「勝ち続ける中小企業の商品戦略」(清和会『先見経済』2004年3月号)

「勝ち続ける中小企業の商品戦略」(清和会『先見経済』2004年3月号)
1 キャリア選択において通説が崩れる時代
 常識が通用しない時代になった。ほんの少し前まで、学生達のあいだで流布していた通念は、「(人気上位企業である)近畿日本ツーリスト、ソニー、トヨタ自動車、サントリーなど、大企業に入らないと個人にとって明るい将来が保証されない」であった。


瞬く間にこの常識は覆された。社会的な通念が壊れるまでわずか5年であった。親が生き方に自信を失い、子どもは父親の幸せとは言えない後ろ姿を見てしまったからだろう。
 自ら起業しないまでも、東大の工学系大学院を出て、将来性のありそうな中小企業に入ることが一種の流行現象にさえなっている。先が読める人間は、さすがに賢い選択をはじめたと思う。大企業ではあっても、はじめは無名の小さな会社だったという当たり前のことに、いまさらながら皆が気づきはじめたというわけである。
 企業が成功するカギは人材である。もっと言えば、優秀な人材に体化された智恵、すなわち深い知識と独創的なアイデアである。中小企業に大きくなれるチャンスがあるとすれば、それは経営者と従業員が理念や目標を実現するための組織と体力を保有しているかどうかにある。遅ればせながら、中小企業が優秀な人材を獲得できる条件が日本でもようやく整いはじめたということである。
 中小企業が無名なままで終わるか、それとも大いに有名なれるかどうかは、立派な商品やサービスを開発できるかどうかにかかっている。一般にはそのように考えられている。しかし、現実を見ればすぐわかるように、これは短絡的な答えである。場合によっては、間違った戦略を導くことさえある。

2 迅速な商品開発
 筆者は、真実は以下のようなものであると考える。まず第一に、できるだけ速やかに、拡張性のある程良い品質の商品・サービスを開発すること。つぎに、市場に投入するにあたっては、やや大げさではあるが嘘のない効率的なコミュニケーション戦略を立案して実行すること。最後に、顧客に対して約束した品質水準と商品価値を守るために、市場に提供できる商品およびサービスの品質を不断に改善・向上させることである。
 商品開発にとって重要なことは、基本アイデアに独自性があって、完成品が画期的なことである。ただし、市場投入のタイミングが問題である。品質の完成度にこだわりすぎると、せっかくのチャンスを逃してしまうことがある。迅速であることは、やや問題のある品質水準を充分にカバーする価値がある。大きな会社が中小企業の独自な発想を盗んで、あたかも自社で開発したように発売することを阻止するには、スピード経営に徹することである。不完全な品質は、その後における改善の努力と顧客からのフィードバックを取り入れることで時間が問題を解決してくれる。人材と資金に恵まれない中小企業にとって、優位性は組織としての柔軟性と決断の早さにある。

3 コミュニケーションの重要性
 一般に言われている以上に、中小企業が成功するためには、よく練られたコミュニケーション戦略が必要である。最初のステージは、企業の名前が世間に知られようになることである。ブランドの認知度をあげるためには、保有する技術・ノウハウに独自性があること以上に、視覚的なブランディングが大切である。製品のデザイン、ロゴマーク、色づかい、店舗レイアウトなどは、ブランド要素と呼ばれる。ブランド要素を媒介にして、顧客は企業とはじめて接触する。したがって、内容以上に視覚的な要素が重要である。たとえば、中小企業であった「吉田カバン」が有名になったり、無名だった「ユニクロ」がブランドとしてメジャーになったきっかけは、製品設計と店舗デザインによるところが大きい。
 当初、独特のデザインに最初に注目してくれるのは一部のマニア層である。知名度を高める媒介者として、彼らの役割は小さくない。しかし、最終的に一般に知られるようになるには、メディア(テレビや雑誌一般)の記者や広告担当者などと太いパイプを持つことが必要になる。広報活動を通してのメディア露出は無料広告である。場合によっては、自らが積極的に「ブランド」になる覚悟も必要である。最近では、ワタミフードサービス、松井証券、ナルミヤなど、経営者が自らをメディアに売る込むことで好感度を獲得している例がある。

4 不断の品質改善と経営努力
 知名度が高まったあとでは、ブランドの真の価値を消費者に理解してもらい、継続顧客になってもらうことが大切である。当初は好調だった事業が早々に息切れしてしまうのは、改善の努力が足踏みをしてしまうからである。勢いに弾みをつけるには、逆説的ではあるが、市場投入時に製品の完成度を過剰に設定しておかない方がよい。品質改善の努力をより実りあるものにするには、市場のニーズを逐次的に受け入れる「冗長さ」を、事業経営のシステムに組み入れておいたほうがよい。
 経営者は、ともすると自分こそがブランドそのものであると思いこみがちである。ブランドの創造期は別にして、いったん定着した事業(会社)の価値を伝えるのは従業員である。ブランドに付加価値を与えるのは、従業員の努力である。例えば、すばらしいサービスブランドであれば、現場従業員が金銭的・精神的に充分に報いられる仕組みになっている。ブランドに対する尊敬や愛着は、経営者以上にパートタイム(最近では、「パートタイム・マーケター」と呼ばれる)のおいて、想像以上に高かったりする。「内部顧客」である従業員が、事業経営やブランドに関して共通の理解を持たせることが重要である。