「新規就農者をHCのターゲット顧客に:農業資材・農産品販売のひとつの可能性」『DIY会報』2016年夏季号

 有機エコ農産物の普及の会を立ち上げたせいなのか、近頃はどうも扱うテーマが「食と農」に偏ってきている(笑)。今日紹介するドラフトも先月、NOAFの仕事をしながら、日本DIY協会の会報に寄稿するために準備したコラムである。

 

「新規就農者をHCのターゲット顧客に:農業資材・農産品販売のひとつの可能性」『DIY会報』2016年8月

 法政大学経営大学院小川孔輔 (V2:20160628)

 現在、農協が農業資材事業で農家に販売している金額は、約8500億円と言われている。(HCのシェアは、化成肥料で1.5%程度)。HCにとって、農業資材市場は大きな魅力ではあるが、現状では農協の中核メンバーである専業農家の需要がほとんど取り込めておらず、HCの農業資材は、自給的な農家や趣味的な農家向けに販売が限定されている。専業農家向けには、食品市場におけるかつてのコンビニエンスストアの役割のような補完的なチャネルの位置づけになっていると思われる。ただし、TPP(環太平洋経済提携協定)の批准をにらんで、安倍政権が農業部門における規制緩和をさらに加速させるのは確実だろうから、(1)農業資材の供給と(2)店頭での農産品の販売に新たな市場機会が生まれることが予想される。

 『Diamond Home Center』の最新号(2016年7月号)では、コメリやジュンテンドー、ホームセンターバローなどの、農業資材の取り組みが紹介されている。ハード&グリーン業態が主体のコメリは、もともとルーラル・マーケットで、農業資材や肥料、農薬を販売してきた実績がある。同誌の取材によると、園芸・農業用品が対前期比で5.9%(2016年3月期)伸びていると報告されている。コメリのような小型店で農業用品の販売が伸びているということは、全国的にJAの牙城だった農業資材の事業にすでに風穴があき始めていることを推測させる。また、コメリは以前から、野菜苗や農業資材を農家に販売するだけでなく、顧客である農家が作った農産品をインターネットや店頭で販売する事業を推進してきた。ジュンテンドーやバローでも、こうした“庭先販売”の事業が順調に伸びている。

 

 筆者は、今年7月に、農水省(生産局環境保全型農業推進課)と組んで、「オーガニック・エコ農と食のネットワーク」(通称、NOAF:Network for Organic-eco Agriculture and Food Life-style)を発足させることになった。2020年東京開催のオリンピック・パラリンピックをにらんで、日本全国の有機エコ農家の農産物を小売チェーンやレストランに供給するための“緩やかなプラットフォーム”を作る試みである。詳しくは、農水省のHPをご覧いただきたい。その中から、HCにとって興味深いビジネスが生まれそうなので、この誌面を借りてアイデアの一部を紹介してみたい。

 

 日本の農地を維持していくためには、毎年1万戸の新規就農者を増やしていかなければならない。なぜなら、2010年に252.8万戸だった農家数が、2015年は215.5万戸に減少しているからである。専業農家(約44万戸)が規模を拡大し、農業生産法人も数が増加しているので、年間7万戸の農家数減少分の一部は補えている。しかし、休耕農地を増やさないためには、若い新規就農者を増やすしかない。

 興味深いことには、新規就農者の約3分の一が、有機エコ農業を志向している。また、そうした若い新規就農者(平均45歳)は、在来種や変わり種の野菜などを栽培したり、自らも加工品を作って、小売店やレストランに直接販売する傾向がある。

従来は、JAとの関係で専業農家から農業資材需要を取り込めなかったHCにとって、数の上ではまた少数派の彼らが、将来は有望な見込み客になる可能性がある。そして、この市場は伸びていくことがまちがいない。なぜならば、彼らのほとんどがJAとの結びつきが希薄だからである。

 農業資材の需要面では、有機農業を志向している新規就農者は、農薬や化学肥料ではなく、たとえば、米ぬかやリサイクル堆肥などを必要とする。彼らにとって必要な農業資材の品ぞろえが異なることは、JAが扱いにくい製品需要を掘り起こして、新しい市場を創造できるということである。リサイクル品も多いので、食物残滓をエコシステムとして循環させているHCなどは、新規就農者に対して新しい製品提案ができるだろう。

 二番目に、新規就農者の弱点は、作った農作物を販売する場所を容易に探すことができないことである。ここにも、HCが取り組むべき市場機会が広がっている。たとえば、駐車場や通路スペース、場合によっては常設のコーナーを展開して、新規就農者のために「直売所」を設けることである。もしも、オーガニック系の農産物を中心に品ぞろえができれば、繁盛している農協系の直売所との差別化も容易になる。

 HCにとって大切なことは、(1)農業資材需要と(2)庭先販売による農産品調達の市場を同時に獲得できることである。従来、HCでの農産品の販売は、園芸用品や資材に限定されていた。しかし、新規就農者のニーズを取り込むことで、店頭に新しい枠組みを構築できることになるだろう。

 

 最後に、この夢物語をシミュレーションしてみる。毎年1万戸の新規就農者が、販売額3千万円を実現する(5年後の数値)として、売り上げの約10%の農業資材を購入しなければならない。その半分の150万円がHCに向かうとして、年間150億円の農業資材需要が生まれる。当初はその3分の一(50億円)から出発するとして、2025年(10年後)には、年間累計で約1500億円の新しい市場が生まれる。これは、現状のJAの農業資材販売額の20%程度に相当する。決して小さい額ではない。

 また、販売面でも、HCが全生産額の10%を扱えるようになるだろう。HCの農産品庭先販売市場は、同額の約1500億円になる。HC全市場の販売額の約2~3%になる。さて、この夢は実現することになるだろうか?