会報誌『ラ・アルプ』向けのエッセイは、「仕事帰りに『ライオンキング』のすすめ」のシリーズ第一弾になりました。わたしも四季の会員なので、関西花見旅行から自宅に戻ると、会報誌『ラ・アルプ』がポストに届いていました。いつも読んでいる雑誌なので、ちょっと変な感じですね。
シリーズ・仕事帰りに『ライオンキング』のすすめ①
「日本のビジネスマンよ!『ライオンキング』を観よう!!」
『ラ・アルプ』2016年4月号
文=小川孔輔
劇団四季の公演には何度も足を運んで、舞台を楽しませていただいています。ライオンキングは、中でも最高にお気に入りの演目です。ジュリー・テイモアの脚本と舞台演出のすばらしさに圧倒され、エルトン・ジョン作曲の劇中歌に歓喜し胸躍る気分に浸っています。
さて東西どちらの劇場でも、顧客の多数派は、家族連れや修学旅行の学生さんたちです。
たくさんの有名企業がライオンキングの公演に協賛してくれているのに、働き盛りのビジネスマンの姿を見かけることが少ないのは、常々残念なことだと思っています。そこで、20代から30代にかけての若いビジネスパーソンに向けて、ライオンキング鑑賞のポイントを解説してみたいと思います。
白状すると、わたしも数年前までは劇団四季の公演に頻繁に足を運ぶ優良顧客ではありませんでした。仕事で大阪の劇場で観劇してからの“ミュージカル転向組”なのです。そうした実体験があるので、男性客の市場ポテンシャルは小さくないと思っています。
ライオンキングは、見る人の年代や性別によって、劇の楽しみ方がちがってくるように思います。女性の目線から、ライオンキングは、父子ライオンの愛情物語そのものです。女性たちは、ヤングシンバのやんちゃさを笑い、幼いナラとの淡い恋愛ストーリーに胸躍らせます。ところが、男性のビジネスマンにとって、動物たちが生息するサバンナの物語はすこしニュアンスが異なってきます。プライドランドは、それ自身が安定した生息域ではありません。男性の視点からは、餌場を求めて互いに激しく争う戦場なのです。
王国の象徴であるプライドロックは、指導者の権威を表しています。ですから、ライオン王のムファサは、弟スカーから王の地位をめぐって権力闘争を挑まれます。常に注意深くなくてはならず、一瞬でも警戒を怠れば、谷底に突き落とされてしまいかねません。
劇中で演じられる父子の信頼関係の確立は、ビジネスの世界での「事業継承」を示唆しています。長い歴史を持った伝統的な企業だけでなく、それは新興企業の次世代経営者に指揮権を委譲される場面にも当てはまりそうです。無茶な冒険で危ない目にあったシンバを、危機一髪で救い出した父ライオンのムサファは諭します。
「偉大な王だった父親や祖父たちは、あの星から見下ろしている。お前の中に生き続けているのだ」と。
このセリフは、経営者トップに必要な心構え、すなわち「創業理念の継承」をメッセージとして伝えています。もしかすると、ライオンキングを鑑賞すべきは、中小企業の二代目・三代目の後継者や、大企業の若い後継社長なのかもしれません。
ライオンキングの舞台で、観客から常に高い評価を受けているシーンがあります。父ムファサの死に自責の念に駆られて、シンバがジャングルに逃避していく場面です。失意のどん底にあるシンバに、異境の地で友達になったイボイノシシのブンバァとミーアキャットのティモンは、「ハクナ・マタタ」(くよくよするな)と温かい慰めの言葉を投げかけます。
男性社員が仕事で躓いたときに心の拠り所になるのが、信頼できる仲間の存在と明確な行動指針です。「ハクナ・マタタ」に類したフレーズは、さまざまな映画のシーンにも登場してきます。たとえば、映画「風と共に去りぬ」で、ヒロインのスカーレット・オハラが、ラストシーンで涙に濡れながら微笑んで言う「明日は明日の風が吹く(After all, tomorrow is another day.)」などです。逆境にめげずに立ち向かう希望の力は、「ハクナ・マタタ」と同じです。事業の明暗は、そのときの運もあります。幸運と不運は循環するものだからです。
ライオンキングは、2幕と24場から構成されています。もし読者が新規事業の担当者なら、シナリオの構成や舞台づくり、配役や演技について、自らの事業構築のヒントを得るチャンスが少なくないかもしれません。また、劇団四季は、日本でもっとも高い顧客満足度(CS)を提供しているエンターテインメント企業としても有名です。舞台鑑賞だけでなく、ビジネスマンにとっては、場内での接遇や案内なども参考になる点が多いと思います。