「花き産業の今と未来: 祭りが商談の場に変わる日を期待しながら」

 フローリスト創刊20周年特集号原稿              法政大学 小川孔輔
                                (JFMA会長)
1 5年遅れてきた宴の後始末
 花き業界に身をおくものとして”奇妙な楽観”に浸っていた時期があった。92年から95年にかけてのことである。特別な状態が幻想であると確認できたのは、2年後の97年に入ってからのことであった。92年春を境に、世間一般ではバブル崩壊後の消費低迷がはじまり、経済指標はすべて下向きを示していた。不思議なことに、花き業界には92年をすぎてもまだ上昇気流に乗っていられるかのような雰囲気があった。


それでもなお花産業が伸びると夢想していた根拠には、ふたつのブームがあった(図1)。90年大阪花博後の「地方フラワーフェスティバル」への熱気。そして、96~98年頃をピークとする「ガーデニングブーム」である。地方フラワーショウの流れは、今春に静岡で開催される「浜名湖花博」まで続いている。ガーデニングを楽しむ生活文化は定着したものの、業界が当初期待していたほどの大きなうねりにはいたらなかった。それは、新たな需要を創り出す責任を負うわれわれの側に問題があったからである。「祭り」を「商売」につないでいく仕掛けを持たなかったのがその原因である。
 事実を見てみる。昨年度の統計データをみると、切り花の家計消費は、世帯購入率が約40%、世帯支出額は約1万2千円。園芸用品の世帯購入率は約30%で、世帯支出は約1万1千円である。全体はいずれも微減であるが、家庭向けの花き消費は増えている。業務用と法人ギフトが壊滅的な打撃を受けていることは、鉢物の単価下落にはっきりと現れている。切り花は、衣料品や食品、家庭雑貨などの住宅関連商品などと比較すると、実は言われているほど低迷してはいない。なぜなら、例えば、衣料品や食品産業のように、海外からの輸入品によって供給構造がまったく変わってしまったわけではないからである(図2)。
 
2 新規チェーン小売業者は異業種参入組
 過去はどうであれ、切り花の消費と流通に限っていえば、花の市場には緩やかながら変化の兆しが見えはじめている。既存の成功者たちが方向感覚を失っているかのように見えるだけであって、ホームユースの市場を開拓してきた花専門店チェーンのいくつかは、いまだに成長の速度をゆるめていない。チェーン小売業がいずれ大きな流れを作り出し、新規参入企業のシステムに業界全体が覆い尽くされるようになるだろう。
 未来の中心プレイヤー3社の事例を見てみることにする。

(1)青山フラワーマーケット(37店舗)
 首都圏を中心に、最近では大阪や福岡に37店舗を展開している(井上英明社長)。開放的な店作りとホームユース向けのミニブーケが商品としての特徴である。店舗の雰囲気に合わせた自然志向のパッケージや什器が、若いOLを中心に消費者に受けいれられている。路面店も展開しているが、立地は当初から百貨店内のコーナー(東急東横店など)やショッピングセンター内のショップ(難波パークス、東京ドームシティなど)、駅構内(JR上野駅)として展開されている。チェーン展開が始まったころと比べると、店舗当たりの売上高は約2倍になっている。今年中に40店舗を超える見込みである。

(2)無印良品:花良品(16店舗)・花逸品(1店舗)
 性質の異なる二つのタイプの業態を展開している(阿部憲資社長)。鮮度と値頃感を訴求する店舗コンセプトの「花良品」、差別化された高級素材を提供・販売する「花逸品」。鮮度へのこだわりは開業以来のものである。仕入れから2日以内で商品を売り切ることを目標にしている。店内にはキーパーを置かず、放射冷却装置を用いて店内の温度が夏でも19度を超えないように制御している。首都圏への集中出店が特徴である。有楽町の店舗では、一昨年からバラの日持ち保証販売を継続して、着実に固定客をつかんでいる。チェーン小売業として、いち早くバケット輸送システムの導入に取り組んだ結果である。数年以内に100店舗を目標としている。

(3)プランツ&プランツ(10店舗)
 「ペットのように植物を扱う」というコンセプトで、急成長している「雑貨店型花店」である(田坂豊継続社長)。切り花は全く扱わず、ミニの鉢物を中心に関連雑貨を広く品揃えしている。社長の田坂氏は、九州・福岡でペットショップを経営する2代目経営者である。東京で新丸ビルと六本木ヒルズに新規出店するにあたって、ペットから植物に取扱商品と業態を拡張した。多角化事業として開発したのが、「プランツ・プランツ」である。首都圏だけでなく、大阪地区などで新規に続々と完成している大型ショッピングビルに、テナントとして積極的に入居している。昨春まで2店舗だった店舗数が、ペットショップ7店とあわせて、瞬く間に17店舗になった。近々、さらに植物で3店舗を出店する予定である。
 
3 未来型切り花流通が成立する3つの条件
 専門店チェーンが大いに健闘しているのと比較すると、量販店の花売場には革命的な変化が訪れていない。英国に10年遅れ、米仏蘭に15年遅れてしまった。ボトルネック(隘路)には、3つの要因が複合的に絡み合っている。
 第一の要因は、ある程度の品質の花が低価格で安定的に供給できていないからである。価格はもちろん大切ではあるが、品質保持と安定供給のほうがより重要である。100店舗以上の商品需要を同じプログラムで満たそうとすれば、安定的な商品供給が確保できないないと理想的なMDの実現が不可能である。国内生産者が抜本的な改革に取り組まないとすれば、輸入切り花が周年で安定供給されないことにはこの条件が満たされない。
 第二には、花束加工業者を育成する課題である。量販店の花売場が成功するには、海外の事例を見てもわかるように、花束加工業者が健全に育っていくことが必須である。スーパーが自前で花束加工場を運営して成功した事例は世界のどこを見渡しても存在しない。ということは、大手量販店が花事業を上手に運営できるには、花束加工業者が育成できることが売場活性化の鍵になる。
 第3には、国内の物流費と人件費が高いことが挙げられる。乾式段ボール箱での流通を湿式バケット流通に変えることは、品質水準を高めるだけでなく、物流費・人件費を低減する効果を生み出す。そのように変えていかないと、切り花の生産・流通・販売の経営合理化が達成できない。
 以上のような3つの条件が変わったとき、高品質で値頃感がある花束が量販店の店頭に並ぶことになるだろう。切り花の取引形態の中心は、すでにセリ取引ではなくなっている。生産者にとっても、予約相対取引のほうが、切り花の再生産と思い切った再投資にメリットがあることはわかってきている。後は、農業分野で大規模生産に取り組める、販売システムを確立できる企業が登場するかどうかである。

4 花生産者が卸売業者になる(生産分野における変化の兆し)
 農地法が改正されて、有機野菜栽培の分野で農業生産法人が増えてきている。生産における総合品質管理を実現するには、従来型の農業生産を前提にした販売方法(共選共販)がネックになってきている。花の生産分野おいては、ふたつの顕著な流れが観察できる。
 第一には、共選共販を前提にした販売組織(花卉農協主導)から離脱する農業生産者グループや個人が生まれ始めたことである。従来型の共選共販方式は、セリ市場取引が対(セット)になっている。出荷先さえ決まっていれば、組合の仕事としては特別なマーケティング努力を必要としない。市場出荷数量を決めてしまえば、どのような値段がつくかは相場次第である。出荷者に責任は問われない。
 全般的な供給過多で、再生産コストさえカバーできない現状を知るに及んで、気の利いた生産者は自らが販売に責任を負おうとしている。鉢物生産者が共選グループから離脱してきた状況が、遅まきながら切り花生産者でも始まっている。キクとバラの生産者で、自前の販売組織を作り始める大規模農業経営があらわれている。「狩猟型」の農業生産者が切り花分野でも登場しはじめているのである。
 第二には、大規模生産者たちは、工業生産的な方法を彼らの温室に取り入れ始めている。家電製品や自動車を生産するように、切り花や鉢物を栽培する動きである。低コストで高品質な花を作るためには、大規模化とシステム化が必要である。それに加えて、自前の販売組織を作らないと、大量商品を捌くことはできない。自社でマーケティングをするのは、世界の花産業の常識である。
 白山貿易とトヨタ自動車のジョイントベンチャー「トヨタフローリテク」(青森県)、日本最大のミニバラ生産者「大西バラ園」(岐阜県)、アーチング栽培技術の特許を保有する「たんばら園」(愛媛県)など。それぞれの品目で先進的な取り組みにチャレンジしている企業は、大都市の卸市場には依存していない。販売は自前である。

5 新たな出会いと商談の場を作るために
 日本の花産業は、この10年で世界に大きく遅れをとってしまった。世界のセンター(北米とヨーロッパ)から、20年ほど遅れて彼らの後ろ姿を遠くに見ながら、遠い道のりをようやく追いかけ始めたところである。日本に残された追撃のための最終兵器は二つである。この二つをうまく利用しなければ、世界のトップーランナーからさらに引き離されてしまいかねない。
 頼みの綱の第一は、お隣の中国市場である。低コスト商品の安定供給が可能な生産基地として、あるいは同時に、国内で生産された製品が輸出できる有望な消費市場として、中国は日本にとっての最後のフロンティアである。
 第二は、日本が誇る生産技術と育種力に依拠することである。われわれが想像している以上に、日本が保持している個々の製品開発や製品生産技術は高い。それを活かし切っていない。問題は、農業を事業としてシステム化する工夫である。農業が規制産業であったことで、事業として自立させる環境には恵まれなかったことは確かである。しかし、周囲を見渡せば、技術活用のヒントは製造業分野にたくさん転がっている。だから、キャッチアップの条件は、産業の育成と製品プロモーションで、花業界がひとつにまとまることである。アイデアと知識を、共同ネットワークで醸成することである。
 わたしどもJFMA(日本フローラルマーケティング協会)は、4年前の2000年5月に設立された花業界のNPO(非営利組織))である。現在、約210社(個人)が花産業の飛躍を願って交流している。活動のひとつの総決算として、2004年の10月14日~16日に、アジア最大のフラワー&ガーデンショウ(IFEX2004)を東京ビッグサイトで開催することにしている。花と緑の国際商談会を東京で開催する主たる目的は、日本をアジア最大の花産業のセンターにするためである。
 われわれはこれまで、花産業のインフラを整備するために、切り花バケットの規格統一、日持ち保証販売の実験、花小売業チェーンの育成(前掲の社)、花束加工流通システムの技術導入と標準化に努力してきた。今回は、花業界で働く人たちのために、新たに「ミーティングポイント」を作ることを目指している。ビジネスショウを通して、お祭りではなく、明日の商売に役立つ「出会いの場」を提供することが究極の目的である。世界中から、とくにアジア諸国のバイヤーたちがその場に参集するはずである。そこから、新しいアジア発の生産者や販売業者が大きく羽ばたくはずである。