【対談】「松尾雅彦×小川孔輔: これからの農業・農村の道しるべ (前編)非市場経済をどう成立させるか」」『農業経営者』2016年9月号

 元カルビー会長の松尾雅彦さんと『農業経営者』で対談をさせていただいた。松尾さんは、「スマートテロワール」(囲み参照)の提唱者として知られている。実績のある実業家ではあるが、取り扱いがむずかしい人である。対談の前半部分がどうにか原稿に仕上がってきた。

「特別インタビュー企画 松尾雅彦×小川孔輔対談」『農業経営者』2016年9月号
「これからの農業・農村の道しるべ (前編)非市場経済をどう成立させるか」

 

<リード>
 スマート・テロワールを提唱しているカルビー㈱相談役の松尾雅彦氏との対談を待ち望んでいたのは、多くの経営者にインタビューを重ねてきた法政大学大学院イノベーションマネジメント研究科教授の小川孔輔氏だ。『マクドナルド 失敗の本質: 賞味期限切れのビジネスモデル』などの多くの著書があり、企業戦略から流通、消費に精通したマーケティングの専門家である。実務の世界で実践してきたことを語る元経営者と、理論を極めた研究者の対談を2回に分けてお届けする。

 

<本文>
――私どもが開催している農村経営研究会では、松尾さんにアドバイザーとして参画いただいています。今日は、松尾さんの著書『スマート・テロワール』と『ジャガイモから見える農業の未来』をもとに、マーケティングを専門とされている小川先生からご質問いただきながら、農業と農村、ひいては食と農を中心とした地域社会のあり方の理想像をどうやって具現化していくのかについて議論していただきたいと思います。

 

 小川孔輔(法政大学大学院教授) 松尾さんの著書を読ませていただきましたが、スマート・テロワールという自給経済圏をつくるためには、農産物の取引を市場原理に任せないという「非市場経済の実現」と、企画・生産から小売までを一貫して垂直統合する「食のSPA化」の2つがポイントになると思っています。つまり、ある地域のなかで、共通の価値観や意識でつながっている人たちによって運営されている組織が、農業生産と食品加工に関する決定を下す。そうすることで天候や為替などによって変動する市場相場から自由になるわけです。これは私がつねづね主張してきたことと通じています。まず、どうしたら非市場経済を実現できるのかについて伺いたいと思います。

 松尾雅彦(カルビー㈱相談役) 具体例は本には一切書いていませんよ。実物を見ないことにはわからないですから。ただし、実際の取り組みをきちんと経済的に読み解く人がいないのが残念なことです。

▼非市場経済の3つの考え方
――日本では主に市場経済のなかで財やサービスの取引が行なわれていると思いますが、そもそも市場経済は何が問題なのでしょうか。
 松尾 市場経済というのは、市場で決められる価格に支配されるのですが、農業の場合はそうとは言い切れなません。たとえばコメをつくっても、市場に流通するのは6割ぐらいで、縁故米など残りの2割は市場に出回らないでしょう。
 小川 確かにそうですね。市場経済が90%以上だと認識していましたけど、実際には市場経済が占めるのは6割でもおかしくないですね。
 松尾 それなのに市場経済で片付けようとしていることが問題なんですよ。農業というのは、基本的に健康的で安心できる食生活をお客さんに提供しなければならないものなのに、市場経済においては誰が食べるかわからないものをつくっています。その結果、お客さんのためではなく私益のためになってしまいます。もし、地域の仲間が食べるものをつくるなら、農薬や化学肥料の使い方も変わってくるでしょう。

 

――市場経済との違いを教えていただきたいのですが、非市場経済とはどんな考え方なのでしょうか。
松尾 考え方は三つあります。カール・ボランニーの経済の仮説に出てくる言葉なのですが、一つめは「家政」。これは自給自足という意味です。二つめは「互酬」で、古い言葉でいうと物々交換です。いまは同じ価値に相当する手間を交換すること、つまり契約栽培や耕畜連携がこれに当たります。
 小川 スマート・テロワールでは耕畜連携についても触れていらっしゃいますね。畑作と畜産はいま分業化されていますが、耕畜連携をするにはどうしたらよいですか。
 松尾 畑作では規格外の作物が余るので、余ったものを家畜の餌にして、家畜の糞尿を畑作の堆肥にすればよいと思います。要するに互酬の物々交換です。価格はつきませんが等価交換です。藻谷浩介さんは『里山資本主義』(角川書店)で手間の交換という言い方をしています。大変なときにお手伝いに行ったり、お互いに貸し借りするという農村の文化です。
 小川 その習慣は昔からありますからね。
 松尾 そうです。昔からあるものを復活させようということです。耕畜連携の場合は、地域のなかにひとつ核をつくれば、そこから年輪のように広がっていくと思います。運搬もお互いに空いた時間に無料でやればいいでしょう。北海道は規模が大きいので分業したほうがよいのですが、それ以外の地域は分業しないで自分で耕畜の両方をやってもよいと思います。分業化が産業革命によって進んだのは、大量生産のために効率がよいからですよね。それは市場経済のなかで有利に働きました。需要が増えない時代になったら供給を増やす必要はないですから、非市場経済のほうがいいわけです。
 小川 松尾さんはスマート・テロワールという自給圏で、すべてを自給自足しろとはおっしゃってないですよね。
松尾 はい。市場経済をすべてやめろという意味ではありません。いまある市場経済のなかの一部を、家政と互酬を取り込んだ非市場経済にしなさいということです。

 

――非市場経済の考え方に「家政」と「互収」のほかにもありますか?
 松尾 三つめは「再分配」です。これは、税金を集めて再び分配することです。 
 小川 非市場経済の基本的な概念は理解できました。

▼農業の垂直統合ビジネスは
 個人戦で同士討ち状態
 小川 たとえば私が知っている新規就農した農家に、修行先の農園の紹介で野菜の品質を認められて小売店などに直接納品している人がいます。営業する努力をしなくても、安定した高品質のものをつくれば買ってもらえるという状況にいるわけです。これも非市場経済の取り組みだと思いますが、いかがでしょうか。
松尾 生産者が小売に直売するというのは、コメや野菜、果物ではよくありますね。でも、これは個人での垂直統合であって、あくまで個人戦でしょう。
 小川 その垂直統合の輪が全国に広がり始めているようですが。
 松尾 サプライチェーンがつながるのは商売ですから当然のことです。ただし、いくら垂直統合をやってもそれが個人戦なら、自分が勝てば誰かが負けていることになります。市場経済の下で個人戦をやると、同じものを後からつくった人が成功して、それまでやっていた人がやめることになります。つまり国内の農業者が互いに同士討ちをしているのです。このサイクルでは意味がありません。1社ごとに補助金が出る六次産業はその典型でしょう。

 

――小売店と取引を結ぶという個別のケースは、横に広がりを見せても、グループの規模が小さいと個人戦になってしまうということですね。
 松尾 日本の農業にやってほしいのは、国内の同士討ちではなく外国で生産されて輸入されている農作物のシェアを取るということです。オリンピックと同じで、チームが強くなるためには、個人戦から団体戦に変えないといけません。
 小川 それでコメの代わりに輸入量が多いトウモロコシや麦、大豆をつくろうとおっしゃっているわけですね。
 松尾 そうです。とくに加工が必要な麦や大豆などは、生産者が束になって生産しないと、品質や価格に影響しますから。

 

――地域産業としての個人戦、団体戦の話をもう少し聞かせてください。少し強い農業経営者たちも基本的に潰し合いをしているだけだと。
 松尾 団体戦というのは自分が失敗すると他人に迷惑をかけるという関係です。つまり、同じ作物を作っている農家間で足を引っ張るわけですよ。学者や政治家は農家の努力不足のせいにして見捨てていくのはおかしいと思うんです。
 小川 自給圏という非市場経済をつくるには、個人戦ではなく団体戦が必要ということですね。団体戦とは具体的にどういう取り組み ですか。
 松尾 米国の農作物の輸出戦略はすべて団体戦です。ジャガイモの例を挙げると、「ポテト協会」というジャガイモ生産者の団体があって、日本の米国大使館に出店を持っています。日本の小売業や外食産業にアプローチする手段を持っていて、組織的に米国産のジャガイモを加工したフレンチフライを普及するために仕掛けているのです。
 小川 地域の人々が家政と互酬の考え方を持って、輸入作物に対して団体戦という戦略をとるわけですね。
松尾 米国をはじめとする世界に対抗するには、日本も団体戦をやらなければいけません。そのために非市場経済が必要なのです。

 

▼カルビーが実現した
契約栽培と非市場経済
 小川 少し具体的な話を聞きたいのですが、団体戦をやるための準備といいますか、手法にはどんなものがありますか。カルビーのポテトチップ用ジャガイモの契約栽培は互収の一例とおっしゃっていましたね。

 

――カルビーはポテトチップの原料調達部門を1975年に子会社化して、ジャガイモ産業の核をつくりました。生産者の技術指導体制と商品開発を一体化することで、マーケティングと流通を変えたのです。
 小川 実際に生産と加工、販売の連携はどうなっているのですか?
松尾 まずジャガイモの生産者との契約については、カルビーが責任を負って契約した量を全量買取ります。規格ごとに一定の価格で、しかも高く買取ります。互酬の考え方を取り入れて品質に応じてインセンティブをつけています。
 小川 それを産地ごとに束ねたのですね。
松尾 そうです。産地ごとに倉庫をつくって、収穫時期も農家の判断に任せないで、品質チェックをして掘るという体系をつくりました。
 小川 小売業とはどのような連携をしたのですか。
 松尾 スーパーマーケットも地域ごとに集まってもらって、ポテトチップの鮮度管理について理解してもらいました。これは米国から入ってくるポテトチップより優位に立つための団体戦です。じつは発売当初はポテトチップが売れなかったんですよ。時期を前後してニューヨークにかっぱえびせんを売り込みに行ったときに「スナックは鮮度が良くないと売れない」といわれたんです。それで鮮度にこだわった生産体制をつくりました。「100円でポテトチップは買えます」というコマーシャルも効果がありました。
 小川 鮮度がよいものを店頭に置くために商品を回転させたのですね。
松尾 消費者は信頼のおけるものを享受できますし、メーカーは利益を確保できます。その回転を維持することで農家と契約栽培ができるわけです。種イモを確保するためには、2年先の商品販売量を保障していないと回りません。
 小川 販売の保障は2年先で、さらに植え付けや品種の研究開発はさらに遡るわけですね。
 松尾 収穫したものを売らなければいけないという債務を負うことになるので市場経済ではできません。売れ続けるマーケットをつくるのもメーカーの責任です。
 小川 カルビーが契約栽培によって非市場経済を実現したことはよくわかりました。これは強力なマーケティングをもった垂直統合型のビジネスモデルだと思いますが、いかがでしょうか。
 松尾 そのとおりです。本にも書きましたが、カルビーは商品ラインナップを増やすことでシェアを維持してきました。ですが、だいぶ市場経済に入ってきています。
 小川 では、どのように変えたら、市場原理を脱したまま水平展開できるのでしょうか?
 松尾 地域でとれた原料を加工した地域限定商品です。輸入原料などよそのものではなく、地域でとれたものを守るという食習慣をつくることで、消費者が地域を守るというしくみができます。
 小川 さきほど話に出た麦や大豆、トウモロコシなどは、コメと違ってそのまま流通できませんから、自給圏のなかに技術力のある加工メーカーがなければいけないわけです。カルビーはジャガイモを加工しているわけですが、ジャガイモ以外の作物でも可能ですか。
 松尾 カルビーは全国でやったわけですが、たとえば大豆なら地域の豆腐メーカーが、自分たちがやろうとリーダーシップを発揮すればできることだと思います。

 

▼地元の小売・加工と連携して
地域住民を引き込む運動
 小川 来たる時代に求められるのは、地域の小売店が地域の食品加工メーカーと連携するということだと思います。すでに関わり合っているところもありますが、地域の小売業は自分たちがやっていることが正しいという論理的なお墨付きがないので迷いがあります。米国のチェーンストア理論以外に、理論と呼べるものはありませんからね。結局、大手のイオンやヨーカドーの顔色を見ながらやることになるんです。
 松尾 大手も地域の小売業も、自分たちで加工場を持っていますよね。ところがコメや野菜、果物は地域産のものを使いますが、麦や大豆、トウモロコシといった穀類は輸入したものを使っています。
 小川 そこが問題なんです。輸入した食材を食べているだけでは地域の食を支えられませんから。
松尾 そこをぶった斬りたいね。いまナショナルブランドとして販売されていて、1年365日消費されるもの。これを地域の元気なメーカーがつくればいいのです。具体的には手づくりハム・ソーセージ、味噌、醤油などです。たまにしか消費されない商品はコストがかかり、地域住民が買うには高すぎます。
 小川 地域の小売店で、そういう日常食が安く売られるようになったらいいですね。
 松尾 この取り組みは簡単にはできません。ゴールと戦略をもってやらないとなかなか出てこないと思います。大手のスーパーマーケットに買い物に行く消費者をどう地域の商店街に引き戻すかという運動が必要です。言い換えれば、地域の食と農を守るための食習慣や食文化を住民に広める運動です。マーケティング戦略で考えると、地域住民が地域のものを選んでくれるようになるには、地元愛をどう活かすかということになります。
 小川 なるほど。私は秋田の出身で、地元愛もあると思います。しかし、地元産のものを選んで食べるかどうかというのは現実問題としては別という気もするのですが……。
 松尾 たとえば、北海道の別海町や標津町では、酪農家や畜産家を中心に食文化を見直そうという運動になりつつあります。地域の食文化が変わっていかなければ、地域を救済することはできません。

 

――私は生産者と食品加工業者がお客様と理念を共有すると言ってきましたが、地域住民とも理念を共有するということができれば、その地域の風土のなかで何を生み出しうるかということを共有できれば成立すると思います。
 小川 地元愛だけでできますか。
 松尾 価格は3割安くないとね。消費者は価格でリードしないと。
 小川 やはりそこですか。
 松尾 農家から誰よりも高く買えばいいのです。たとえば大豆の場合、味噌や醤油の加工メーカーが生産者から相場に関係なく1反当たり300円/㎏で。そして商品の味噌や醤油はナショナルブランドより3割安い販売価格にします。
 小川 3割下げた価格を設定しても採算が合うのは、なぜですか。
 松尾 原料を高く買えるのは売る力があるからです。高く仕入れると、その価格より高く仕入れる相手がいないので、そのシステムは市場のリーダーシップを持つことができます。販売価格を安くするのもまた同じことです。私のように食品業界で40年ぐらい生きているとわかるのですが、もともとナショナルブランドの商品も、地方での販売価格は東京の半値でした。ところが流通革命によって大手のスーパーマーケットが全国にできると、販売価格はどこも東京と同じになってしまいました。そのことをみんな知らないだけですよ。
 小川 3割安くて鮮度がよくて、しかもその地域の材料を使って、地元のメーカーがつくった商品というなら、消費者が選ぶ理由がわかります。
 小川 原料は高く買うのですよね。
 松尾 ここで言いたいのは、原料が安くなると販売価格が安くなると思ってしまうことです。原料を安くして販売価格を競争しようというのは市場経済の考え方です。カルビーと生産者は地域の仲間ですから、その仲間の収入を確保するということをやりました。いろいろな形で出ている補助金の目安は1反当たり10万円ぐらいだと思います。
 小川 それはジャガイモ以外でも10万円が目安になりますか?
 松尾 野菜の場合は年間3回ぐらい回るから30万円くらいになります。野菜や果物と穀物はちがいますが、10万円でやった人がニコニコしていたら広がっていくわけです。でも30万円もらった人がやらなきゃよかったと思ったら、ダメですね。
 小川 3割も安く販売するというのは、何かイノベーションがないとできないのではないですか。
 松尾 3割というのはカルビーではその価格にできたという例えであって、実際にはそう簡単に安くならないです。基本的には販売量がコストを決めますから、販売量を確保することです。
 小川 それだけでしょうか。
 松尾 コストの問題は食品加工メーカーは、新商品事業は既存の事業で人件費や物流費などで負担すれば、新商品事業にはコストがかからないことになります。採算が合う量になったらひとつの会社にすればいいわけです。もうひとつは麦、大豆、ソバ、ジャガイモなどの場合、半分は加工食品の原料に、半分は肉をつくるための餌にします。先ほど話した規格外の作物と堆肥を交換する互酬の考え方を取り入れるのです。

 

――ここまでは非市場経済をどう成立させるのかというテーマでお話をうかがいました。後半は、人材と情報を地域にどう集結させるのかというテーマに話題が移ります。(つづく)

 

※囲み「スマート・テロワールとは」
松尾雅彦氏が提唱する広域エリアの自給圏。地方都会と周辺の農村を含む約50万人規模をひとつのエリアと捉え、そのなかの農業、加工業、(物流)、小売業、消費者が、地域内で生産された農産物や加工食品、木材やエネルギーなどの資源を地域内で消費し、余剰分を大都会圏に販売するという考え方。既存の地産地消や特産品産業と異なるのは、競争相手を国内の他地域ではなく輸入食材や輸入飼料としている点である。

 

#プロフィール
■松尾雅彦 氏
元カルビー㈱社長
NPO法人「日本で最も美しい村」連合副会長
1941年広島県広島市生まれ。65年慶応義塾大学法学部卒業。67年カルビー㈱入社。92年同社社長就任。2006年より同社相談役。NPO法人「日本で最も美しい村」連合副会長、新品種産業化研究会(JATAFF内)会長、スマート・テロワール協会会長

■小川孔輔 氏
法政大学大学院イノベーションマネジメント研究科教授
1951年秋田県能代市生まれ。74年東京大学経済学部卒業、76年同大学院社会科学研究科(経済学選考)修了、78年同博士課程中退。76年より法政大学経営学部にて教鞭をとる。2004年より現職。日本フローラルマーケティング協会会長(創設者)、
MPSジャパン創業者(取締役)、
オーガニック・エコ農と食のネットワーク(NOAF)代表幹事