「有機農産物の流通市場で、いま何が起こっているのか?」(公庫月報AFフォーラム07年1月号)

(1)クリティカルマスを超えて:米国
 米国ではいま、有機農産物の供給不足が深刻である。たまたま10月に発行された”Business Week”(10月16日号)と”NEWSWEEK”(日本語版、10月18日号)がともに、米国の有機農産物市場の激変を取り上げている。いずれもウォルマートが有機農産物を20%安く販売したことに焦点を当てたセンセーショナルな記事であった。*1



 表1に示すように、世界の大手食品メーカーは、これまで以上に有機農産物を主原料とした自然食品のブランディングに注力するようになっている。大手食品メーカー(多国籍企業)による自然食品ブランド事業のM&Aも盛んである。例えば、前掲のBusiness Weekでは、フランスの加工食品メーカー大手のダノン・グループ(Danone)による大手オーガニックミルク供給者であるストーン・フィールド農場(Stonefiedd Farm)の買収劇が詳しく報じられている。

      <この付近に表1を挿入>

 農家も流通業者も加工食品メーカーも、利益率の大きい有機農産物に転換をしている。その理由のひとつは、一般の農産物だけを扱っていたのでは、国際的な価格競争で利益が出しにくくなっているからである。米国の食品市場が有機一色に染まりつつあるのは、「オーガニック食品ブーム」がその背景にある。近年急速に増えている健康と環境に関心が高い「LOHAS消費者層」(Lifestyles of Health and Sustainability)の存在である。*2また、自然食品系のスーパー、ホールフーズ・マーケットとワイルドオーツのビジネスとして大成功が米国のLOHASブームを下支えしている。*3
 米国を席巻する自然食品ブームは、有機農産物の生産量が増えて、加工業務を兼ねる大手生産者(農家)が、安定的にオーガニック農産物を供給できるようになったからである。例えば、自然農産物のスーパー、ホールフーズの商品供給を全面的に支えているのは、カリフォルニア州などに大規模農場と、カットパック野菜などの加工施設を持つアースバウンド社(Earthbound Firms)である。同社は、1984年にカリフォルニア州カーメルバレーで創業(創業者はMr. & Mrs. Drew and Myra Goodmanで元ヒッピー)。96年にMission Ranch と提携して農地を拡大、99年には、北米最大規模のレタス生産者Tanimura&Antelが資本参加して農場を順次有機栽培に転換していった。
 基本コンセプトは、”Good for health, Good for earth”で、メインターゲットは、ボストン・ニューヨーク地区、シアトル・ポートランド地区に住む大学・大学院卒で年収7.5万ドル以上の家族とされている。現在、米国オーガニックサラダ市場の75%に供給している(ニールセン調査)。現時点で、全米スーパーマーケットの74%に配荷している。有機野菜の栽培面積は24,500エーカー(約1万ヘクタール)、従業員約1000人。2004年の売上高は約350百万ドル(約400億円)である。
 ただし、気をつけなければならないのは、米国の場合、米農務省(USDA)の有機農産物基準は、倫理的な側面をカバーしていないことである。欧州では当然のこととされている「労働者や動物の福祉」が、有機農産物の栽培条件として必ずしも問われていないことである。米国の有機認証基準は、その意味では、「個人主義的な基準」であるという問題をはらんでいる。環境や社会性はやや軽視された流れになっている。
   
(2)有機野菜の輸入とオーガニック概念
 供給不足と価格高騰とLOHAS消費者の台頭が、有機農産物の「米国現象」の特徴である。欧州でも「英国現象」と呼んでよいような動きが、5~6年ほど前から見られる。イギリスのスーパーマーケット(テスコ、セインズベリー、マークス&スペンサー)の成長(上位集中度の高まり)と軌道を同じくしての動きである。
 英国のSMの店頭では、通常食品と有機食品のコーナーが同じ売場に併存している。両形態の食品に対して、食品売場を分割して割り当てるという方針である。米国のホールフーズでは、それとは対照的に、基本的には商品陳列は、「有機栽培」(Organic)と「慣行栽培」(Conventional)を混在させている(ラベル:有機は「緑色」、慣行品は「茶色」で区別)。

   <ホールフーズの店頭写真を参照>

 牛乳を例に取ると、「Organic」のラベルサインが付いた「Organic Milk」や「Organic Cheese」は別コーナーで展開されている。「挿しラベル」が青と緑で統一されており、ロゴやタイプフェースも売場共通のイメージが使用されている。野菜売場はかなり広めなので、「Organic Vegetable」のコーナーは目立って大きい。なお、標準食品のカテゴリー別に(たとえば、デリカコーナーでも)、両形態の売場が併存している。イギリスの状況は、やや特殊かもしれない。というのは、有機食品の普及にプラスに作用している小売り環境が英国には存在しているからである。英国の特殊要因として、3つの際だった特徴を指摘できる。。
 ①一般的に、取扱商品の中でPB商品が占める割合が高いこと(「マークス&スペンサー」でPB比率はほぼ100%、「テスコ」で約60%と言われている)。
 ②食品小売業の上位集中度がきわめて高いこと(上位8社で80%以上)。
 ③サッチャー政権以来の規制緩和の流れを受けて、休日営業・夜間営業(24時間営業)が常態化している。米国や日本のようにコンビニエンスストアが発達する前に、食品小売業がますますシェアを伸ばしている。その結果が、小売業界におけるスーパーマーケットの一人勝ちである。それにプラスして、
 ④ネット販売でも、スーパーマーケットが優勢である(「クリック&モルタル組」が圧倒的に優勢)、店舗ロイヤリティ・プログラム(カード戦略)の勝利者も、テスコのような上位のスーパーである。

(3)日本の有機食品市場の状況
 日本では、オーガニック食品の販売は、3つのルートで成長してきた。ひとつは、有機農産物の宅配ルートである。運営組織形態はそれぞれ少しずつ異なっているが、1990年代に有機農産物の普及と販売促進に大きく貢献したのは、「生協」「らでぃっしゅほーや」「大地の会」などの有機農産物の直販組織であった。
 ふたつめのチャネルとしては、健康食品などを取り扱う「自然食品店」が、とくに有機野菜の販路として重要だった。ただし、いずれの店舗も単独店にとどまり、複数の店舗を持つチェーン型小売業に成長する企業はなかった。商品分野はやや異なるが、その例外は素材加工型の健康食品販売会社である。「ファンケル」や「DHC」などの大手健康食品メーカーは、独自に店舗を展開するだけでなく、健康食品(機能性食品)のベンダーとして、コンビニエンスストアやドラッグストアに商品を納品することで、加工食品分野で成長してきた。ただし、ファンケルのような企業は、生鮮(加工品)品を扱っているわけではない。ノンフード・チャネルで、加工食品のひとつとして食品部門に食い込んできた企業である。
 3番目の販売チャネルは、有機野菜を売り物にしているフードビジネスである。代表的な企業としては、ファーストフードでは、「モスフードサービス」や「フレッシュネスバーガー」、テーブルサービス分野では、「ワタミフードサービス」や「ジョナサン」をあげることができる。また最近では、百貨店の高級総菜コーナーから出て、日常的な和・洋・中華総菜の路面店展開をはじめた「ロック・フィールド」(「RF1(アールエフワン)」「ベジテリア」などを展開)が、「オーガニック」ではなく、食品の「健康と安心」を標榜しているのが注目に値する。
 最後に、量販店や食品スーパーでも近年、有機食品(減農薬、自然食品)の取り扱いが増えている。品質に関しても長い間の努力が実って、しだいに消費者から信頼を勝ち得はじめている。ジャスコのPB商品(「グリーンアイ」)の展開やニチレイやカト吉による有機野菜加工品の中国からの輸入、IYの「顔の見える野菜。」のシリーズである。歴史的に見て、オーガニック食品の販売経路としては、宅配チャネルがもっとも有力だったが、いまやそのチャネルを代替する勢いである。*4

(4)有機野菜に対する消費者の態度
 世界中で食の安全性が問われはじめた2000年を境に、有機農産物に対する消費者の一般的な態度が好意的なものに変わってきた。個人・世帯ベースで見ても、先進国の消費経験率はどの国をとってみても最低50%、高い国では70%にも及んでいる。また、有機農産物の生産・消費先進国であるデンマークや、高額所得者セグメントで自然・健康食品が国民生活の中に急速に浸透してきている米国では、有機食品を常時購入するコアユーザーが総人口の10%に近づいてきている。日本でも、専門流通体(いわゆる、ダイレクト流通チャネル)を利用しているハードコアの有機食品ユーザーが存在しており、その数も決して少なくはない。一般の量販店でも取扱量が増えている。
 農水省発表の統計データをもとに、筆者らが有機野菜市場のシェアを推計した結果を示しておく。商業統計によると、2002年の小売販売額は、野菜2兆5840億円、果実1兆2303億円である。有機食品では、農水省統計等をベースに「ハーベスト・リサーチ」が市場調査を行っており、その推計では、有機食品の市場規模 = 農産物1027.46億円 + 加工品.中外食等 2,183.21億円 = 3210.7億円 となっている。有機食品の消費者市場規模 = 農産物家計消費711.69億円 + 加工品 2,183.21億円 = 2,894.9億円であるから、商業統計の数値を合わせ、生鮮青果物小売販売額中に占める有機の割合(農産物家計消費推計値/商業統計の小売販売額)を計算すると、野菜では0.53%、果実では0.88%となる。したがって、日本では、有機野菜(「特別栽培」を含むので、概念的にはかなり過大推計になっている)は浸透率が0.5%を超えてはいるが、米国の10%、欧州の4%には遠く及ばない。なお、徳江倫道明氏の推計では、野菜全体に占める有機野菜は、0.13%、果物では0.06%と報告されている。こちらは、厳密な有機野菜の浸透率と考えて良いだろう。*5

(5)オーガニック農産物市場の未来
 国によってばらつきはあるが、社会的な受容性という点で、有機農産物の市場は明らかに成長段階に入っている。有機農産物に対する顕在需要は、先進諸国だけに限られているわけではない。中国のような発展途上国でも、自らの健康や食の安全性に対する関心は高い。SARSの影響もあって、安全と健康のために有機食品を積極的に購入しようとする裕福なセグメントが生まれているからである。*6生産量が増えるにつれて、慣行栽培品と有機栽培農産物との価格差はしだいに縮小してきている。それが成長の原動力になりつつあることは、供給不足に陥っている米国市場を見ると明らかである。
 消費需要の伸びも顕著である。米国ではかなり急速に(年率20%以上)、欧州・日本ではやや緩やかではあるが(年率10~20%)、有機食品に対する需要は伸びている。ただし、有機農産物には生産の適地(デンマーク、米国、中国の一部地域など)と相対的な不適地(英国、日本など)が存在している。主たる要因は、有機農業生産にとっての気候条件と第一次産業の社会インフラの違いである。
 需要と供給のギャップは、海外からの輸入で埋め合わせられている。しかし、とりわけ有機農産物に関しては、生産履歴開示(トレーサビリティ)や植物検疫、有機認証制度といった追加的な障壁が存在しているため、国際貿易に関しては政府間で多くの交渉課題が残されている。問題をさらに複雑にしているのは、各国政府間で農産物の産業・貿易政策に関して路線対立が存在していることである。北米大陸と欧州大陸の間で利害が対立しているだけでない。本来は農業生産物の輸出国であるはずの発展途上国(南側)と輸入国側で先進工業諸国(北側)との間の対立も存在している。*7 世界各地で実施されているさまざまな消費者調査によると、国民の健康増進(医療政策との関連)、食の安全性確保、環境保全政策に関して、各国政府の政策的な対応だけでなく、消費者レベルにおいても、国民性や消費文化の違いによって、有機農産物に対する考え方、受容度、嗜好にかなり大きな差異が存在している。*8 


*1 Diane Brady (2006), “The Organic Myth,” Business Week, October 16, pp.51-56、永野野百合子(2006)「ウォールマート+有機食品=?」『ニューズウイーク日本語版』、62-63頁。
*2 日本でも高齢者世帯を中心に全体の約4分1がLOHAS層であるという統計もある。
*3 小川孔輔(2005)「ホールフーズはいかにして急成長できたのか?」『チェーンストアエイジ』12月1日号。
*4 小川孔輔・青木恭子(2006)「有機農産物の生産流通システムに関する調査研究:講演および調査視察の要約」『イノベーション・マネジメント』第3号(法政大学イノベーション・マネジメント研究センター)、123~160頁。
*5 小川・青木、前掲論文(2005)参照。
*6  (2006)「特集:野菜、新局面」『CHiNA』3月号、14~22頁。
*7 例えば、WTO関連の南北問題に関しては、Mary Anastasia O’Grady, (2006), “Don’t Close the Door on Free Trade in the Andes,” The Wall Street Journal (November 17).
*8 Jean-Claude Usunier and Julie Anne Lee (2005), ‘Marketing Across Cultures 4th ed., Chapters, 4-6.