東芝の不正会計事件など企業の不祥事はまだ続いている。会社法が改正され、上場企業では社外取締役の数が増えている。新制度に移行した直後に『新潮45』から原稿を依頼された。最終の文章はかなり短くなったので、オリジナルのドラフトをアップする。社外取締役を増やしても事態は変わっていない。
「日本の企業社会で、社外取締役は本当に必要なのか?」『新潮45』2015年6月号
法政大学経営大学院 小川孔輔
1 はじめに
2015年5月1日、コーポレート・ガバナンスを強化するための「改正会社法」が施行された。改革の柱の一つが、取締役会の独立性強化である。新しい企業統治制度の発足により、社外取締役の選任が一層促進されることになった。最終段階で義務化は見送られたが、複数の社外取締役を選任しない場合は、「相当の理由」の説明が必要になる(「コンプライ・オア・エクスプレイン」の原則)。
この先、少なく見積もっても100社以上の上場企業が、新制度に移行するものと見られている。その後は上場企業のほとんどが複数の社外取締役を導入するとなると、年間で約1000億円の「社外取締役市場」が新たに誕生することになる。その恩恵をもっとも受けるのは、いまや行き先を失っている「元官僚」と働き口を探すのが難しくなっている「弁護士」や「公認会計士」などである。
ところで、今回の法改正により、新たに「監査等委員会設置会社制度」が導入されることになった。同制度は、社外取締役が経営を監査するもので、設置会社は3人以上の取締役で監査等委員会を作ることになる。しかも、委員の過半数は社外取締役にしなければならない。
これと似たような話を、はるか昔にどこかで聞いたことがないだろうか?そう、いまから12年前(2003年)、欧米流の「経営と執行の分離」を掲げて、ソニーが「委員会等設置会社」に移行したときの既視感である。当時のソニーの代表取締役社長は出井伸之氏。出井CEOが最初に取り組んだのが、社外の知恵をソニーの経営に取り入れながら(助言機能)、一方で独立取締役の数を増やしてガバナンスを強化することだった(監視機能)。
新設の委員会には、日本を代表する錚々たる経営者が名を連ねていた。宮内義彦氏(オリックス)、小林陽太郎氏(富士ゼロックス)、カルロス・ゴーン氏(日産自動車)など。現役の名経営者たちをこれだけの数をそろえたのだから、ソニーの業績は飛躍的に伸びるはずだった。
ところがその後、ハワード・ストリンガー氏から平井一夫氏に引き継がれてきたソニーの経営は、いまだ業績が浮揚する見通しが立っていない。かつて栄華を極めたソニーブランドは漂流を続けている。もしかするとその責任の一端は、いまでも12人の取締役中9人を社外取締役が占めている「米国流企業統治制度」への盲信にあったのではないのか。本稿では、ソニー(失敗例)や無印良品(成功例)をケースとして引用しながら、日本の企業社会で社外取締役の制度が本当に機能するのかを論じてみたい。
2 なぜ、社外取締役の制度が注目を浴びるようになったのか
日本企業で社外取締役が増えることになったのには、大きく分けると3つの理由がある。①米国からの制度移植の圧力、②銀行資本の影響度低下と株式持ち合いの解消、③政府の対外方針の転換である。まずは、日米間での企業統治に関する歴史的な事情から説明してみよう。
<米国からの制度採用圧力>
制度改革の直接的なきっかけは2008年のリーマンショックである。不祥事の根を絶って経済の混乱を立て直すため、世界中でコーポレート・ガバナンス改革が喫緊の課題となった。その結果として、経営を外から監視する役割を社外の独立取締役に求めることがグローバルなトレンドとなった。
日本に目を向けると、2009年にオリンパスの巨額損失隠しが発覚している。同社には、社外取締役が3人いたにもかかわらず、内部不正を防ぐことができなかった。とりわけ問題視されたのは、過去の社外取締役に、ノーベル経済学賞を受賞したロバート・マンデル氏(在任期間、2005年~2008年)や経済産業省出身(資源エネルギー庁長官)の豊島格氏(2005年~2007年)などがいたことだった。
オリンパス事件の前年(2008 年)に、米国政府から福田康夫内閣に対して「要望書」が届けられていた。「日米規制改革及び競争政策イニシアティブに基づく日本国政府への米国政府要望書」の中には、優れたコーポレート・ガバナンスの強化という要求を含まれていた。他国に対して余計なおせっかいと思うのだが、「社外取締役の独立性を確保するための会社法改正案を2009年末までに提出すること」が具体的な要望事項として記載されていた。
この要望が今年5月に実現したわけである。しかし、世界中を見渡しても、会社法で複数の社外取締役を置くことを義務づけている国は、わが国だけである。今回の会社法改正のため、ガバナンス強化に関して国会で真剣に審議が行われた形跡はない。法改正の隠れた意図が、米国の機関投資家の意向を反映した結果だということを日本人のほとんどは知らないと思われる。
後にデータを示すが、米国の大手企業では、たしかに取締役会のメンバーの半数以上が社外取締役である。ところが、それは50年以上の年月をかけて、社会的な制度として自然に定着しただけのことである。米国の会社法では、いまだに複数の社外取締役を選任するように強制しているわけではない。英国、フランス、ドイツでも状況は同じである。社外取締役を複数選任すべきことは、欧米各国の法律で定められた正規の制度ではない。
また、日本の経営学者やアナリスト、企業法の専門家が指摘しているように、多くの社外取締役をボードメンバーに選任したことで、日本企業の業績が高まったという明確な証拠は示されていない(宮島・小川、2012)。ソニーの例をみてわかるように、製品技術に関する情報が複雑で、社外の人間には理解不能なことが多い。そもそも技術的な情報を開示できない場合は、社外取締役のアドバイザー機能はきわめて限定的になる。しかも、現実的には、複数の会社を掛け持ちして社外取締役を務めている現役経営者が、そのような専門的な情報を精査する時間があるとも思えない。
社外取締役の適格性に関しては、実際に取締役に就任している人物のリストを具体的に示しながら、後に詳しく議論することにする。表向きの理由と法改革の背後にある隠れた理由とが異なっているのである。よく説明をされないままでは、庶民は騙されてしまう。
<日本市場の参入障壁を除去するという観点>
歴史をややさかのぼると、日本の企業制度やビジネス慣行に対する介入は、1980年代の日米構造協議の頃にはじまっている。日本市場を開放させたいと考えた米国政府は、日本の様々な制度が参入障壁になっていると論じるようになった。米国流に変えるよう標的にされたのが、日本の保険市場と郵貯制度である。小泉改革の火種が、外圧を利用した制度変革にあったことは記憶に新しい。外圧はいつも、何かの別の目的のための隠れ蓑に利用されてきた。
つい最近ではTPP(環太平洋パートナーシップ協定)で、米国政府は日本の農業部門や医療制度に手を加えようとしている。こうした制度的な介入は、米国政府だけのことではない。IMF(国際通貨基金)もまた、日本に対してコーポレート・ガバナンスを強化するよう求めている。なぜならば、日本企業の内部には、投資先が見つけられないまま、手元資金が積み上って放置されている。資金を積極的に事業に投資して、企業価値を高めるよう促している。その障害になっているのが、内向な日本の会社経営だというわけである。
ところが、米国の制度をそのまま日本に移植しようとしてもうまく機能したためしがない。失敗した事例を山ほど列挙することができる。たとえば、法科大学院(弁護士制度)がその典型である。類似した失敗例としては、会計大学院(公認会計士制度)がある。制度改革によって、弁護士や公認会計士の職が増えたわけではない。市場が拡大するどころか、新人弁護士の平均年収は300万円ともいわれている。多くの新人公認会計士も悲惨な状況にある。
また、閉鎖的な日本の流通市場を開放しようとして、日米構造協議の中で「大店法」(大規模小売店舗法)が廃止されたケースも不幸な事例のひとつだろう。あれから20年が経過して、日本市場に進出した米国企業で成功しているのは、コストコくらいのものである。鳴り物入りで日本進出を果たしたトイザらスやGAP、西友を買収したウォルマートなどもいまや業績がぱっとしない。米国の制度移植が日米双方ともに不幸な結末に終わっていることは、日本の都市周辺部で郊外化が進展し、旧市街地がシャッター通りに変わったことを見れば明らかである。
<銀行危機後の日本の会社の所有構造の変化>
社外取締役に注目が集まっている二番目の理由は、バブル経済の崩壊後に、日本企業の株式所有構造が変化したことである。1970年代から90年代半ばまで、日本企業に特徴的な統治形態は、銀行や関連企業との株式持ち合いとメインバンク制だった。それに対応して、ほとんどの取締役は内部昇進で選別されてきた。
ところが、1997年の銀行危機以降に、株式の所有形態が、法人間での持ち合いから機関投資家を中心とした所有構造へ変化した。国内の銀行は経営が厳しくなり、所有していた融資先の株を手放さざるを得なくなった。持ち合いを解消して銀行が手放した上場企業の株を機関投資家が保有することになった。金融危機以前には28%だった保有比率が、2013年には48%にまで上昇している。2014年3月末には、海外投資家による保有比率が30.8%に達し、それまで首位だった金融機関(26.7%)と逆転した。
もともと日本の株式会社は、取締役会が「監視と執行」の両方を担っていた。しかし、企業の株式所有構造の変化を背景に、監督と執行を分離する執行役員制の導入が進んだ。ソニーが社外取締役の数を増やすようになると、機関投資家が保有比率を高めた他の大手企業(キリン)でも、ソニーに追随する形で社外取締役を増員する方向に動いた。
東京証券取引所が発行している『東証上場企業コーポレート・ガバナンス白書』を見てみよう。2015年の白書によると、社外取締役を置いている企業の割合は、東証市場第一部企業に限ってみると、2008年には43.7%だった。それが6年後の2014年には73.6%にまで増えている。
株式所有構造の急速な変化が企業統治に与える影響を解明した研究成果もある(宮島・保田 2015)。宮島らの分析によると、内外の機関投資家は、株式の銘柄選択において、収益性や財務健全性とともに、取締役会の規模や社外取締役の選任、情報公開の程度など、外形的な企業統治を重視する傾向が強いことを明らかにしている。実際、機関投資家の側から、企業に対して社外取締役を導入するよう圧力をかける場合もある。
2014年6月5日の日経新聞報道(「『社外取締役増やせ』、海外株主、日本株、計7兆円分保有、ドコモなど33社に書簡」)によると、「物言う株主」として知られる米カリフォルニア州職員退職年金基金(カルパース)など海外の有力機関投資家20社が連名で、社外取締役を増やすよう、トヨタ、ドコモ、三菱UFJなど33社と、金融庁、経産省、東証に書簡を送っている。これら投資家が保有する日本株は、すでに7兆円分にのぼると推測されている。議決権行使に必要な株式保有比率を持つ機関投資家は、日本企業もその圧力を無視できない強力な存在になってきている。
<政府の方針転換>
社外取締役が注目を集めている3番目の理由は、2012年に安倍内閣が成立して以降、経済再生成長戦略の一環として、コーポレート・ガバナンスの強化を目標として掲げるようになったことである。国際的な基準から見て、日本企業のROE(株主資本利益率)やROA(総資産利益率)が低いことが指摘されてきた。企業価値と事業の収益性を高めるために、経営に対する助言機能を社外取締役に期待されている。
バブル経済崩壊後、日本企業のパフォーマンスが悪化していたが、会社を監視するには、データが開示されなければいけない。ところが、日本の会社はオーナー企業や財閥系の会社で情報開示が難しい面があった。そこで、外部からのモニタリング主体として社外取締役の導入が議論されてきたのである。
日本政府としても、2012年に産業競争力会議から「日本再興戦略」(初版)を公表している。2014年6月に閣議決定した改訂版では、「コーポレート・ガバナンスの強化」が、改革の10の焦点のトップに掲げられている。企業の中長期的な収益性・生産性を高め、日本の「稼ぐ力」を取り戻すうえで、社外取締役の導入促進などを盛り込んだ会社法の改正(2014年6月)が、重点的な取組項目とされているのである。
3 性悪説の米国: 社外取締役の役割
日本の社外取締役の現状を、海外と比較してみよう。取締役に占める社外取締役の比率は、日本企業では平均15.2%である(2013年)。それに対して、米国では84%、英国は58%、フランスは63%に達している。たしかに、日本企業ではいまだ社外取締役比率が低いことがわかる(2013年)(宮島 2015)。
ただし、単純に社外取締役の数字を比較するだけでは意味がない。それぞれにお家の事情があるからである。前述したように、欧米では日本のように外部から強制されることなしに独立取締役が普及していった(藤田 2014)。とくに米国に関しては注意が必要である。というのは、米国では会社法の考え方が異なっているからである。米国企業は「取締役優位モデル」で運営されていて、取締役の決定権が強い。経営者は、判断のプロセスが正しければ、成果が悪くても訴追されることがない。プロセス責任が問われるだけなので、ますます外からの監視が必要になる。だから、社外取締役が半数以上を占める取締役会が、経営者の給与やストックオプションなども決めてしまう。それ以外の国では、株主総会の権限が強く、米国だけが例外なのである。
最近では、サントリーの新浪剛史社長など、創業家にスカウトされた専門経営者も出てきてはいるが、日本の経営トップや取締役は、ほとんどが社内から内部昇進によって選抜されている。ところが、米国では、経営トップは外部から迎え入れることがふつうである。だから、その監視役は外部の独立した人材でなければならない。そして、日本と大きく異なるのは、社外取締役の候補となりうる潤沢な人材のプールが存在していることである。米国の経営者の多くは、ビジネススクールでMBAを取得したプロ経営者である。彼らは企業に雇われて経営し、辞めてからは他の会社の経営を監視できる。その能力もある。これもまた重要なことだが、そうした社外取締役を選んで推薦する人材のサーチ会社が、社会的なインフラとして存在している。
米国の特徴は、アングロサクソン型資本主義である。アングロサクソン型の文化における独立取締役制度の起源は、「信託」にある。株式会社制度の特徴の一つは、資本と経営の分離である。信託の中核が資産の委任者である委託者(株主)に対する、受託者(取締役)の信認義務であり、株主と経営者の利害相反(エージェンシー問題)がコーポレート・ガバナンスの中核的な問題となる。
このように、日米間では、ビジネス社会を成り立たせている人材のプールや法制度が機能する環境が異なっている。日本の会社は内部昇進型で、米国のような形で経営者を選んでこなかった。プロ経営者が育っていないのである。米国とは歴史と社会背景が違っている日本の企業で、社外取締役が機能するかどうかは疑わしいのである。社外取締役に関連する制度については、シティグループ証券の取締役副会長・藤田勉(2014年)も先行きは明るくないと主張している。
4 結論:誰を利する制度なのか? 天下り官僚、弁護士、会計士、そして、、、
とりあえずの結論として、機能するかどうか疑わしい複数の社外取締役を義務化することは避けるべきだと考える。なぜならば、義務化によるコストとモチベーションの欠如は、新たな「社外取締役マーケット」を生み出すだけだからである。日本の企業社会では、社外取締役に期待されるモニタリング機能もアドバイス機能を達成できない可能性が高い。そのことを見るために、現状まだ頭数的には20%以下だが、日本で誰が社外取締役を務めているのかをデータで見てみることにしよう。
<導入コストと低いモチベーション>
日本には、中企業から大企業まで、売上高1,000億以上の会社は相当数がある。海外では、社外取締役の報酬は200万円くらいのようである。日本では3~4倍かかり、一般には高すぎると言われている。社内取締役を複数人を選ぶとなると、年間の給与分の数千万円に加えて、彼らの仕事を世話するためにコストがかかる。IRのための費用でさえバカにならないと言われているいま、上場企業であってもこうした金銭的・人的コスト面の負担は重い。
現役経営者の多くは、友人など知り合いから頼まれて社外取締役を引き受けることが多いようだ。経済的な動機や感情だけで、頼まれた会社や社会のために動こうという動機は小さいだろう。ただし、ストックオプションを付ければ、見返りを期待して助言するモチベーションは高まるかもしれない。
しかし、これを経営側から見てみると、「友達」の社外取締役は便利な道具になってしまう。社外取締役を選んだのは、社内の取締役たちである。だから、自分たちの報酬やストックオプションについて、社外取締役が否定したケースは聞いたことがない。ソニーのように業績があれほど悪化していた中でも、高額な役員報酬に対して、社外取締役が「ノー」と言ったことはないはずである。
結局は、「お友達内閣」の委員会では、独立取締役には監視のモチベーションが働かないのである。経営上の助言はするが、その場合でも、多くは経営の中身について、深く理解しているわけではないだろう。法制度は準備されたが、社外取締役の人選や助言・監視を促すインセンティブについて、具体的な制度設計が議論されないまま、社外取締役の制度は見切り発車された。
さらに、日本の場合は、誰が社外取締役として適正なのかを判断する人がそもそもいないという問題が残っている。専門知識をもちながら企業の内実がわかっているのは、銀行、商社や取引関係者である。だが、彼らは社外取締役を選ぶことができない。内実を知っている分、利益相反になってしまうからである。
<社外取締役マーケット>
以上からわかるように、多くの学者も実務家も、社外取締役の義務化はうまくいかないと主張しているのである。それにもかかわらず、なぜか実質的に義務化の方向に走っているのが、日本の現状である。
その結果、いつの間にか、制度改正を前提にして、「社外取締役マーケット」が生まれつつある。ネットで検索して見るとわかるが、日本弁護士会が公式に運営している「社外取締役推奨サイト」がすでに存在している。人材紹介業として、社外取締役に需要があることが分かっているからだと思われる。
社外取締役の潜在市場をざっと見積もってみよう。東京証券取引所の上場企業は、1部・2部をあわせると約5千社。上場企業各社が1人1,000万円/年を支払うとすれば、5,000社の支払い金額は1000億円となる。手数料等も入れて、1,000億円近い市場になるだろう。人材を紹介する会社も儲かる。
これで利するのは、次のような人たちである。
①弁護士、公認会計士
社外取締役弁護士、公認会計士のような士業で、資格は取ったものの、仕事にあぶれている人々にとってのマーケットも広がる。弁護士会のような組織も、仲介の方向で動いている。第二東京弁護士会は、女性社外取締役リストを、企業に売り込もうとしている。弁護士は、企業に対する利害関係が相対的に薄く、独立取締役候補として需要があるとみなしたものらしい。
②天下り官僚
すでに、中央官庁を中心に、天下りも多い。『週刊ポスト』(2014年5月16日号)は、東証一部上場1,813社を調査した結果、社外取締役、社外監査役、常勤役員の中には、667名の官僚出身者(中央官庁、日銀、裁判所出身者)がいることを明らかにした。そのうち、社外取締役についているのは149名で、安倍内閣発足後に就任したケースが3分の1を占めるという。出身官庁は、経済産業省が35人、財務省・国税庁が32人、法務省・検察が23人となっている。
米国は、企業経営者と官僚、政治家などのプロ職業が、回転扉になっており、流動性が高い。モンサントも、元の官僚が経営に関わっている。米国は、性悪説で、人材が横にぐるぐる回る世界だ。日本の組織は、縦で動く。その結果、人材の移動が流動的ではないので、官僚が退官後、マーケットに天下りするという現象が起きる。第1次安倍内閣以前は、公務員改革で天下り規制の動きもあったが、近年は、コーポレート・ガバナンス推進政策の下で、再び天下りに逆行している。
③広報対策、見栄えのための女性・学者活用
米国の調査機関GMIの「GMIレーティングス」の2013年調査によれば、上場企業における女性の役員比率は、1位のノルウェーが36.1%であるのに対し、日本は1.1%で、欧米アジアを中心とする調査対象45か国中、44位(最下位はモロッコ)である。
日本政府も成長戦略の柱の一つに掲げている。こうした現状を受けて、社外取締役に女性を入れようという傾向が強まっている。女性についてはクォータがあり、政府等の委員会も女性を活用することが多いようだ。一般的には、「女性目線」がいいことのように喧伝されるが、本当に適性があるのかどうか、問題が残っているように思われる。学者と女性の社外取締役は、見た目がいいという要素が多いいのではないか。
学者では、一橋大学の伊藤邦雄氏が7社で社外取締役・監査役を兼任しているのをはじめ、辻山栄子氏(5社)、安田隆二氏(一橋大学)(4社)、松田千恵子氏(首都大学東京)(4社)など、複数企業を掛け持ちする人も多い(『ZAITEN』2014年7月号の東証一部上場企業社外取締役・監査役兼任番付参照)。
<社外取締役が機能した例>
必要なのは、プロ経営者のプールである。
社外取締役に肯定的な可能性があるとしたら、それには、専門経営者、経営能力があり、企業の立て直しなどができる人材のプールが存在することが、前提条件となるだろう。
サントリーの新浪氏、良品計画の松井氏、あるいはユニクロの柳井氏のような、一流の経営者が、プロの立場から社外取締りを務めるのが理想的なのではないか。
最後に、社外取締役がうまく機能した例を挙げておく。
良品計画は、2002年に社外取締役を導入している。就任したのは、しまむらで全国の衣料服販売で自社物流を作り上げてきた藤原秀次郎氏(しまむら相談役)と、カイゼンの達人として知られた、キヤノン電子の酒巻久氏だった。実際には、個人的な話として、藤原氏からは、「いろいろ言っても通じないよ」とこぼしているのを聞いたことがあるが、うまくいった部分もある。
2001年に社長に就任していた松井忠三(現会長)氏によると、2014年に稼働した物流拠点の選定にあたって、社外取締役の強い意見を取り入れ、結果的に60億円節約できたという(『日本経済新聞』2015年2月8日朝刊1面)。別のインタビューで、松井氏はさらに、マニュアル作りでも、しまむらの例に倣い、スタッフが見つけた問題点や改善点を細かく反映できる仕組みにして、顧客ニーズに敏感に反応できるようになったと述べている(『日本経済新聞』2015年3月4日朝刊17面「質を磨く関係者に聞く(上)社外取締役 良品計画会長松井忠三氏、生かすのは経営者の腕)。
結果として、良品計画は、海外からの荷を新潟に回すなど、物流を大きく効率化することに成功した。また、マニュアルも、コピペはできなかったが、しまむらの作業マニュアルを見本に、店舗のオペレーションにマニュアルが作られた(『覚悟さえ決めれば、たいていのことはできる』(松井忠三著)参照)。
また、旧来のメインバンクが株式を保有する構造の中でも、アサヒビールの樋口元社長のように、メインバンクから出て行ってうまくいく場合もあった。稲盛さんも京セラで助言していた。社外取締役がだめだと言っているわけではない。
5 社(やしろ)としての「会社」
(1) 岩井克人「日本型会社」論からの示唆
岩井克人は、『日本経済新聞』の経済教室欄「ヒト生かす経営築けるか(経済教室)」(2015年5月19日)で、戦後70年の節目に、日本型会社システムを、資本主義の価値創出メカニズムの世界的変遷と関連付けながら、その歴史的な意義について論じている。
岩井によると、従業員の利害を、投資する株主の権利よりも重視する日本型の「民主的」会社システムは、日本の社会が自ら築きあげたものである。このモデルによって20年近く経済成長を継続したことは、米国型とは異なった型の会社システムの成立が可能であることを示す実験だった。
日本型システムは、1990年代以降、株主主権の米国型会社システムにいったん敗れた。しかし、いまや、資本主義の利潤の源泉は、他との「差異」にある。そして、差異を生み出す知識や能力を自ら率先して開発できるのは、機械などのモノやお金ではなく、ヒトだけである。そこでは、米国型会社システムはもはや世界標準ではない。岩井は、「ポスト産業資本主義的な会社は、株主を必要としなくなっている」と断言している。このような「ポスト産業資本主義」社会と、ヒトを核とする日本型会社システムは、本来親和性がある。今後は、創造するヒトを基軸に、新たな会社システムを作り上げることができるかどうかが、今後問われる、というのが岩井の主張である。
(2) 「社」としての会社
米国は、経営の上層部が変われば、企業の仕組みも変わる。米国型の社会の場合、ミドル以下のモチベーションは、給料だろう。マネジメントの人間にとっては、一番大事なのは、会社自体より自分自身のキャリアである。元マクドナルドCEOの原田氏も、自分の経営者としてのブランドを重視していたはずである。しかし、これは、日本の感覚とは異なっている。
日本では、業績が上がらないからといって、アメリカの制度をそのまま移植する形で社外取締役を持ってきても、機能しないのではないか。日本では、同業であっても、会社によって文化が違う。伊勢丹と三越は、一緒になったが、文化は全然違う。伊勢丹タンタン(伊勢丹の従業員500名が踊るCM)も、三越の人は知らなかった。メディアで知ったレベルだ。
日本社会では、会社は長らく、そこで生きがいを得たり、生涯の自己実現の対象であった。会社は文字通り「社(やしろ)」で、神様がおり、社員は氏子で、皆が会社の神輿を担いでいる。会社は、所属していることに意味がある。「会社」というのは、元々、蘭学での翻訳語で、江戸後期~明治に生まれた言葉である。当時の意味は、企業というより、ソサエティ、クラブ、あるいは「社中」のような人のつながりを意味していた。神様も物も見ないアメリカ型のガバナンスは、日本では通じない。
● 参考資料
1.岩井克人「戦後70年日本の立ち位置は (2) 国際基督教大学客員教授――ヒト生かす経営築けるか(経済教室)」『日本経済新聞』2015年5月19日、朝刊 25面。
2.武田 克巳、西谷 公孝 (2014)「独立社外取締役やその属性別選任と株主価値」『証券アナリストジャーナル』2014年5月号、84-94頁。
http://www.saa.or.jp/journal/eachtitle/pdf/note_140501.pdf
3.藤田 勉 (2014)「独立取締役義務化に反対する」『資本市場』、341号、2014年1月号、44-52頁。
4.藤田 友敬 (2014)「『社外取締役・取締役会に期待される役割 : 日本取締役協会の提言』を読んで」『旬刊商事法務』2014年7月15日号、4-17頁。
5.宮島 英昭、保田 隆明 (2015)「株式所有構造と企業統治 : 機関投資家の増加は企業パフォーマンスを改善したのか」『フィナンシャル・レビュー』(財務省財務総合政策研究所編)、2015年3月号、3-36頁。
6.宮島 英昭 (2015) 「独立取締役の複数選任制を読み解く」『ビジネス法務』2015年4月号、12-17頁。
7.宮島 英昭、小川 亮 (2012)「日本企業の取締役会構成の変化をいかに理解するか : 取締役会構成の決定要因と社外取締役の導入効果」『旬刊商事法務』2012年8月5日号、81-95頁。
8.三輪 晋也(2010) 「日本企業の社外取締役と企業業績の関係に関する実証分析」『日本経営学会誌』2010年4月号、15~27頁。
9.Zaiten (2014) 「特集 社外取締役『名義貸しの世界』」58巻9号、2014年7月号、14-37頁。