お花屋さんマニュアル(改訂版2008-2009)総論部分

「総論: 失われた15年を超えて」
<世界と日本のフラワービジネス>
 日本の花産業は、失われた10年とその後の5年間(1993年~2007年)で、世界の花産業から大きく後れをとってしまいました。失われた10年のスタートを1990年ではなく1993年に定めたのは、英国のスーパーマーケットのテスコ(TESCO)で「鮮度保証販売」がはじまったのが1993年だったからです。



 その後の15年間で、英国の花消費は約3倍に、欧州全体では約2倍に、大西洋をはさんだ対岸の北米大陸でさえ、切り花消費はこの間に約50%増加しています。それとは対照的に、日本では、花の消費数量こそやや増えたものの(約20%)、この間の消費金額にはほとんど変化がありません。切り花の一世帯当たり年間消費額は約1万1千円、園芸・同用品の年間世帯支出は約9千円でした。世帯当たり合計で年間約2万円です。海外の成功事例(2章6節)がいつでも参考になるわけではありませんが、1,2兆円産業が10年以上にわたって続いたことには、産業構造に基本的な問題があると考えられます。
 本書は、長らく停滞している産業を再浮上させ、80年代のような上昇軌道にふたたび乗せるために企画されたものです。対象読者層は、フラワービジネス全般を想定しています。取り上げる事例は、海外の模範企業ばかりではありません。わたしたちが学べる対象として、国内の優良な花屋さん(2章5節)や優れた生産者の皆さん(4章2節)、成功している仲卸業や輸入商社(3章2節)、そして、優良ネット/通販業者(2章3-4節)の実践が紹介されています。

<激しく変化する中間流通>
 証券アナリストや小売業の経営者の立場から見ると、花の産業はいまだに潜在的な成長性が高い産業と考えられています。花産業の範囲を狭く定義しても(肥料、土、農薬、花木類などを除く)、世界の花小売産業は6兆円産業と推測されています。この市場は、世界の有機農産物の小売販売額とほぼ同じスケールになります。全体的に見れば、先進国の消費市場は飽和期を迎えていますが、東欧・ロシアやアジアの新興諸国では、今後とも高い成長性が期待されています。すでに、中国は切り花消費量(2006年に年間推定100億本)で、日本(2006年、62億本)を追い抜いています。
 花き類の流通についても、大きな変革が起こっています。そのひとつは、電子取引市場の誕生です。初期のネット取引の中で注目を浴びたのは、書籍(アマゾン・ドットコム)とフラワーギフト(1-800-flowers)でした。とくに、1-800-Flowers(BloomNet)は、昨年度で通信販売の市場ですでにFTDの取扱規模を上回っています(2007年、約   億円)。Telefloraも2004年に花のネット販売に参入し、毎年二桁成長を続けています(同、約  億円)。
一昨年(2006年)は、オランダの卸市場で激震が走りました。長年のライバルだった「フローラホランド市場」と「アルスメール花市場」が正式に統合を発表したからです。約2年間にわたる「EU委員会」による審議の結果、2007年になって最終的に合併が承認されました。驚くべきことは、オランダの生産者組織(花市場の構成員)が、圧倒的多数(両市場とも3分の2以上が賛成)で、6000億円市場の誕生に賛成の票を投じたことでした。
 日本でも、中央市場への統合と同時に電子化と機械化が進んでいます。現在、中央市場では、取引額のほぼ6~7割は電子取引に移行しています。興味深いのは、企業間(BtoB)の電子取引で最も成長性が高いのが、「オークネット」(本社:東京都千代田区)のような新規参入組みだということです。今後は、2009年の規制緩和(卸売市場の自由化)に向って、中央市場を核として、地方卸売市場を含めた合従連衡が進展することが予想されます。輸入花きの増加と国内外での競争が激化する中で、日本の卸市場もオランダのように卸会社の合併・統合が進むことがほぼ確実と見られています。

<花小売業のいま>
 花きの最終消費需要は、花木類などすべてを足し合わせると1.2兆円と言われています。ただし、これには、ガーデン用の資材類などは含まれていません。肥料や農薬、木製品などを合わせると、本当は1.8兆円くらいの市場規模があると考えられています。
 切り花と鉢物(花壇苗含む)の業務用と家庭用の比率は、10年前は8:2でした。現在は7:3と推定されています。経済の停滞は業務需要の減少を招きましたが、ギフト需要では、個人ギフトがむしろ増加の傾向にあります。これは、ネット販売などの販売機会が増えたことを反映したものです。鉢物の単価下落に見られるように、法人・業務需要はいまでも減少を続けています。
 日本全国で花を販売している小売り専門店は、約23,000店(2006年:商業統計)です。平均的な売上高は、全国平均では年商約2,800万円です。都市部では繁盛店が多いので、平均3,800万円となっています。一日の売り上げでみると約10万円ということになります。客単価を3,300円と想定すると、一日の平均客数は約30人となります。専門店のビジネスとしてはごく小さな商売だということがわかります。
 平均のマークアップ率は、仕入れに対して2.5~3倍と言われています。ロス率は、20%弱(スーパーマーケットでは5%が目標で、実際は10%)ですから。最終粗利益率は30~40%になります。ただし、都市部の優良専門店チェーンでは、売上高純利益率が10%という企業もあります。
 量販店で花を取り扱っているのは、全国に6000カ所あるといわれています(2006年統計)。これには、総合スーパーと食品スーパーの両方が含まれています。最近は、ホームセンターの切花取り扱い率が高まっています。およそ2000カ所のホームセンターで切り花が取り扱われていると見られています。切り花の取り扱い比率(7000箇所)は年々高まっています。その他(八百屋、ガソリンスタンド、行商、コンビニエンスストアなど)を合計すると、17,000カ所で花が売られていると推測されています。ネット販売の店舗が約10,000カ所とも言われていますので、全体を合計するとすでに花専門店より数の上では優勢ということになります。

<業態の多様化が進む花小売業>
 近年の傾向として、ホームユース(家庭需要)に的を絞った花小売店のチェーンが登場してきたことがあげられます。青山フラワーマーケット( 店舗)、花良品( 店舗)、スティング( 店舗)、プレジュール( 店舗)、ベリーメリー( 店舗)、プーゼ( 店舗)、モンソーフラワー(2店舗)などです。駅ビルや路面で一定の交通量が確保できる場所に店を構えるこれらの小売店は、リピート客が多いのが特徴です。10坪から20坪の売り場面積で、平均日販が約20~30万円です。標準的な専門小売店の2倍の坪効率を達成しています。
 花小売専門店では、都市部で展開するアップグレードのチェーン店で、収益率の高い繁盛店が増えています。小田急ランドフローラ( 店舗)、ブケオブイケ( 店舗)、フロレアル( 店舗)などです。また、サザビーリーグ(「アフタヌーンティー」などを展開)は、ブランド・フラワーショップ「ジェーン・パッカー」を自社店舗内でコーナー展開しています。さらには、包材メーカーのインパックが経営する「ピーターラビット・フラワーズ」をライセンスで店舗展開したり、胡蝶蘭の通信販売会社「オーキッド・スタイル」が、ユナイテッドメディアと提携して「スヌーピー・フラワー」を商品化するなど、キャラクタービジネスとのコラボレーションを試みる企業が現れています。
 量販店の花売り場にも変化が見られます。イオングループ(ジャスコ)やイトーヨーカ堂をはじめとして、第一に、スーパーの中で、花売り場の場所が変わりつつあります。これまでのように、定位置だった青果売場の隣から、玄関前(ジャスコ:品川シーサード店)や売り場の中央(イトーヨーカ堂:湘南藤沢店)に位置が移動しています。要するに、客動線の中心に花売り場が居座ることが多くなってきています。それだけ、生鮮3品と惣菜につづく第5の生鮮品として、花に対する期待が高いとも言えます(詳しくは、第 章を参照のこと)。

<新しい動き: MPSと花のプロモーション>
 英国では、スーパーマーケットで「日持ち保証販売」が導入されて以来、切り花の消費が急速に伸びました。90年代を通してオランダ花産業の繁栄を支えたのは、他でもないイギリスの切り花市場の好調でした。また、英国市場をターゲットに、オランダの花束加工業者が大陸で成功を収めました。米国で花産業を牽引していたのは、FMA(フローラルマーケティング協会)でした(2001年に組織解散)。花きコード体系の確立(情報化)、切り前の標準化、従業員研修システムなどを完成させました。その後の活動は、FPO(フラワー・プロモーション協会)に引き継がれています。大量広告投入によって、花の消費を伸ばすキャンペーンを2000年から現在まで続けてきています。日本でも参考になる事例です。
 最近のトピックスで注目すべきは、欧州で進展が著しいMPS(環境に優しい花づくり)とFFP(Fair Flower & Fair Plants)の動きです。MPS認証の生産者は、オランダでは全体の70%を占めています。欧州を輸出市場のターゲットしているアフリカや南米諸国でも、MPS(ABC)の導入が急速に進んでいます。日本でもJFMAが中心になって、MPS(生産および流通)の導入を決定しました。2008年5月には、国際標準で認証された花きの第一号がわが国の市場にもお目見えすることになります。また、2008年の1月段階で、数社の卸会社と花加工会社がMPSの流通認証を取得しています。
 JFMAでは花のマーケティングとプロモーションを積極的に行っています。2007年には、毎日新聞の季刊誌『PLANTED』とコラボレーションをして、フリーペーパー『In Flower』を発行しました。発行部数は約5万部です。『In Flower』を『PLANTED』に3万部挟み込むと同時に、全国のライフスタイル提案型の小売業(「アフタヌーンティー」「ユナイテッドアローズ」「美容院田谷」など)に野ころの2万部が配布されました。
 JFMAによるプロモーション活動として「花のある生活」のすばらしさをもっと消費者に対して伝えていくために、2006年度からは「プロモーション・プロジェクト」がスタートしました。花の消費拡大を目的とするプロジェクトで、メンバーが比較的若いのが特徴です。「Shall we flower?」を共通のキャッチコピーに、昨年(2007年)は、イタリア文化会館で「ミモザの日」(国際婦人デー)のコンサートを実施しました。今年(2008年)は、法政大学で、継続イベントとして「春の花贈りの日」を企画しました。JFMAが中心になり、花を「いつでも、どこでも、誰にでも」「買いたい時に」「気持ちよく買える」社会的な環境づくりに役立てるような活動を行っています。