工業務に乗り出した。
テスコとの取引は1989年からで、自社の加工場(ロンドン郊外サンディ)からテスコのデポに商品を直納する方式をとっている。当初は50~60店舗だけであったが、現在はテスコの全店舗にツヴァイストローフ社の花束が納品されている。花束の65%はテスコ向けに、22%は英国セイフウエイに供給されている。同社がテスコに納めている花束は、品目とデザインが固定されている9アイテムだけである(小売価格で、210円、480円、800円、1,200円のみ)。売上はすべてPOSで管理されている。一週間の生産能力は60万束で、平均で60~70%の稼働率で加工場が動いている。
ちなみに、テスコの側からみると、ツヴァイストローフは6つのベンダーのひとつである。継続的に取引があるのは、インターグーン(手作りブーケ)、ギースト(ギフト向けで国内産の花)、ワールドフラワー(輸入切り花)、ツヴァイストローフ(低価格のシングルブーケ)の4社である。他の2社は、国内の季節商品を供給する国内業者である。テスコの店頭が華やいで見えるのは、実は、互いに競争しながらそれぞれ特徴が異なる複数の供給業者から商品供給を受けているからである。
(4)経営環境の変化:営業時間の延長とロス率の低下
英国のスーパーで花束の販売が伸びたのは、業界内での努力以外に、外部的な環境変化に負っているところも大である。欧州では長らく、小売店の休日営業が認められなかった。夜遅くまでスーパーが開いているなど、すこし前までは考えられないことであった。ところが、規制緩和の波のなかで、郊外型スーパーの営業時間がずいぶんと延びてきている。あるマークス&スペンサーの店舗を例にとると、土日は10時間営業、平日朝8時開店で午後21時に閉店となっている。
営業時間が延長された効果は、花の販売機会の増加に直結している。というのは、切り花がよく売れる時間帯が、夕方19時~20時過ぎにやってくることが経験的に知られているからである。都合がよいことには、販売可能な時間が増えたことで、切り花の商品ロスが大幅に低下している。テスコでは、8年前に約10%だったロス率が、現在は6.4%まで低下している。それだけではない。数年以内に、花き部門全体の廃棄ロスを5%以下に抑えることが目標として掲げられている。
以上の事実から、開店時間の延長による最大の勝利者は、花の売場だったことがわかる。現在、イギリスのスーパーでの最大の稼ぎ頭(利益貢献のトップカテゴリー)は、フローラルの部門である。しかも、驚くべきことには、テスコでは年商160億円の花部門がわずか4人のスタッフで運営されている。購買担当者が2人、品質管理担当者がひとり、その他ひとりで全商品の販売を任されているのである。それができるのは、パッカー(ツヴァイストロフやインターグリーン)や化学会社(ポコン・クリザール社)と、商品開発と物流、品質管理面で上手にチームを組んでいるからである。
テスコより規模が小さい日本の量販店でも、本部商品担当者が最低5人に加えて、地域に花の担当者がひとりずつ配置される。総勢で10人近くが花部門を担当しながら、総売上は100億円に届くか届かないのぎりぎりのところであろう。
さて、英国のモデルは、一点を除いて日本に適用が可能である。というのは、社会的な条件が英国と日本では酷似しているからである。まず、日本のスーパーマーケットが置かれた経営環境は、たとえば、規制緩和が進んで営業時間が長くなること一点を考えただけでもわかるように、イギリスの少し前の状況と非常によく似ている。庭の伝統(英国)と生け花(日本)とを対照させてみると、切り花を家庭では消費しないということが、単なる「思いこみ」であることが理解できる。
日本にとっての最大の課題は、業界の既存プレーヤーたちが、新たな担い手である量販小売業者とうまく連携をとって、ホームユースの花市場を底上げ拡大できるかどうかにある。英国モデルが日本と大きく異なる条件は、冷涼な気候が花持ちにとってプラスに作用している点である。この一点が克服できれば、家庭向けフラワーマーケットは日本でも大きく離陸することができる。1990年初頭に英国で花市場がテイクオフできたときの条件がすべて、いまの日本に準備されているのである。
(5)オランダで生まれた花の電子商取引会社「メッツ」:販売システム
パリの高級花店だけをターゲットに、電子商取引で成功しているオランダの花卸売会社がある。4年前にMBO(マネジメント・バイアウト:従業員による経営権取得)によって誕生したベンチャー卸業の「メッツ」(Metz)である。社長のメッツ氏(37才)を含む5人の経営陣は、全員が20代あるいは30代の若い経営者たちである。
旧経営陣がオランダのウエストランド市場(現在のオランダ花市場)で、卸会社「メッツ」を創立したのは1980年のことである。会社設立後10年で、フランスのパリを中心に約300店の高級花店を顧客とする卸売業になった。1992年に、メッツ氏が経営に参画し、1996年に経営権を取得してから、MBA(経営学修士号)を持った若い経営者が経営陣として加わり、現在のマネジメントチームができあがった。
新生メッツは、従来の得意先国であったフランスだけでなく、販売市場をドイツ(1996年)やイギリス(1997年)に拡大していった。これらの国では、欧州で景気回復が始まった1997年時点でも、安い花しか手に入らない状態が続いていた。ヨーロッパ各国で、「品質の良い花に対する根強い需要」が存在していたのである。世界的に、ホームユース市場が注目を浴びている中で、メッツは、高品質のニッチ市場を開拓していった。
全売上の40%は、パリを中心にしたフランス市場からのものである。英国市場が35%、ドイツ市場が25%の売上構成になっている。ここでは、パリの高級花店を対象にしたメッツの販売システムを紹介する(イギリスとドイツは物流システムが異なっている)。ポイントは、一本単位での受注と自社物流システム、そして、生産者からの直接調達にある。
メッツがフランスから注文を受けている顧客は、パリの中心部に35店、パリの周辺部に150店ある。すべてがアップスケールの高級花店である。1998年以降は、南仏などパリの近郊以外にもマーケットを拡大しつつあるが、自社トラックで商品を届けるのはパリ近郊の花店だけである。
すべての花店には、オーダー用の商品カタログ(FAX発注用)とCD-RロM(電子発注用)が配布されている。商品として掲載されているのは、切り花が約1,000アイテム、鉢物/鉢花が約500アイテムである。当日早朝6時までに受けた注文(単品で一本からでも可能)について、午前中に仕分け作業が行われ、午後17時~18時にパリ郊外の自社センターに向けてトラックが出発する。このトラックは自社所有で2連式トレーラーである(写真参照)。550キロを走ってパリ郊外のデポに着いたところで、トレーラーは前後二つに分離される。そして、「大きさが半分になった」小型トラックがパリ市内と近郊の花店への配送に用いられる。積み替え作業がないので、輸送コストは非常に安くあがる。
一回の平均受注量は、一店舗当たり2,000~3,000本。花店によっては、週一回発注と週2回発注のところがある。とくに、需要がまとまっているパリ向けの自社便は、週5回でほぼフル稼働の状態にある(ロンドン週3便、ベルリン週1便)。商品がデポに着荷した時点で、オランダ人のドライバーがフランス人の運転手と交替することになる。もともと、昼間にパリ市内へのトラックの乗り入れが禁止されていたことが理由ではあったが、配送の仕組みを工夫することで、トラックの利用効率が格段に向上することになったのである。
(6)メッツ:調達面での創意工夫
フランスの高級花店からの注文は、現状ではほとんどがFAXか電話によるオーダーである。これに対して、英国とドイツからは、約50%がインターネット経由での電子発注である。全体としては、約20%がインターネット経由の電子受注である。先進技術を利用する顧客に対しては、新しいアイテムが追加されたときに、電子式カタログ(オリジナルはCD-ロM)が自動的に更新されるようになっている。あるいは、メッツ社のホームページ(www.metz.nl)を覗くと、新しい品種の写真が掲載されているので、品種特性を事前にチェックすることができる。
多品目少量のアイテムを電子発注させるためには、ビジネス展開上、ふたつの前提条件が必要である。取引先がある程度の販売量を事前に予測できるか、現物を見ないで品質保証が可能な商品を繰り返し購入するかの状態にあるときである。すなわち、冠婚葬祭などの業務需要を中心にしたビジネス展開が、メッツの事業形態には最も適していると言える。ただし、そうしたハイエンドの顧客を相手にビジネスを展開し、それが全欧州規模に広がったことによって、商品調達上のメリットが生まれてきている。
1995年に、メッツが電子商取引をはじめた頃は、オランダ国内の三つのオークション(セリ市場)からすべての商品を調達していた。ところが、現在では、ほぼ50%が生産者からの直接調達に変わってきている。調達先とアイテムが決まっていることで、品質面での保証が可能になってきたのである。
コスト面でのメリットも生まれてきた。もとろん、物流施設としてウエストランド市場を利用しているので、市場に対しては2.3~3.5%の手数料を支払っている。しかし、生産者から商品を直接調達することで、約1~2%の調達面でのコスト優位が得られている。高級市場を相手の商売なので、品質面での優位性がかなり重要なポイントになる。ほぼ毎日メッツと取引がある生産者は、出荷の際に、メッツの社名が入った特殊仕様の段ボールを使っている(写真)。また、段ボールには、リサイクルを表す「MPS」(Member of Environmental Project for Horticulture)という文字がラベルとして印刷されている。環境に配慮したビジネス展開が、コスト優位につながっている好例である。
なお、生産者からの直接仕入によって、商品そのものの鮮度が向上している。メッツ社は、これを「ワンデー・フレッシュネス・アドバンテージ」(他社より一日だけが鮮度がよい花を扱うことができるメリット)と呼んでいる。メッツの商品調達先は、オランダの3つの市場の近辺に温室を保有している約120の生産者である。早朝6時までにオーダーを受けた商品は、午前10時から12時の間にピッキングされる。3台の小さなトラックが集荷に回った商品は即日出荷できる。オークションを経由するより、したがって、24時間早い配送が可能なのである。
メッツの事業は、消費者と小売業者に3つのメリットをもたらしている。すなわち、(1)切り花の鮮度、(2)輸送と供給のコスト優位、(3)品質標準が安定していることのメリットである。