「花き産業における容器の標準化とリサイクルシステム」
第1回「花き産業における物流の業界標準」
「デファクト・スタンダード」(事実上の標準)という技術用語がある。わかりやすい例は、ビデオの再生方式やパソコンの基本操作ソフト(OS)などである。
VHS方式もウインドウズも、役所が先頭に立って旗を振ったり、業界団体が一致団結して方式を統一しようと決めた結果ではない。各社がしのぎを削って競争しているうちに、勝ち残った企業(マイクロソフト社)やグループ(ビクター/松下グループ)が採用した技術標準が、最終的に業界標準として残ったケースである。
この逆は、「デジュレ・スタンダート」(法的な標準)といわれるものである。JIS規格やJAS規格などがこれにあたる。JISやJASには法的裏付けがあるので、利用に関してはある種の強制力が発生する。業界人としては、決められた標準や方式を遵守しなければならない。現実的な問題として、輸送機器の性能や容器のサイズなどに統一基準がないと、仕事をするうえできわめて不便である。だから、業界標準が存在することは、物流現場や小売店での作業生産性を高める効果があることはまちがいない。
日本の花き業界では、ほとんどの業務分野で「事実上の標準」が存在していない。もちろん、元来が官に頼らず民の活力で伸びてきた業界だけに、誰かに強制されて右に倣えをする体質の業界ではない。それはそれで立派なことではあるが、統一規格や業界標準を持つことによって得るものは大きい。標準手続きの導入に抵抗するいちばんの理由は、現に使用している機器や容器類を、いちから作り直さなければならないことである。
世界を見渡すと、花産業には確固とした標準を持った国がある。オランダ、デンマーク、米国である。とくに、欧州の2カ国については、この20年間、包装と物流に関して熾烈な主導権争いを演じてきた。ここで、本シリーズを読んでくださっている読者のために、ある衝撃的な事実を紹介することにする。それは、花き市場とフラワービジネスの生産・輸出・販売の事業規模において、すべての分野において圧倒的に優勢だったはずの「花王国のオランダ」が、「鉢物の国デンマーク」に、国際的な規格競争で敗北を喫したことである。
物流機器(台車)や包装容器(バケット、鉢トレイ、段ボール箱)のサイズに関して、約30年前に決めた業界標準をオランダが放棄することを決断したことである。2、3年先を目処に、オランダの市場内を動いている台車は、デンマーク式の小さな台車(CCコンテナ)に転換する可能性が高くなってきている。また、小型台車の導入を前提に、旧来から使用されてきた500ミリ幅の鉢トレイが400ミリ幅に移行しつつある。さらに、オランダ花き流通の象徴ともいえる「バケット」が小型化されることを決まっている。
以下では、デンマーク方式がなぜ優位になりえたのかを考えてみることにする。そして、日本の花き業界として目指すべき方向についていくつかの提言をしてみたい。
第2回「オランダにおけるバケットの導入」
オランダ国内では、キクとガーベラを除いたほとんどの品目について、花きの輸送に関して縦型のバケット(プラスティック成型品の通い箱:写真)が利用されている。現在のようなシステムが導入されたのは、1975年前後のことである。きっかけは、1968年の大型市場統合によりアルスメール花市場が誕生したことであった。
それまで生産者が新聞紙に包んで市場に出荷していたのを、1972年ごろからバケットを利用して出荷するようになった。1983年にかけて、段階的にバケット物流システムがオランダの花き業界に浸透していった。キクなどで主流の段ボール箱については、当初はリサイクル可能なものだけであったが、1980年ごろからは使い捨ての段ボール箱が利用されるようになった。
同じころに、切り花の鮮度を保つための前処理剤(STS剤)が開発され、その有効性が確かめられるようになった。オランダの国内需要は、元来がホームユース主体であったから、切り花の鮮度が販売にとっては重要な訴求ポイントであった。バケット流通は、切り花の鮮度を保証するために欠かせない仕組みであった。
オランダでは、容器のサイズが統一されている。流通段階で利用可能な規格品は、輸送用段ボールが2種類(「リサイクル可能なもの」と「使い捨てのもの」)、バケットが3種類(大中小)である。段ボールやバケットは、オランダ市場協会(VBN)が認可した製造メーカーだけが生産できる。それぞれの型について、協会が認めた2、3社しか生産が許されていない。そうした事情もあって、輸送用容器の品質と価格は市場協会によって完全にコントロールされている。
容器の大きさは、台車のサイズに合わせて設計されている。市場で使用されている台車の大きさは、幅130センチX奥行き100センチである。したがって、どの箱も長さが100センチちょうどに決められている。この点が、日本と大いに違うところである。物流を合理化して作業生産性を高めるために、サイズに関しては出荷者に自由を許さないのである。段ボール、鉢トレイ、バケットなど、容器は台車に隙間なく収まる。たとえば、現行の大型バケット(33センチX40センチ)の場合、物流用の台車に3X3=9個、ピタリと収納できる。2段積みだから、台車あたり18個のバケットが積載可能である。
ちなみに、段ボールを直に積み上げるための木製パレットも、大きさが段ボール箱の倍数になっている。ヨーロッパ域内で流通しているパレットは、120センチX100センチと80センチX100センチの2種類である。日本でも、段ボール箱のサイズを100センチ(または、80センチ)に統一するだけで、物流コストが大幅に低減できることは自明である。
第3回「リサイクルの仕組みと費用負担」
オランダ国内で現在使用されているサイクル用のバケットと段ボールは、陸続きの欧州域内(たとえば、ベルギーやドイツなど)でも流通している。また、船便や航空便で商品が運ばれる英国などでも、スーパーマーケットの店頭や花束の加工場でオランダ式のバケツや段ボール箱を見ることができる。
アルスメール市場には、国内外から環流してくる使用済みバケットを洗浄するための専用設備が設置されている(写真)。「オランダ花市場」(この1月に「フローラ市場」と合併を発表して世界最大の花市場に躍進)にも、同様なバケット洗浄設備が設置されている。アルスメール市場の物流担当者(ユルン・キュンスト氏)の推定によれば、オランダの代表的なふたつの花市場には、それぞれ常時40~50万のバケットが在庫保管されているという。ライン当たりの洗浄処理能力は、一日当たり約2万5千バケット(一日8時間稼動)である。バケットシステムが導入されてから、すでに30年近くが経過している。廃棄されているものが相当するだろうが、EU域内で流通しているバケットの総数は、担当者レベルでも正確な数はわからないとのことである。
リサイクル可能なバケットの場合、アルスメール市場に隣接している在庫保管ヤードに、出荷のついでに生産者がバケットを取りにやってくる。大型の標準バケットのケースでは、洗浄済みのバケットを一個レンタルするために、8.5ギルダー(約425円)のデポジット(保証金)を支払う。生産者は、バケットの洗浄料(実際はレンタル料)として0.25ギルダー(約12.5円)をデポジットに加えて、セリ後の精算時に販売代金から差し引いてもらう。オークションもバケット洗浄料(レンタル料)として同額の0.25ギルダーをセリ完了時に支払うことになる。セリが完了した時点で、花を競り落とした仲卸業者や輸出業者は、バケットをレンタルするためのデポジット(8.5ギルダー)を生産者側(オークション)に払い戻すことになる。バケットが痛んで使えなくなるまで、一サイクル0.5ギルダー(約25円)の洗浄料(レンタル料)で、バケットは永遠に生産者と販売業者(小売業者、加工業者)の間をリサイクルされる。
リターナブルな段ボール箱(キクのケース)についても、同様なシステムが採用されている。デポジットは6.5ギルダー(約325円)で、箱のレンタル料はワンサイクルで0.33ギルダー(約16.5円)である。なお、キクやガーベラなどのケースでは、通いのボックスは、平均で約20回使い回しができると言われている。
通い箱(バケットおよび段ボール)のレンタル価格およびデポジットについては、半年ごとに改訂が行われている。料金体系の説明を省略したが、使い捨ての箱についても、販売価格は半年ごとに見直しがなされている。アンスリウムやユーカリに利用されている使い捨ての箱の場合、市場協会が提示している上下セット販売価格は、1.50ギルダー(約75円)である。なんと安価な!価格体系は、標準化による量産効果のなせる術である。
第4回「生産・販売の大型化による物流標準の変化」
これまで本シリーズで紹介してきたストーリーは、花きの物流に関するオランダの完璧な成功物語である。ところが、事態はシステム導入から30年後に暗転することになる。オランダが欧州で流通させていた容器の標準規格が、デンマーク標準に敗北を喫することになったからである。その理由はわりに単純である。オランダ仕様の台車および容器サイズが、生産と流通現場の実状にあわなくなったからである。
30年前、大型の市場合併によって誕生したオランダ型の容器回収システムは、花市場での作業生産性を最適化するようにデザインされていた。当時と大きく変わったのは、生産者と小売業を取り巻く業界構造の急激な変化である。
まず、生産者はこの間2度の不況を経験し、多くの小規模な生産者が淘汰されていった。オランダでは平均的な農家の生産規模が、ガラス温室で5ヘクタールとなっている。また、米国ほどではないにしても、花の生産基地が海外、とくに、アフリカ大陸(南ア、ケニア、ジンバブエ)に移動していっている。オランダ資本が投資先としてアフリカ大陸を選んでいるのであって、この流れは停めようがない。
つぎに、花き類の販売では、世界的に量販店チェーンが台頭してきている。たとえば、切り花の販売において、英国ではスーパーマーケットが売り上げ全体の70%を占めまでになったいる。鉢物・花壇苗などの植物や園芸用品の販売では、欧州でも北米でも、大型DIYやディスカウンター(ホームデポなど)が著しく成長している。
話しを元に戻して、オランダの物流システムを考えてみよう。温室内を移動させるために、オランダの台車(幅100センチX奥行き130センチ)は大きすぎる。生作業生産性を高めには、「積み替え無しに」温室から市場まで、さらには物流センターや小売店舗まで運べた方がよい。積み替え無しに利用するには、デンマーク式の台車(幅56センチX奥行き125センチ)の方が操作性が高いのである。
デンマーク式の台車(CCコンテナ)が欧州で優勢になるにつれて、オランダ式の台車にあわせて開発されてき鉢トレイやリサイクルバケットのサイズを、オランダ市場協会としても見直さざるを得なくなった。
筆者が1月末に取材したアルスメール市場の物流担当者によると、2,3年先を目処に、オランダ式の台車を小型化することが検討されている。また、標準型のバケットは、CCコンテナにあわぜて幅が一回り小さくなる予定である(28センチX40センチ:一段6個積載)。さらに、鉢トレイの大きさは、50センチリ幅が標準40センチ幅に切り変わる(3列積載可能)。2001年版のカタログ(オランダ市場協会発行)では、すでに40センチ幅のトレイが標準品として掲載されている。
ご存じのように、鉢物の物流では、デンマーク式の台車がオランダの2大市場でも、標準仕様となっている。切り花の物流においてもデンマーク式を採用することで、トータルとしての物流合理化を達成することがオランダの意図である。
第5回「酒類業界の経験:レンタル6P箱の事例」
欧州では切り花用バケットと段ボール箱、および、デンマーク式の小型台車が効率よく安価に流通している。このことは、本シリーズで示してきた通りである。日本の酒類業界においても、物流容器のリサイクルシステムが存在している。いわゆる、「レンタルP箱」と呼ばれる仕組みである(『レンタルP箱の軌跡:新日本流通25年の歩み』出版文化社、1998年)。
酒類の業界(清酒)ではじまった物流標準化は、木箱からプラスティック箱への物流容器の素材転換がきっかけであった。清酒1.8リットルびんが6本収まるプラスティック箱(6P箱:長側面39.5センチX短側面27.25センチ)を開発し、酒造メーカーにレンタルするために、商社(国分と三菱商事)とプラスティック原料・加工メーカーが協力して「新日本流通(株)」が設立されたのは28年前(1973年)のことである。関西(大阪)からスタートした6P箱の回収リサイクルの仕組みは、1994年の北海道進出で全国共通のシステムとして確立した。現在、6P箱は年間で約3,700万箱が出回っている(出荷量は約2,600万箱)。1993年からは、500ミリリットルびん12本入りのP箱リサイクルが開始されている。
会社設立後しばらくは、8本入りのP箱(8P箱)との競合があったが、最終的に新日本流通が「事実上の標準」を獲得することになった。その理由はふたつである。ひとつは、重量とサイズの問題である。木箱はもともと10本入り(33kg)で、ふつうの女性が持ち上げられる重さではなかった。作業性を考えると、8P箱でもまだ重たかったのである。また、コンビニが普及し家庭需要が増えるにつれて荷物の小口化が進んだことが、6P箱(19kg)の普及にとって推進要因となった。
ふたつめは、新日本流通がレンタル方式を採用したことである。競合の「日本容器流通」(8P箱)が採用したのはリース方式だったが、酒造メーカーにとってはリース方式は利用しづらかった。レンタル方式は、欧州の物流容器・台車でも採用されているやり方である。6P箱の場合は、デポジット(保証金)はなく、利用料(240円)と回収料(110円)を徴収するだけである(ビール業界では、メーカー各社がデポジット約200円と利用料約30円を徴収している)。
6P箱のサイズに着目していただきたい。オランダが採用を予定している「小型標準バケット」とほぼ同じ大きさである。「40センチX28センチ」というサイズは、CCコンテナ(デンマーク式台車)や欧州規格の木製パレット(8型:80センチ幅)との適合性が高いのである。また、荷物の小口化を考えると、2トン車の積載効率が重要な考慮点となる。その際に、40センチ幅がきわめて合理的である。
繰り返しになるが、世界中の物流現場を眺めてみると、トラック、台車、バケット(段ボール、鉢トレイ)の大きさは、組み合わせとしての一貫性を持つべきであることがわかる。日本の花き業界には、物流標準が存在していない。遅れて来たことにはメリットもある。後発の利点を活かし、他の業界や他の国での経験を積極的に利用すべきである。