6月10日には『異文化適応のマーケティング』が発売される。それに続いて、『ブランド戦略の実際』を改訂している。第1、2、3、5章が完成した。第4、6章は、大幅改訂の途上にある。作業が終わった中から、第一章を事前に公開することにした。
第一章に限らず、改訂のポイントは以下の通りである。
(1)古くなったデータ(16年前)を現在のものにする。
(2)基本的な枠組みは変えない。ただし、第6章には、新しく付け加えた節がある。
(3)この15年間に起こった出来事を文章に反映させる。
たとえば、PB商品などの開発や流通ブランドの躍進(データ、事例含む)。
(4)全体のボリュームは、やや厚めになる(100円ほど価格が上昇)。
初版は、予定価格が950円(現行830円)、
全体のページ数は190ページ(同169ページ)を予定している。
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『ブランド戦略の実際(改訂版)』 (V3:20110524)
Ⅰ ブランドとは
(Ⅰ部扉 図表 メーカー、消費者、流通業者の視点)
1 ブランドの起源と歴史
(1)ブランドという言葉の由来
ブランド(brand)という言葉は、英語で「焼き印を押す」という意味のBurnedから派生したものです。
カウボーイは、一緒に放牧してある他人の牛から自分の牛を区別できるように、牛のわき腹に独特の焼き印を押します。また、中世の陶工たちは、ニセモノが出回るのをふせぐために、陶器の底に他人にマネできないような独自のサインやマークを入れました。いまでも絵画などの芸術作品には作家のサインが入っていますが、これは作者が作品の独自性と所有権を主張するためのものです。その意図と起源は、牛飼いや陶工たちの発想となんらかわりがありません。
カーネギー・メロン大学のピーター・H・ファクハーによると、ブランドの歴史は古くエジプトの時代までさかのぼるそうです。しかし、近代的な商業活動につながるブランディング(Branding)の起源は、中世ヨーロッパのギルド社会にあります。商業ギルドが、品質を保証するために、商標(Trade Mark)を用いたのがそのはじまりです。
初期のブランド概念は、一六世紀初頭にヨーロッパで起こったといわれています。当時のイギリスで、スコッチ・ウイスキーの蒸留業者は、出荷のさいに樽のフタに焼き印を押して、中間流通段階でのすり替えをふせごうとしました。消費者に製造業者がだれであるかを証明し、品質を保証しようとしたわけです。
(2)近代的なブランドの概念
近代的なブランドの考え方は、ヨーロッパと北米で相前後して起こっています。これは、鉄道網の発達と地理的市場の拡大に関連があります。
たとえば、一八世紀のヨーロッパや北アメリカでは、それぞれの村がひとつずつ小さなビール醸造工場をもっていました。鉄道網が全国に延びていくと、バルクの重い樽でも、鉄道を使って遠くまで安く運べるようになりました。それまで栄えていた町や村のビール醸造所は、大規模な全国メーカーに駆逐されてしまいます。
ビールの銘柄にかぎらず、たくさんのメーカーの商品が全国どこでも手に入るようになると、選択の幅が増えた分だけ消費者にとっては選択そのものがむずかしくなります。お気に入りのメーカーを、たくさんある商品と識別することが必要になります。
メーカーはそうしたニーズにこたえて、商品にラベルを貼ったり、特徴あるロゴマークを作ったり、覚えやすい発音のネーミングを考えだしました。しだいに普及しはじめたラジオやテレビでの媒体広告が、ブランド名を覚えやすくするのに一役かっています。たくさん並んでいるその他メーカーのブランドと、自社ブランドを区別させることがその目的です。
したがって、現代的な意味での「ブランド」とは、
「自社商品を他メーカーから容易に区別するためのシンボル、マーク、デザイン、名前など」
のことをさします。また、「ブランディング」とは、
「競合商品に対して自社商品に優位性を与えるような、長期的な商品イメージの創造活動」
のことをいいます。
企業社会のこうした変化に対応して、法律も徐々に整備されていきました。ブランドを保護する法律が最初に生まれたのは、一九世紀後半のフランスです。製造業者の組合が、商標法の成立を要求したのがきっかけでした。イギリスでも、一八六二年には商標法(Trade Mark Bills)が議会に上程されています。わが国では、商標法と特許法の成立が一九〇〇年、サービスマークに関する法律が整備されたのが一九九二年です。
商標の登録は、ある時代までは、各国別になされていました。ところが、経済がグローバル化し、多国籍企業は世界中で自社製品を発売するようになりました。本物と区別がつかないほど精巧な模造品(Copycat Product, Counterfeit)が出回など、アジアの発展途上国を中心に、オリジナル製品を無断でコピーした類似商標が氾濫するようになりました。
模造品の販売や類似商標についての混乱を避けるため、1989年、英国、スウェーデン、中国、スペインの4カ国が主体になり、商標の出願を世界共通にする動きをはじめました。いわゆる、「マドリッド協定議定書」(通称、マドリッドプロトコル)という協定です。
1989年議定書が採択され、1995年12月発効しました。1996年4月からは、実際の登録制度の運営が開始されています。これは、当該国での商標出願により、加盟国の商標登録が一括で完結してしまう協定です。2010年10月現在、83カ国(予定国を含む)がマドリードプロトコル協定に加盟しています。
(3)ブランド・マネジメントの現代的な意義
それでは、マーケティングの歴史とともに古くからあるブランドの概念が、いまどうして重要なのでしょうか。ここでは、いくつかの理由を示したいと思います。
企業にとっての収益源を、顧客ベースからみると、次の二つになります。ひとつは、既存顧客のロイヤリティ(忠誠心)を高めて自社製品を購入しつづけてもらうことです。もうひとつは、新規に顧客を開拓して、顧客のベースをひろげることです。
消費者の好みが多様化して市場が飽和した状態では、消費者がなかなか新しいものに飛びつかなくなっています。画期的な新製品で大成功することはたいへんむずかしい課題ですから、これまでの顧客をしっかりとつかんでおく方が、企業にとってはマーケティングの効率が高いのです。
既存顧客を自社製品に引きつけておく一番の方法は、強力なブランドを持つことです。ロイヤリティの高いブランドを持つことで、企業のマーケティングはいくつかの点でやりやすくなります(表一-一)。
第一に、固定客をがっちりつかむことで長期的な売り上げが安定します。そのために、短期的な値引きやプロモーションへの依存度が小さくなりますから、最終的な利益率は高くなります。
二番目は、ブランドへの高い評価は、品質が保証されている証しです。評判のよいブランドを持つことで企業イメージが高まります。また、消費者にとっては、確立したブランドを選ぶことで、購買リスクを低くできるというメリットがあります。
三番目は、メーカーにとって、流通業者との取引が有利に展開できるというからです。よく知られた魅力あるブランドは、消費者からの指名買いが期待できます。メーカーは、“流通業者の肩ごしに”消費者と直接取引ができます。
最後に、圧倒的に強いブランドは、そのブランド・イメージをテコにして、企業が関連した製品分野や新規事業へ進出する機会を与えます。
ブランドを考える視点としては、ここまでメーカーの立場を強調してきました。しかし、消費者、流通業者、投資家の立場からは、これまでの視点とはちがった見方ができます。以下では順番に、視点をかえてブランドをみてみることにしましょう。
(表1-1 メーカーにとってのブランドの意義)
目 的 成 果
(1) 固定客の獲得 高ロイヤルティ、高シェア、高収益
(2) 品質保証 企業イメージ、評判、信頼性、消費者リスク削減
(3) 流通との交渉力 価格維持、チャネル支配力、店頭スペース確保
(4) ブランド拡張 イメージの活用、事業多角化、ブランド買収
2 消費者とブランド
(1)消費者にとってのブランド価値
「ブランドの名前が知らされていないときに比べて、消費者がブランド名に対して与える付加的な商品価値」が、消費者にとってのブランドの価値です。
ブランド価値は、「ブランド・エクイティ」(Brand Equity)、あるいは「ブランド資産」とも呼ばれています。ブランドの価値を評価するときに比較の対象にされるのが、しばしば「ジェネリクス」(Generics)とか「ノーブランド」(No Brand)と呼ばれるブランド名がついていない商品です。ジェネリクスは、その言葉が示すとおり、「製品カテゴリーの総称」という意味です。
製薬業界では、特許が切れた薬品(有効成分)を、「ジェネリック医薬品」(Generic Drug)と呼んでいます。薬局・薬店で、「後発医薬品」とも呼ばれるジェネリックは、風邪薬や胃腸薬など、製品カテゴリーを表わす総称名で売られています。
かつて政府の価格統制下にあった米や専売品だった塩には、産地や品種名が表示されていませんでした。品質や等級に多少のちがいはあるにせよ、基本的には重量単位(キログラム、グラム)で価格は一律に決められていました。しかし、いまや、「魚沼産こしひかり」や「モンゴルの岩塩」などは、ブランド産品として、高価格で取引されています。その根拠は、ブランドとしての希少性が認識され、品質イメージが評価されているからです。
ブランド価値を測定するためのひとつの方法は、ブランド名をマスキングすることです。たとえば、ビールやソフトドリンクの「ブラインド・テスト」(目隠しテスト)がそれです。コーラの場合であれば、被験者の前にラベルのついていない二本の缶を提示します。片方がコカ・コーラ、もう一方はノーブランド商品であるとしましょう。
試飲してもらってから、回答者に味や清涼感などについて感想をたずねます。そのあとで、どちらか好きな方を選んでもらいます。これを、ラベルが見える状態でのテスト結果と比較します。ブラインド・テストのときと、ラベルがついている状態での評価点や選択率の差が、コカ・コーラのブランド価値ということになります。
もちろん、実務的には、ノーブランド商品でなく、直接の競合品を比較の対象にすることがしばしばおこります。ソフトドリンクでは、コカ・コーラの対抗品としてペプシ・コーラ。衣料用洗剤では、花王のアタックに対してライオンのトップという比較がよく行われます。ブラインド・テストを用いることによって、ブランド名やロゴマーク、あるいは製品のデザインに対して、消費者がどのくらいお金を支払ってもよいと考えているかを測定できます。その評価の差が、消費者からみたブランドのプレミアム価値というわけです。
(2)ブランド知名
ブランド資産は、どのような要素から成り立っているのでしょうか。
ダートマス大学経営大学院教授のケビン・H・ケラーによると、消費者からみたブランド資産は、ブランドに関する知識(Brand Knowledge)によって説明できるとされています。ブランド知識は、「ブランド知名」(Brand Awareness)と「ブランド・イメージ」(Brand Image)という二つの大きな要素から構成される概念です(図一-一)
(図1-1 ブランド知識の構成要素)
ブランド知名は、消費者がブランド名を覚えていて、類似品から当該ブランドを正しく識別できる記憶の状態をさしています。ターゲット顧客のうちでブランドの名前を正しく覚えている人の割合が「知名率」です。
たとえば、「ソフトドリンクについて思い浮かぶブランド名をすべて答えてください」という質問に対する正答率は、「再生知名率」(Recall)と呼ばれています。また、「リストに列挙したブランドの中で、知っているブランドについてはすべて○印をつけてください」という質問に対する反応率は、「再認知名率」(Recognition)と呼ばれています。
再生知名率は、マーケットシェアの大きさに直接的に関連します。再生知名率の高いブランドは、記憶の引き出しの中で、ブランドについての情報が取り出しやすいところにあります。ですから、競争条件が同じであれば、再生知名率が第一位のブランドは、シェアも一番ということになります。第一順位の再生知名ブランド・シェアが、マインド・シェア(Share of Mind)です。
他方、ブランド名が再認されやすいということは、そのブランド名が人間の記憶になんらかの痕跡をとどめているということを表しています。再認知名率の高いブランドは、消費者の潜在的な受容性が高いことを意味しています。現状でのシェアが低くても、マーケティングのやり方しだいでは、たくさんの顧客を獲得できる可能性があることをこれは示唆しています。
図一-二は、こうしたブランド知識の相互関連を、ピラミッドで表現したものです。
(図1-2 ブランド知名のピラミッド)
(3)ブランド・イメージ
もう一つの消費者知識は、ブランド・イメージです。特定のブランドに対して、消費者がどのようなイメージを抱いているかということです。
ルイ・ヴィトンのバッグ、ロレックスの時計、シャープの大型画面液晶テレビ(AQUOS)、高級乗用車のメルセデス・ベンツ、ロレアルの化粧品ランコム(LANCÔME)などは、高いイメージを持った「プレスティージ・ブランド」ですが、そのプレスティージ性の源泉は、ブランドによって、または、製品のカテゴリーによってかなりちがっています。
ルイ・ヴィトンやロレックス、ランコムは、主として、製品デザインや背景としてある国家や文化が、ブランドのプレミアム・イメージを生み出す源泉となっています。AQUOSやベンツの例では、どちらかといえば、エンジニアリング技術や製品パフォーマンスが、ブランドのプレミアム・イメージを後押ししています。
デザインや文化といったソフト要因と、技術や性能といったハード要因の両方があいまって、ブランドのプレスティージを高めていることも少なくありません。
図1―3は、メーカーが新製品開発や市場分析の際に用いる「ポジショニングマップ」と呼ばれるグラフです。消費者からの視点で、競合メーカーと自社製品が心理的にどのような位置づけになっているかを知るための図です。ポジショニングマップの作り方はさまざまですが、基本的に何らかの消費者調査データを用いて作成されます。
図1-3は、自動車メーカーのポジショニングマップです。もともとの調査データは、6つの自動車メーカーに対して、それぞれの所有者にブランド・イメージ(A~K)をたずねたものです。○印が、メーカー名で、■印が、イメージ項目になります。
統計的な手法(数量化Ⅲ類)を用いて、2次元平面に「企業ブランド」と「イメージ項目」を同時にプロットしたものです。メーカー名に近いところに位置しているイメージ項目が、そのブランドの特徴を表していると解釈できます。
X軸は、マイナス方向が「高級感」や「ステイタス」を、プラス方向は、「実用性」や「ポピュラリティ」を表しています。「価格」の軸であると解釈もできます。それに対して、Y軸は、プラス方向が「若々しさ」や「個性」を、マイナス方向に行くほど、「安心/安全」や「エコ/信頼」の属性が高まることを意味しています。主ターゲットの「年齢」の軸とも解釈できます。
会社ブランドごとに、具体的に見てみることにしましょう。同じ国産車でありながら、「ホンダ」と「トヨタ」が、若々しさと安心・安全という軸で、対照的なポジションにあることがわかります。「日産」は、その真ん中に位置しています。ただし、「技術力がある」や「性能が良い」という物理属性ではすぐれていると認められています。
海外ブランド(レクサスを含む)は、3つともすべてが、X軸の左端に固まっています。とりわけ、「レクサス」と『ベンツ』は、イメージ的にはほぼ同等なイメージ評価を得ていることがわかります。「BMW」がやや若者向きで、Y軸では上側にあるのがわかります。ターゲットが、ふたつに比べてやや若いのと、スタイルがかっこ良いというポジションが明確になされているのは、わたしたちの常識にも近いものです。
図1-3 自動車メーカーのイメージポジショニング
出典:日本リサーチセンター提供(2010年「グローバルブランド調査」)
ブランド・イメージは、ブランド名を手がかりとして連想されるさまざまな事柄を要素として含む、ブランドの全体像(ゲシュタルト)といえます。全体としてイメージ像は、部分要素の合成という側面も持っています。それが、ブランド連想(Brand Associations)です。
連想ブランド名からの連想としては、製品カテゴリー、使用状況、製品属性、顧客便益などをあげることができます。ブランド・イメージがどのように形成され、どんな要因によって影響を受けるのかについては、第Ⅱ章でさらに詳しく取りあげることにします。
(4)行動データによるブランド価値の測定
ブランドの資産価値を測る方法に、もう一つのやり方があります。それは、消費者行動データから直接ブランド価値を推定する方法です。
先ほどの例では、ブランド知名もブランド・イメージも、アンケートによって収集されていました。ブランドを評価するデータとして、アンケート調査はやや信頼性に欠けるところがあります。一般的に、知名率などは実態より高めに出やすいことが現場の経験からわかっています。
その点からいえば、実購買データはブランド価値を測定するための基礎データとして、かなり正確な信頼性の高い指標が提供できます。わが国でも現在、小売業の店頭にPOSレジが一般化して、ほとんどのパッケージ商品については、バーコードがついています。普及率がほぼ一〇〇%になったPOSデータや、調査会社が発売している日記式パネルデータを使って、消費者行動を分析することができるようになりました。
あるブランドを継続的に購買してくれている顧客のことを「ブランド・ロイヤルな」(Brand Loyal)顧客といいます。ブランドに対する忠誠度を測定したのが、「ブランド・ロイヤリティ」(Brand Loyalty)です。再購入率が高いブランドは、消費者から支持を受けており、高く評価されていることの証拠です。ブランド・ロイヤルな顧客の数とロイヤリティの高さを、ブランドにとっての資産とみなすことができます。したがって、実際の購買データからブランドのロイヤリティの大きさを測って、ブランド資産の大きさと安定性の尺度とすることができます。
また、新製品や改良品の「累積トライアル率」(「ブランド浸透率」)は、ブランド力を測るモノサシとすることができます。逆に、そのブランドから他社ブランドへスイッチしていく比率(「ブランド・スイッチ率」)は、ブランドにとっての負の価値を測る尺度です。
3 流通業者とブランド
(1)ナショナル・ブランドとプライベート・ブランド
流通業者から見たブランドの意味を考えることが次の課題です。
トップメーカーのブランド、とりわけ全国的に名前が知られたブランドは、ナショナル・ブランド(NB:National Brand)と呼ばれています。マーチャンダイジング(小売業の商品政策)を考える上で、ナショナル・ブランドの取り扱いは流通業者の頭痛の種なのです。なぜかというと、強いメーカー・ブランドは、流通業者にとって経営的にプラスとマイナスの相反する側面を持っているからです。
小売業者は、強力なブランドを店頭に陳列することによって、お客さんをお店に引きつけることができます。よく知られたナショナル・ブランドは、お店の吸引力として活用できるというプラス面があります。とくに、あまり規模が大きくないチェーン店では、ナショナル・ブランドを前面におしだして、マーチャンダイジング計画を立案したり、プロモーション活動を企画する傾向があります。
これに対して、メーカー・ブランドにはマイナスの面もあります。ナショナル・ブランドの流通支配力が強いと、小売店が店頭価格を決めたり、独自のプロモーションが自由に計画しにくくなります。また、流通業者としては、価格や商品の仕様について、自分たちのお店に合った商品を開発したいという望みもあります。そのために、小売業の規模がある程度の大きさになると、独自のプライベート・ブランド(PB:Private Brand, Private Label)を開発することになります。
PB商品を積極的に取り扱う動機のひとつは、自社の顧客に合った商品を開発することです。もうひとつの理由としては、広告やプロモーションに費用をかけない分だけ、PB商品は価格を安くできるということがあげられます。また、独自のPB商品を店頭で販売することで、チェーン小売業は、有力な全国メーカーとの価格交渉で有利な立場を確保することができます。
なお、さまざまなブランドの呼び方について、ここでは正確に定義をしておくことにします。全国的に名前が知られたメーカー・ブランドは、ナショナル・ブランド(NB)と呼ばれます。同じくメーカー・ブランドですが、全国的に知名度が低い地方メーカーが作るブランドは、ローカル・ブランド(LB)と呼ばれています。LBメーカーは、しばしばPB商品の製造を担当することがあります。
ジェネリックス、あるいは、ジェネリック・ブランド(GB)とは、商品の本来の機能だけを追求し、余分なフリル(飾り)を取り除いたブランドです。しばしば、ノーブランドとも呼ばれます。
PB(プライベート・ブランド)は、流通業者が特別に商品の企画・仕様書を作り、メーカーに作らせたブランドのことです。PBの中で、とくに小売業者が仕様書で発注したブランドを、ストア・ブランド(SB)として区別することもあります。
(2)ブランド・バトル
ブランドの開発をめぐって、チェーン小売業と大手メーカーとの間で繰り広げられているのが「ブランド・バトル」(Battle of Brand)といわれる戦争です。
チェーン小売業が発展していく初期の段階では、プライベート・ブランドは、メーカーへの対抗力を高める手段のひとつとして位置づけられていました。しかし、わが国においては、PBとはいってもメーカー仕様で発注される商品がほとんどでした。商品を開発する主導権はあくまでもメーカーの側にありましたから、初期のころに企画されたPB商品は、NB商品と比べて大幅に価格を引き下げることができませんでした。そのほとんどは、小売店頭から自然に姿を消していきました。
欧米では、PB商品の位置づけがはじめからちがっていたようです。イギリスの最大手小売業、マークス・エンド・スペンサー(Marks & Spencer)のPB商品群は、セントマイケル(St. Micheal)というブランド名をもっています。このブランドは、マークス・エンド・スペンサーという小売業のアイデンティティを表現するほどの戦略商品に育っています。セントマイケル・ブランドは、製品によっては、NB以上の評判を獲得しています。
同じく、米国の総合小売業であるシアーズ・ローバック社(Sears Roebuck)は、製品部門ごとに独自のPB商品を開発しています。電気洗濯機のケンモア(Kenmore)、自動車用バッテリーのダイハード(Die Hard)、電動工具のクラフトマン(Craftman)などがよく知られたシアーズ・ブランドです。いずれも、それぞれのカテゴリーで、そこそこの成功をおさめています。
いずれの例でも、日本のPB商品が失敗に終わったのとは対照的に、小売業が商品開発の主体となり、製品の仕様をきめる責任を担ったことが大きなちがいのようです。米国などでも、すべての小売業のPBが成功したわけではありません。たとえば、セーフウェイ(Safeway)のPB商品などは、単なる 価格訴求をねらったものでしたから、結局は長続きしませんでした。
それとは対照的に、イギリスの食品スーパーのテスコ(Tesco)は、PB開発で大成功を収めました。全商品の中で、PB商品が売上の約半分を占めています。一般的に、グローバルに成功している小売業では、とくにディスカウント型小売業では、PB比率がかなり高いことが知られています。2005年のデータでは、米国のウォルマート40%、フランスのカルフール25%、ドイツのアルディ95%、米国のトレーダーズ・ジョー80%となっています。
また、NB商品と比べて、品質的に同等あるいはそれ以上の製品ラインは、プレミアムPB(Premium PB)と呼ばれています。プレミアムPBの具体的な事例については、本章の事例で、カインズホームの「CAINZ」で紹介します。
(3)無印良品の開発:ライフスタイルの提案
わが国においては、小売業がPB商品の開発に成功した最初の事例が、西友ストア(現在は西友、ウォルマート傘下)でした。海外でもMUJIとして知られるようになった「無印良品」は、単に価格訴求をねらってPB商品を開発したわけではありません。
無印良品は、それまでの小売業のPB商品開発のコンセプトを逆手にとった商品でした。NB商品に付いているよけいなフリル(飾り)をとりはらって、シンプルな商品の良さを消費者に提示しました。商品としての成功要因は、無印(No Brand)+良品(High Quality)という相矛盾するコンセプトをひとつのブランド名に凝縮したところにあります。
西友はPB商品を開発するために、社内に独自のプロジェクトチームをつくっています。後に、「品計画」として独立することになるこの開発チームが、製品のデザイン、パッケージング、品質、その他の製品スペックを決定しました。バイヤーのグループが製品開発に全面的に関与してはじめて、小売業でのPB開発がホンモノになったわけです。
これは、セントマイケルやシアーズ・ブランドと相通じるところがあります。「無印良品」というブランドを確立できたのは、そのブランド名が、「シンプル・ライフ」という当時、社会的に受け入れられはじめた生活スタイルと連動していたところにもあったようです。
西友の無印良品は、PB商品としてユニークなポジショニングを占めています。実は、西友に先駆けて、ダイエー(イオン傘下)が「愛着仕様」、ジャスコ(イオン傘下)が「シンプルリッチ」といったPB商品をシリーズ化したのですが、いずれも無印良品のようには、定着することができませんでした。
もっとも、最近になって、イオン・グループの「トップバリュ」や、イトーヨーカドー(セブン&アイ・ホールディングス)の「セブンプレミアム」は、PBの取扱比率が10%を超えるようになってきています。また、取扱業態も、総合スーパーに限らず、グループ傘下のコンビニエンスストアや、ドラッグストアでも、取り扱いが増えています(表一-二)。
表1-2 大手小売業各社のPBブラント名とPB比率
出典:各社決算資料より作成
テスコ、ウォルマートの数値は以下参照。Nirmalya Kumar,Jan-Benedict E. M. Steenkamp (2006), Private Label Strategy: How to Meet the Store Brand Challenge, Harvard Business School Publishing, p.3.
注:イオン、しまむらは2011年2月決算値、セブン&i、ABCマートは2010年2月決算、コメリは同3月決算、テスコ、ウォルマートは2005年のデータ
(4)PB商品開発の新しい流れ
流通業者とメーカーの間でのブランド・バトルはいまなお続いてはいますが、ブランドの開発をめぐっては、世界的に新しい動きが起こっています。
米国の大手小売業ウォルマート(Wal-Mart)と家庭用品メーカーの最大手プロクター・アンド・ギャンブル社(Procter & Gamble)の戦略提携(Strategic Alliances)と呼ばれる流れがそれです。戦略提携では、メーカーの最大手(P&G)が小売業のトップ企業(ウォルマート)に向けて、独自商品を開発しようというわけです。
これは、かつて「ダブルチョップ」といわれたCB(Controlled Brand)の現代版と考えられます。当時と今とのちがいは、小売業のバイヤーが、商品開発と販売企画に大幅にコミットする点にあります。そのため、日本では、PB=「小売業の自主企画商品」という定義がなされています。
米国の戦略提携に似たような動きは、日本のホームセンター業界でも起こっています。カインズは、大手食品メーカーのサントリーと、アルコール飲料分野で戦略的な提携を持っています。2009年7月、カインズは、サントリーと共同で南米チリからワインを輸入しました。ブランド名は、「RICO RICO」(750ml、448円)。従来の800~1500円で売られていたチリ産ワインを、カインズは直輸入によって半分以下の価格で販売しました。また、2010年6月には、発泡アルコール飲料のカテゴリーでも、同様なPB商品「黄金(こがね)」(350ml、85円)を発売しています(COFFEE BREAK 「カインズ・ホームセンターのPB「CAINZ」参照)。
従来、メーカーと小売業は、製品開発について基本的には利害が対立するという認識が一般的でした。しかし、長い間の商品開発の経験から、メーカーと小売業者がブランドの開発で相互補完的な役割が担えるという観点が重視されるようになっています。PB商品の開発をめぐって、メーカーと小売業が新しい形の取引形態を模索する段階にはいっています。
<COFFEE BREAK カインズ・ホームセンターのPB「CAINZ」>
ホームセンター単体トップのカインズは、十年以上前から、自社独自のPB商品を開発してきました。当初(2000年頃)は、例えば、家庭用品、カー用品、園芸用品、家具インテリア用品など、カテゴリーごとに異なるPBブランドを持っていました。しかし、PB商品として統一感を与えるために、カインズはカテゴリー横断的なPBブランドを確立しようとしました。
2007年、カインズは、PB商品の基本色を、アイボリーなど3色に限定する決定を下しました。その後、これらの段階を経て、自社PBブランド名を、社名と同じ「CAINZ」に統一しました。基本コンセプトは、ライフスタイル提案の中での「トータルコーディネート」「イージーケア」「かっこよさ」の演出です。
現在(2010年)、カインズのPB比率は、売上高3,365億円(2011年2月期)のうちの約30%を占めています。ホームセンター業界では、大手のコメリやコーナンでも、PB比率は約20%といわれています。その多くは、強力なNBメーカーが存在しないカテゴリーか、アジアを中心に海外に直接バイヤーを派遣して企画した海外調達商品です。
そうした低価格PB主体のホームセンター業界にあって、カインズは、プレミアムPBの開発に乗り出しました。2011年3月、全国175店舗で、日本初上陸の花苗「プリティマッチピカソ」(カインズの独占品種)を新発売しました。この商品は、ペチュニアの改良種で、パープルにグリーンの縁取りの花柄が特徴で、暑さや雨などにも強い扱いやすい商品です。
プリティマッチピカソは、一鉢(9CMポット)が298円。ラベル付きで土の入った中鉢のほうは、498円の売価に設定されました。ホームセンターの店頭では、ノーブランドのペチュニアが、1鉢98円~128円で売られています。298円という価格は、大手種苗メーカーの花苗、たとえば、第4章の<COFFEE BREAK>に登場するサントリーの「サフィニア」とほぼ同等の売価設定になります。
従来のホームセンターのPB戦略とは逆で、むしろ高品質で高価格のプレミアムPB商品を、開発の中心に据えていこうとする考えです。なお、新製品の発売にあたっては、花苗のテレビCMが、日本ではじめて全国放送のネットワークに流れました。画期的な取り組みでした。