DIY協会の会報誌に、半年ごとにエッセイを書かせていただいている。今回は、7つの10兆円市場についての考察である。実は、縮んでいるように見えるが、ホームセンターを「住関連商品」のカテゴリーとして括れば、マーケット規模は10兆円近くある。データでその論点を紹介してみた。
「拡大する市場と縮む業界の産業地図:8つ目の10兆円市場」『DIY会報』2019年夏号
文・小川孔輔(法政大学経営大学院)
文・小川孔輔(法政大学経営大学院)
日本人の生活を支えてきたいくつかの産業で、市場規模が大幅に縮小している。バブルが崩壊する前(約30年前)に10兆円を超えていた「#1:百貨店業界」は、いまや市場規模が5.9兆円に縮んでいる。ピーク時と比較すると約40%の顧客を失っていることになる。三越伊勢丹ホールディングスの大西洋元社長は、「気がつけば、カテゴリーキラー(ユニクロやしまむら)とセレクトショップ(BEAMSやUNITED ARROWS)に顧客を奪われていた」(『DIAMOND ONLINE』2016年1月4日号、編集)と述べている。
それとは逆に、この時期に市場を急速に拡大してきた業界もある。おもしろいことに、坂道を登っていくときもスロープを転げ落ちていくときも、踊り場の分岐点の市場規模は10兆円である。これは、一人当たりの支出金額に直せば、年間約1万円の消費支出に相当している。
「#2:通信販売業界」は、2018年に市場が10兆円を超えた(「富士経済」の調べ)。しかし、中身を見てみると、伸びているのはEC部門だけである。売上の8割はネット経由で、カタログ通販はむしろ減少傾向にある。
百貨店の衰退の陰で伸びているように見える「#3:アパレル産業」も、データを見れば大苦戦していることがわかる。2000年ごろの15兆円市場は、2018年には10兆円を切っている(9.7兆円)。家計調査をみても、被服費は10.2兆円(2017年)に減少している。もっとも15年前と家計が購入している衣料品の購買点数は変わっていない(年間約20億点)。単価が3分の一に落ちているのがその原因である(支出金額ベースでは、▲24%)。
スマホとSNSの普及で、「♯4:通信サービス産業」は活況を呈している。3社寡占なので、政府が主導して消費者の負担を軽減しようとしているが、実際の通信費は簡単には下がらないだろう。家計の負担は総額で10.7兆円(2017年)。一人当たりでは、ゲームなどを含む通信費に年間10万円を支出している(『通信白書2018年』)。これがいま大苦戦しているアパレル関連の支出減を圧迫していると言われている。
衣料品への支出が抑制されているのとは対照的に、総じて食品産業は好調である。食品スーパーや飲食サービスの市場は全体として伸びてはいないが、東日本大震災以降(2011年~)、これまで7年間で絶好調を維持していたのが、「#5:コンビニ業界」である。4年前(2015年)に市場規模が10兆円を超えている。
コンビニや食品スーパーの日配品、ファストフードや飲食店のテイクアウトなど、デリカ(惣菜)や弁当・おにぎりを含む「#6:中食市場」も、2017年に10兆円を超えたといわれている(『惣菜白書(2018年度版)』)。先進国では20%を切るはずのエンゲル係数が、シニア世帯や単身家計が増えたせいで、いまや日本では25%に迫ろうとしている。
冷蔵・冷凍温度帯の食品加工技術と輸送保存方法の革新で、デリカや冷食の品質は向上している。実際に、通信費が増えて衣服費は削っても、食品関連は減らすわけにはいかないだろう。食に対する安心・安全に加えて、美味しさを重視する日本国民は、簡便性だけでは満足してくれない。
最後に、「#7:健康医療産業」も10.9兆円と、2016年に10兆円を超えている。厚生労働省が、医療保険の点数を見直したり、ジェネリック薬品の普及に躍起になっても、老人が増え続ける限り、この先も健康医療費の抑制はむずかしいそうだ。それに加えて、シニアになっても美容と健康に関心を示す日本人は多数である。身体的な寿命より10年短い「健康寿命」をいかに伸ばすかに関心が移ってきている。
それでは、住関連市場の規模はどのように推移したのだろうか? 21世紀に入ってからはHCの市場がほとんど変わっていない。一見すると停滞市場である。これは食品産業の動向に近いと言える。2000年に3兆5000億円だったHCのマーケットは、直近の2017年で3兆8400億円。17年間で3400億円を積み上げただけである(『Diamond Home Center』2009年6月15日号)。
ところが、上記の「HC停滞仮説」については、業界の定義(境界)を変えると違った結論を導くことができる。住生活に関連する業態には、100円ショップ(4社計5534億円)、無印良品(4096億円)やニトリ(6081億円)、イケア(740億円)のようなライフスタイル提案型の住関連企業が含まれる。取り扱っている商品カテゴリーはHCと近接している。
ところが、上記の「HC停滞仮説」については、業界の定義(境界)を変えると違った結論を導くことができる。住生活に関連する業態には、100円ショップ(4社計5534億円)、無印良品(4096億円)やニトリ(6081億円)、イケア(740億円)のようなライフスタイル提案型の住関連企業が含まれる。取り扱っている商品カテゴリーはHCと近接している。
したがって、広義の住生活で業種を括ってみれば、総市場規模は6兆円(5兆4851億円)近くになる。これには、都市型HCの東急ハンズやLOFTは含まれていない。無印良品やニトリは20年間で売上を、それぞれ約4倍と約12倍に伸ばしている。業種の境界を超えて考えると、住生活の専門チェーン業態は、21世紀に入っても成長していたことがわかる。決して悲観することはない。おそらく未来は明るいはずである。
HC業界のトップ企業は、従来の枠組みを壊そうとしているようにも見える。カインズは体験型業態とIT投資に、コメリは農業資材と建材部門の近代化へ、コーナンは業務用市場で買収戦略に取り組んでいる。同質化路線を歩んできたHC各社は、明らかに業態分化に向っている。それは、隣接業界との闘いでは生産的な形での戦略転換になるように思える。広義の住生活産業にHCを位置づけると、産業規模で10兆円市場の実現に向っているように感じる。